狼で章1 狼の皮を被った種馬
ガイアスの世界
今回はありません
狼で章1 狼の皮を被った種馬
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
《ウォオオオオオオ!》
見渡す限りの銀世界に獣の咆哮が響き渡る。それがほぼ夏という言葉が存在せず一年中の殆どが雪と氷に覆われているフルード大陸に生息する白狼の遠吠えだと言われればそう聞こえなくはない。しかし銀世界に響き渡ったその咆哮は近くで群れをなしていた白狼を怯えさせた。
《ウォオオオオオオオオオ!》
季節は夏の後半、秋から春にかけ断続的に降り続いた雪や氷が一向に解けず残ったまま、新雪が降り始めたフルード大陸、サイデリー王国から北端に位置する森の中にある村ブルダン近くに響き渡った白狼を怯えさせるその咆哮は、周囲を震わせる程に更に強く響き渡る。
「……どうにか形にはなった……」
ツンと空に伸びる長い耳、周囲の雪や氷と同化してしまう程に白く透き通った肌、儚さや憂いを持った切れ長の目元、どの部位をとっても美しいとため息が出てしまう美貌を持った女性は、咆哮する獣の姿を見つめていた。
《ウォオオオオオオオオオオオオ!》
雪と氷の銀世界に降り立つ巨大な獣、銀色の毛をなびかせる巨大な狼は、黒い球体をその鋭い牙と鋭利な爪で引き千切ると勝利を喜ぶ兵士のように再び強く勇ましい咆哮を上げた。
— フルード大陸 ブルダン村 入口 —
「だはぁぁぁ……流石に疲れた」
村の入口でそう疲労感を口にしたのは、フルード大陸という極寒の地でありながら裸体を晒す大男であった。
「……その姿のままでは村の者達が興奮……いや……驚く」
熱を帯び体から湯気を上げる大男の背後でそう声をかけたのは耳の長い絶世の美女。
「……これでも腰に巻け」
極寒の地で裸体を晒す大男から少し視線を外すように絶世の美女はそう言いながら大きな布を手渡した。
「あ? ああ悪い」
大男は耳の長い絶世の美女の言葉に首を傾げながら手渡された大きな布を腰に巻き、最低限人との対面に耐える姿となると堂々たる動きで村の中へと入っていく。そのすぐ後ろに続く耳の長い絶世の美女。
腰布一枚で村の中へ入った大男は当然、村の人々から怪訝な視線を向けられた。訳では無かった。村の中へ入った大男に向けられた村の人々たちの視線には何処か火照ったような熱が感じられた。だが大男はその視線に気付いていないのかそれとも気付きつつも平然としているのか、堂々とした佇まいで練り歩くように村の奥にある一番大きな屋敷へと進んで行った。
フルード大陸最大の国、サイデリー王国から北端に進んだ何処かに存在すると言われている村ブルダン。フルード大陸の地図にその名が乗っていないブルダンは、美女や美少女しか存在しない幻の村、『女の園』と男達からは噂されている。辿りつくことが出来れば必ず美女と一夜の火遊びが楽しめるという噂もあり、幻の村を追い求め下半身が本体、もとい欲望に素直な男達は文字通り命がけで極寒の地を探し回っているという。
実際に村に辿りつけたという者も幾人かおり、その者達の話によれば『女の園』に辿りつくには相当厳しい道程を進まなければならず、極寒という厳しい環境の中、白狼の群れを筆頭にそこに生息する様々な魔物と数えきれない程の戦闘を潜り抜けなければならず、例えその苦難を乗り越え辿りつけたとしても、その頃には満身創痍で欲望を吐き出す余力も残らないと辿りつけた男たちは悔しく語っている。
そんな『女の園』と呼ばれるブルダンがなぜそのような険しい道のりの先に存在するのか、その理由は村に住む彼女たちの素性にあった。
ブルダンに住む彼女たちは、個人差があれど耳が尖っており長い。そして誰もが美しい容姿をしている。それはまるでおとぎ話や英雄譚、伝説に出てくる森人のようである。
そうブルダンに住む彼女たちは、おとぎ話や英雄譚、伝説に出てくる森人と人族との交わりによって誕生した混血森人なのである。
遥か昔、とある戦で歴史からその名を消した森人。戦の中で森人の男たちは根絶やしにされ、残された森人の女性たちもその数を減らした。
