いい加減真面目で章2 (スプリング編)戦友との再会
ガイアスの世界
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いい加減真面目で章2 (スプリング編)戦友との再会
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
季節は秋。既に冬の気配が漂い始めた山岳地帯にある町ゴルルドから続く一本道を駆け抜けるスプリングの前に立ち塞がった一頭の魔物。冬眠に備え脂肪を蓄えようと獲物を狙う凶暴化した大熊はスプリングを獲物として認識すると即座に襲いかかっていった。しかし襲いかかった大熊はスプリングが鞘から抜いた理想を具現化した剣によって軽々と両断され絶命した。
だが決して大熊が弱い訳では無い。秋口から初冬の大熊は油断すれば熟練した冒険者や戦闘職でも命を落とす可能性がある程と言われ、冒険者や戦闘職からは危険視される魔物である。
そんな大熊を一撃で両断したスプリングは強くなった。いや、元の鞘に戻ったと言うべきなのか。夜道を駆け抜け凶暴化した大熊を軽々と両断してしまうその姿はまさに若手で一番『剣聖』に近いと言われ幾多の戦場でその二つ名を轟かせた『閃光』そのもの。
伝説武具所有者としての資格とその恩恵を失い、ただの冒険者兼戦闘職に戻りはしたものの、様々な経験を経て上位剣士へ復帰したスプリングのその実力は今や『剣聖』の域に達している。凶暴化した程度の大熊では今のスプリングを捕食することは愚か足を止めることも出来ない。
「……着いた」
襲いかかってくる飢えた大熊を道すがら数頭相手にしながら上位剣士としての勘や立ち回りを取り戻していったスプリングは、常人が全力で走ったとしても数時間かかるゴルルドから続く一本道を大熊を相手にしながら僅か一時間足らずという速さで踏破し目的地である首都ガウルドの東門の前へ辿りついた。
「……門が閉まってる」
遠目からでも分かる首都ガウルの巨大な入口の1つである東門。しかしその東門は入る者を拒むように閉ざされていた。
これが地方都市や大きな町ならば、夜だからという防犯理由で門が閉まっているのも説明が付く。だが今閉じているのはヒトクイの首都であるガウルドの門。世界で一二位を争う程に発展した町であるガウルドである。観光客は愚か、冒険者や戦闘職の出入りも多い世界有数の町の門が閉じていることに疑問を抱くスプリング。
「ああ、そうか……」
だがすぐにその疑問は解消された。ガウルドの門が閉じている理由にスプリングは心当たりがあることを思い出したからだ。
「……魔物の襲撃を警戒してか……」
ガウルドは数カ月の間に魔物による襲撃を二度受けていた。その二度の襲撃の渦中にいたスプリングは、魔物による新たな襲撃を警戒して門が閉じているのだということに気付いたのだ。
「異常気象の所為……」
ヒトクイは魔物による二度の襲撃を異常気象の所為であると発表していた。確かに近年、様々な異常気象がヒトクイや他の大陸でも観測されている。その異常気象によって魔物が凶暴化したり、活動死体化したりしても不思議に思う人はいない。
「……そうか……」
だがガウルドを襲った二度に渡る魔物の襲撃が異常気象の所為では無く人為的なものであることをスプリングは知っていた。
魔物による襲撃が異常気象の影響であるとヒトクイから発表された時、ガウルドの人々の心を不安にさせない為の処置なのだろうと当時のスプリングはその発表を何となく受け入れていた。だが今は違う。
「……『闇』か」
点と点が繋がり始め線になろうとしていることを感じるスプリング。当時はわからなかったが、二度に渡るガウルドの襲撃には『闇』の存在が関与していたことに気付いたスプリングは、自分が見た幻、ガウルドが『闇』に覆われた光景と何か繋がっているのかもしれないと思考を深めた。
「……駄目だ、情報が足りない……ポーンなら何か……くッ」
しかし深く考えてもスプリングが持っている情報だけで答えは導き出せるはずもない。思わずいつもの癖で、こういう時知識を披露してくれた相棒の名前を口にして我に返ったスプリングは苦虫を噛み潰した。
「……兎に角まずは中町の中へ入らないことには状況がわからない……どうするか……」
失った相棒のことを頭からかき消すように、堅く閉ざされたガウルドの東門をどう突破してガウルドへ入るかその方法を考えるスプリング。
「……東門が閉ざされているということは、他の門も駄目だろうな……」
ガウルドの入口は東を含め西南北、四方に一箇所ずつ存在する。だが魔物の襲撃に備えての閉門である以上、東門以外の門も当然閉ざされているはず。こうなると朝になるまでどの門も開くことはないはずである。
「特別許可証も無いし……」
警戒状態の門を開く手段は、国から発行された特別許可証しかない。しかし特別許可証が発行されるのは、食料などの町の生活を支える品を扱う商人とその護衛として同行しているヒトクイに認められた一部の冒険者や戦闘職のみに限られてくる。ただの冒険者兼戦闘職でしかないスプリングは当然その特別許可証を持ってはいない。
