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昼行燈は爪を隠すが脳筋狼は爪を見せびらかし閃光は頭を抱える

ガイアスの世界


 今回ありません

 昼行燈は爪を隠すが脳筋狼は爪を見せびらかし閃光は頭を抱える




剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス




 ーガウルド城正門前ー



 魔物からの襲撃を二度経験し、一時は兵を総動員した強固な警戒態勢が敷かれていたガウルド。しかし徐々にその警戒態勢も緩和されはじめ、普段のガウルドの姿に戻りつつあったそんな夜。


「よくもまあ、こんな時に入隊してきたな新人」


 ガウルド城正門の横に建てられた待機所の中、1人の中年ヒトクイ兵が隣で門番任務の支度を始めた新米兵にそう話しかけた。


「こんな時だからですよ……あの魔物の襲撃を経験して僕は、この町を守りたいと思ったんです」


「ふーん」


 正義感に満ち溢れた言葉。昔は俺も似たようなものだったなと、やる気に満ちた新米兵の姿に中年ヒトクイ兵は過ぎ去りし過去の自分を重ねていた。


「まあ、程々にしておけよ、気合を入れ過ぎて大事な時に役に立たないなんて、目も当てられないからな」


 長い兵歴の経験を生かした助言を新米兵に告げた中年ヒトクイ兵は、最近無理が効かなくなってきた重い体を押して椅子から立ち上がると門番任務に就く為、外へと続く待機所の扉へ向かい歩きはじめた。


「あ、まってください」


 慌てて中年ヒトクイ兵の後を追いかける新米兵。


「……あの、先輩は何で兵士になったんですか?」


 外に続く扉へ向かう廊下を歩きながら飯米兵は中年ヒトクイ兵に、何故兵士になったのかと尋ねた。そう尋ねた新米兵の表情はこちらの入隊理由を聞いてきたのだから先輩も教えてくださいよという顔をしていた。


「ああ? ……そんな昔の事もうおぼえてねぇーよ」


 自分とひとまわり以上年の離れた新米兵の何の悪気も無い純真無垢なその問に何とも言えない表情を浮かべた中年ヒトクイ兵はそう言って質問をはぐらかした。


 覚えていない訳がない。ただ思い出さないようにしているだけ。


 統一戦争を生き残り、ヒトクイという新たな国の誕生をその肌で体験した中年ヒトクイ兵や同世代の兵たちの入隊動機は皆ほぼ同じだった。

 ヒトクイという小さな島国を統一し王となった英雄ヒラキという男の存在だ。彼の下で働きたい。自分も彼みたいな存在になりたい。当時若者であった中年ヒトクイ兵や同世代の者達は大なり小なりヒトクイを統一した英雄王ヒラキの持つ強者としての力や人を惹きつける魅力カリスマに憧れ影響を受けていたのだ。

 しかし門番として変わらない日々を過ごす内に、中年ヒトクイ兵の中でヒラキに抱いていた憧れは薄れていった。それは決して忠誠心が無くなったとか現在のこの国やヒラキに不満を抱いているからという訳では無い。

 単に中年ヒトクイ兵が気付いてしまっただけだ。いや中年ヒトクイ兵だけでは無く同世代の者達も気付いたはずだ。ヒラキに抱いた憧れは絶対に叶わない夢物語なのだということを。それほどまでにヒラキ王は手の届かない偉大な英雄なのだと。


「えーなぜですか? 教えてくださいよ」


 かつて抱いた中年ヒトクイ兵の想いになど当然気付くはずもない新米兵は、悪気無く無遠慮にしつこく入隊動機を尋ねてくる。


「うるせぇーな、ほら仕事だ仕事、ちゃんと門兵と交代の引き継ぎを忘れるなよ」


 ヒラキ王に憧れていたなんて今の若者には口が裂けても言えやしないと思う中年ヒトクイ兵。それが恐れ多い事、端から無理であると今ヒトクイに生きる若者は知っている。それほどまでにヒラキという人物の凄さはこの国に広まっていた。

 じゃれついてくる新人を突き放しながら中年ガウルド兵は、待機所の扉を開け外へ出て行った。



 任務を終えた門兵との交代の引き継ぎを終えた中年ガウルド兵と新人は門の両端に立ち門兵としての任務を始めた。


「今行われている警戒体勢が近い内に解かれるって本当なんですかね?」


 少し前に魔物による襲撃があったなど嘘かのように静かで穏やかな夜。ガウルド城の正門左端に立つ新人は、最近兵の中で噂になっていることを正門右端に立つ中年ガウルド兵へ尋ねた。


