真面目に合同で章 1 (アキ編&ブリザラ編) 交わる道
ガイアスの世界
サイデリー王国の町並み
サイデリー王国の中で氷の宮殿は北に位置していて、宮殿の門から南に向かって大きな道が一本ある。その道の中心が商人達が商売をする商業区である。商業区を中心として十字路になっており、サイデリーの人々が住む家がある居住区がズラリと並んでいる。
東南北の端にはそれぞれ方角を守る宮殿があり、東宮殿、南宮殿、北宮殿、と呼ばれており各宮殿には最上級盾士を隊長とした部隊が存在する。
サイデリー王国を四方から守る最上級盾士を隊長とした部隊の存在がガイアス一強固な国と呼ばれる要因の一つである。
真面目で合同章 1 (ブリザラ&アキ編) 交わる道
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
ガイアスの空を支配していた太陽が傾き、欠けた月がその支配を受け継ぎ昇り始めた頃、極寒の大陸フルードにある強固な壁に守られたサイデリーの気温はみるみうるうちに下がっていく。春の訪れなど本当は嘘なのではないかと思う程に気温が下がるサイデリーの町だが、春の式典を控えた町の人々達は準備の忙しさとその先に待つ希望で寒さなど気にしている様子は無かった。
完全に太陽がその姿を隠し、周囲が暗くなっても町の人々は春の式典の準備を続けている。そんな暗くとも騒がしいサイデリーの商業区を歩く漆黒の全身防具自我を持つ伝説の防具クイーンを纏うアキと、防具屋、日々平穏で毛皮付きフードのローブを購入しその身に纏った水を司る上位精霊ウルディネは、今日自分達が止まる宿を探していた。
「まさか……あの女がこの国の王だったなんて……」
防具屋、日々平穏で出会った少女ウルディネの顔を思いだしながらそう口にするアキ。
「まったくお前という奴は、町について早々ナンパ……しかもその相手が少女にしてこの国の王とはお前は少女趣味でもあるのか?」
見た目の幼さに反して毛皮のついたフードをスッポリかぶったウルディネは口をニタニタと少女らしからぬ下衆な笑みを浮かべその視線をアキに向ける。
「……はぁ? ……あれをどう見ればナンパなんだ? それに俺にそんな趣味は無い! 明らかにあのオウサマが俺に突っかかってきただけだろ?」
ウルディネのナンパ発言と少女趣味を全力で否定するアキ。
「はぁ……お前は女を……特に幼女を引き付ける星の下にあるようだが……肝心である女心は理解出来ていないようだな……それでは一人前の女たらしにはなれないぞ」
「おい、だから俺にそんな趣味は無いっていってるだろ! それになんだその女たらしって……いつ俺がそんな下らん者になるって言った?」
ウルディネはどうにかしてアキを少女趣味に仕立て上げたいのか、しつこく幼女を強調する。そんなウルディネに対して何を勘違いしているのかと先程よりも更に強く否定する。見た目子供の姿をしているウルディネに良いように手玉に取られるアキは、自分は一体どんな人間だと思われているんだと頭を抱えた。
「ああ、そう言えばアキよ、お前はなぜムウラガに居たのだ?」
「何だよ突然?」
唐突に話の話題を変えたウルディネにやっと別の話題に切り替わったと内心では安堵するアキ。しかしそれを表情に出せば再びその話題で騒がれると思ったアキは、冷静にウルディネの問に対して疑問を口にする。
「お前と出会って数日経つが、そういった話はしてなかったからな」
「……ああ、お前寝てたもんな」
ムウラガからフルードへ向かう悪夢のような船旅を思い出したアキは、一瞬にしてやつれたような表情になった。
一緒にムウラガを出てから数日、ウルディネは荒れる海の中、まるでフカフカのベッドで眠るが如く安らいだ表情で眠り続けていた。それとは逆にアキは止めどなく襲いかかってくる荒れた波に自分達が乗っていたボロ舟が沈没しないよう必至で守っていたのであった。
「それで? ムウラガに来た目的は何だったのだ?」
アキの苦労を知らないウルディネは、なぜムウラガにやってきたのか質問の答えを催促する。
「あ? ああ、それは伝説の防具を手に入れる為だった……まさか手に入れた伝説の防具が喋るとは思わなかったけどな」
そう言いながら未だ口を閉ざしたままの自分が纏う全身防具、クイーンを見るアキ。
