誤算に次ぐ大誤算
ガイアスの世界
死食鬼
簡単に言えば活動死体が『闇』の眷属に使役された姿。自然発生することは無い。一応上位存在である。
その力や能力は使役する主に依存する。
誤算に次ぐ大誤算
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
ガウルド城の地下最深部にある特別監獄をまるで支配するように広がった暗闇は、視界を奪い方向感覚を失わせる。そして何処からともなく聞こえてくる怨嗟を孕んだような声はその暗闇をより一層不気味に感じさせる。
もし常人がこの場に一人でいたならば、その何処まで続いているのかも分からない深く濃い暗闇と何処からともなく聞こえてくる怨嗟を孕んだような声に数分ともたずに冷静な判断力を失い恐れや恐怖で発狂警してしまうだろう。
それほどまでに常人が進むには過酷な環境であるにも関わらず、彼女はそこがまるで古巣とでもいうように懐かしさすら感じている様子だった。
夜を支配する者という異名を持つ『闇』の眷属、夜歩者。その異名通り夜歩者は主に夜を活動時間としていた。
人族や他の種族とは生活時間が真逆である夜歩者は陽の光を嫌う。それは太陽の発する光が夜歩者の唯一の弱点である『聖』の光と同等であり力を半減させてしまう効果があるからだ。
だから夜歩者は夜を生きる。どうしようもない理由から日中に活動しなければならない時でも極力影のある場所や暗闇のある地下などで行動するのである。しかし彼女は違った。
朝と夜、明るみと暗がり、『聖』と『闇』、人族と夜歩者。どれも本来交わること無く相反するもの。だが夜歩者という種族でありながら彼女は、本来交わることのないそれらの間で生きている。
彼女は夜を支配する者でありながら太陽の下、人が生きている環境の中で一国の王として人々を導く地位にある。
太陽を嫌い明るみを嫌い『聖』を嫌い人を嫌う夜歩者の性質を尖らせて誕生した上位存在、闇歩者とは異なる方向、互いの性質の間を行くという形で誕生した彼女は、夜歩者のもう1つの可能性、上位存在、夕闇歩者なのである。
「……」
朝と夜の間を生きることを許されてこの世に誕生した彼女は、当然常人では冷静でいられないこの暗闇の中でも平然としていられる。自分の目の前に広がる暗闇に対して懐かしさを感じることも出来る。しかしその暗闇が今の自分の居場所では無いことを彼女は知っている。目の前に広がるそれが暗闇では無く『闇』であることを知っている。
そしてこの『闇』を作り出している張本人と自分が既に袂を別ち相容れないこと、再び刃を互いに突きつけなければならないことを理解している。
だからこそ彼女は覚悟を決める。そんな表情を浮かべる。だが目的をはっきりさせ自分が成すべき事を全て理解したうえで尚、彼女の心境はその顔とは違い複雑であった。
— 姉さん —
何処からともなく聞こえる怨嗟の声に混じって姉のことを呼ぶ声が彼女の耳、いや頭に直接聞こえてくる。
「……」
それが自分に向けられたものであることを理解する彼女の表情は変わらない。既に覚悟を決めたという表情を崩さない。しかしその表情の裏側では荒れ狂う海の如く様々な感情が彼女の心を襲う。
彼女を導くように暗闇が僅かに晴れ、小部屋が現れる。既に解き放たれた小部屋の扉の奥に、何十にも重ねられた封印を引きちぎり禍々しい光を放つ黒い石があった。
— 久しぶりだね……数カ月ぶりかな —
久々の再開を喜ぶように黒い石は、小部屋の前に立つ彼女を姉と呼ぶ。
「……スビア……」
黒い石に姉と呼ばれた彼女は、血のつながりがあるのかも分からない弟の名を口にする。ただ同じ場所で誕生しただけで、本当の血の繋がりがあるのかも分からない姉弟。目的は同じ人族をより効率的に蹂躙する為に作られた姉弟。しかし姉弟が行きついた結論、道は真逆だった。
人族を愛し互いに手を取り進む世界への道を選んだ姉と自分を作り出した世界を恨み人族諸共滅ぼす道を選んだ弟。
— レーニ姉さん —
それでも彼女を、夕闇歩者であるレーニを姉と慕う『闇』の眷属、闇歩者スビア。
数カ月ぶりの再会を果たした姉弟は、互いの思想を拒絶する為に再びその刃を互いに向けることになるのであった。
— 特別監獄 通路 —
「よいしょ!」
