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真面目で章 4 (ブリザラ編) 出会いは突然に


 ガイアスの世界


サイデリー王国の防具屋、「日々平穏」


 サイデリー王国の防具屋は大小あわせて20件近くある。その中でも「日々平穏」という店はサイデリー王国の街の中で一番大きく防具屋だけではなく武器屋に道具屋、薬屋と手広く商売を行っている。それだけでは無く日々平穏はガイアスで唯一世界展開している店でもあり、各国で日々平穏という看板の店がある。

 日々平穏が扱う武器や防具は日々平穏が専属で雇っている鍛冶師達が作りそれを直接販売している。鍛冶師の腕は一流で、サイデリー王国で盾士では無い戦闘職についている者の9割は日々平穏製だと言われている。

 サイデリーにある日々平穏の防具の特徴はなんと言ってもフルードの季候にあった防寒装備である。日々平穏の防寒装備はサイデリー王国周辺に生息するダンダカ熊の毛皮を使用している。ダンダカ熊の毛皮はフルードの寒さに耐えられる防寒性を持っており、防寒装備の素材として最適な素材であった。

 日々平穏が誕生してまだ歴史は長くないが急成長を遂げた理由、それは創設者の手腕の賜物である。しかしガイアス中に広まった日々平穏の創設者は、未だ何処かにあると言われている小さな店で武器や防具を作っているという。

 

 真面目で章 4 (ブリザラ編) 出会いは突然に



 剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス。



 春の式典の開催が決まり浮足立つサイデリー王国。春の式典開催は、一日の内に他大陸や他国に広まり、サイデリーへやってくる者達の数が、通常の倍程に膨れ始め旅客船が止まる港は人で混雑していた。

 サイデリーの象徴である氷の宮殿の庭に植えられた木が花を咲かせると、それは極寒の大陸であるフルードに短い春が訪れたことを示している。

 それは極寒の地で暮らすサイデリーの人々にとって僅かな期間、春を実感できるものでありサイデリーでは、国を挙げての大きな祭りが催される。

 だがこの一大イベントはサイデリーの人々だけが盛り上がるイベントでは無い。春の式典は、他大陸、他国の人々にも人気があるイベントであった。

 本来は有り得ない冬と春が混在する光景、それはサイデリーでしか見れない光景であるからだ。それに加え祭りには食通も唸るデンジャラスオオカブトなどの海の幸がふんだんに使われた料理やサイデリーでしか取り扱っていない工芸品などを扱った出店などが多く立ち並ぶことも他大陸、他国の人々の人気を集める理由の一つである。

 普段から観光客が多いサイデリーではあるが、春の式典の開催が決定するやいなや、通常の倍、式典当日ともなれば三倍四倍の集客率になることは言うまでも無い。

 それは経済を回すという点においてサイデリーには重要なイベントでもある。特にサイデリーで商売をする商売職の者達は、ここぞとばかりに力を入れサイデリーへやってくる観光客達に商売をするのである。

 他大陸、他国の色々な人種が集まるサイデリーの春の式典、当然人々が集まれば風習の違いやちょっとした事で揉め事が発生する。そういった問題を未然に防ぐ、もしくは速やかに解決する為に、サイデリーは国専属職である戦闘職、盾士達が警備を強化して様々な場所に配置し治安を守ることになる。

 通常任務よりも遥かに激務になる為、盾士達の負担は大きくなるがそれでも自国の治安を守る為、彼らは激務をこなすのである。

 しかし各所に配置されている盾士達の表情は、一様に硬い。真剣に己の職務を全うしているからだと言われればそれまでだが、それを抜きにしても彼らの雰囲気はいつもよりもピリピリとしているようであった。だがそれもそのはずである。彼らの表情が硬くなっている理由、それは昨晩、サイデリーの象徴である氷の宮殿内にある王の寝室が何者かに襲撃されたことにあった。

