喜劇
ガイアスの世界
今回ありません
喜劇
世界を創造する女神は、何故双子神が自分の邪魔をするのかその理由がわからなかった。
双子神が何故自分の創造した世界に毎度やって来て世界を巻き込み争うのかその理由がわからなかった。
分からないならば女神はその理由を双子神に尋ねればよかった。女神は訴えた。何故私の邪魔をするのかと。しかし双子神は言葉を持たない。返ってきたのは更に激しさを増していく争い。
言語を持たないということではない。意思の疎通が出来ないということでもない。
双子神はただ不器用なだけ。子供のような稚拙な表現でしか双子神はその感情を現すことができなかっただけ。
だから女神は双子神の想いを争う理由を知ることが出来なかった。女神を愛していることを。愛しているからこそ、血を分けた兄弟と血で血を洗うような争いを続けていることを。
だがもし双子神が争う理由を女神が知ったとしてもそれは無駄なことであった。なぜなら女神は愛を知らないからだ。
いや、全く知らないという訳ではない。創造した世界、そこに生きる生物たちへの愛を女神は持っている。しかしそれは自分が創造したものへ向けられる母性。親が子へ抱く愛でしかない。一切偏りの無い平等な愛でしかない。だが裏を返せば女神はその方法でしか愛することが出来ない。
たった一人を想い愛する方法を女神は知らないのだ。
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
フユカの罵倒がその場に響いてから一秒弱。何とも言えない空気感の中、その空気感をものともせず背後に立つアキへゆっくりと振り返ったブリザラの姿をした女神フリーデ。その視線は両腕を広げたまま顔を赤らめるアキへと向けられていた。そこに敵意や攻撃の意思は無く、あるのは両腕を広げ赤面するアキへの興味。一体これから自分に対して目の前の人間は何をしようとしているのかといった興味だった。
更に一秒。女神フリーデは両腕を広げ赤面するアキの姿を真似するようにその両腕を広げた。
「おっ!」
普段の強気は何処へ行ったのか、自分の姿を真似て両腕を広げた女神フリーデに激しく動揺するアキ。
「何やってんだヘタレ童貞! 相手は受け入れ態勢だガバッと行けッ!」
闘技場で闘士に野次を飛ばす輩よろしく、面白がりながら動揺し二の足を踏むアキへ指示を出すフユカのような言動をするソフィア。
「くぅ……これはあくまで作戦……作戦だ……チィ! 何で俺がこんなことをしなきゃならない……」
女性への扱いの不得手がその弱気な姿勢から露呈するアキ。ソフィアの野次とも助言ともとれる言葉を横に、覚悟を決めようとしながらも踏ん切りがつかずアキはその場から動くことが出来ない。
だがそれは仕方のないこと。生まれてすぐ叔父にあたる人物に攫われ、周囲に女性がいない環境で幼少期を過ごしてきたアキ。叔父の下を離れてからも、ただ強くなる為戦いに明け暮れたアキにとって、僅かでも女性という存在が入りこむ余地は無かった。そんな童貞一直線の道を突き進むアキに課せられた役割はあまりにも難易度が高かった。
アキがルークから課せられた作戦、役割とは、女神に支配されたブリザラに対し話しかけ続けるというもの。
一見疑わしくも思える作戦ではあるが、ルークには勝算があった。女神に支配されたブリザラの精神が何度もアキの言葉に反応したという実績があったからだ。
ブリザラという存在が大きくなればなるほど、逆に女神からの支配が弱まると考えたルークは、この状況を突破できる可能性があるのはあなただけだとアキへ白羽の矢をたてたのだ。
「おら、相手を待たせてんじゃねぇ! 直ぐ行けッ! 押し倒せッ!」
もはや野次を通り越して下品この上無いソフィアの言葉が飛ぶ。
「ぐぅぅぅぅ……面白がりやがって……何も起こらなかったら承知しねぇぞあの女……」
ルークから作戦の概要を聞き、一番ノリ気になったのはソフィアだった。この作戦を成功させる為には話しかけるだけでは生温いと、抱き付きついて耳元で愛の1つでも囁けとソフィアはアキにとっては余計な作戦内容を追加したのだ。