「まあそれだけじゃなくムウラガの魔物と戦って自分を鍛える為っていうのも目的の一つだったけど」
「ほう……お前は強さに憧れを持っているのか……」
チョコチョコと早歩きでアキの歩幅に合わせながら歩くウルディネは、真面目な表情でアキを見つめた。
「あ、ああ……そりゃ冒険者や戦闘職を生業とした奴らだったら皆そこを考えるだろう、誰よりも強く誰よりも前に……てな……」
自分は何の為に強くなりたいと思ったのだろう、ふとウルディネの言葉にそんなことが過るアキ。
はっきりとアキが覚えている最初の記憶は、灼熱の砂漠が何処までも続く大陸、ムハードにあるとある小国の町で大人達に暴行を受けている時の記憶だった。
なぜ自分がその小国の町で大人達に暴行を受けていたのか、その時理由は分からなかったが、今思えば治安も経済も悪かったその小国で生きていく為、盗みを働きそれが見つかったからだという事は今のアキならばしっかりと理解できる。子供が息を吐くようにその日を生きる為に盗みを働くという状況がその国では当たり前の光景であった。
己の財とその財を守り略奪する為の兵力にしか興味のなかった小国の王は、国民から高い税を徴収しその金で兵力を増強、近隣の国を侵略するという何とも破滅的な国で幼い頃のアキは生きていた。
その小国の大人は身寄りのない子供の事などただの道具としか思っておらず、当時のアキはそんな大人達の道具として殺人以外の殆どの犯罪に手を染めていた。
しかしある日アキは、唯一手を出していなかった殺人に手を染めることになる。結果的に言えばそれはアキを襲った男を切り殺したという正当防衛であるのだが、身寄りのいない子供の証言など通るはずも無い小国で自分を守ってくれる者がいないアキは、殺人犯となり小国を逃げ回る生活を送ることになった。
自分を人間扱いしてくれない不満、大人の勝手な都合にアキの心は怒りと憎しみに染まって行く。そしてアキは思ったのだ、大人の都合や不条理に負けない力が欲しいと。それがアキが力を欲した最初の記憶、理由であった。
「ふーん、人間とはそんなものか……ああ、そう言えば力と言えばお前は気付いていたか? あのオウサマの底知れぬ気配に?」
思い出したようにまた話題を変えるウルディネ。今度の話題はアキが防具屋、日々平穏で出会った少女の話であった。
「……ああ、何か生きている世界が違うような感覚はあったな」
日々平穏で出会った少女、ブリザラから放たれていた凛とした気配に言葉を失った事を思いだすアキ。その日を生きる為に汚い事をしてきたアキにとって全く別の世界の存在、そんな存在に触れてはならないと思う程、アキにはブリザラが眩しく見えた。
「……そうか……お前にはそう捉えることしか出来ないか……」
アキから視線を外し考え込むウルディネ。
「な、なんだよ……何かあるのか?」
不明瞭なウルディネの言葉に気になるアキ。
「……まああのオウサマの話は置いておくとして、それよりも重要な事がある」
「重要なこと?」
ブリザラという少女が実はアキ達がいるサイデリーの王であるということ以上に重要なことがあるのかと首を傾げるアキ。
「あのオウサマが背負っていた盾だ……」
「盾……? ああそういや背負っていたな? ん?」
ウルディネが言っていたように確かにブリザラが盾を背負っていたことに気付いたアキは、そのブリザラの姿に違和感を抱く。
「……気付いたか……そもそもなぜ王が盾を背負っていたのか? まあこの国の兵達をみる限りこの国では盾が一般武装になっているとするならば、百歩譲って王が盾を所持していることもおかしくは無い……しかしあの王、自分の身の丈に合わない巨大な盾を背負っていた……あの盾はなんだ?」
ブリザラの体と同等程の盾に疑問を抱くウルディネ。
「確かにあのオウサマの体じゃ、あんな巨大な盾背負うことすら出来ないぞ……」
本来ならばそこまで巨大な盾を背負っていたら目立つはずだが、ウルディネに指摘されるまで全く気付かなかったアキはなぜそんな目立つ姿にあの時は全くの違和感を抱かなかったのかと疑問に思った。
「気付かないうちに意識を阻害されていたのかもしれない……あの盾に……」
「はぁ? 意識を阻害するって……盾がそんな……事……」