 難攻不落、鉄壁の国と言われるサイデリーにとって、それは不名誉と言わざる負えないものであった。良からぬことを考えた輩の侵入を許してしまった、更には直接王の命を狙われたという事実は盾士達にとっては屈辱的なものなのであった。

 この状況に盾士を纏める立場でもあるガリデウスは王を含め宮殿の大臣達を招集、そこでどういった話し合いがされたか詳しいことは盾士達に伝えられなかったが、王が襲撃されたという事実を外で口にする事を禁止し、春の式典の開催は続行、それに伴う警備は通常よりも厳重にするということが決定、全ての盾士に通達された。

 自分達の尊厳にも関わる事態に、盾士達の中では緊張が走っていた。それが彼らの表情が硬い理由であった。

 盾士達に屈辱を与えた襲撃者は、春の式典開催に浮足立ったサイデリーの隙を突いて王を襲撃したことは事実。ならば他大陸、他国からの来客が多くなる春の式典で再び王襲撃を企てる可能性は高い。その可能性を頭に入れた上で盾士達は自分達の任務をいつも以上に完璧に全うしようとしているのであった。


 そんな盾士達の真剣な想いとは裏腹に、現在もっとも厳重な警備を受けなければならない、サイデリーの王は、氷の宮殿を抜け出しサイデリーの商業区を歩いていた。

 春の式典の準備で慌ただしく作業する人々、そんな人々を横にサイデリーの美しい町並を眺める観光客。その中に溶け込むように町を歩く少女、サイデリーの王ブリザラ。

 現在ブリザラの姿は、町に溶け込むように派手とは言わないが可愛らしいサイデリーの少女の間で流行っている恰好をしていた。しかしその恰好とは相反する大きな盾を背負うブリザラの姿は何ともチグハグといった感じであった。

 王という立場である以上、本来ならば護衛を付けずに王が町を出歩くことは普通有り得ない。しかしこのサイデリーという国ではそれがまかり通ってしまう。サイデリーという国は王家と人々の距離が近いのだ。王に畑仕事を手伝ってもらったり商売の手伝いをさせたりするのはざらである。王家は常に町の人々と寄り添い同じ目線で物事を考えるのを信条としていた。その一環として王家の人間は度々町へと下り町の人々の仕事を手伝ったりしているという訳であった。それは大国となった今でも変わらない。そんな常に人々に寄り添い同じ目線で物事を考える王家に対してサイデリーの人々は熱い信頼を寄せるのであった。そして何よりサイデリーの人々は、ブリザラという存在が大好きであった。


『王よ、今自分が置かれた現状を理解しているのか?』


 昨晩、襲撃され命を狙われたというのに町に出てきたブリザラのその行動に呆れたような男の声が囁く。その言葉に歩いていた足を止めるブリザラ。


「うん、理解してるよ……そして現状、私を襲ってきた人が今は私を狙わないという事も理解している……」


 姿の無い男の声に全く動じないブリザラは自分が背負う特大盾にそう言葉を返した。


『王……』


 ブリザラをサイデリーの人々とは少し違う意味合いで王と呼ぶその声の正体、それはブリザラが背負う特大盾、自我を持つ伝説の盾キングであった。

 サイデリーの王にして伝説の盾キングの所有者であるブリザラは再び混雑する町を歩き出す。町の人々は春の式典の準備で、観光客は珍しい町並に集中して自分の体よりも大きい盾を背負ったブリザラに気を止める暇も無いのか見るからに違和感のあるブリザラの姿に注目する者はいない。

 少し幼さの残るブリザラの表情はその幼さが吹き飛ぶ程に何かを覚悟したような顔つきであった。


『ゴホン……確かに襲撃者の行動を考えれば、次に狙うとすれば春の式典で王が公の場に姿を現した時だろう……公の場で王が襲撃されればそれだけで国は混乱する……もしそこで王の命が奪われれば、この国の支柱は崩れ去り下手をすればサイデリーは崩壊する……』


