狭間で章10 私と私達の事情
ガイアスの世界
今回はありません
狭間で章10 私と私達の事情
「……立ち話もなんだ、皆座ろう」
彼女たちの中でその見た目が一番年長者に見えるフリーデは、自分が持つ情報を語る前に髪や肌の色と言った僅かな違いはあるものの自分と同じ顔をした彼女たちへ座るよう促した。
「わぁ!」「……ッ!」「なっ!」
するとまるで腰を据えて語り合えというように突然彼女たちの前には椅子やソファーが出現した。
「さぁ、どうぞ」
「はい」
フリーデのその言葉に素直に従い自分の前に出現した椅子、王が座る玉座のような形をした椅子に腰かけるブリザラ。
「……」「……」
だがフリーデの言葉に素直に従ったのはブリザラだけだった。他の二人、ソフィアとフユカは突如現れた胡散臭い雰囲気を漂わせるフリーデという自分と同じ顔をした人物のことを信用できず、その場に立ち続けていた。しかし二人がフリーデの言葉に従わず座らないのはそれだけが理由では無い。
二人の前には人が十人は軽く座れる程の異常な長さのあるソファーが出現していた。そのソファーがソフィアとフユカが座らないもう1つの理由であった。
「……どうした?」
ソフィアとフユカが座らないことを不思議がるフリーデは、自分の目の前に出現した何処か戦場を想起させる堅そうな椅子に腰かけた。
「……ねぇ? 何であんたたちは椅子なのに私とこいつは同じソファーなのよ?」
例えお互い離れた位置で座れるとはいえ、ソフィアと同じソファーに座りたくないフユカは、ブリザラやフリーデは椅子なのに、何故自分とソフィアは同じソファーに座らなければならないのかと文句を口にした。
「……うぅぅ」
それはソフィアも同意だった。何故自分達だけソファーなのかソフィアもそれは疑問に思った。だがフユカと同じ思考をしてしまったという事実にソフィアの表情は苦痛に歪んだ。
「……これはあくまで私の経験則、単なる持論でしかないが、人が腰掛ける物には、その者が持つ内面やその者の状況が現れると私は思っている……」
文句を口するフユカ、沈黙しつつもその表情で嫌悪を現すソフィアに対して、ソフィアはそう言って持論を展開した。
「はぁ?」「うーん?」
当然、そんな持論に納得しないフユカとソフィア。
「まあ、聞いてくれ……例えば彼女、ブリザラが腰掛けた玉座のような椅子……派手ではないが、歴史とその歴史に裏打ちされた威厳のあるいい椅子だ……そこから推測するに、君は人を束ねる立場にある……その椅子には何万もの人々の想いが宿っているのてばないだろうか?」
椅子からその人物の人となりを推理するが如く、フリーデはブリザラの素性について口にした。
「はい、凄いです! フリーデさんが言う通り私はとある国の王をしています」
フリーデの推理に素直に頷くブリザラ。
「……え? マジッ! 」
ブリザラの言葉に驚くフユカ。
「こんな天然が……王様……」
馬鹿にするような口調で玉座のような形をした椅子に座るブリザラへ視線を向けるフユカ。
「……チィ」
しかし確かに玉座のような形をした椅子に座るブリザラのその姿に違和感は無く思わず納得してしまいそうになるフユカ。
「……私の場合、この椅子は操縦席を模しているのだろう、任務を遂行する為の最低限の機能しか存在しておらず座り心地は最悪だ……まあ、戦いの中でしか生きられない私にはお似合いな椅子だ」
堅く触り心地も悪い自分が座る椅子を摩りながら自分のことについて話すフリーデ。その表情と言葉には何処か自虐的な雰囲気があった。
「え? 何? あんた椅子愛好家か何かなの?」
椅子について語るフリーデに冷たい視線を向けるフユカ。
「愛好家かどうかは分からないが……嫌いでは無いな」
フユカの嫌味に対して真正面な回答をするフリーデ。
「……はぁ……あっそ」
フリーデの真面目で真正面なその回答に自分の嫌味が通じないと呆れるフユカ。
「……まあ、こんな感じでこの場に出現した腰掛ける物には何かしらの意味がある……君達二人の前に一脚ずつ椅子が出現せず、異常に長いソファーが現れた……それは……」
自虐的な表情を消し、その視線をソフィアとフユカの前に出現したソファーへ向けるフリーデ。
