真面目で合同で章 2 (ブリザラ&アキ編) 一歩にも満たない僅かな歩み
ガイアスの世界
サイデリー王国 最上級盾士
最上級盾士とはサイデリー王国の国専属職である盾士の最終到達点であり、サイデリーの東西南北にある宮殿の最高責任者でもある。
しかし最上級盾士は盾士ならば誰もがなれるものでは無い。盾士の技術が最も優れた者だけがなれる最上級職である。
四つの方角を守護することを任された最上級盾士は最大四人までしかなれない決まりで、最上級盾士の一人が引退するか、亡くなった時に新たな最上級盾士が選抜される。
サイデリーの歴史上、現在の最上級盾士の四名は、歴代の最上級盾士の中でも最強の守り手だと言われている。
真面目で合同で章 2 (ブリザラ&アキ編) 一歩にも満たない僅かな歩み
剣と魔法の力渦巻くガイアス
巨大で強固な壁に囲まれたサイデリー王国は、氷の宮殿を中心とした4つの地区に分かれている。各地区には、最上級盾士というサイデリーで4人しかいない盾士の頂点に立つ者が一人、盾士の部隊長としてその地区の守護を任せられている。
彼らの存在はサイデリーの強固な守りの要であり日夜巨大で強固な壁と共にサイデリーの平和を守っているのであった。
― サイデリー王国 北地区 氷の宮殿付近 ―
「竜が侵入した疑いがある、直ちに商業区へ部隊を向かわせろ!」
盾を担いだサイデリー王国の盾士の報告を聞いた北地区の守護を任せられている最上級盾士ガリデウスは、集まっていた盾士達に伝えると苦い表情になった。
「突然商業区に……竜のような咆哮……ありえん」
部下である盾士達に指示を出しはしたはいいが、その情報を未だ信じられないと言った様子のガリデウスもその真相を確かめるべく氷の宮殿を背にその足を商業区へと向かわせる。
「が、ガリデウス隊長!」
商業区へ急ぐガリデウスの前に、国に仕える魔法使いが息を切らせながら走ってきた。
「何事だ?」
一刻も早く商業区へ向かわねばと思いながらも自分を呼ぶ魔法使いに足を止めるガリデウス。
「東地区、最上級盾士部隊長、グラン隊長から『意思伝達魔法です』
「グランか……分かった、繋いでくれ」
魔法使いの言葉に頷いたガリデウスは、魔法使いの肩に手を添えた。
「では行きます!」
ガリデウスが頷くのを確認すると魔法使いは目を閉じ瞑想状態に入る。するとガリデウスの頭にガリデウスと差ほど年齢が変わらない男の声が響くのであった。
― サイデリー王国 東地区 宮殿付近 ―
「繋がりました」
サイデリーの東に位置する壁の近くにある東宮殿にある一室でガリデウスと同様に魔法使いの肩に手を当てた男、東地区を守護する最上級盾士グラン=ニヒトの姿があった。
「ガリデウスか?」
立派な髭を蓄え、これぞ武人といった風貌のグランは、自慢の髭を撫でながら、北地区にいるガリデウスに声をかけた。
≪ああ、そうだが何用だ、私は今忙しい≫
『意思伝達魔法』によって会話が繋がったガリデウスは、繋がった早々暇では無いとグランを突っぱねる。
「何用って、今お前の地区から竜のような咆哮が聞こえたぞ! 大丈夫なのか?」
どうやらグランは、東地区まで響き渡っていた竜の咆哮を聞き、北地区を守護するガリデウスから情報を聞き出そうと連絡したようであった。
《ああ、だから今から現場に向かう所だ……昨日の王襲撃といい、春の式典の開催が決まってから色々と問題が起こる》
そう愚痴を零すガリデウス。
「そうか……あの咆哮の響き方からすると、他の地区へも当然響き渡っているだろう……当然他の地区の奴らからも何事だと連絡が来るだろうから私が説明しておく、だからお前は情報が分かりしだい報告をよこせ」
宮殿の中で年長者であるガリデウスと対等に話す事が出来る数少ない人物であるグランはそう言うと唐突に『意思伝達魔法』を切った。
「……このサイデリーに竜が侵入したとなっては、春の式典の開催は危ういかもしれんな……」
自慢の髭を撫でながら宮殿の窓の外を見つめそう呟くグラン。
「いや……ブリザラ様のことだ、それでも強行するかもしれん」