 明らかに昨夜とは違う雰囲気を放つブリザラに少々驚きながらキングは、ブリザラを襲った襲撃者の目的を語る。


『だがこれはあくまで想像の話だ、相手の考えが確実にそうだとは限らない……だからこそ今は宮殿で大人しくしているのが得策だと私は思うのだが?』


 襲撃者の行動はあくまでキングの想像でありその通りに襲撃者が行動するとは限らない。確実では無い以上無暗にブリザラが動き回ることをよく思っていないキングは、遠まわしに氷の宮殿へ帰る事を提案する。


「それはダメ……これから私は春の式典でサイデリーの人達の前で話す内容を考えなきゃならないんだから、それには町に下りてサイデリーの人達を観察しなきゃダメなの」


『むぅ……』


 それは自分の命と天秤にかける程のものなのかと思うキング。しかしサイデリーの王としての自覚が芽生えつつあるブリザラの行動を止めてしまうのはとも思うキングの口からは何とも言えない声が漏れた。


『ん?』


 春の式典の準備をする町の人々の姿を見つめながら歩くブリザラの背で突然声をあげるキング。


「どうしたのキング?」


 キングの声に反応するブリザラ。


『い、いや何でも無い……それより王よ……やはり今日はもう宮殿に帰ろう……』


 先程は遠まわしに宮殿に帰る事を勧めたキングであったが、今度は直接的に宮殿へ帰る事を勧めだす。明らかに何かを誤魔化し焦ったような口調のキングに首を傾げるブリザラ。


「何か隠してないキング?」


 背負っていたキングを軽々と持ったブリザラは自分の顔の前にキングを向ける。


『い、いや何も隠してなどいない』


「本当?」


『ああ、本当だ……』


「ジー……」


 真っ直ぐにキングを見つめるブリザラ。その瞳は微かに赤みを帯びている。


「うん、分かったそう言うことにしておく」


 明らかに納得していないという言葉ではあったが、ブリザラはキングを問い詰めるのを止めた。

 ブリザラに見つめられた瞬間、もし自分が盾では無く人間であったならば、その瞳から逃げるように顔を背けていたことだろうと、自分の姿が盾で本当に良かったとキングは心の中で安堵のため息をついた。

 ブリザラの視線には何か抗えないようなものがあると思うキング。初めて氷の宮殿で出会った頃からその視線の力は日に日に増しているように思うキングは、何か特別な力をその身に宿しているのではないかと思い始めていた。


「あ!」


 今度はブリザラが突然声をあげる。


『ど、どうした王よ!』


 ブリザラの視線の先には漆黒の全身防具フルアーマーを纏った冒険者らしき人物がまるで奴隷のような姿をした少女を抱き抱えている姿があった。


『……なっ! お、王よ! 町の人々の姿を見たいのなら、広場に行ってみてはどうだ? 広場は祭りの中心になる場所、町の人々が式典の準備で沢山いるはすだ!』


 ブリザラの視線が漆黒の全身防具フルアーマーを纏う冒険者らしき人物に向けられていることに気付いたキングは、あからさまに動揺した声でブリザラの視線を離させようと広場にいる町の人々の話をする。しかしすでにキングの声など耳に届いていないのかブリザラは漆黒の全身防具フルアーマーを纏う冒険者らしき人物の後を追うように歩き出した。


『ま、待つのだ王よ!』


 キングがどれだけ止めても聞く耳持たないブリザラ。漆黒の全身防具フルーマーを纏う冒険者らしき人物は、奴隷のような姿をした少女を抱き抱えたまま、ある店へと入っていった。


