似た者同士
ガイアスの世界
今回ありません
似た者同士
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
換気もままならない地下に流れる空気は淀んでいることが多く、それはヒトクイの首都ガウルドの象徴であるガウルド城の地下にある特別監獄も変わらない。そしてその特別監獄内は夜歩者が放った『闇』によって更に環境が悪化していた。はずだった。
だが今特別監獄内に充満する空気は清々しく澄み渡っている。特別監獄内の環境を一変させた原因、それは突如降臨した女神が放つ『聖』にあった。
女神が放つ『聖』は夜歩者が特別監獄内に振り撒いた『闇』を全て浄化したのだ。そしてそればかりか特別監獄内の重く淀んでいた空気すら浄化し、まるで外にいるかのような清々しく澄み渡る空気をもたらした。特別監獄最奥にある小部屋を除いて。
— 特別監獄最奥 小部屋 —
特別監獄の最奥に位置する小さな部屋。そこから放たれる『闇』は、先程まで充満していた夜歩者が放った『闇』よりも更に高濃度なもので、常人が一瞬でも触れればたちまち体は腐り果て溶けてしまう程であった。夜歩者が放ったものよりも厄介で即死性のある『闇』。しかし夜歩者が放ったもののように特別監獄中にその『闇』は広がって行かない。その原因は女神が放つ『聖』にあった。小部屋から放たれる高濃度の『闇』は、女神が放つ『聖』によって抑え込まれていたのだ。
「さあ、始めよう、あの時の続きをなッ!」
しかし抑え込まれているとは言え女神の放つ『聖』と拮抗できる程の『闇』。そんな『闇』を内包し放つことが出来る存在を前にして聖狼の姿となったガイルズは、まるで喧嘩の再戦を望むチンピラのような様子でそう吠えた。
「中々良い攻撃をするようになったね」
頭部を吹き飛ばされたそれは声を発声する器官を失っているというのに、ガイルズへ向けそう喋りかけた。
「だが、残念だ……」
吹き飛び小部屋内の壁に飛び散った肉片がまるで時間を巻き戻すように頭部を失った体へと戻って行く。
「……その程度じゃ僕……俺は倒せない……」
今や女神の放つ『聖』と拮抗する程の『闇』を内包する青年。夜歩者の上位存在にして『絶対悪』の残滓と繋がりを持ってしまった闇歩者スビアは、夜歩者を上回る速度で自己修復した顔をガイルズに向け不敵な笑みを浮かべた。
「どっせいッ!」
しかし次の瞬間、聖狼の姿となったガイルズの拳によって不敵な笑みを浮かべたスビアの顔は再び肉片の塊となって吹き飛んだ。
「……所詮は獣……久々の再会に花をさか……」
再び頭部を吹き飛ばされて尚、まったくその状況に動じず話を続けるスビア。その間にも吹き飛んだ頭部は修復を始める。
「花? 俺はお前と花の話をしにきた訳じゃねぇ!」
言葉を遮るようにガイルズは修復を始めるスビアの頭部へ更に拳を放つ。
「……なるほど……もう俺達の間に会話は必要無い……そう言いたいんだね」
頭部を吹き飛ばされながら納得したように頷くスビア。
「ゴフゥ!」
それは一瞬、頭部が修復途中のままスビアは自分に向かって来るガイルズの下顎を己の右の拳で吹き飛ばした。
「いいだろう、お前のその意思、受けて立とうじゃないか」
会話など不要。拳で語りあいたいという意思を汲み取ったスビアは、その威力で下顎を失い跳ね上がったガイルズの顔面に左の拳を振り落とした。
「……ッ!」
直撃したスビアの左の拳によって水気のある果物が弾けるように今度はガイルズの頭部が弾け飛ぶ。
「……」
スビアの放った拳によって頭部が吹き飛んだガイルズの肉体は、両腕をだらりと下げてその場に立ち尽くしていた。
「おいおいそれで終わりじゃないだろう聖なる獣よッ!」
煽るように、挑発するようにそう叫んだスビアは無防備となったガイルズの体に右の拳を放つ。
「んな訳ねぇだろッ!」
ガイルズへ放ったスビアの拳は届くことなく腕の構造を無視て折れ曲がった。
「きひッ!」
己の腕が折れたにも関わらず、奇妙な笑い声をあげるスビア。白い煙を纏いながら骨、肉、皮、毛という順に元通りの形へと回復していくガイルズの顔を見つめながらそうでなくてはスビアの顔が歓喜に染まる。