昨夜、王襲撃の後、ガリデウスによって氷の宮殿に招集された自分達の前でブリザラの姿を思い出したグランは自分の考えを改めそう呟く。
「グラン隊長?」
「ああ、悪い、南と西の最上級盾士に繋いでくれ」
横に立っていた魔法使いの言葉に反応したグランは、ガリデウスと約束した事を実行する為、他の最上級盾士に連絡をとるのであった。
「はい!」
兵はグランの言葉を聞き終えるとすぐさま踵を返し他の兵の下へ走っていった。
「頑固なところは父上に似ておられる」
― サイデリー王国 商業区 ―
『こちらも聞きたい、なぜクイーンは黙り続けている?』
商業区の裏路地で対峙する漆黒の全身防具を纏う男、アキと自分の体よりも巨大な盾を持つサイデリーの王、ブリザラ。しかしアキに向けて話しているのは話しているのはブリザラでは無く、その手に持たれた伝説の盾キングであった。
「いやいや、それを聞きたいのはこっちだ? 一体あんた達が集まった時に何があった?」
『……ッ!』
盾であるが故にキングが今どんな感情を抱いているのかアキには伝わらない。キングは拭きの言葉に動揺していた。
《……こやつ……我々が集まっている事を知っている……クイーンめ余計な情報を伝えたな》
アキが纏う漆黒の全身防具伝説の防具の名を心の中で口にするキング。
「集まっていた?」
そこで事体を飲み込めないブリザラがアキの言葉の真意を尋ねるように首を傾げた。
『あ、いや……これはだな王』
「……? 何だ、そこのオウサマはお前達が会っていることを知らないのか?」
「会っている?」
更に首を傾げるブリザラ。
『くぅ……余計な事を口にするな小僧!』
アキの言葉に慌てるキング。
「ああ!」
しかしその直後ブリザラの口からは何か納得したように声が漏れる。
「もしかして会っているって私が寝ていた時にキングが何処かに行ってた時のこと?」
『なっ! ……』
盾故にキングの表情は分からないが、ブリザラの言葉にその声ははっきりと驚きを漏らしていた。
『……王よ……私が出かけている事を知っていたのか?』
「うん、私が寝ている時、キングの気配が薄くなったことがあったから」
ニコニコと笑みを浮かべながらキングの問に頷くブリザラ。
『そ、そうか……』
隠しているつもりであったが、全く隠せていなかったという事実に頷くような声を出すことしか出来ないキング。
「それで、何があったんだ?」
キングとブリザラの会話を黙って聞いていたアキは、鋭い眼光でキングを見つめるとキング達が集まった時に何があったのかを聞いた。
『むうぅぅぅ……』
あの場で起こった事、それを自分達の所有者であるブリザラ達に話していいものなのか悩むキング。
「……世界の危機……てやつなんじゃないのか?」
『ッ! ……』
「おい、クイーンと仲良くダンマリすんなこの盾野郎!」
「はっ!」
黙り込むキングに怒りを露わにするアキ。殺気だったアキの目にブリザラは凍りつくように体を強張らせた。アキの目が先程自分を襲った黒装束の女と同じ目をしていたからだ。思わずアキの殺気に後に一歩後退するブリザラ。
『小僧……その殺気、誰に向けている?』
静かな声でキングはアキに問いかけた。
「決まってんだろ!」
次の瞬間、ブリザラとキングに向かってアキは飛び出す。手甲の形状を鋭い剣に変化させたアキ。
『ふん!』
アキが目の前に迫った瞬間、キングは自身の形状を変化させる。それを踏み台に飛び上がるアキ。目の前で何が起こったのか分からないといった驚きの表情で自分の頭上を飛び越えていくアキを見つめるブリザラ。
キングを踏み台にして飛び上がったアキの視線の先、そこには不気味な笑みを浮かべる笑男の姿があった。
「スカした笑み浮かべてんじゃねぇえええええ!」
手甲を変化させた剣に渾身の力込め振うアキ。斜めから入った剣筋は笑男の鎖骨を捉え、そのまま胴を流れるように切り裂いた。
「ふふふふ」
しかしまるで煙を切ったように手応えが感じられないアキ。笑男は体がほぼ真っ二つになったというのに表情は変わらず不気味な笑みを浮かべたままであった。