『……王……まさかとは思うが……店の中に入ろうなどと思ってはいないだうな?』


 好奇心に満ちた目で店の看板を見つめるブリザラの姿にキングは嫌な予感しかしない。


「日々平穏……防具屋さんか……」


 日々平穏と書かれた看板をチラと見たブリザラは、溢れだす好奇心の行くままに漆黒の全身防具フルアーマーを纏った冒険者らしき人物が入っていた店の扉をあけるのであった。


「いらっしゃいませ!」


 防具屋、日々平穏の扉をブリザラが明けると小気味よい商人特有の挨拶が響く。そこには小柄のおじさんが立っていた。


「カバラダラさんお久しぶりです」


 そのおじさん、防具屋日々平穏サイデリー店、亭主であるカバラダラの名を口にしながらブリザラは軽く頭を下げた。


「おお! ブリザラ様、お久しぶりですね」


 ガバラダラは目の前にサイデリーの王がいるというのに、一切気負うこと無く、常連客と話すような口調でブリザラに接した。


「はい」


 そんなガバラダラに対してブリザラも王としてでは無く一人の少女ブリザラとして接する。

 幼い頃からよく町に遊びに来ていたブリザラにとって日々平穏サイデリー店の亭主ガバラダラは、よくお世話になった人物の一人であった。

 サイデリーでは他大陸、他国では考えられない程に王家とサイデリーの人々の距離が近い。ブリザラとガバラダラのような光景は珍しくない。

 しかしなぜ王家とサイデリーの人々の距離がここまで近いのか、それには初代サイデリー王が関係している。

 フルードを開拓した者の一人でありその開拓者達のリーダーでもあった初代サイデリー王はサイデリーが村から国へと変わる時にサイデリーの人々とある約束をした。その約束とは、自分と距離を作らないで欲しいというものであった。

 王という立場になると周囲の者達の接し方が変わってしまうと思った初代サイデリー王は、自分を王としてみるのではなくこのサイデリーという国の一員として見てほしいと人々に語ったのである。

 一見寂しがり屋にも思える言葉ではあったが、初代サイデリー王にはちゃんとした思惑があった。

 極寒のフルードは、仲間と協力しなければ生きていけない大陸である。そんな厳しい環境の中で、人の立場に優劣をつければ必ず妬み嫉みの感情が生まれてくると初代サイデリー王は考えていた。だからこそそうならない為に初代サイデリー王は、一見寂しがり屋とも思える発言をして自分を特別扱いしないで欲しいと願ったのであった。

 そんな王の発言に笑いながらもちゃんと意図を汲んでいた当時のサイデリーの人々は、王の言葉をしっかりと守り王だからと言って初代サイデリー王を特別扱いしなかったという。

 その約束は現在のサイデリーでもしっかりと守り続けられている。最初は約束であった事が今ではそれが常識に変わりサイデリーに息づいているのである。

 だからこそ日々平穏サイデリー店亭主のガバラダラも王であるブリザラと接するうえで特別扱いはしない。幼かったブリザラが町で悪いことをすれば本当の親のように叱ったこともあるぐらいであった。そういった関係にあるからこそ王家とサイデリーの人々は互いを信頼することができる。現在までサイデリーを輝かしく繁栄させてきたのはそう言った要因も一つとしてあるのかもしれない。


「もう先代の王、お父様が亡くなられて一年以上になりますか……」


 ブリザラの顔を見つめるガバラダラは、ブリザラの父、先代のサイデリー王の事を口にする。


「はい……」


 自分の父の話をされ、少し表情が暗くなるブリザラ。

 ブリザラの父である先代のサイデリー王は、王とは思えない程に気さくで暇さえあれば町に下り人々の仕事の手伝いをするような人物であった。そんな王に町の人々は強い信頼を抱き感謝と尊敬の念を持っていた。王としての腕も凄いもので、サイデリーを囲むように作られた壁に、術式魔法を施し、町の気温を安定させることを提案し実行したのは先代の王によるものであった。

 だがブリザラの父は、一年と半年ほど前に何の前触れも無く突然その命を落とした。死因は突発性の病だったという。すでに母も亡くなっていたブリザラにとって唯一の血の繋がりのある家族であった父の死は、当時のブリザラには受け入れがたいものであった。