と言いっている途中で何かに気付いたように驚きの表情になるアキ。
「……理解したな……意識阻害が出来るかはあの盾に聞いてみなければ分からないが、それが簡単に出来るだけの力を持った存在……あのオウサマが背負っていた盾は、お前が身に纏うクイーンと同じ存在なのではないか? ……」
「……ま、まさか……あの盾が伝説の盾だと言いたいのか?」
ピタリと足を止めたウルディネの背を見つめるアキ
「……ああ……」
短く返事するウルディネ。
クイーンに同族、仲間がいるという話は、フルードに向かう海の上でクイーン本人が仲間に会って来るという発言とそのクイーンがアキに施した睡眠学習の影響で知っていた。だがその睡眠学習で得た情報が正しければ今自分が身に纏っているクイーンが活動している時点で、他の伝説の武具が活動しているというのはおかしな話であった。
アキが睡眠学習によって知りえたクイーンやその仲間についての情報は、クイーン達伝説の武具は、その一つが活動するだけで、世界全体に影響を与えられる力であるということ。そしてその力で世界が混乱しないよう伝説の武具は同時には活動出来ないよう順番が決められているということであった。
しかし睡眠学習はアキにこうも言っていた。
「世界の危機の際、この制御は破棄される……」
世界の危機というのが何を現しているのか、それはアキには分からない。しかしウルディネの言っていることが本当だとすれば、それはこのガイアスに危機が迫っているということであった。
「はぁ……冗談じゃねぇ……俺は英雄にも勇者にもなる気はねぇ……」
「はて? 何の事だ?」
アキが零した言葉に首を傾げるウルディネ。
「もしあのオウサマが背負っていた盾が伝説の盾だとしたら、お仲間が近くにいるんだ、ダンマリしているクイーンが口を開くはずじゃないのか?」
ムウラガを出てから、厳密に言えばお仲間にあって来ると言って以降、一切喋らなくなり沈黙を続けているクイーン。もし仲間かが近くにいれば何かしらの行動を起こすと考えるアキは、ウルディネが口にしたブリザラが持つ盾が伝説の盾であるという話を否定する。
「ふむ……クイーンはお仲間に会いに行くと言って以降、沈黙を続けているのだったな?」
何かを考え込むようにして湿った地面を見つめるウルディネ。
「ああ……ん? なんでその事をお前が知っている? お前、その時は熟睡していただろう?」
クイーンが仲間に会いに行くとアキに伝えたのは、ムウラガから海に出た舟の上。その時既に熟睡していたはずのウルディネが自分とクイーンのやり取りを聞いていたはずがないと思うアキ。
「私を誰だと思っている、ムウラガの三分の一を支配していたと言ってもいい水を司る上位精霊ウルディネだぞ、肉体は眠っていても私の魂はずっと起きていたさ」
「……なるほど起きていたのか……ん? 待てウルディネ……」
一瞬納得したような表情になりかけたアキの体からおぞましいと思える程の黒い気配が漂い始める。
「ん? どうしたアキ?」
しかしそのアキの黒い気配に気付かないウルディネはサイデリーの商業区を再び歩き始める。
「お前さっきは寝ていたって言ったよな……」
「ああ、テイチの肉体は寝ていたぞ」
何か問題でもあるかというようにアキに振り向くウルディネの表情はサイデリー周辺に存在する氷のように冷たく固まった。
「ああ……いやその……お前が波に飲まれ四苦八苦しているのを笑いながら見ていたということは……」
これでもかという程に本音が漏れだすウルディネ。
「なるほど……偉大な精霊様は、人が死ぬ思いで波と戦っている間、その姿を見て笑っていたのか?」
まるで地鳴りのような音が聞こえるのではないかというアキの雰囲気にテイチの顔をしたウルディネの表情は引きつる。
「うぅううう……ごめんなさい……」
人間よりも遥かに上位に位置する上位精霊は、アキを前に素直に頭を下げ謝ることしか出来なかった。
「……お前……テイチが目を覚ましたら覚えていろよ……焼き尽くしてやるからな」
静かに怯えた少女のような表情をするウルディネを脅すアキ。
「あ、アキよ面白い冗談だな、水の精霊を焼き尽くすとは……はは、はははは……」
アキの言葉にテイチの顔をしたウルディネは乾いた笑いを浮かべるのであった。