「うらぁッ!」
その笑顔を歪めるようにガイルズは硬く握った拳でスビアの頭部を吹き飛ばした。
夜歩者を殲滅する為に作られた人族の最終兵器、聖狼。奇しくも殲滅する対象と同等の能力、自己回復を持った聖狼は、その頑丈さと内包する『聖』を力に変えることで、夜歩者との戦いに勝利した。
「無駄だぁ!」
しかしガイルズが対峙する存在は違う。
「ガハッ!」
瞬時に自己修復が発動し、吹き飛んだ頭部が元通りになったスビアは、ガイルズの頭部に己の拳をねじ込んだ。その衝撃に息を吐いた瞬間、破裂するガイルズの頭部。
ガイルズが対峙する存在は、夜歩者を狩る聖狼を狩ることが出来る唯一の存在、闇歩者。戦争末期に完成した為、戦場に投入されることの無かった夜歩者が作り出した悲しき最終兵器である。
似た境遇にある両者。しかしその性能は後出し石拳の如く聖狼を狩る為に作られた闇歩者の方が高い。
「にひぃぃぃぃ」
以前までのガイルズならばもう立つこともできなかっただろう。それほどまでに闇歩者との力の差はあったはずだ。しかし今のガイルズは違う。
「うりゃあああああ!」
まるで巨大な魔物が小さな魔物を踏みつけるように振り下ろされたガイルズの拳は、スビアの頭部だけに留まらず上半身までをも吹き飛ばした。
ガイルズはスビアとの力を埋める為、抗えない種族同士の性能差を越える為に聖狼の生みの親とも言える森人を探しだした。そしてその森人の力を借り、内包する『聖』を極限にまで高めることに成功したのだ。
「ふふふ、訂正しよう……確かにお前は強くなった……しかし聖なる獣よ……足らない、その強さでは俺には届かない」
今までに放ったどの拳よりも『聖』を込めたガイルズの一撃。だがそれでもスビアは立ち上がる。一秒前に吹き飛んだ上半身は、一秒後には元通りになってガイルズの前に立っている。
「あはッ……ふふ、ガハッ……ガッハハハハッ!」
どれだけ力を込めて攻撃しても壊れず立ち上がってくる存在。人生を戦いに捧げてきたガイルズにとってこんな相手は初めてだった。本気で殴り合える存在、好敵手の存在に自然と歓喜が込み上げるガイルズ。
「きひぃ……あっはははははははッ!」
それはスビアも同じであった。
誕生した時には既に戦は終わり、その役目を失ったスビアのこれまでの時間は無駄といっていいものであった。歯向かってくる者は撫でるだけで消し飛んでいった。その撫でていた手を硬く握り拳として振っても死なない相手など始めてだった。この時初めてスビアは自分を生み出したこの世界に僅かな感謝の念を抱いた。
((こんなに楽しい時間を終わらせたくない))
殴り合いながら二人の脳裏に浮かぶ想い。似た境遇にある二人の脳裏に浮かんだ望みが全く同じであったとしてもそれは偶然などではなく必然と言える。それほどまでに両者は求めていた、本気で戦える強者を。
「残念だ……残念だよ」
「ああ……本当に」
しかし永遠は存在しない。必ず終わりはやって来る。拳で殴り合うことで、語らうよりも遥かに互いを理解し合う二人の間には確かに絆のようなものが生まれていた。だからこそ分かってしまう。終わりが迫っているということを。このままの状態でいられないということを。戦いを始めたからには勝者と敗者を決めなければならないということを。
殴り合っていたガイルズとスビアはどちらともなくその拳を止め、距離を取った。
「楽しかったぜお前との殴り合い」
「こちらもだ、もう二度とこんな時間は味わえないだろう……」
この時初めてまともな言葉で会話を交したガイルズとスビアは、両者とも名残惜しそうだった。
「……」「……」
今まで殴り合っていたとは思えない程、和やかな雰囲気が二人を包み込む。だがその時間は一瞬で過ぎ去ることを両者は知っている。次に動いた時、勝負は決まる。その攻撃は今までのような楽しむ為のものではなく本気で相手を消しにくる一撃。この時間を終わらす為の一撃であるとガイルズとスビアは確信していた。
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