 王の死を悲しんだのはブリザラだけでは無い。宮殿に仕える者達や、サイデリー中の人々が王の死を悲しんでいた。

 しかしサイデリーの人々は王の死という悲しみからすぐに立ち直り未来を見据える。先代の王の忘れ形見であるブリザラが幼くして王の座に就く事になった時、心から新たな王の誕生を祝福し幼い王を支えねばならないとサイデリーの人々はそれぞれの心に誓っていたのである。

 本人がその事を理解しているのかどうかは分からないが、サイデリーの人々はブリザラに深い愛情と期待を抱いているのであった。


「ああ、すいません、少し暗くなってしまいましたね……」


 ブリザラの暗い表情を感じ取ったガバラダラは話を変えようと何か話題が無いか周囲を見渡す。


「……ところでブリザラ様……その背中に背負われた盾は……」


 なぜ今まで気付かなかったのかと思う程に目立つブリザラが背負う盾を話題に上げるガバラダラ。


「ああ、これは……」


『王よ……』


 自分が背負った盾の説明をしようとブリザラが話そうとした瞬間、キングが囁く。キングの囁きによって言葉を止めるブリザラ。


「どうしましたか?」


「ああ、いえ、これは……その……私、最近盾士の修練を始めたのでその修練で使う盾なんです、教えていただいている盾士の方から肌身離さず持っているようにと言われて……」


 咄嗟にあること無い事を口にするブリザラ。


「なるほど、それで防具を購入しにきたのですね、ちょっと待っていてください、今盾士に合う防具を探してきますから」


 そう言うと店の奥へと引っ込んでいくガバラダラ。ブリザラはガバラダラが奥に引っ込むのを確認すると一つ息を吐いた。


『王よ、出来る限り私の存在は公にしないでもらいたい、私の存在を知れば私を奪おうとする輩が必ず現れる、王の身が危険に晒されることになるのだから』


 店に響かない程度の小声でブリザラに注意するキング。


「うん、ごめんキング……」


 ブリザラも自分の行動が不用意であったという自覚があるのか、素直にキングに謝った。


『さあ王よ、そろそろいいだろう、いい加減宮殿に戻ろう』


 反省している今がチャンスと思ったキングは、宮殿に戻る事を提案する。


「……それはダメ……」


 しかしつい先ほどの反省する表情は何処へ行ったのか、ブリザラは再び好奇心に目を輝かせ、店内を見渡す。

 日々平穏、サイデリー店は、三階建の建物の大きな店舗である。一階だけでも中々に広く日々平穏専属の鍛冶師が作り上げた自慢の防具たちがズラリと並んでいた。


「一階にはいないみたいだね」


 そういうとブリザラは近くにあった階段に向かって歩き出す。

 基本的な防具が置いてある一階を後にするブリザラは階段を上り二階に上がると、そこには防寒対策が施された防具売り場があった。


「毛皮が付いていて暖かそうだしこのローブでいいんじゃないかウルディネ」


 するとその防寒対策が施された防具売り場から男の声がブリザラの耳に届く。瞬時に置かれた防具の影に隠れるブリザラは、防具と防具の隙間からその声の主を観察する。

 そこにはブリザラが後を追っていた漆黒の全身防具フルアーマーを纏った冒険者らしき人物と、毛皮の付いたローブを手渡された奴隷のような姿をした少女の姿があった。

 その全身防具フルアーマーの姿から少し怖い印象であったその人物は、意外にも少女に親身になって毛皮の付いたローブを勧めていた。


「……私は魔法使いではないのだぞ……こんなもの着れるか」


 毛皮のフード付ローブを受け取った奴隷のような姿をした少女は、その見た目や年齢とは思えないしっかりとした口調で漆黒の全身防具フルアーマーを纏う男が勧めるものを拒否した。