「と、兎に角だ、ウルディネが喋らなくなったのは、そのお友達と会ってアキの下に帰って来てからだろう?」
どうにかしてこの話題を逸らそうと無理矢理話題をクイーンの沈黙まで引き戻すウルディネ。
「……ああ」
ウルディネの言葉に自分から沸き立つおぞましい黒い気配を断ち切るアキ。その様子に胸をなで下ろすウルディネ。
「だとすればそのお仲間の所で自分の所有者であるアキに対しても沈黙しなければならない何かが起こったと考えるべきだ」
「その何かってなんだよ?」
全く見当のつかないアキはすぐさまウルディネに答えを聞く。
「それを私が知っているはずないだろう、それを知っているのはクイーンとそのお仲間だけだ……クイーンが口を開かないことには何も分からん」
「……」
結局アキ達の前に現れた少女、サイデリーの王ブリザラが背負っていた盾が伝説の盾であるのかも、なぜクイーンが沈黙を貫いているのかも分からないままこの話は一旦ここで終わった。
「!」
するとまるで二人の会話が終わったのを見計らったかのように春の式典の準備で忙しいはずのサイデリーでアキは嫌な気配を感じた。アキと同様に嫌な気配に表情を曇らせるウルディネ。
「……どうやら何かが起こっているようだな……このサイデリーという国で」
二人が感じた気配、それはムウラガで出会った笑男に酷似したものであった。
「行くぞウルディネ!」
「ああ!」
アキとウルディネはその嫌な気配のする方へと走り出すのであった。
― サイデリー王国 商業区 防具屋「日々平穏」前 ―
『待て待つのだ王よ、何が起こっているのか分からない、ここは町にいる盾士達に任せよう』
商業区を走り抜けるブリザラ。それを止めようとする伝説の盾キング。しかしキングの言葉など耳に届いていておらずブリザラはその足を緩めることも止めることもせずに走る速度を上げる。
なぜブリザラが商業区を走っているのか、そしてそれをキングが止めるのか。それは今から数十秒前のことであった。
「ねぇキング? 悲鳴が聞こえなかった?」
商業区を歩いていたブリザラのそんな一言が始まりであった。
『いや、私には聞こえなかったが?』
ブリザラの言葉に自分は聞こえなかったと答えるキング。
「ほらまた!」
その瞬間ブリザラはキングには聞こえない悲鳴を追って走り出していた。
『待てと言っている!』
ブリザラにしか聞こえない悲鳴。これはあからさまな罠だと推測するキングは、昨晩の襲撃のことを考えブリザラに不用意なことをさせる訳にはいかないと訳にはいかないと強い口調でブリザラを止める。しかしそれでも聞く耳を持たないブリザラは、商業区にある裏路地へと入り込んでいく。
『止まらないならば!』
全く自分の言葉に聞く耳を持たないブリザラにキングは実力行使に出た。キングは自分の重量を変化させブリザラの足を止める。その重量は普段ブリザラが背負うキングよりも二倍重い。
『……な、何! 止まらないだと!』
しかしブリザラは動けなくなるどころか更に走る速度を上げた。その小さく華奢な体のどこにそんな力があるのかという勢いで、本来ならば持つことも出来ないはずのキングを背負い悲鳴が聞こえた方角へと進んで行く。
「この声……誰?」
耳に届く悲鳴。ブリザラは悲鳴をあげたのが誰であるのかを必至で考えていた。だが当然その悲鳴が誰であるのかなど分かるはずも無い。しかしブリザラは違った。ブリザラの頭の中には、サイデリーで生きる人々の全ての顔や名前、声などが記憶されているからであった。常人ではありえない記憶力を持つブリザラ。しかしこれはブリザラに限ったことでは無く、ブリザラの血筋である王家、特に王になった者には必ず備わっていた能力、特殊技能であった。ブリザラの父である先代の王もまたその前の王も遡れば初代王に至るまで例外なくサイデリーの王となった者はその計り知れない記憶力を持っていた。
その為ブリザラはその悲鳴が誰のものであるかを考えたのだ。しかしブリザラの記憶に該当する者は居なかった。
『くぅ……なぜ止まらない……』
しかしブリザラが持つ計り知れない記憶力よりも重量を増したというのに平然と走るブリザラの力に驚愕していた。本来ブリザラはそこまで力の強い娘では無い。同じ年代でいえば平均かそれより少し下回る程度であった。