少数となった彼女たちは、その美しい容姿から他の種族に狙われることを避ける為、フルード大陸の北端にある森へと逃げ込み、そこに村を作り人払いの結界を張る事で誰からも知られることなくひっそりと生き続けてきたのである。
しかし男を戦で根絶やしにされ女性しか存在しなくなった森人の血はいずれ途絶えることになる。だが種族が途絶えるという危機に対して、最初彼女たちは全く興味が無かった。自分たちの血が途絶えるのは自然の流れなのだと何処か破滅的な思考を抱いていたのである。
けれど長寿である彼女たちは同族の男が居ないという環境の中、長い月日を過ごすうちに自分たちの中に湧き上がる言いようのない感覚に気付いてしまった。
それは端的に言えば性欲であった。
他の種族に比べ長寿であり子孫を残すという目的が他の種族よりも低く森人にとって生殖行為はそこまで重要ではないものであった。その為、当時の森人は性欲が薄い種族であった。
だがいざ同族の男を失い長い月日を過ごすうちに、彼女たちの肉体は徐々に変化していった。
それが種族の危機を止める為に変化したのか、それとも長い寿命を生きる上で刺激の無い日々に肉体が耐えられなくなったのか定かではないが、彼女たちは自身の体から湧き上がる性欲を強く感じるようになったのである。
内なる欲望に気付いてしまった彼女たちは、その衝動を治めるにはどうすればいいのか思案した。そこで辿りついたのが、自分たちに近い種族、人族と交わることだった。
ただ自尊心が高い種族である森人は、手放しで人族を受け入れることは出来なかった。だが今にも自尊心を凌駕しようとする己の性欲を治める為、発散する為に、彼女たちには己の自尊心と性欲の両方を満たす方法が必要になったのである。
その結果、村の存在をあまり多くの人族に知られない為と建前を打ち、試練と称して様々な苦難を乗り越えた強く勇気のある自分たちに相応しい人族だけを受け入れ交わるという方法を見出したのである。
それが幻の村、『女の園』の正体。誤解を恐れず言うなら、性欲を持て余した森人が自分の自尊心を建前に、人族と交わることを目的とした場所、それがブルダンなのである。
彼女たちが持つ自尊心を建前とした試練は、月日が流れ噂として人族に広まる形となり、多くの男達の人生を滅茶苦茶なものにしながら、現在まで続いているのである。
だが現在では、人族との間に生まれた混血森人の数も増え、当初の森人が持つ自尊心の下に用意された試練という建前は形骸化し、今では自由な考えの下、人族との恋愛によって交わる森人や混血森人者も多くなった。
ただし、建前の試練は形だけのものとして形骸化したもののブルダンへ辿り付くことは現在でも非常に困難なことに変わりない。そんな険しい道程を経て村へ辿りつき、それで尚一夜を共にする程の元気が有り余る人族の男は、森人や混血森人にとって性欲、もとい魅力的に映るのは今も昔も変わりないのである。
そう腰巻一枚で己の肉体を見せびらかしながら村を練り歩き屋敷へと入って行った大男ガイルズは今や、ブルダンの森人や半森人の半数の性欲、いや魅力的な人物、一夜を共にしたいと思わせる相手となっていたのである。
— ブルダン イングニス邸 —
「……まずは一旦着がえて来い」
屋敷の玄関で腰布姿のガイルズにそう告げる耳の長い絶世の美女。
「「「お帰りなさいませ、イングニス様 ガイルズ様」」」
すると何処からともなく姿を現した同じ顔をしたメイドの姿の女性、リョーコ、イズミ、ヒカルの三人娘が、この屋敷の主にしてこのブルダンの村長でもあるイングニスとガイルズを出迎えた。
「……この男の服の用意をしてやってくれ」
ガイルズを指差しながら服の用意をするよう自身の傀儡人形メイド三人娘に指示を出すイングニス。
「「「はい」」」
一糸乱れずイングニスの指示に返答する三姉妹は、ガイルズの服を用意する為素早い動きで各々の作業を始めた。
「……あ~あ、最初の頃は、ガイルズさんとか、ですねますねとか清楚ぶっていたのに、気付けばこの男と呼ばれる始末……あの頃のイングニス様が恋しいよ俺は」