「うーん、でも俺はこれが一番似合うと思うけどな」


 少女が気に入っていない毛皮のフード付ローブをそれでも勧める漆黒の全身防具フルアーマーを纏う男。


「そ……そうなのか?」


 アキの言葉に、まんざらでも無い表情になる少女。


「しかたない、お前がそれほどまでに言うのならば着てやらないことも無い」


「ああ、そうしろよ、それじゃ試着室で試着してみろ」


 若干呆れたような声で漆黒の全身防具フルアーマーを纏う男は、少女を試着室におくり出した。


「着替えたら声かけろよ」


 試着室に背を向けた漆黒の全身防具フルアーマーを纏った男は試着室に入っていた少女にそう言うと、店内を何気なく見渡す。


「……さて……それでそこで隠れてコソコソ俺達を見ている奴……何か用か?」


 並べられた防具と防具の影に隠れていたブリザラ。しかしバレバレであったようで漆黒の全身防具フルアーマーを身に纏った男は隠れているブリザラに声をかけた。


≪まずい≫


「はひぃ!」


 ブリザラの存在が気付かれた事に動揺するキング。そして突然アキに声をかけられたブリザラは思わず変な声が口から漏れる。


「そんな馬鹿でかい盾担いで隠れているつもりか?」


 気づかれないよう細心の注意を払って隠れていたつもりであったブリザラだったが、自分が背負っているキングの大きさまで気が回らず漆黒の全身防具フルアーマーを纏う男からは丸見えであった。そう指摘されたブリザラは、今更キングを隠そうとあたふたする。


「いや、今更隠しても無駄だし」


 必至でキングを隠そうとするブリザラに呆れながらツッコみを入れるアキ。


「……それで、俺になんか用?」


 隠れるのに失敗したことにショックを隠し切れないブリザラを見ながら漆黒の全身防具フルアーマーを纏う男は改めて自分に何かようかと聞いた。


≪……今我々が出くわすのは不味い……≫


 漆黒の全身防具フルアーマーを纏う男に完全に認識されてしまった事に焦りの色が強くなるキングは、非常時に備え戦闘態勢に入る。そんなキングの焦りなど知らないブリザラは、防具と防具の間からひょっこりと顔を覗かせた。


「ごめんなさい……どうしてもあなた達の事が気になって」


「……」


 自分が想像していた内容とは全く違い、幼く意味の無い理由に言葉を失う漆黒の全身防具フルアーマーを纏う男は、自分を真っ直ぐに見つめるブリザラの目にその言葉に嘘が無いことを確信する。


「はぁ……あんた名前は?」


 防具と防具の間から顔を覗かせるブリザラに名を聞くアキ。


「私は……」


≪王よ、名乗っては駄目だ≫


 漆黒の防具フルアーマーを纏う男の質問に対して口を開こうとするブリザラ。しかしその瞬間、キングがそれを止める。


「……ん?」


 不自然に固まるブリザラを前に首を傾げる漆黒の全身防具フルアーマーを纏う男。


≪クイーン返事をしろ、クイーン≫


 ブリザラと漆黒の全身防具フルアーマーを纏う男が対峙している最中、キングはこの場をどうにか切り抜ける為、行動に出た。それは自分と同じ存在にコンタクトをとることであった。そうブリザラとキングの前にいる漆黒の全身防具フルアーマーを纏った男もブリザラと同様に自我を持つ伝説の防具を所有する者、アキ=フェイレスと伝説の防具クイーンであった。


≪なぜ返事をしないクイーン?≫


 クイーンに呼びかけるキング。しかしクイーンはキングの呼びかけに応じない。


「……何だ? 自分の名前も名乗れないのか?」


 キングがクイーンに呼びかけている間にブリザラとアキの間でも話は進んで行く。アキの問に答えられずもじもじしているブリザラ。そんなブリザラにアキは挑発するように言う。


「失礼ですねあなた……こういう時はまずあなたが名乗るのが常識ではないのですか?」


 アキの挑発にまんまと引っかかったブリザラ。しかしそこは幼くても王。昂る感情を押し殺し静かにアキの挑発に対応する。内心ではアキに対して自分が今出来る最大の挑発で返せたとガッツポーズをとるブリザラ。