元々大の男でも中々持つことが出来ない重さであるキングは、自分の所有者をブリザラと決めた時、自分を持ち運べるようにとブリザラの筋力に合わせ己の重さを調節していた。
しかし走るのを止めないブリザラを止める為にキングは自分の重さを大の大人でも絶対に持つことが出来ない程重く変化させていた。だがそれにも関わらずブリザラは動けなくなるどころか、一切重さを感じさせないような動きで商業区の裏路地を走り抜けていく。
『……またか……!』
全く止まらないブリザラに更に重さを増していくキング。それでも止まらないブリザラの瞳を見たキングは驚くように言葉を零した。
ブリザラの瞳が真っ赤に染まっていたからだ。キングがブリザラを自分の所有者と認め共に行動するようになってからブリザラの瞳が薄っすらと赤く染まるという現象は何度か目撃していたキング。その現象がブリザラの身にどんな影響を及ぼしているのかは分からないが、本人の感情の昂ぶりによって引き起こされるという発動条件は理解していたキング。
しかし今回のその現象は今までのものとは違い、ブリザラの瞳は真っ赤に染まっていた。
《……肉体強化……なのか? だがもしそうだとしてもただの肉体強化では無い……》
真っ赤に染まるブリザラの瞳と今の状況を照らし合わせた結果、キングは瞳が赤く染まることによってブリザラの肉体が強化されるという答えに行きついた。しかし魔法使いが使う強化魔法や戦士などが使う肉体強化によって自身の身体能力を向上させる術とは明らかに異なったものであった。
そもそも魔法使いが使う強化魔法では詠唱が必要であり戦士にも肉体強化を発動させる為の溜めの時間が必要になってくる。二つとも例外はあり無詠唱、無溜めで発動できる者は居るが、ブリザラ自身がそれを行えるかと言えば、つい最近盾士の訓練を始めた者にそんな芸当ができるはずも無い。
そして何よりブリザラの瞳が赤く染まった時の効果は、強化魔法や肉体強化で得られるものよりも遥かに高いことにあった。
強化魔法や肉体強化で得られる身体能力の向上効果は、通常時の二倍から三倍が限度と言われている。詠唱や溜め同様に例外は存在するが、ブリザラの瞳が赤く染まった時の効果は、その例外すら遥かに凌ぐものであった。
その結果キングが二倍、三倍と通常時よりも自分の重量を変化させ重くしてもブリザラには全くその重さは効かなかったのだった。
もしブリザラが盾士以外で戦う術を身に着けていたとすれば、この能力を発揮したブリザラの一撃は魔物の中でも最強の分類に入る竜ですら屠ることができるのではと思えるほどであると感じ取るキング。
『私では止められない……ならば』
ブリザラを止めることが出来ない、自分の行動が無意味であると悟ったキングは、己の重さを元に戻すと、走るブリザラを止めることを諦めたキングは、ブリザラの身を守ることに専念するしか無かった。
悲鳴の聞こえた方へ走るブリザラ。裏路地を抜けた先には開けた空間があった。
『……っ! 不味いこれは、王よすぐここから立ち去るのだ!』
何かの気配に感づいたキングの警告。
「そうはさせないよ!」
しかしどこからともなく聞こえた女性の声はキングの警告を阻止するようにブリザラの周囲に黒い結界を展開した。
「な、なにこれ! イタッ!」
ブリザラを閉じ込めるようにはられた黒い結界。恐る恐る触れたブリザラの指先に弱い電流が流れる。
『触れるな王よ! この黒い結界は王の身動きを封じるものだ……迂闊に障れば黒焦げになるぞ』
目の前に広がる黒い結界の説明をするキングはすぐさまブリザラを守るように形を変化させる。
「形が変化する盾……面白いものをお持ちのようですわね、サイデリーの王様」
黒い結界に閉じ込められたブリザラの前に姿を現したのは、黒装束に身に纏った女性一人と、筋骨隆々の男達であった。
「王様……あんたに恨みは無いけれど、ここで死んでもらうよ」
そう言いながら黒装束の女性は手に持つ小さなナイフ、クナイをブリザラに向ける。
「あなた達は何者ですか」
キングに身を守られているブリザラは、黒装束の女性を真っ直ぐに見つめる。
「王様に聞かせる程の者じゃないよ……まあそれでも聞きたいというのなら、教えてやる私は暗殺者さ」