「……どうやら私の思い通りにはならなかったようですね……しかしそれもまたいい……結局運命は私の思惑通りに交わったのですから……」
『運命……?』
煙のようにその体が空へと昇り消えていく笑男の言葉に反応するキング。
「ふふふ、今はどちらも種……その種が芽吹く時、世界は大きく変わる……またお会いしましょう、魔の王……そしてまだその力の意味を理解していない幼き王よ……」
そう言うと笑男は跡形もなくその場から消え去った。
「お前は何がしたいんだああああああああ!」
嘲笑うように空に消え去った笑男に怒りの叫びをあげるアキ。
「動くな!」
その時だった。叫ぶアキの周囲を囲うようにして現れる盾士達。叫ぶアキの姿に警戒する盾士達の中心には、最上級盾士の証である白銀の盾を構えたガリデウスの姿があった。ガリデウスはサイデリーを守護する者としてアキに動くな命じる。
「……ああ? ……」
笑男を逃したことによって完全に機嫌を損ねたアキは、自分に盾を向けるガリデウスにはっきりと分かる殺気で答える。
「お前が騒ぎの元凶か?」
商業区に響き渡った竜のような咆哮、それとは異なる叫びをあげていたアキではあったが、ガリデウスはアキを不審者と認定した。
「ガリデウス!」
ガリデウス達が突然現れたことに驚きの声をあげるブリザラ。
「王!」
それはガリデウスも同様だったようで、裏路地にいたブリザラにガリデウスは驚きの表情を浮かべた。だがすぐにガリデウスは目の前のアキに視線を戻し最上級盾士の顔に戻る。
「王を保護しろ……すぐにだ!」
「ハッ!」
近くの盾士に指示を出すガリデウス。即座に反応した盾士達数名はブリザラの下へと駆け寄る。
「お前……一体ここで何をしていた?」
「何を……だと?」
一切収まることの無いアキの殺気によって盾士達があとずさりする中、その殺気を一番に受けているはずのガリデウスは全く物怖じせずに前へと出る。
「待ってガリデウス! この人……」
盾士に保護されたブリザラはその隙間を縫って顔を出しガリデウスに話しかけようとしたのだが、その瞬間、キングが伸ばした触手のような物で口を塞がれてしまった。
「兎に角、話を聞きたい、大人しく付いてきてもらおうか」
ガリデウスは目の前に立つ男がサイデリーの町に響き渡った竜の咆哮に関与しているのか、そして昨夜ブリザラを襲撃した者と関係があるのかアキから聞き出す必要があった。そして何よりなぜこの場にブリザラが居るのか問い詰めなくてはならなかった。
「んんんんッ! んんん!」
口を塞がれたブリザラは必至で抵抗するがキングの拘束は解けない。
「素直にはい、そうですかって従うかよ!」
この場でブリザラが襲われていたことをアキが素直に言えば、もっと簡単に事は進んだのだろうが、頭に血が上った今のアキではそこまで頭が回らない。そしてこの場で一番の発言力を持っているはずのブリザラがキングによって拘束されているというのがこの事態を更にややこしくしていた。
「そうか、それは残念だ」
全く残念そうでは無いガリデウスは銀の盾をアキに向けて構えた。それに合わせるようにアキも手甲を変化させた剣を構える。まさに一触即発、何が引き金になるか分からない状況に盾士達は動くことも音を立てることも出来ずの二人の動きを見つめていた。
「馬鹿なことしてないで頭を冷やせ」
だがそんな空気をぶち壊すように子供の声がアキ達のいる場所に響く。すると突然滝のような雨がアキ達を襲った。
「何!」
空を見上げるガリデウス。しかしガリデウスが見上げたサイデリーの空には雨雲一つ無い。
「ウルディネか!」
こんなことができるのはウルディネしかいないと確信したアキは周囲を見渡しウルディネの姿を探す。
「こっちだアキ」
そうアキに呼びかけるウルディネ。誘われるように声のしたほうに視線を向けるアキ。ウルディネがいた場所は先程自分が立っていた場所と全く同じ場所であった。
「お前、今まで何処に行ってたんだよ!」