出会った当初と今の印象が全く違うイングニスの様子にわざと臭く嘆くガイルズ。
「あの時はまだ、お前は客人だったから客人の対応をしただけだ、今お前は私の研究対象だ、研究対象に敬語など使う訳が無い」
嘆くガイルズに対し、自分の対応が変わった理由を冷たく説明するイングニス。
「しおらしく泣きながら俺の胸に飛び込んで来たのも客人の対応だった訳ね」
「……捏造もそこまでくると天才的だな」
確かにガイルズの前で涙を流したことは事実であるが、胸に飛び込んだという記憶は無いイングニスは、ガイルズのねつ造した記憶を冷たく皮肉った。
「……へーへーそうですか」
イングニスの面白くない反応につまらなそうな表情を浮かべるガイルズ。
「はぁ、こんな無駄話はどうでもいい、早く部屋で着がえてこい、実験結果の詳しい話はそれからだ」
話しを切り上げたイングニスは、あっちへいけと言わんばかりにガイルズへ手をヒラヒラさせる。
「はぁはいはい……あ! そうだ、俺の着替え手伝ってくれてもいいんだぜ!」
着替える為屋敷内にある部屋へ向かおうとその場から離れようとしたガイルズは、思い出したというようにイングニスへ再び軽口を叩く。
「……いいから早くいけ」
一瞬何を言われているのか分からず目を白黒させたイングニスは、呆れた表情を浮かべながらそう言葉を残して広間へと進んでいった。
「はぁ……」
深いため息を吐きながら広間中央に置かれた長いテーブルの自分の席へ腰を下ろすイングニス。
「失礼します」
すると何処からともなく現れた三人娘の一人であるヒカルが、イングニスの前に良いか香りのするお茶を置いた。
「心労を癒すハーブの入った特性のお茶です」
イングニスの前に置いたお茶の説明をするヒカル。
「ああ……ありがとう」
今の自分にピッタリの気の利いたお茶を用意してくれたヒカルに礼を言いうイングニス。
「それでは……」
ヒカルは一礼すると次の仕事をこなす為その場から静かに姿をけした。
「ふぅ……」
ヒカルが用意してくれた温かいお茶の匂いを感じながら口に運んだイングニスは、一息つく様に息を吐いた。香り良く温かいお茶は外で寒くなった体を温めイングニスの心労をわずかばかり癒していく。
「はぁ……しかし、日に日にガイルズを見る村の者達の目が血走って行く……あの男、天性のたらしだぞ……このままあの男がこの村に居座り続けたら、この村にはあの男に似た子供で溢れかえってもおかしくない」
心労を癒す効果があるお茶によって一時的に心に癒しを得たはずだったイングニス。しかしその効果は、ガイルズを見つめるここ最近の村の者達の様子によって幻のように霧散していく。
「……それに……村の者達だけでは飽き足らず、私にまで手を出そうとする始末、本当に節操がない」
村の者達をざわつかせるだけには飽き足らず、イングニスにまで手を出そうとしたガイルズ。その時の事を思い出し何とも言いようのない表情を浮かべてしまうイングニス。その時の状況を頭からかき消そうと心労を癒す効果はあれど、記憶を消去する効果まであるのかは分からないお茶をもう一度勢いよく口に運ぶのであった。
ガイアスの世界
『女の園』ブルダン
フルード大陸、サイデリー王国北端に位置する森に存在するとされる地図に名の無い村ブルダン。
滅んだとされる森人とその末裔、そして混血森人の女性たちだけが隠れ住む村である。森人が滅ばずに存在していることをしっかりと認識していたのは、当時のサイデリー王国の王とその側近だけと言われている。
道中の過酷な環境、強力な魔物の存在、そして人払いの結界を施されたブルダンに容易に辿りつける者はいないと言われている。
人を寄せ付けない理由は、森人たちが住む村の存在を知られない為である。彼女たちが持つ魔法技術は高く、それを外に持ち出されると大惨事になる可能性がある為。そして容姿が美しい彼女たちを攫おうとする者から隠れる為でもある。しかしこの理由は建前であり本当の理由は別にあると言われている……。