「暗殺者……」
黒装束の女性が口にした言葉に動揺するブリザラ。
暗殺者とは外道職の中で上位職と言われる戦闘職である。名の通り暗殺を得意しており、国の王や貴族を殺すことを生業としている者が多い。だが暗殺者にも二通りある。一つは金を積まれればどんな汚れ仕事でもこなす暗殺者と国に属する暗殺者である。
一つ目の暗殺者は一人で行動する者が多く基本的には群れたがらない。それに比べ国に属する暗殺者は、一族で暗殺者をやっている者が多く、一族によって同じ防具を見に纏っていることが多い。こなす任務や仕事は酷似しているため、一緒にされがちであるが国に属する暗殺者は自分達が暗殺者と呼ばれることを嫌っており属する国では別の呼び方で呼ばれていたりする。
ブリザラの目の前に立つ黒装束の女は、見た目だけみれば後者であるのだが、その言動や雰囲気、動きからすると前者であった。
「さぁ……長引くのは面倒だ、直ぐにでも終わらせるよ」
「オウ!」「オウ!」「オウ!」「オウ!」
黒装束の女の一声で周囲にいた男達は一斉に返事をすると何やら手を素早く動かし詠唱のようなものを唱え始める。
するとブリザラを閉じ込めていた黒い結界がどんどん小さくなりブリザラとキングに近づき始める。
『ふん、こんな結界私には……』
「耳を塞げ!」
伝説の盾であるキングにとってこの程度の結界何の問題も無い。はずであった。だがキングがその結界を打ち破ろうとした瞬間、ブリザラにとって聞き覚えのある声がその場に響いた。その声を信じるようにブリザラは耳を塞ぐ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
それは人の叫びという代物では無く、だから言って獣の雄叫びというにはあまりにも猛々しい。それはまるで竜が放つ人々を恐怖に陥れるような咆哮であった。その場に広がった咆哮は、それが一つの攻撃であるというようにブリザラの目の前にいた黒装束の女や筋骨隆々な男達の耳に破壊的な痛みを与える。
「がぁあああああ!」
筋骨隆々な男達は口から泡を吐き倒れていく。
「うぅぅぐぅぅぅ……」
黒装束の女は、筋骨隆々な男達よりも耐性があるのか遅れながらも耳を塞ぎ耐えていた。しかしそれも時間の問題、その咆哮は耳だけでなく体にも影響を与えたのか、黒装束の女の体は、力が抜け始め立っていられなくなりその場にへたりこんだ。
『この咆哮を無効化した、もう手を離しても大丈夫だ』
自分の出番を持っていかれたキングは、仕方なくその場に響く破壊的な咆哮からブリザラを守るべくいとも簡単に無効化しブリザラに話しかけた。ブリザラはキングの言葉に頷くとゆっくりと耳から手を離した。
咆哮はまだ聞こえるものの、キングが言った通り自分の体に影響が出ていないことを確認するブリザラ。
やがて長い咆哮はじょじょに音量を下げ消えていく。白目をむく筋骨隆々の男達と気絶した黒装束の女の姿がそこにはあった。
「ありがとう」
キングに感謝を伝えたブリザラはすぐに視線を建物の上に立つ男に向けた。そこには漆黒の全身防具を纏った男、アキの姿とまだ耳を塞いでいるウルディネの姿があった。
「よお、またあったな」
建物の上に立つアキは、何の躊躇もなく飛び降りると綺麗に地面に着地する。
「あの……ありがとうございます」
何故か頬を染めながらブリザラはアキに対して頭を下げ感謝の言葉を告げる。
「あ? ……ああ、まあいいってことよ」
礼を言われたアキは何とも居心地の悪そうな表情でブリザラの礼に答えた。
「それで、こいつらは?」
自分が放った竜の咆哮によって失神している黒装束の女性と筋骨隆々の男達を指差しながらブリザラに事情を聞いた。
「わ……私も……分からなくて……」
一瞬自分が襲撃されたことを思いだすブリザラ。だがすぐにアキに分からないと告げる。
昨夜ブリザラが何者かによる襲撃にあったことは、氷の宮殿内だけの秘密とされ、それは王であるブリザラも例外では無かった。
「そうか……しかし一国のオウサマが一人で町を、しかもこんな裏路地をブラブラしているのは感心出来ないな……」
常に身の危険を感じる国で生きてきたアキにとってブリザラが一人で裏路地にいるという事は信じられないことであった。