これまでの人生で異性間での愛は愚か、家族間での愛も知らないアキはそんなこと出来るかとルークが立案し、それに手を加えたソフィアの作戦を当然否定した。しかしアキに拒否権は無かった。
時間が経てばたつほどにブリザラの精神は女神に塗り替えられていく。このままいけばブリザラという存在は消えてしまうのだと、笑いを堪えるソフィアから半ば脅迫のようにそう吹き込まれたアキ。しかし意外にもソフィアの脅迫には効果があったのかアキの心は言葉に出来ない危機感が生まれていた。
ブリザラが消えてしまうという状況に何故自分が危機感を抱いてしまうのか、その理由がアキには理解出来ない。今まで知らず触れてこなかったが故に、アキは自分の心の中に生まれたその感情が何であるのか理解できなかった。
訳の分からない感情に振り回されるのは黒竜だけで十分だと思う反面、その危機感、感情は絶対に手放してはならないものなのではないかと思ったアキは、ルークと笑い堪えるので必至なソフィアが立てた作戦を嫌々ながらも受け入れることにした。
しかし蓋を開けてみれば、その感情は黒竜なんかよりも遥かに制御が不能だった。ブリザラの前に立つだけで、止まっているはずの心臓が暴れる。普段なら滑らかに軽口を発する口が乾いて思うような言葉が出てこない。体は萎縮し距離を縮めることも出来ない。
「意識しているねぇ」
気になる子を前に意識してぎこちなくなる思春期真っ最中のようなアキの行動を見ながら、楽しそうに悪戯な笑みを浮かべるソフィア。
この世界にやってくる前のソフィア、いや彼女には思春期と呼べる時間はなかった。周囲からの抑圧がそれを許さなかった。同年代の人間たちが遊んだり雑談したり、それこそ色恋に頭を悩まされている中、彼女はそういったことに憧れることすら許されない状況にあった。
ただ与えられた目的をこなす為だけに日々を過ごす。そこに1つとしてそれ以外のものが入る余地は無かった。目的以外のことは無駄だと周囲は彼女に成果だけを求めた。そんな永遠とも思える全てを抑圧された日々を過ごす中で、彼女が心の中にもう一人の自分を生み出したとしてもそれは不思議じゃない。不自然ではあるが自然だろう。
しかし今の彼女は、ソフィアは違う。感情すら抑え込まれていたあの時とは違う。今は何もかも自由だ。だからこそソフィアは今まで幾つも通り過ぎることしかできなかった憧れを、普通の女の子なら通るはずの青い春をその自由になった全てで謳歌しようとしていた。
「ほらッ! 女の子を待たせるなよ!」
未だ戸惑っているだけで行動を起せないアキへ肩を押すように声をかけるソフィア。
「くぅ!」
覚悟を決めた。そういった面構えでアキは異常に重く感じる足を一歩前へ出した。すると目の前に立つブリザラの姿をした女神もアキの行動を真似るように一歩前へと出た。
「うぐぅ……」
気付けばブリザラの姿をした女神の顔が至近距離に迫り喉が鳴るアキは思わず顔を逸らしそうになった。しかしそれではさっきと同じだと心の中で踏み止まったアキは、逸らしそうになった顔を真正面に戻した。
「きゃああああああ!」
逸らしそうになった顔をアキが真正面に戻した瞬間、その光景にソフィアの口から黄色い声が飛ぶ。
それは所謂事故というやつだった。アキもそこまでする気も、いやそれ以前にそんなことをするという思考すら至らなかったはずだ。故にそれは事故。互いの距離を見誤ったが故の不慮の事故である。
そこには互いの唇を重ねる二人の姿があった。
「……」「……」
時間にすれば一秒の間。アキは今自分に何が起っているのか理解できない。ただ唇に感じる温かく柔らかい感覚だけがはっきりと伝わってくる。
「うぅぅおおおおお!」
それから一秒。状況を理解し即座にブリザラの姿をした女神から距離を取ろうとするアキ。しかしいつのまにか自分の背中に回っていたブリザラの腕が離れることを許さない。
「……」
