そろそろ真面目で章19 (スプリング編) 評価
ガイアスの世界
修復者の尽力
螺旋階段の時点で、ロンキの中にあった意識が完全に覚醒したと話す修復者しかしそれ以前から、修復者は様々な状況でロンキを通してスプリングを手助けしていたようだ。
それは、スプリングを光の迷宮の最奥、伝説武具の所有者として試練へと誘導する役割があったようだ。
そろそろ真面目で章19(スプリング編) 評価
「……んぁん?」
ガイアスの何処か。その場所が何処なのかは不明。ただ寂しく何も無い場所が広がっているということだけは分かる。陰気でも無く陽気でも無い、言うなれば虚無のようなそんな場所に一人佇む大柄の男は、ふいに空を見上げると間の抜けたような声を上げた。
「……ふん……後百年してからほざけよ弟子」
時間の経過すら感じられない虚無のような場所に訪れた僅かな変化。一陣の風が運んできた強くもまだ青さの残る見知った者の想いを感じ取った大柄の男は、視線を自分が進むべき進路へ戻すと、鼻を鳴らしその強い言葉とは裏腹に何処か楽しそうな表情で果ての無い道を進んで行く。
大柄の男が進むその道は、周囲の虚無が流れる場所とは違い険しく暗い。まるでそれは、これから大柄の男に待ち受ける運命を暗示させるようであった。
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
修復者と共に階層主部屋の扉を通ったスプリングは眩い光に呑み込まれた。
「……ここは」
次の瞬間、ゆっくりと目を開いたスプリングが目にしたのは、光の迷宮最深部にある月石で出来た宝物庫の天井。
「……どういうことだ?」
既に役割を終え、その名に値しないただの部屋と化した宝物庫の床で仰向けになっていたスプリングは、自分が意識を失っていたことに気づくと状況が呑み込めないまま急いで上体をあげ周囲を見渡した。
確かにインセントの偽物を倒し階層主部屋の扉を通った。そこで眩い光に包まれた所までは記憶があるスプリング。しかしそこから先の記憶は無い。気付けば宝物庫で倒れていたスプリングは、あの出来事の数々が全て夢であったのではないかという想像が脳裏を過った。
「おはようスプリング、気分はどうだい?」
状況を呑み込めず思考が混乱するスプリングの視界の中に突然入り込み能天気な声色で話しかけてきたのは、ガイアス一の鍛冶師であり猫獣人であるロンキであった。
「ロ……修復者……」
目の前の猫獣人に対し一瞬ロンキの名を口にしかけるスプリング。しかしその雰囲気や言葉使いから自分が知るロンキでは無いとまだ混乱が抜けない思考を無理矢理切り替えたスプリングは、ロンキの中に宿る存在の名を口にする。
視界に入り込んで来たロンキの姿をした修復者の名を口にしたスプリングを安堵した。この場に修復者が居るという事実は、あの空間での出来事が夢では無いということを証明しているからだ。
「……一体これはどういうことだ?」
しかし安堵を抱きつつも、なぜ自分があの空間への出発地点である宝物庫に戻ってきているのか未だ状況を理解できていないスプリングは、頭を摩りながらロンキの姿をした修復者にそのことを尋ねた。
「……」
修復者は語らない。無口というよりは饒舌側である修復者がそれを口で説明しようとしない。己の口で語らない代わりに修復者はスプリングの体を指差した。
「?……」
修復者の無言の指示に戸惑いながらも従いその視線を自分の体に落とすスプリング。
「ッ!」
言葉を失うスプリング。修復者という存在以外に、あの空間での出来事が事実であったというもう1つの証明であるものが消失していたからだ。
「……軽鎧が……」
視線の先に映るのは軽鎧。それはあの空間に向かった直後、正確にはあの空間の最初で対峙した鎧猪を倒すまで纏っていた軽鎧だった。
しかしスプリングは、鎧猪を倒した後、その軽鎧を破棄し、ロンキが鎧猪が纏っていた鎧を素材にして作り上げた新たな軽鎧に着がえ直していたはずであった。
確かに階層主部屋の扉を通る時まではロンキが作った月石製の軽鎧をその身に纏っていたはずのスプリング。しかし今纏っているのは、ロンキが主を務める日々平穏で揃えた軽鎧であるという事実に一度はあの出来事が夢では無いと確信したスプリングのその意思が再び揺らぐ。
「……あれは……現実なのか夢なのか……どっちなんだ?」
あの空間が夢では無いという証明と夢であるという証明が同時に目の前に突きつけられ混乱が加速するスプリング。その答えを知っているだろうロンキの顔をした修復者に視線を向け尋ねた。