襲いかかってくる敵の姿形は未だに肉眼では確認できないソフィア。しかしルークから受ける『闇』によってその気配を感じ取ることが出来るソフィアは、難なく敵との距離を縮め殴り飛ばしていく。だがそもそも攻撃しなくとも彼女の周囲に展開している100ものルークの分身である打撃手甲が、自動攻撃するので敵はソフィアに近づくことすら出来ない。
「ソフィアさん次行きます!」
そう言いながら大盾、キングを軽々と振り回すブリザラは、自分の肉眼ではっきりと認識できる敵、屍食鬼を同時に数体、ソフィアの周囲へ吹き飛ばす。キングが持つ絶対防御と大それた名を持つ能力は名前負けすることなく発揮され、あらゆる方向から襲いかかってくる屍食鬼の攻撃を完全に防ぎブリザラへ近づかせない。
まさに矛と盾。矛盾することなく機能する2人と2つの伝説武具の攻防に隙は無かった。
「……あれ? どういうこと?」
蹴散らされていく屍食鬼の姿に唖然としているのは彼らの主である夜を支配する者、夜歩者ギルだった。
「……何故この『闇』の中で屍食鬼たちの動きがわかるの?」
有り得ないという口調で目の前の光景に思わずギルの口から疑問が漏れた。
目の前の人族を家畜と称し、戦いを戯れと言い圧倒的な勝利を確信していたギル。しかし余裕を見せていた彼女は大きな誤算をしていた。
ギルが放っている『闇』は視界を奪う。これによって視界を奪われた家畜は、戦うことは愚か『闇』がもたらす恐怖で冷静さを失うはずだった。しかし目の前のソフィアとブリザラは視界を奪われた様子も無く『闇』による恐怖で冷静さを失ってもいなかった。そればかりかまるで『闇』の中でも見えているというように襲いかかる屍食鬼を次々と蹴散らしていた。
「……はっ! どういうこと……何故あの家畜共から『聖』の気配が……」
今まで感じなかったはずの『聖』の気配をソフィアとブリザラから感じ驚愕するギル。
「……まさかッ!」
1つの答えに行きついたというようにそう口にしたギルは、その視線をソフィアとブリザラへ向け凝視する。
「……がぁ!」
突然両目に走る痛みに叫ぶギル。
「ぐぅぅぅぅぅ……まさかまさかまさか!」
突然破裂し潰れた両目を手で押さえるギルは、自分の置かれた状況に焦りを感じながら1つの答えを導き出した。
「……あの家畜共、聖職に就く者なの!」
それはソフィアとブリザラが『闇』の眷属、夜歩者が唯一弱点とする『聖』を内包する聖職に就く者であるというものであった。
人族は誰しも微量ではあるが『聖』を内包している。だが通常、人族一人が発する微量な『聖』では、魔族、特に『闇』の眷属である夜歩者には傷1つつかない。
だが中には一人で夜歩者の脅威となりうる『聖』を内包した人族が存在する。自分に内包する『聖』を極限にまで高め、それを力として扱う存在、それが聖職に就く者だ。
「……でもなら何故、あの家畜共から『聖』の気配を感じなかったの?」
夜歩者が怯む程の『聖』の気配を持つ聖職に就く者の殆どは、『闇』を滅す事を目的としており、常にその身に『聖』を纏わせている。それは魔族や『闇』の眷属に対しての警告とけん制の意味がある。
もし屍食鬼たちと戦っている家畜が聖職に就く者であるのならば、その身からは『聖』の気配がしていたはずと考えるギル。だがブリザラやソフィアと対峙した当初ギルはその二人から『聖』の気配を感じ取ることが出来なかった。
「……それに私は知らない……直視できないほどの『聖』を」
『闇』の眷属、夜歩者であり、未だ人族を家畜と称しその命を弄んでいる以上、ギルは何度も『聖』を力として扱う強力な聖職に就く者たちと戦ったことがある。しかしその幾度もの戦いの中で直視することすら許されない程の『聖』の力をその身に内包する聖職に就く者にギルは出会ったことが無かった。
「……あの大盾を振り回している家畜……何者なの……」
ギルの両目を潰した原因、それはブリザラであった。ブリザラを直視した瞬間、ギルの両目は破裂したのだ。
「……それにもう一人の家畜も……おかしい……」
己が持つ再生能力で潰れた両目を治したギルは、同じ轍を踏まないよう死食鬼と戦うブリザラを目で捉えないようにしながら少し離れた場所で拳を振うソフィアへその視線を向けた。