「……ああ、それは悪かったな……でも、それは普通の場合だ……コソコソと人の行動を見ていたあんたにその普通が当てはまるとは俺には思えないんだがね?」


「うぅ……」


 冷静を保ちながらもしっかりと挑発を返せていたと思っていたブリザラに対して、一枚上手であったアキ。ブリザラはアキの言葉に痛い所を突かれたと表情をしかめる。


「ほらどうした? 俺の言っていること間違っているか?」


 更に挑発を重ねるアキ。しかし既にその行動には何の意味も無いことを理解しているアキ。悔しさを隠そうともせずに自分を真っ直ぐ睨みつけるブリザラをみてアキは完全に警戒を解いていた。

 店に入る前から自分の後を追っている者の気配は感じ取っていたアキ。ムウラガで出会った笑男スマイリーマンに関係している者が監視しているのかと泳がせていたのだが、尾行の荒さと対峙した時のあまりにもお粗末な対応に、笑男スマイリーマンとは全く関係無い存在だと確信した。だがそれ以上に、テイチとそこまで変わらない年齢の少女が笑男スマイリーマンと繋がっているとは考えたくなかったというのが本音でもあった。


「ああ、悪い悪い、言い過ぎた、名前が言いたくなかったら言わなくいい」


 表情を和らげたアキは、ブリザラを挑発したことを詫びる。


「え?」


 意地悪な表情をしていたアキの表情が突然和らぎその口から詫びの言葉が出たことに呆気にとられるブリザラ。


≪どうしたクイーンなぜ返事をしない?≫


 ブリザラとアキのそんなやり取りが行われている中、伝説の武具同士は全く進展していない。キングの言葉に先程と変わらず一切反応しないクイーン。


≪まさか……この男、クイーンの意識を抑え込む力でも持っているのか……≫


 何度呼びかけても全く反応が無いクイーンに最悪の状況を想定するキング。


『王よ、この男……』


 クイーンの身に何が起こっているのかは理解できないが、目の前の男が危険であると悟ったキングは、ブリザラに警告しようと話しかけようとした。その瞬間であった。


「わ、私の方こそ非常識でした、謝ります、それと私の名前ですがブリザラ=デイルと申します!」


 キングの言葉を掻き消すように勢いよく目の前のアキに謝るブリザラ。背筋を伸ばし両手を前に重ね深く頭を下げるブリザラに今度はアキが呆気にとられた。

 その瞬間、店に漂う温かかった空気が一瞬にして凛としたものに変わる。突然ブリザラの行動に店の奥で盾士に合う防具を探していたガバラダラも思わず顔を出した。


「なぁ……」


 今までブリザラのことを幼さが残る冒険者か何かだと思っていたアキは、突然雰囲気の変わった少女の振る舞いにまるで今まで話していた者とは別人であるかのように思え言葉を飲み込んだ。


『な、なぜ名乗ってしまったんだ』


 ブリザラを中心として漂う凛とした空気の中、ブリザラの頭の中にキングの怒鳴り声が響き渡る。頭にガンガン響き渡るキングの声に顔色一つ変えず目の前のアキを見据えるブリザラ。