嫌な気配を感じ裏路地に向かっている途中気付けばいなくなっていたウルディネ。そんなウルディネが今の今までどこにいたのかと尋ねるアキ。
「そんなことは今はどうでもいい、状況か悪い、逃げるぞ!」
ウルディネはそういうとアキに自分の所に来るように手を振る。しかしアキはすぐにウルディネから視線を外し自分のことを見つめるガリデウスに視線を戻した。
「だそうだ……悪いな……」
そう言い残しその場を後にしようとするアキ。
「逃がすか!」
アキの後を追うように動きだすガリデウス。その時であった。
『何ッ!』
バチリという音と共に、ブリザラの口を塞いでいたキングの触手が弾かれる。
「やめてッ!!」
ただその一言。ブリザラがそう口にしただけで周囲の空気が振えるように振動する。
「なっ!」
周囲の空気が振えたかと思えば、まるで金縛りにあったようにブリザラの声を聞いたガリデウスの体が硬直する。なぜ身動きできないのか理解できないガリデウスは思わず驚きの声を上げる。だが驚いていたのはガリデウスだけでは無い。裏路地に響いたブリザラの声の影響はガリデウスだけでは無くその場にいた者全てにかかり、アキや盾士達も自分の体が自由に動かないことに何が起こったのかと戸惑いや驚きの感情が表情に浮かぶ。
『……まさかこれは『王領域』なのか』
周囲に起こった状況、そして深紅に染まった瞳でガリデウス達を見つめるブリザラの姿にキングはそう呟いた。
「おいおい、何なんだよ、このオウサマ……」
得体のしれない力を前に顔を引きつらせるアキ。
「……まさか私まで動けないとは……」
上位精霊である自分さえ身動きが取れないことに驚くウルディネ。
「……そこの二人、あなた方が争う必要はありません、矛と盾を納めてください……」
ブリザラのその言葉になぜか抗えないアキとガリデウスは納得していない表情のまま互いの得物を静かに下ろした。
「キング……なぜ私の口を塞いだのか、その理由を後で聞かせてください」
アキとガリデウスに向かっていた深紅の瞳はゆっくりとキングへと向けられる。
『むむむ……わかった』
ブリザラの瞳に抗えないのか言葉を濁しながらも同意するキング。その言葉に納得したのかブリザラはゆっくりと目を閉じる。するとそれが合図とでも言うようにその場にいた全員の体の硬直が解かれていく。
自分の身に何が起こったのか未だに理解が出来ていない盾士達は困惑したままざわついている。そんな中、ブリザラは盾士達と同じように驚き戸惑っているガリデウスに視線を向けた。
「……ガリデウス……私の話をきいてくれますか?」
「え、ああ、はい」
整理がつかない頭のままブリザラの言葉に頷くガリデウス。
「……この人は、アキさんは私を助けてくれた人です、決して悪い人ではありません」
普段の瞳の色に戻ったブリザラはガリデウスにアキの無実を訴える。
「……そしてアキさん、どうか今はその怒りを鎮めてもらえませんか」
ガリデウスから視線をアキに向けたブリザラは、アキに怒りを鎮めるよう願う。
「……あ、ああ……」
ブリザラの言葉に呆気にとられたように頷くアキ。今まで抱いていた怒りはブリザラの得体の知れない力の前に何処かに飛んで行っていた。
「ふぅ………」
アキが同意してくれたことにブリザラは一安心と一つ息を吐くのであった。
突然自分達の身に起こった事に戸惑い驚く盾士達が落ち着きを取り戻した頃、ブリザラはこれまでの経緯をガリデウスに簡単に説明した。
「……その話が本当だとすれば、この者は王の身を守ったということですか?」
「はい、その通りです、先程の竜の咆哮も賊に狙われた私を助ける為にこの秋さんが放ったものです……そうですよねアキさん?」
サイデリーの町に響き渡った竜のような咆哮、竜の咆哮の説明をするブリザラはアキに同意を求めた。
「あ、ああ……」
大分落ち着きはしたが未だブリザラに対して完全に驚きが抜けきらないアキは、ブリザラに言われるがまま頷く。
「有り得ない……竜を使役している場合や、竜に関した道具持っているならば、百歩譲って竜のような咆哮を放つことは可能かもしれませんが、人が生身で竜のような咆哮を発声できるなど私は聞いたことがありません」