「……君達二人には、肉体的あるいは精神的な繋がりがある……けれどその異常に長いソファーが現すように君達二人の間には何かしら大きな溝があるのではないかと私は考えている」
「……ッ!」「……チィ」
フリーデのその推理に思い当たる節がある二人の表情が曇る。
「……神の面影を宿す精神がふたつに分かれている……君達はとても稀有な存在だな……」
フユカとソフィアを前にそう小さく呟くフリーデ。
「何? 何か言った?」「……」
「……あ、いや、何でも無い……所で……君達について私の推理は遠からず当たっていると思うのだけれど、どうだろうこれで納得してもらえたかな?」
表情が曇っている二人を見て笑みを零しながら尋ねるフリーデ。
「「……」」
何とも言えない表情を浮かべるフユカとソフィア。
「うーん……兎に角、君達が立っていては私が話し辛い、座って貰えると助かるよ」
何とも言えない表情を浮かべるソフィアとフユカを納得させることは難しいと諦めたフリーデは諦め、優しくもう一度座るよう促した。
「……」「……はぁ」
このままでは話が進まないと観念したというように二人はソファーの右端と左端に座った。
「ふふ」
座る空間は十分にあるのにわざわざソファーの両端に座った二人を見て笑みを零すブリザラ。
「チィ……」
ソファーに座った自分たちを見て笑うブリザラを睨みつけるフユカ。
「ふふふ」
だがそれでも笑みを絶やさないブリザラ。
「はぁぁぁぁぁぁ……それで、結局ここは何処なの? 何であんたたちは私と同じ顔をしているの? 早く話して!」
睨みつけても一切の動揺を見せないブリザラに苛立ちを募らせながら視線をフリーデに向けて早く本題に入るよう急かすフユカ。
「うん、それでは……まず何故私達の顔がこれほどまで似ているのかについて話そう……」
フリーデはそう言うと背筋を正した。
「私たちの顔が似ているのは……私と君達が同じ存在だからだ」
「はぁ?」「……」「……?」
フリーデの言葉が理解できないフユカ。だがフリーデの言葉が理解できないのは他の二人も同じだった。
「……私は君達が存在する世界とは違う世界の住人、私から見れば君達は別の世界の私なんだ」
「えええ?」「はぁぁぁ?」
フリーデの言葉に驚愕と混乱が頭を支配するブリザラとフユカ。
「……世界は幾つも存在する……並行世界ということですか?」
驚愕と混乱の中にある二人とは違い、冷静にフリーデの言葉について行こうとするソフィア。
「ああ、並行世界だ……ある世界では王、ある世界では戦闘兵器の操縦者……ある世界ではただの学生や殺し屋……というように幾つもの可能性、幾つもの分岐の果てに出来た幾つもの世界の中に存在する私、それが私であり君達なんだ……」
自分を含め、この場にいる者は全て別世界に存在する同じ存在なのだと説明するフリーデ。
「待って! 別の世界? 並行世界? ねぇぇぇ……ちょっと冗談はその顔だけにしてよ……」
別の世界の自分が存在するという事実に理解が追い付かず顔を引きつらせるフユカ。
「……そう冗談のような話だ、私も知った時そう思った……だが事実、同じ顔をした私たちはこうして顔を突き合わせている」
それがただの他人の空似では無く、自分達が別々の世界に存在する自分である証拠だと言うようにフリーデは、この場にいる自分と同じ顔をした少女たちを見渡した。
「……でも何故、別の世界に存在する私たちがこうして出会ったのですか?」
単純な好奇心を原動力にしてブリザラはフリーデに尋ねた。
「……それは……私たちが存在する全ての世界に危機が迫っているからだ」
ブリザラのその好奇心という純粋な問に短くそう答えるフリーデ。
「危機?」
今一フリーデが言う危機が理解できないブリザラ。
「……人の想いとは時として強い力を持つ、特に負の感情と呼ばれるものは強い力を引き出しやすい……人々が発する負の感情を纏った想いは、今次元をも越えて存在する全ての並行世界を壊そうとしている……私はその危機を止める為、別の世界の私……即ち君達にそれを回避する為の力を教えに来たんだ」
「……ははは、規模が大きくなりすぎてもう訳がわかんない、何? 魔王でも現れて世界を滅ぼすって言うの? 私たちに勇者にでもなれっていうの? 」
自分の理解の範疇越え、投げやりな笑いが込み上げてくるフユカ。