「ああ……あ! 俺はアキ=フェイレス……冒険者だ」


 名乗るつもりもは無かったアキは思わず自分の名を口にする。


「アキ=フェイレス……冒険者……」


 アキの名を噛みしめるように復唱するブリザラ。


「……それでは失礼します」


 ふと我に返ったブリザラはなぜか頬を少し赤く染めながら店を飛び出して行った。


「何だったんだ……一体……」


 訳の分からない状況に首を傾げるアキ。しかしブリザラから発せられた凛とした雰囲気にただ者では無いのかもしれないとも思うアキ。


「アキこれでいいかの?」


 そんな状況の中、全く空気を読まず何事もなかったかのように試着室から出てきたウルディネは、毛皮のフード付ローブを着た自分の姿をアキに見せた。


「あ、ああ……似合っているじゃないか」


 ふさふさとした毛皮のフードがポイントの魔法使いが纏うローブを身に纏い心も体も暖かそうなウルディネ。アキの見立て通りに合っているのだがアキの言葉を上の空であった。


「そ、そうか……なら、私もこれでいい!」


 しかしアキが上の空だということに気付かないウルディネは、褒められたことが良かったのか、先程までとは違いかなり気に入った様子で上機嫌であった。


「お買い上げですか?」


 ブリザラの凛とした空気から開放されたガルバダラは商品を纏うウルディネを見ながらアキに話しかける。


「ああ、これを貰う」


 ガルバダラの言葉にやっと我に返ったアキは頷き、財布を取り出した。


「ありがとうございます」


 ガルバダラは金を受けとりながらアキを見る。


「ん? ……どうかしたか?」


 自分の顔を見つめ何か言いたそうなガルバダラに話しかけるアキ。


「お客さん……今話していた人がどんな方か知っているかい?」


 商売人の表情では無い真剣な表情でアキに問いかけるガルバダラ。


「え? ……いや知らないけど……」


 何か不味いことでもしてしまったかと顔を少し引きつらせるアキ。


「あの子はね……この国の王様だよ……」


「へ?」


 ガルバダラの口から出た言葉を理解することが出来ないアキ。


「……知らなかったのならしょうがないけど……もし私以外の町の人間に今のやり取りを聞かれていたら……あんた袋叩きにあっていたかもしれないね……」


 そういうとガルバダラは不気味に店の奥に引っ込んで行った。


「……嘘だろ……」


 顔を引きつらせながら苦笑いを浮かべるアキ。先程まで自分の前にいた少女がこの国の王だとは全く思えなかったからだ。しかし納得できる部分もいくつかあった。


「あの立ち振る舞い……」


 一瞬にしてその場の空気を変えたブリザラの立ち振る舞い、あれはただの冒険者や戦闘職には出来ない振る舞いであるということはアキにも分かる。


「……けど……それじゃ……」


 アキ達がフルード大陸にあるサイデリー王国にやってきた理由、それはムウラガで出会った笑男スマイリーマンの情報を得ることと、テイチの住んでいた集落を崩壊させた真相を知ることにあった。

 笑男スマイリーマンは言っていた。ムウラガの集落を襲えと自分に指示を出したのはサイデリーの王であると。しかしどう考えてもアキには自分の目の前に現れた少女がそんな指示を出すような人物には思えなかった。


「……くそッ訳がわからねぇ……」


 笑男スマイリーマンの意図が読めず苛立つアキは、静かに防具屋日々平穏を後にするのであった。



 ― サイデリー 商業区 ―


 春の訪れを告げる花が咲いたというのに、まだ寒さが強くの残るサイデリーの空を見上げるブリザラ。


「アキ=フェイレス……さん……」


 寒いははずにも関わらず、ブリザラの頬は赤いまま熱を帯びている。心臓はドクンドクンと強く脈を打つ。自分の体に何が起こっているのか理解できないブリザラは強く脈打つ心臓のあたりを手で押さえた。


「……またあえるかな……」


 彼女はまだ知らない。それが……なんであるかを……。



ガイアスの世界


 人物紹介


 ウルディネ(テイチ)


(ウルディネ)推定年齢600歳以上


(テイチ)人体年齢13歳


(テイチ)レベル1 (ウルディネ)レベル不明


職業テイチ村人 (ウルディネ)上位精霊


習得済み職業


 なし


装備


 武器 なし


 頭  日々平穏製防寒ローブのフード


 胴 日々平穏製防寒ローブ


 腕 日々平穏製防寒ローブ


 足 靴


 アクセサリー なし


日々平穏サイデリー店で手に入れた魔法使い愛用のフード付ローブを身に纏ったウルディネ。これで傍観対策もバッチリだ! ……だが水を司る上位精霊であるウルディネ本人にとって寒さはそれほど問題では無いようである。あくまでテイチの体を守るためのものである。




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