「……夢では無い、しかし現実でも無い……君が今まで見ていたのは仮想……あ、いや幻と言った方が君には伝わるかな」
「……幻」
あの空間での階層主との対峙やそれに付随する様々な出来事は、全て幻であったと修復者から伝えられたスプリングの表情は、複雑なものへと変わる。
夢か幻という違いなどどうでもいい。スプリングが知りたかったのはあの空間での出来事、そしてあの空間での経験が現実だったかそうではないかだった。
「それじゃ……あの時『剣聖』になれたのも幻ってことか……」
インセントの偽物との対峙、戦いの中で、得た経験。月石の力を使い『剣聖』となった経験までもが全て現実では無く幻であったという事実にスプリングは落胆した。
「そんな残念に思わないでくれ……」
見ただけで分かるスプリングの落胆ぶりに対して慰めるようにそう声をかける修復者。
「……どうやら君は夢と幻の違いを軽視し無駄であったと思っているようだが、その考えは誤りだ」
まるでスプリングの心を見透かすように修復者はそう告げると話しを続ける。
「確かに物理的な物や強さは得られてはいない、しかし夢と幻は違う、夢はある意味その時持つ願望や精神状態を映す鏡のようなものだ、例外はあるが己の行動を律することは出来ない、しかし幻は違う、幻として対峙した君はその時々で自分の考えを行動に移していたはずだ……君はあの幻の中で行動する中で現実と変わらない手応えのある確かな経験を得たはず……それが夢と幻の違いだ」
夢と現実の違いをスプリングに語る修復者。
「でも君が得た経験は、本来危険の中で生まれる……命を賭けた状況でしか得られないものだ」
そこで一度言葉を区切った修復者は、スプリングを真剣な表情で見つめる。
「あの幻はそう言った過酷な状況、命を賭けた中だけで得られる経験を、君のような死なせてはならない、唯一無二な者に危険無く積ませる為の場所、幻なんだ……だからあの幻の中で君が死を覚悟した状況、それに伴い様々な思いを巡らせたこと……そして『剣聖』になったという経験は、確実に君の中で蓄積された……あの幻の中で君が『剣聖』になったという幻は、君がこの現実でも『剣聖』になれるという事実、可能性を十分に持っているという証明を現しているんだ」
あの幻の中で死を覚悟した状況や感じた感覚、得た力は全て経験として蓄積され一切の無駄にはならないと語る修復者は、自分の説明をどれだけ理解しているのか定かでは無い複雑な表情を浮かべたスプリングの姿勢を正すように背筋を勢いよく叩いた。
「さあ、説明は終わりだ、月石に認められし理を破壊する者よ……大きな経験を積んだ君が次にやること……それはこの先にある部屋へ向かい、相棒である伝説武具が持つ真の力を発揮することだ」
「理を破壊する者?」
背筋を叩かれ姿勢を強制的に正されたスプリングは、訳の分からない言葉に首を傾げながら修復者が示した部屋へ続く扉を見た。その扉は先程まで月石の壁であった場所。その扉は正真正銘の隠し部屋へ続く扉であった。
扉の先に広がる隠し部屋はスプリングたちが入室したことを感知すると、蝋燭なのどの灯りとは違い明瞭な光で周囲を照らした。
「……なんだここ……」
明瞭な光が全体に広がったことで全貌が明らかとなったその部屋は、スプリングには理解できる物がない場所だった。ただ1つ理解できるものと言えば、その部屋に存在する机や椅子に見える物、その他全ての物が人類に適さない大きさをしているということだった。
「ここは遥か昔……君達が言う暗黒時代よりも更に昔に建造された施設……旧人類……君達からすれば巨人の彼らが残した高度文明の象徴であり負の遺産だ」
そう言いながら旧人類が扱っていただろう猫獣人であるロンキの体には大きすぎる椅子のようなものに腰掛ける修復者。
「さあ、伝説武具……君の相棒をこの箱の中に置くんだ」
腰掛けた巨大な椅子の横にある箱の中に沈黙したまま一切反応が無いポーンを置けとスプリングに指示する修復者は、目の前に現れた巨大な硝子の板に映りだされた映像を見ながら楽器を演奏するように大きな机のような物を軽い手つきで叩きだした。
「……あ、ああ……」
突然現れた巨大な硝子の板、そしてそこに映し出される映像、そして巨大な机を一心不乱に叩く修復者の姿に全く理解できないスプリングは、指示に従う他無く、言われた通りに背負っていたポーンを箱の中に置いた。
「よし」
スプリングがポーンを箱に置いたことを確認した修復者はそう口にしながら巨大な机を勢いよく叩いた。すると突然、箱に透明な板が現れ中に入っていたポーンを閉じ込めた。