「……何で……その役目が私なの」
投げやりに笑っていたフユカの表情が一瞬にして無表情になる。
「……それは私たちが全ての世界の特異点……『女神の面影』を宿しているからだ」
冷たく無表情なフユカの問に対して、フリーデはそう答えた。
「……しらない……知らない知らない知らない! ……私は世界がどうなろうが知ったこっちゃない! 私はただ暴れたいの……好きになった男とイチャイチャしたり殺し合ったりしたいだけなの! だから私には関係ない!」
無表情であったフユカの感情が突如として爆発したように激昂する。
「……フユカ……いやソフィアと言った方がいいか……君は……君達は……」
「……ッ!」
フリーデのその言葉にソフィアは何かに気付いたというように目を見開いた。
「それ以上言うなぁぁぁぁぁぁ!」
激昂するソフィアはソファーから立ち上がると、フリーデの方へと走り出そうとする。
「駄目!」
思わずいつもの癖でフリーデを庇うようにフユカの前に立ち塞がろうとするブリザラ。だがそのブリザラの行動は無意味となった。
「……思い出した……私思い出したよフユカ……私……フユカだったんだね」
フリーデの下へ走り出そうとしたフユカを後ろから抱きしめたソフィアは小さく呟いた。
「止めろ! 何を訳の分からない事を! ……私がフユカだ! お前はフユカじゃない……私が……私は……フユカ何だ……」
ソフィアのその言葉に見るからに動揺するフユカ。最初は強くそう叫んでいたフユカかの声が徐々に弱々しくなっていく。
「フユカさん!」
声が弱々しくなると同時にソフィアの腕の中で体が透け始めるフユカの姿に何が起っているのか理解できないブリザラ。
「君もこの場所に来て感じたはずだ……越えられない境界線の存在を……」
彼女たちがこの空間にやってきた時、互いを認識し近づこうとした瞬間に感じた感覚。絶対に越えられないと感じさせ理解した境界線。自分を守ろうと前に出たブリザラの背に対しその境界線の話をするフリーデ。
「……殆ど同一の存在である私たちは、本来交わることは決して無い……それが世界の理だからだ……その理に反し近づきすぎればどちらかが自壊を始める、そして形を保てなくなりその者は自分が存在していた世界と共に消滅する……」
目の前で消えていくフユカの姿を見つめながら、淡々と自分達という存在に課された理を説明するフリーデ。
「……辛い事や悲しい事ばかり押し付けてごめんね」
ソフィアは自分の腕の中からフユカという存在が消えていくのを感じながら、謝罪の言葉を口にする。
「だが彼女たちは私たちとは少し違う……1つの体に2つの人格……1つの体に2つの世界を持っていた……」
「……ど、どういうことですか!」
この空間に来て初めてブリザラは自分の意思で語気を荒げた。
「彼女は自分に降りかかる辛い事や悲しい事から心を守る為にもう一人の自分を生み出した……」
「人格の分裂……」
人格の分裂。サイデリー城内にある書庫で人格の分裂について詳しく書かれた書籍を読んだ記憶があるブリザラは思わずそう呟き目の前にいるフユカとソフィアを見つめた。
「……けれど彼女は、消滅する訳じゃない……元の姿……本来の姿に戻るだけ」
ソフィアの腕の中で消えていくフユカの姿を見ながらそうブリザラに告げたフリーデは静かにその時を待った。
「ふざけるな……ふざけるなよ……私が……私がフユカなんだ……あんたみたいに弱々しい奴を……私は認めない……今まで受けた辛い事も悲しいことも全て、全て私のものだ……あんたに何か絶対渡さない……渡さない……」
「うん……うん……」
「ふざけるな……私は……わたしは……」
「今まで今まで私を守ってくれてありがとう……フユカ……」
「ッ! ……ありがとう? ……ありがとう……そうか……私……」
光の粒子のようにそれはソフィアの腕の中から消えていった。
「うぐ……うぅぅぅぅ………うわわわわわわわわ!」
フユカを失い、そして自身の事を理解したソフィアの傍らにあったはずの異常な長さのあるソファーは無い。そこにあったのはしっかりとした四足で地面に立つ椅子だった。
ガイアスの世界
注意(笑)
本編に出てきた椅子にまつわる話は、本当にフリーデによるただの持論です。