「なら、いっそのことガウルドに危機が迫っていると直接伝えるか……いや、いやいや誰がそんなことを信じる」
門にいる門兵へガウルドに危機が迫っていることを伝えるのはどうかと考えたスプリング。だが良くて鼻で笑われるだけ、悪ければ不審者として目を付けられるとスプリングはその考えをすぐに却下した。
「……門を通るのは無理……」
ではどうするか。
「……仕方ない」
現状、正規の手順で入ることは出来ないと悟ったスプリングは、門を通ることを諦めガウルドを囲う巨大な壁の横を歩き始めた。
統一戦争終結から数年後、フリーデ大陸にあるサイデリー王国と友好国となったヒトクイは、サイデリー王国が誇る防衛技術を学んだ。その時に学んだサイデリー王国全域を囲う壁を参考にして、ヒトクイはガウルドの町全域を覆う壁を建造し、防衛力強化に成功したのだった。
ガウルドを囲う壁の高さは10メートル。その高さの理由はガウルド周辺に生息する空を飛ぶ魔物に関係している。ガウルド周辺に生息している空を飛ぶ魔物の最高高度は6メートルと低く、そこからガウルドの壁の高さは10メートルになった。その為、魔物による空からの襲撃は基本的に無い。
陸上を活動範囲としている魔物であっても10メートルの高さのある壁を乗り越えられる魔物はガウルド周辺には存在せず、登られる心配も無いい。
そして壁の強度も頑強で当然ガウルド周辺に生息する魔物の力にも十二分に耐えられる強度となっている。
しかし防衛として完璧に見えたガウルドの壁だったが魔物による二度の襲撃を受けた今となってはそれらが皮肉に聞こえてくる。
「……ここから辺でいいか」
周囲を見渡し人の気配がないことを確認したスプリングは、壁沿いに立つと足を曲げ低い態勢になるとその反動を利用して垂直に飛んだ。本来、魔物が飛び越えることや登ることが出来ない壁。だがそんな巨大な壁をスプリングは己の脚力だけで飛び越えたのである。これはこの壁の欠陥、穴と言えた。
10メートルという高さはあくまで周辺に生息する空を飛ぶ魔物や脚力のある魔物を想定して造られた高さである。当然常人や一般的な冒険者、戦闘職に10メートルの高さがある壁を飛び越える身体能力は無い。
しかしそれが第一線で活躍する冒険者や戦闘職ならばどうか。一人で百人や千人の戦力を持つと言われている凄腕の冒険者や戦闘職が持つ身体能力ならばどうか。
当然第一線で活躍する冒険者や戦闘職がガウルドの壁を飛び越えるなんてことを当時のヒトクイの技術者は誰一人として想定していなかった。10メートルの壁を作るよう指示を出したヒラキ王を除いて。
ポーンを失ったことにより戦闘職が本来の上位剣士へと戻り、そして今やその実力が『剣聖』の域にまで到達した身体能力がガウルドの壁を飛び越えられないはずも無く、軽々と10メートルはある壁をスプリングは飛び越えその頂上へと着地した。
「……」
ガウルドの壁の頂上に着地したスプリングは立ち上がるとその視線を壁の内側へと落す。
「……旧戦死者墓地……」
荒れに荒れた墓石と共に今にも死霊や活動死体が現れそうな不気味な雰囲気漂うその場所は、今はその使命を終え、死者を想い祈る人も手入れをする人も居なくなった忘れ去られた墓地。その人気の無さと不気味な雰囲気を利用し長い間盗賊団のアジトへの入口として利用されていたが、今はその盗賊も壊滅しこの墓地を利用する者は誰も居なくなった。
「よっと……」
壁の頂上から旧戦死者墓地へと飛び降りるスプリング。
「……ああ?」
その瞬間、少し離れた場所から聞き馴染みのある声がスプリングの耳に届く。
「あ、お前……」
その声の方向へ視線を合わせたスプリングの表情が驚きに染まる。
「ふふん、何でこんな所に居るんだスプリング」
話しかけながら近づいてくる男を驚いた表情のまま見上げるスプリング。
「……ガイルズ」
それは互いに思いもよらぬ再会となった。スプリングが見上げる程の大男ガイルズは、戦友との久方ぶりの再会に口角を吊り上げ不敵な笑みを浮かべるのだった。
ガイアスの世界
ガウルドを囲う壁
統一戦争終結から数年後、友好国となったサイデリー王国が誇る防衛技術を学んだヒトクイの技術者は、その技術を参考に首都ガウルドを壁で覆う防衛強化を行った。
一見ただの巨大な壁のように思えるが、壁には高度な術式が施されており、その強度はサイデリー王国を越えるとも噂されている。それはヒラキ王による魔法の力によるものが大きい。
しかしサイデリー王国に比べ防衛意識が薄い(サイデリー王国が異常)ガウルドはそんな立派な壁を建造しながらも魔物の襲撃を二度も許してしまった。
ガウルドの壁は第一線で活躍する戦闘職や冒険者の身体能力ならば飛び越えられてしまう高さであり防衛能力の穴なのではと言われていたりもするが、これはヒラキ王による指示。
10メートルもある壁を飛び越えてくる者は、その時点で壁1つでどうこう出来る相手ではないというヒラキ王の考えによるもので、ガウルドの壁は侵入者の力量を計る装置としての役目も担っている。