ガリデウスの言う通り、竜を使役することが出来れば、竜の咆哮を放つことは簡単である。しかし魔物の頂点の一つに君臨する竜を使役するなど早々にできるものでは無い。
竜に酷似した擬竜と呼ばれる魔物を使役している者達の話はガリデウスも耳にするが、擬竜の咆哮はせいぜい100メートルといった所でサイデリーの町全体に響くような咆哮を発したりはしない。
竜の力が宿った道具に関しても強力な竜の素材を使って作る道具や武具などはとても高価で目の前のアキが所持しているとはガリデウスには思えなかった。
だがブリザラはそのどちらでも無くアキ自身が竜の咆哮を放ったと言う。ガリデウスが言った使役や道具ならばまだ可能性はあるが、人間の生身で竜の咆哮を放つというのは現実離れした話であり到底ガリデウスは信じられないものであった。
『竜に関した道具……』
ガリデウスの言葉に反応するキング。竜の咆哮を使役でも無く道具でもなく生身で放つ方法にキングは心当たりがあった。
『……なるほどな、クイーンが沈黙を続ける理由が分かった』
「なッ! 盾野郎、それは本当か?」
キングを盾野郎と呼ぶアキは、キングに詰め寄ろうとする。
「お前! 王に対して無礼だぞ!」
キングに詰め寄る、それはブリザラに詰め寄ると同義であり最上級盾士であるガリデウスは何処の馬の骨とも分からないアキのその行動を許す訳にはいかなかった。
「邪魔だどけ!」
ブリザラと自分の間に割って入るガリデウスを心底邪魔だという表情で払いのけようとするアキ。しかし防御に関して最強を誇るガリデウスの完璧な防御の前にアキはキング及びブリザラに近寄ることが出来ない。
『慌てるな小僧、今説明してやる……これはお前にとつても重要な事だ』
「お前さっきから俺の事を小僧って言うけどな俺は小僧じゃねぇ!」
ガリデウスにブロックされながらアキはキングに対して文句を言う。
『それはこちらの台詞だ、私は盾野郎などでは無い!』
「はぁ……」
下らないことで言い合いになったキングとアキに呆れるブリザラ。
「全く男とは本当にどうでもいいことで言い争いになるな……」
「ええ、本当……て、あなたは……」
いつの間にか自分の横でアキとキング、ガリデウスを呆れた表情で眺めているウルディネに気付くブリザラ。
「あなたは……一体……」
不思議な雰囲気を放つ少女ウルディネという存在に興味を魅かれるブリザラ。
「私か……うーん、私は……ウルディネだ、それ以上でもそれ以下でも無い」
自分の身分を話すとなると色々面倒だと思ったウルディネは自分でも苦しいかと思える答えをブリザラに口にした。
「ウルディネ……ちゃん……ウルディネちゃんね!」
だがどうやらブリザラはウルディネの答えを素直に受け取ったらしく笑みを浮かべ頷く。
「……ちゃん? ……ま、まあそれでいい……」
数百年生きてきたウルディネは自分をちゃん付けで呼ぶ者など記憶にいない。違和感を抱きつつも悪くないと思ったウルディネはブリザラのちゃん付けを認めた。
「さて、これではまともな話が出来ませんね、一旦宮殿に戻って改めてお話をするというのはどうでしょうか?」
ウルディネに笑みを浮かべていたブリザラは、騒がしくしている大人達に視線を戻すと一旦この場は切り上げて宮殿で改めて話をしようと提案する。
『な、何を言っている王、こんなよく分からない小僧を宮殿に上げるなど』
「私はかまいません、この者の疑いが晴れた訳では無い、じっくりと宮殿で話を聞きましょう」
アキを宮殿に連れていくことを否定するキング。しかしガリデウスはブリザラの提案を飲んだ。
『ガリデウス殿!』
裏切られたという思いが籠った声でガリデウスの名を叫ぶキング。
「申し訳ない、だが上級盾士としてこの得体の知れない者を町に野放しにする訳には……」
「おい、ちょっと待て! 何勝手にお前らだけで決めているんだ! 冗談じゃない俺は宮殿になんかいかないぞ!」