「……聖職に就く者、特に強い『聖』を持つ家畜の心には『闇』が殆ど無くつけいる隙が無い……なのに、なぜあの家畜の心には『闇』が存在しているの……何故、『闇』と『聖』が共存しているの……」
『聖』を力として扱うことが出来る聖職に就く者は、魔族や『闇』の眷属と対峙した時、心の隙を突かれないよう厳しい修行を積むことでその心から『闇』や負の感情を排除することで優位に立つ。
しかしソフィアは、ギルを怯ませる程の『聖』をその身に内包しているにも関わらず、その心には夜歩者と同等、もしくはそれ以上の『闇』も内包しているのだ。
互いに反発し相反するものである『闇』と『聖』。それが共存する。それは本来有り得ないことでありあってはならないことであった。だがソフィアの中ではその有り得ないこと、あってはならないことが起っているのである。
「……レーニ様と同じ……いいえ、それ以上……かもしれない?」
『闇』と『聖』の共存という状況にある人物に心当たりがあるギルは、その人物の名を引き合いに出した。しかし共存という完成度でいえば目の前で屍食鬼をぶん殴り浄化させているソフィアの方が上なのではないかと思ってしまうギル。
「……なんなのこの家畜共……私の知っている聖職に就く者じゃない……」
直視するだけで両目を破裂させる程の『聖』を内包する家畜も、『闇』と『聖』をその身に内包し共存させている家畜も、私は知らないと目まぐるしく回転していた思考が停止しそうになるギル。
「ぐぅ……!」
自分がとんでもない者を相手にしている事に気付き、勝筋を見失いそうになったギルは、唇を噛みしめ堕ちて行こうとする思考をせき止めた。
「……家畜から屈辱を受けるなんて……聖狼以来よ!」
堕ちそうになる心せき止め、再び浮上させたのは怒り。そう吐き捨てながらギルは憤怒の表情を浮かべた。怒りで己を奮い立たせたギルの脳裏に過ったのは銀色に輝く狼の姿。それは夜歩者の本能、血に刻まれた記憶のものだった。
銀色の毛を持つ聖獣、その名は聖狼。四足では無く二足で戦場を駆け抜ける『聖』なる獣は、人族の最終兵器として魔族と人族の戦に投入された。その力は凄まじく姿を現したが最後、戦場にいた夜歩者たちは何することも出来ず蹂躙され浄化の光を纏い消滅していった。
聖狼の活躍はまさに人族にとっての最終兵器という名に偽りの無いものであり夜歩者にとっては忌々しい屈辱の象徴でもあった。
「ぐぬぬぬぬぬぬぅぅぅぅぅぅ」
同胞が残した血の記憶。同胞たちが家畜から浴びた屈辱を負の感情の燃料に己の『闇』を増幅させていくギル。
「……私は高次元な存在である夜歩者! たかが少し強力な『聖』の力を持った家畜如きに私が後れを取るはずがない!」
自己暗示をかけることで更に内包する『闇』を増幅させようとするギル。
「……相手はあの忌々しい獣じゃない……ただの家畜、まだ私の優位はゆるが……」
屈辱の象徴でもある聖狼という本能に刻まれてしまった恐怖すら負の感情として燃料に変え『闇』を増幅しようとするギル。しかし自身の思い言い切る前に、突然背後に感じる『聖』の気配にギルの言葉は止まった。
「おおクセェクセェ……プンプンするぜ『闇』の臭いが」
「……え?」
軽薄な男の声が耳元に響いた瞬間、ギルの視界は反転した。下であったものが上に。まるで世界がひっくり返ったような光景に思わず間の抜けた声が漏れるギル。
「お前が言う忌々しき獣、聖狼様のご登場だ」
回転しながら『闇』の広がる地面に落ちたギルの頭部。その頭部を見下すように見つめる男。
「さあ、狩りの時間だ」
特大剣を肩で担ぐその男は、ニヤリと口の端を吊り上げると地面に転がり自分の身に何が起ったのか理解できず茫然とするギルへそう宣言するのだった。
ガイアスの世界
聖職に就く者
聖職に就く者とは、『闇』の眷属側の呼び方で、人族側だと聖職者のことで上位僧侶や聖騎士の事を言う。
聖職に就く者は厳しい修行によって己の心に巣くう『闇』を排除している。だが圧倒的な『闇』の力を持つ存在の前では通用しないことがある。
聖職に就く者が『闇』力を持つ存在によって心に負の感情や『闇』を植え付けられた場合、聖職としての力を一時的、酷い場合は永続的に失う場合がある。
人の心はそこまで強くないので本当の意味で聖職者でいられる期間は短いと言われている。




