狭間で章13 狭間で章13 私を守る為に生まれた彼女と私が願った彼女
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狭間で章13 私を守る為に生まれた彼女と私が願った彼女
彼女が誕生したのは私を守る為だった。肉体的精神的な痛みを肩代わりする為の防衛手段として彼女は私の中から生まれた。
彼女は私を守るだけでは無く攻撃的でもあった。降りかかる火の粉は降りかかる前に全て叩き潰すが彼女の心情だった。
彼女の存在によって私は本来なら自分で受けなければならないはずの様々な苦痛から逃れることができた。けれど彼女に頼り続けるうちに彼女の存在は私の中でどんどん大きくなっていった。
攻撃的な彼女の行いはいつしか私を守る為では無く欲望に変わった。
降りかかる火の粉を払う過程で人を殺してしまったことで、それは決定的になった。彼女は人を殺すことに喜びを得るようになってしまい、ただ殺戮を求める殺人者となってしまった。
手っ取り早く自分の欲求を満たす為、彼女は依頼を受け人を殺す仕事を始めた。彼女にとってお金よりも殺しをすることの方が重要であり、お金はあくまで自分の欲望を満たす殺しをする為の資金、自分の体や殺しに使う為の道具の手入れの為だった。
この頃にはもう私の声は彼女に届かなくなり制御が出来ず支配される形で彼女が私に成り代わってしまった。目を背けたくなる彼女の行いを私はただ見ていることしか出来なくなった。
殺しの為ならば時には自分の命すら捨てた行動をして人を殺し続けた彼女は、ある日呆気なく殺された。周囲に敵を作りすぎた彼女は同業者によって殺されてしまった。
死の間際、彼女が先に逝った事を感じとった私は今にも途切れそうな意識の中願った。願ってしまった。もし生まれ変わることが出来るのなら今度は、絶対に人の道を踏み外さない人間に生まれ変わりたいと。私が願い生み出した彼女の全てを否定する願いをしてしまった。
次に目を開けた瞬間、私は知らない男の腕の中にいた。私を抱くその男の腕は今までに出会ったどの男よりも優しくそして強かった。私はこの時、これが父親なのかと初めてその男の腕に父性を感じた。
私の願いによって誕生した彼女に異変が起きたのはこの国に春が訪れた頃。彼女が外道職である盗賊から剣士へ転職した日だった。
夜もふけた頃、突然襲いかかってきた自我を失った獣人からほぼ意識の無い彼と共に逃げていた彼女は、不気味な笑みが特徴的な武器商人と出会った。武器商人は彼女たちを襲ってきた獣人を手遊びするように殺すと、その不気味な笑みを浮かべたまま何故か申し訳なさそうに彼女に詫びた。そして詫びの品だと言って彼女に片方しかない手甲を渡してきた。
得体の知れない武器商人から渡された一見何の特徴も無い手甲。手に装着した瞬間、想像以上の馴染みを感じた彼女。あまりにも手に馴染むその手甲に最初こそ何か悪い物なのではないかと彼女は疑ったが、使うにつれその手甲に魅了され、得体の分からない怪しい品だと理解しつつも手放せなくなっていった。
そしていつの頃からかその手甲は自我を持ち話しかけてくるようになった。
手甲が自我を持ち話しかけてくるという状況に彼女は驚きはしなかった。なぜなら彼女は自我を持つ武器の所有者と知り合いだったからだ。
幾度も肩を並べ共に戦ってきた自我を持つ武器の所有者。その人柄に惹かれ憧れと淡い想いを抱き始めていた彼女は、これで彼と肩を並べられるかもしれないと密かな期待に胸を躍らせた。けれどその彼と自我を持った武器のような関係を彼女はその手甲と築くことが出来なかった。
丁度、手甲が自我を持ち始め話しかけてくるようになった頃と同時期、彼女は手甲とは違う別の声が聞こえてくるようになった。
最初こそ小さく何を言っているのか聞き取れなかったその声は、日を追うごとにはっきりと大きく手甲の声を遮る程に彼女へ語りかけてくるようになった。そして彼女に語りかけてくるその声は彼女そのものだった。
正義感の強い彼女とは対照的に、不義感が強いその声は、彼女と同じ声で人の道から外れる呪詛のような言葉を彼女に語り続けた。
自分の声で語られる外道へのいざないは彼女の心を蝕んで行く。そして呪詛のようなその言葉は甘味の響きと共に彼女の正義感を不義で塗り固めて行った。
私を守るために誕生した彼女は、死んではいなかった。私の中で生き続け、私と共に彼女へと生まれ変わっていたのだ。
私を守る為に誕生した彼女は、私が願った彼女を自分の欲望で支配した。けれどもう私は間違わない。私は私として彼女たちを受け入れる。
私を守る為に生まれた彼女も、私が来世でと願った彼女もそれは全て私であったもの。一度は私から離れていった彼女たちは、様々な流れの果てに今混ざり合い溶けあって再び私へと帰還する。私は彼女たちの業も正義も等しくこれから背負っていく。彼女たちは私から生み出されたものなのだから。
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