「え……お、おいその腕を離せッ」
俯き表情が伺えないブリザラの姿をした女神の顔を見ながら慌ててそう言うアキ。
「い……」
俯きながら何か言葉を発するブリザラの姿をした女神。しかし声が小さすぎてアキには聞き取れない。
「ゃ……いやです」
そう言いながら俯いていた顔を上げたブリザラの姿をした女神は、飛び込むようにして情けなく震えているアキの唇に自分の唇をもう一度重ねるのだった。
— 場所不明 —
あ、ちょっといいですか、少し語らせてください今回の顛末を。
端的に言えばこの日、小さな島国ヒトクイの首都ガウルドは『闇』に堕ちました。常人でも視認できる程の濃い『闇』がガウルド城から噴き出して町全体を覆い尽くしたんです。
ガウルドの人々にとってみれば予期せぬ状況。普段通りガウルドで過ごしていた人々にとって突然突きつけられたその光景はさぞかし地獄だったでしょう。
町を1つ包み込む程の『闇』。その地獄を生み出したのは、紛れも無く世界を恨み破滅を望んでいた彼。しかし実は町を地獄に変えた要因は彼以外にもう1つありました。それは彼が放つ『闇』を抑え込んでいた『聖』。その発生源である狂気に狂った女神です。
人間の体に受肉することで降臨した狂気に狂った女神は、狂気に狂ってなお光を失わなかった自らが放つ『聖』で世界を恨み破滅を望んでいた彼の放つ『闇』を意図せず抑え込んでいたのです。
しかしあろうことか何も理解していない無知な魔王は異邦人の言葉を間に受けて、女神が受肉する為の肉体となっていた想い人を救い出し人間に戻す為、その唇にキスをしてしまいました。そうそれこそ王子様が眠るお姫様を起こすように。まあ正確に言えば魔王と王様なんですがね。
はてさてどこにでもある物語のご都合主義によって魔王の想い人は目覚め人間へと戻ることが出来ました。それから彼らは幸せに暮らしました、めでたしめでたし……なーんてことになるはずも無く、想い人が人間に戻ったことで、女神は消失。『闇』を抑えていた『聖』も女神の消失によって消えてしまったのです。
障害であった『聖』が消え自由になった『闇』は、それはもう火山のように勢いよく吹き出し町1つを地獄に変えたというのが事の顛末です。
でも私にとってこれは、これから起こる喜劇の序章にすぎません。ここから起るのは無知な魔王となりそこないの女神、そして主役なのに大事な場面に立つことすら出来ない無能な救世主と自分が裏切り者であることを知らない無様な異邦人の喜劇。私は彼ら彼女らの行く末が楽しみでありません。きっと最期は涙を流す程に笑い転げることとなるでしょう。
え? その芝居かかった口調、お前、道化師だろうって? 失礼ですね、私を道化師などと呼ばないでください……私は常に喜劇を求める者にして……『絶対悪』の管理者、笑男です。
それでは皆様、また彼ら彼女らの喜劇でお会いしましょう。
ガイアスの世界
あとがき
後一カ月で一年が終わるんですね……どうもお久しぶりです山田です。
気付けば2023年も残す所一カ月。正気を疑いたくなりますね本当。
まあそんな訳で、今回の300話で一旦一区切りとなります。本当は12月最後の投稿で一区切りにしたかったのですが、まあそんな上手くいく訳もななく……。
毎回書いておりますが、広げに広げた風呂敷を畳めません。設定忘れてて後でギャーってなることも多く……本当辛いです(笑)
誤字脱字も相変わらずで本当成長しねぇなとも思います。
次回からは多分スプリング回になると思います。我らが絶対的主人公、重要な場面に立つことが出来ない主役のご登場になると思います! まあまだ何も考えていませんが……。
あ、そう言えば最近ガイアスの世界(設定)を前書きや後書きに書く頻度が減っていますが、これは単に書くことがないからです、申し訳ありません(汗)
という訳で今年も残り一カ月。お付き合いくだされば幸いです。山田二郎でした。
2023年12月1日(金) 某ダンジョンで出会いを求めるゲームで猪人を引き当て歓喜に打ち震えながら。