「お、おい!」
箱の中に閉じ込められたポーンを見て慌てるスプリング。
「大丈夫、別に君から相棒を引き離そうとしている訳じゃない……この箱は伝説武具を修復する物だ」
慌てるスプリングに対して落ち着くように諭し説明する修復者は、ポーンの入った箱に透明な板がしっかりはまったことを確認すると再び大きな机を叩きだした。
「ここからは私の時間だ、君は相棒の修復が済むまでしばらく時間がかかる、その間そこら辺にある椅子にでも座って休んでいるといい」
大きな机を叩き、映像を映し出す巨大な硝子の板を見ながら何やら作業を始めた修復者は椅子に座って休むようスプリングを促した。
「いや……見届けさせてもらう」
しかし指示に従う気の無いスプリング。これからポーンに起こることをその目でしっかりと見届けたいと思っているスプリングは、まるで修復者を監視するように背後に立った。
「……見られているとやり辛いのだけれど」
一切その場から動く気配の無いスプリングの視線にやり辛いと正直な感想を口にする修復者作業は言葉通り先程よりも速度が落ちていた。
「……」
そう言われても修復者のやり辛いという素直な気持ちを一切汲むことなく無言で立ち続けるスプリング。
「はぁ……しょうがないな……」
断固として動く気配の無いスプリングに対し、呆れたようなため息を吐いた修復者は、叩いていた机から少し離れた別の大きな机へ椅子ごと移動すると、おもむろにその机を一叩きした。
「ごめんね、君に見られていると、彼との内緒話が出来ないんだ」
突然の謝罪。修復者がスプリングに聞こえない程の小さな声でそう呟いたと同時に、部屋の四隅から噴き出す煙。
「なッ……」
一瞬。その煙を見て、思わず口を塞いで尚、煙はスプリングの意識を遠のかせていく。
「しばらく眠っていてよ、起きた時には結果が出ているはずだから」
結果。今更何の結果があるのだと薄れゆく視界の中で申し訳なさそうな表情を浮かべる修復者を見つめるスプリング。
「くぅ……」
最後の力を振り絞り、修復者を睨みつけ抵抗を示すスプリング。
(……また……これか……くそ……)
だがその睨みつける気力すら睡魔によって奪われていくスプリングは、またこれかと重要な場面で意識を失うことが多い自分に対して悪態をつきながら深い眠りへと落ちて行った。
「ふぅ……やっと眠ったか」
初めからこの先にある事をスプリングに見せる気の中った修復者は短くため息を吐くと目の前にある巨大な硝子の板、映像表示装置に視線を向けた。
「さて、それでは内緒話を始めよう」
『はい、創造主』
映像表示装置には修復者の言葉に返事をすると同時に男の姿が現れた。映像表示装置に映った男とは修復者が試練と称した幻の中でスプリングが見た幻影の中に映っていた男であった。
「それでは最終試練を始める……ポーン、君の忌憚のない意見を聞きたい……君から見て、スプリングという人物は、君の真の力を発揮するに相応しい所有者かな?」
スプリング本人には聞かれることが憚れるだろう内容を直球で幻影に映っていた男、ポーンに尋ねる修復者。
『……主殿……いや、スプリング=イライヤは……私が持つ真の力を発揮するに値しない人物です』
修復者の問に対して抑揚のないポーンの声が静まり返った部屋に響き渡った。
後書き
どうもお久しぶりです、山田です。
滅茶苦茶中途半端ではありますが、ここでスプリングの物語は一旦閉じます。正直、このまま進むと全くこの物語のタイトルと反した展開になってしまうという何とも不甲斐無い状況な為の決断でございます。
我ながらなんて自分の首を絞めるタイトルを付けてしまったのだと、書き始めた頃の自分の首を絞め落としたい気分ですが……今までこのタイトルでやってきた訳で、それを変えてしまうのは違うよなという判断の下、一旦スプリングとは距離を置こうという判断に至りました。
次回からは、他の主人公になるのかそれとも別の登場人物の話でお茶を濁すのかは未定ですが、書いていけたらと思っております。
しっかりとした構成もできず辻褄もへったくれも無く、後書きと称してメタな発言をしてしまうこんな物語をまだ読んでやるよと思って頂ける優しい方々がいましたら是非読んで頂けると山田は嬉しくて何かが捗ったりするかもしれません。冗談はさておき、これからも山田とこの物語をよろしくお願いします。
それではまた、次の後書きで。
2023年5月4日 GW中盤、連休の終わりが近いことに絶望しながら……。