「宮殿についてきてくれないというならば……キングの話を聞くことはできませんが?」
「くぅ……」
ブリザラの言葉が効いたのか動きを止めるアキ。
「分かった、連れていけ……」
自分ではなぜクイーンが沈黙しているのか分からないアキは、その理由を知るキングから聞かなければならないと思い素直にブリザラの言葉に応じることにした。
『むむむむ……』
自分をだしに使われたキングは納得できないというような声を漏らす。
何とも騒々しい状況が一段落を迎え、まるで盾士に連行されるようにアキは宮殿へと歩き始める。その後を追うクイーン。
そんなアキ達の背中を見つめるブリザラに近寄るガリデウス。
「王……」
「はい」
ガリデウスに視線を向けるブリザラ。その瞬間、乾いた破裂音が響き渡る。突然響く乾いた破裂音に周囲で事後処理をしていた盾士達は驚きの表情を浮かべていた。
「ガリデウス……」
『すまないなガリデウス殿、その平手の意味、理解はできるのだが私は王を守る盾、例え王が間違いを犯しその間違いを正す為の行為だったとしても私は王をあらゆる痛みから守らなければならないのだ』
ブリザラの頬を狙ったガリデウスの平手打ちは、キングによって完璧に防がれブリザラの頬に当たることはなかった。
「……さすがですなキング殿……」
手に感じる痛みを噛みしめながらガリデウスはその手を下ろす。
『……王よ……なぜガリデウス殿がこんなことをしようとしたのか分かっているな?』
ガリデウスの行動を止めてしまった分、キングはガリデウスの変わりにブリザラに問いかけた。
「……」
普段の表情でも無く最上級盾士としての表情でもなく親としての表情を浮かべるガリデウスの顔を見たブリザラは思わず俯く。
「ごめんなさい……」
顔を上げないブリザラ。しかしガリデウスが言いたいことは理解したようで、ブリザラはガリデウスに謝った。
『ガリデウス殿、王の行動を止められなかった事、私も申し訳なく思っている』
一番近くにいながブリザラの行動を止めることが出来ず危険に晒してしまった事に対してガリデウスに詫びるキング。
「……王の行動を止められないのは何時ものこと……ですが王、今回の事で思い知ったと思います、あなたが勝手な行動をとれば皆が心配するのです、それは私も同じです、どうかそのことを心に留めておいてください」
普段あまりブリザラにはみせない表情で優しくそう言ったガリデウスは、ブリザラに背を向けると周囲で驚きの表情を浮かべていた盾士達に撤収の指示を出し始める。
「……私……このサイデリーに甘えていたんだね……」
撤収作業を始めた盾士や指示を出すガリデウス達を見つめながら、自分が今までどれだけ心配をかけてきたのか、そしてどれだけ恵まれているのかを痛感するブリザラ。
『ああ、それを理解し感謝の心を忘れないことこそが、このサイデリーの真の王であると私は思うぞ』
それは一歩にも満たない僅かな歩み。しかし着実にブリザラはサイデリーの王として成長していると思うキング。
「うん」
静かに頷いたブリザラは改めて自分を支えてくれている者達の背中を見つめながら宮殿の帰路につくのであった。
ガイアスの世界
「意思伝達魔法」
遠くにいる相手と会話する魔法である。基本、国に雇われた魔法使いがまず覚える魔法である。
元々は魔法使い同士で連絡を取り合い情報交換するという小さいネットワークであったのだがその魔法の有用性を感じたとある国の王が、国専属で魔法使いを雇い元々小さなネットワークしか無かった意思伝達魔法を国の規模にまで広げたことが、意思伝達魔法を国で運用する始まりであった。
戦争などでも意思伝達魔法の有用性は絶大で、それを知った他大陸、他国は競うようにして国で魔法使いを雇うようになったという。
「王領域(キングオブテリトリー」
ブリザラの一言によって突然周囲の者達が突然金縛りのように身動きが取れなくなった現象を見てキングが呟いた言葉。
それがどういった力なのかまだ分からない所が多い。しかしブリザラの瞳が深紅に染まる現象と関係があることは確かである。