「すみません……こんなこと今まで一度もなかったので」
しかしここはガイアス一平和と言われる国サイデリー。アキが生きてきた国のように常に自分の命が狙われることは無い。例えそこが薄暗い裏路地であろうと本来は何も起こらないのがサイデリーであった。
「はぁ……この世界に絶対は無い……例えそれが強固な壁に守られた国であってもだ」
全く違う道を歩んできた二人。裏切りと憎しみが渦巻き常に己の欲望を優先させる世界で生きてきたアキ、方や思いやりと愛情の中、他人を慈しむ世界で生きてきたブリザラ。全く別の方向を向いた二人の道は何の因果か突然急激に曲がり交わりをみせる。
「くぅ……化物め……」
「ん?」
失神していたはずの黒装束の女は体を震わせながら立ち上がると自分に背を向けるアキにそう呟く。
「竜の咆哮を受けたというのにもうそこまで回復したのか?」
何とか立ち上がったという感じの黒装束の女にアキは背を向けたまま話しかける。
「あいにくこういった痛みは慣れているものでねぇ!」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべる黒装束の女。すると黒装束の女は一瞬にてその場から消える。だがそれは黒装束の女が本当に消えた訳では無く、暗殺者が持つ素早さによって消えたように見えただけであった。瞬く間に素早い動きでアキの背後に詰め寄る黒装束の女。
だが自我を持つ伝説の防具、クイーンを身に纏うことによって全てにおいて人間を凌駕する存在となったアキには暗殺者の素早さなど問題では無く、背を向けていた所で脅威にはならない。
「危ない!」
しかしそれはあくまでアキ自身はそう思っているだけで周囲にいる者からすればその光景は明らかに危険な状態に見えた。そんなアキの身に危険が迫っているといち早く気付いたブリザラの体はその感覚に連動するように動き始めていた。
「何!」
どう見ても初手をとったのは暗殺者の素早さを見せた黒装束の女だった。しかし遅れながらもブリザラは黒装束の女の速度に追いつきアキの背を守るように姿を現していた。
キングを構えるブリザラは黒装束の女が振うクナイの一撃を弾く。
「そんな……!」
竜の咆哮の影響で普段より速度は低下していたものの、それでも特大盾を持った同性に自分が速度で負けるなど考えてもいなかった黒装束の女はクナイを持った手を弾かれながらキングを構えたブリザラを茫然とした表情で見つめていた。
驚いていたのは黒装束の女だけでは無い。結果的に守られる形となったアキもブリザラの反応速度とその反応速度について行く身体能力に驚いていた。
「だ、大丈夫ですか?」
黒装束の女に視線を向けたまま、アキの身を心配するブリザラ。だがその体は恐怖からなのかそれとも高揚からなのか震えていた。その姿を見たアキはブリザラが今まで一度も実戦を経験していないことを悟る。そして悟った瞬間、良く分からない怒りが込み上げてきた。
「ああ、だがな、俺は女に守ってもらう趣味はねぇ!」
今まで人に守られたことなんて一度も無かったアキは、自分の中に湧き上がるよくわからない感情を爆発させるようにそう言い放つ。それと同時にブリザラの横を走り抜ける黒い閃光。
「ぐぅふ……」
その黒い閃光は真っ直ぐに黒装束の女の腹を貫いた。胃液と交じり逆流する血が口から噴き出す黒装束の女は、崩れるようにして地面に倒れ込んだ。
「……」
それはブリザラにとって一瞬の光景。ブリザラはその一瞬で人の命が絶たれる瞬間を目撃したのだった。
「……チィ……」
つまらないことに首を突っ込んだというように舌打ちをするアキ。
「な……何で……ここまでする必要なかったじゃないですか……」
ゆっくりとアキへと振り向くブリザラ。その赤く染まる瞳には今すぐにでも零れそうな涙が溜まっていた。
「あ?」
ブリザラの言葉が理解できず思わず聞き返すアキ。
「殺すことは無かったじゃないですか! 何で……どうして……こんなにも簡単に、人を殺すぅぅぅ……ぐぅ……」
泣くのを堪えながらアキにそう訴えるブリザラ。
「お前……自分の状況が分かっているのか? お前は殺されかけたんだぞ!」
頭がおかしいとでも言うようにアキは、ブリザラの言葉を否定した。
「それでも……私は……私は人を殺すことを許さない」