「ああ、ガウルドを囲う壁を王が魔法で強化したらしいから、近い内に警戒体勢は解かれることになるだろう」


 無駄に兵歴だけは長い中年ガウルド兵は、今は昇進して少し偉い立場となった同期から聞いた話を新人に伝えた。


「へーやっぱりヒラキ王は凄いんですね……それじゃ門兵の任務も少なくなるんですかね」


 中年ヒトクイ兵の話を聞き、定型文のようなヒラキ王への感想を述べた後、少し寂しそうな表情を浮かべる新米兵。


「いいことじゃないか、平時に戻ればお前さんは通常任務だ、町の巡回警備や他の町での任務が待っている……数年こなして何の問題も無く試験を通れば、責任ある立場へ昇進だ……その時は万年門兵の俺に色々と融通してくれよな」


 寂しげな様子を察し、これから待ち受けているだろう輝かしい出世の道とちょっとした冗談を交えながら新米兵の気持ちを解す中年ヒトクイ兵。


「はいッ! 自分が出世した暁には、先輩をコキ使いまくりますね」


 中年ヒトクイ兵の冗談を冗談で返す新米兵。


「馬鹿野郎、中年は労わってくれ」


 時には真面目に、しかし真面目に囚われず要所で柔軟な対応をし、こう言った軽口も叩ける。真面目一辺倒で長い者に巻かれる事無く自分を貫き通した結果、周囲と孤立し昇進の機会を失った万年門兵になった中年ヒトクイ兵は、少なくとも若い頃の自分には無かった素養を持つこの新米兵は、近い内に昇進するだろうと今までの経験から何となく察した。


「それにしても、静かな夜ですね」


 警戒体勢が敷かれ現在深夜の一般人の出入りが禁止されている城周辺はヒトクイの首都であるにも関わらず恐ろしい程に静かであった。風によって草木の葉が揺れる音だけが聞こえる。そんな静かな夜に新米兵は退屈しているようだった。


「まあ退屈だと感じてしまうのは理解できる、だが静かなことは門兵として良い事だろう」


 退屈している様子の新米兵に門兵としてそれは良い事だろうと諭す中年ヒトクイ兵。門兵という立場上、変な騒ぎで忙しくなるよりは静かな夜であればあるほどそれにこしたことはない。だがまだ若く体力や力が有り余っている新米兵がこの静かな夜を退屈に感じてしまうのもしかたのないことだろうと長年門兵をしている中年ヒトクイ兵は理解していた。


「……あ、さっきはこの町を守りたいって言っておきながら、その平和な状況に退屈しているなんて矛盾していますよね、なんか縁起が悪いこと言ってすいません」


 自分の中にある矛盾、そして門兵としてあるまじき言動を口走ってしまったことを中年ヒトクイ兵に素直に謝罪する新米兵。


「ふふ、気にするな、それが若ささってもんだ」


 中年ヒトクイ兵は新米兵の若さ故の矛盾に思わず笑みを零した。


 この時までは普段と何も変わらない夜が過ぎていくと中年ヒトクイ兵は思っていた。状況が変わったのは、門兵の任務についてから三十分後のこと。始まりは新米兵の一言だった。


「先輩、何か人影が……」


 新米兵はそう言いながら正門から町へ続く長い道を指差した。


「んー確かに人影が……こっちに向かって来るな」


 比較的規制が緩和された飲み屋街や宿屋街ならまだしも、未だ警戒体勢が強く残る城周辺に一般人が近づくことは朝昼以外禁止されている。


「……もう少し近づいて来たら声をかけるぞ」


 少し考えた後、中年ヒトクイ兵は、もう少し不審者が近づいてきたら声をかけると新米兵に告げた。

 時間は深夜。当然城周辺へ近づくことは禁止されている時間帯。それでも城周辺へ近づく者は不審者だと疑われても何も文句は言えない。


「え? ……デカい……冒険者か戦闘職か?」


 人影が近づくにつれ、その輪郭がはっきりとしていく。中年ヒトクイ兵の目に映るその人影は兎に角大柄だった。そしてその背中にはこまれた巨大な特大剣が背負われていた。


「自分行きます」


 その人影の姿がある程度はっきりわかる距離まで近づいて来た時、新米兵は中年ヒトクイ兵にそう伝えその人影へ近づいて行った。


「おい待て」


 人影へ飛び出していった新米兵の後を追う中年ヒトクイ兵。長年の経験からか中年ヒトクイ兵の胸中には何か嫌な予感が巡り始めていた。


「おいお前! そこで何をしている!」


 大柄な人影、いや大柄な男を前に新米兵はこの場を警備する門兵としてはっきりとした口調でそう尋ねた。しかしその言葉とは裏腹に心中ではその大柄な男に新米兵は怯んでいた。何故なら大柄な男は背筋が凍るような不気味な笑みを浮かべていたからだ。


「う、動くな!」


 明らかに不審者、いや変態といっていい不気味な笑みを浮かべる大柄な男は新米兵の言葉を無視して城に向かって歩みを止めない。


「何だ?」「どうした?」


 怒鳴る新米兵の声を聞きつけ正門横に建てられた待機所から休憩中であったヒトクイの兵たちがゾロゾロと姿を現す。


「「「「「「「「「ッ!」」」」」」」」」


 新米兵と対峙する大柄の男を見たヒトクイの兵たちは一瞬にして状況を把握し大柄の男を取り囲んだ。


「はぁ……」


 大柄の男から漏れるため息。この状況に困っているようにも思えるが、しかし焦る様子は一切感じられない。


「……許可無き者はこの門を通る事は出来ない……用が無ければ即座に立ち去れ」


 毅然とした態度で中年ヒトクイ兵は大柄な男にそう言い放った。本来ならば禁止されている時間帯に城周辺へ侵入した者は警告無く即座に拘束しろという命令が出ている。しかし中年ヒトクイ兵がそうしなかったのは、中年ヒトクイ兵が優しいからでは無い。変態じみた不気味な笑みを浮かべていたこの大柄の男から滲み出る強者の気配にそう言わざるを得なかったからだ。

 もし警告無く拘束しようとすればこの場にいる全ての者たちはこの大柄の男に殺される。そう感じた中年ヒトクイ兵は可能であるのならば対話でこの状況を納めようとした。その思いは大柄な男を取り囲んでいる他のヒトクイ兵にも通じており、中年ヒトクイ兵に文句を言う者は誰もいなかった。


「うーん……立ち去れって言われてもな……俺は城の地下に用があるんだよっと!」


 いつ殺されるかも分からない緊張感の中、それでも自分たちの任務を全うしようといつでも抜剣できる状態のヒトクイ兵たち。そんな中1人その空気を無視する大柄の男は、そう言いながら突然飛んだ。

 成人男性の平均身長はある特大剣を背負っているにも関わらず大柄な男はヒトクイの兵たちの頭上を軽々と飛び越えていったのだ。


「「「「「「「「「なっ!」」」」」」」」」」


 自分たちの頭上を軽々と飛び越えていく大柄の男に驚愕するヒトクイ兵たち。


「お勤めご苦労さん、それじゃ!」


 地面に着地した大柄の男は、振り帰ると唖然としているヒトクイ兵たちに手を振りそのままガウルド城の正門を突破し城の中へと走り去っていった。


「はぁ? ……ハッ! 追えッ! 追えぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ヒトクイ兵たちが唖然とする中、いち早く我に返った中年ヒトクイ兵は慌ててそう叫んだ。中年ヒトクイ兵のその叫びで次々と我に返って行くヒトクイ兵たちは城へと侵入した大柄の男の後を追い始めた。


「くッ……不審者……賊が城の中に侵入した、ただちに緊急警戒体勢の指示をだせ!」


 自分よりも上の階級の者がいない以上、率先して自分が指示を出さなければと中年ヒトクイ兵は周囲のヒトクイ兵に指示を出し首に吊るしていた警笛を鳴らした。


 緊急事態を告げる警笛のけたたましいて音が城周辺に鳴り響き、城内の灯りが一斉に点灯すると同時に城内外が慌ただしくなる。


「賊の目的は分からない、だが目的地は地下だ、直ぐに地下へ兵をおくれ!」


 なぜ大柄の男が城へ侵入したのか、その目的はわかない。だがヒトクイの兵たちが囲んでいた時に大柄の男が口にした発言を覚えていた中年ヒトクイ兵は、その目的地が城の地下であることを断言する。


「……賊の技量は計り知れない、出し惜しみはなしだ! 聖騎士パラディン部隊にも応援を要請しろ!」


 賊は1人。大柄の男が陽動で他にも仲間がいる可能性はあると一瞬考えた中年ヒトクイ兵。しかしあれだけ堂々と正面から現れ、しかも隠すこともせず強者の気配を発しているならば、単身の行動である可能性が高いと踏んだ中年ヒトクイ兵は、戦力の出し惜しみはせず王直属部隊である聖騎士パラディン部隊へ応援を要請した。


「先輩……」


「何ぼさっとしている! お前は、城の中に居る非戦闘員の護衛へ向かえ!」


 目を輝かせている新米兵に対して比較的安全な任務を指示する中年ヒトクイ兵。


「その先輩、本当は凄いんですね、自分感動しました! 行ってきます!」


 そう言い残し城の中へ向かう新米兵の目には、中年ヒトクイ兵が若かりし頃にこの国の王へ向けていた同じ光が宿っていた。


「何が本当は凄いんですねだ……俺はただの万年門兵だよ……はぁ……これでまた始末書を書くことになるな……」


 始末書という言葉が頭に浮かび少し肩をすくめながらも、中年ヒトクイ兵の表情は何処か嬉しそうでもあった。



 — 城周辺 —



「あの馬鹿ッ……あれだけ騒ぎを起こすなって言ったのに気配も消さず……しかも目的地までバレてやがる」


 城周辺に植えられた木々へ体を隠しながら正門前の状況を見ていた1人の男はそうぼやきながら頭を抱えた。


「これじゃ警備が強化されて城へ侵入するのが難しくなる……しょうがない……うん、あの馬鹿には囮になってもらおう」


 そう言いながら男は、木々の間を閃光のように駆け抜けていくのであった。


ガイアスの世界


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