「ああそうかよ……ならお前は自分が殺されそうになったらすぐにその命を差し出すのか!」
「はい!」
即答するブリザラ。
「なっ! ……」
何の躊躇もなく自分の命を差し出すと言ったブリザラに言葉が出ないアキ。本当に平和ボケしたオウサマだと思いながらアキは一つ確信を持った。
このオウサマに人を殺すことは出来ない。笑男が言っていたことは全て嘘であると。
「はぁ……平和馬鹿が……よく見てみろ」
そういうとアキは倒れている黒装束の女を指差す。アキの指先に誘導されるようにブリザラは黒装束の死体を目にする。
「?」
それを見た時、ブリザラは何が起こっているのか理解できなかった。人の胴ほどの丸太に黒装束が纏わりついていたからだ。
「あの女、暗殺者のように振る舞っていたが、どうやらその正体は忍者みたいだな」
「忍者?」
聞きなれない単語に首を傾げるブリザラ。
「忍者ってのはヒト……いや、ある国の国専属職だ……暗殺者とは似て非なる戦闘職だってきいたことがある……そこに転がっている丸太、それは奴らの『変わり身』という技だ……多分」
そうブリザラに説明するアキ。しかしその知識がうろ覚えなのか言葉に正確性が無い。
「それじゃ……あの人は……」
「ああ、死んでねぇよ……ご丁寧に仲間も回収したようだ」
先程まで倒れていたはずの筋骨隆々な男達の姿もそこには無かった。
「はぁ……そうですか、死んではいないんですか……よかった」
自分の命を狙っていた黒装束の女が死んでいないと分かるとホッとしたような表情でため息を一つ吐くブリザラ。
「何がよかっただ! さっきも言ったが自分の状況を考えろ! 一国の王が命を狙われたんだ、これは戦争になってもおかしくない状況なんだぞ!」
「戦争……?」
戦争という言葉に首を傾げるブリザラ。
「あああああ! 何でだ! どうしてだ! お前戦争を知らないのか!」
子供でも分かる戦争という言葉になぜ目の前の幼き王はキョトンとした表情で首を傾げるのかとアキはパニックになる。
「し、失礼な! 私だって戦争がどんなことであるかは知っています……」
パニックになるアキに本気で怒るブリザラ。
「きっと他の国でこういう事が起きれば戦争になるのでしょう、ですがサイデリーでは決して戦争にはなりません!」
「はぁ?」
また訳の分からないことと思うアキ。
「サイデリーは決して他国に戦争を仕掛けないという理念を持った国です、だから戦争はありえません!」
サイデリーの王としてきっぱりと言い切るブリザラ。
「はぁ……なるほど……平和馬鹿はお前だけじゃないってことか……」
ブリザラの言葉に呆れたようにため息を吐くアキは改めて、サイデリーという国が、自分が生きてきた国とは違うお気楽で能天気な国だという事理解する。そしてこんなお気楽で能天気な国がテイチの集落を襲うはずがないと確信は深まる。
『小僧……先程から黙って聞いておれば、王に対して無礼だな……』
そんな事を考えていたアキに対して今まで沈黙していたキングが声をかける。
「……おう……こちとらダンマリ決め込まれた相方に困っていたところだ、クイーンの代わりに説明して貰おうじゃねぇか……」
突然のキングの乱入にしかし驚くことは無いアキは、頬を吊り上げながらブリザラが持つ特大盾を見つめる。
「え? 何? どういうこと?」
状況が呑み込めないブリザラは視線を泳がせながらキングとアキを交互にみるのであった。
ガイアスの世界
外道職 暗殺者 国専属職 忍者
この二つの職業は行う任務のやり方などが似ており混同されがちではあるが外道職と国専属職という大きな違いがある。しかし両方とも存在を知られてはならない戦闘職のため結局の所混同れても仕方がない。
暗殺者は権力者や貴族などの命を狙うことを生業とし、時にはスパイのような任務もこなす戦闘職である。しかし外道職である為、転職場では認められていない。
忍者も暗殺者とほぼ同じことを生業とした戦闘職であるがこちらは国専属職のため転職場でも認められた戦闘職である。しかし忍者の一族と血縁のある者にしかなれない為、転職場に行っても忍者になることは出来ない。
国専属職である忍者を有している国の名は一般には明かされていないが、どうやらアキはその国を知っているようだ。




