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真面目で章 5 (アキ編) 敵地進入

 ガイアスの世界


 〇〇屋


 現在おおむね平和であるガイアスであっても剣士や魔法使いなどの戦闘職が注目されている。しかしガイアスには戦闘職以外の職業が当然存在する。

 それは、物を売り買いする事を生業とする職業、商人職である。武器や防具、食べ物から骨董品、売れると判断したもの全てを売買する職業の総称であり、現在概ね平和であるガイアスでは戦闘職以上に重要とされている職業である。

 商人職はその種類も多く、転職場で端から端までみるのに二日はかかると言われている。しかも商人職は新たな商売を考え転職場に申請し受理されればすぐにその職業につくことができる。

 その中でも商人職の中で古い歴史を持つのが、屋の付く商人職である。

例えば武器屋、防具屋、道具屋、宿屋など。この屋の付く商人職に関しては国と転職場の許可が必要でありおいそれとなれる職業ではない。

 だが商人職の中では憧れの職業でもあり目指す者も多く、なれれば一生安泰とも言われていたりする。



 真面目で章 5 (アキ編) 敵地潜入



 剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス。



「……ついた……」


 帆が折れ今にも沈没しそうな程にボロボロな舟から雪が積もる港へ足を踏み入れた漆黒の全身防具フルアーマーを身に纏った男は疲れ果てたというようにそう呟く。


「こんな数の人間を見たのは久々だ」


 明らかに周囲から浮いて見える漆黒の全身防具フルアーマーを身に纏った男の横にチョコンと現れた幼い少女は、その見た目に反しはっきりとした口調で港を行きかう人々に視線を向けた。

 漆黒の全身防具フルアーマーを身に纏った男もその男の横からチョコンと姿を現した少女も数週間前まで、魔物の楽園パラダイスと言われるムウラガ大陸にいた。ムウラガには村や町と呼べるものは殆ど無く、あったとしても集落であった。しかしその集落にさえある事情でたどり着くことが出来なかった漆黒の全身防具フルアーマーを身に纏う男、アキにとっては久々の大勢の人の気配であった。

 そしてアキの横にチョコンと現れた少女は、アキとはまた別の意味で目の前を行き来する人間を見ていた。


「人間が住む町に来たのはかれこれ100年ぶりくらいか」


 その見た目から発せられること事体が有り得ない事を少女は口にする。どうみても少女が100歳を超えるおばあさんには見えない。しかし彼女が口にした事は事実であった。

 少女はただの少女では無い。正確に言えば、少女の肉体はただの少女であるのだが、その肉体に宿る魂はただの少女では無いのだ。もっと言えば、肉体に宿る魂は少女のものでは無く少女と呼べる年齢ですら無い。彼女の名はウルディネ。ムウラガの湖に住む水を司る上位精霊であった。

 魔物の楽園パラダイスとも言われるムウラガ大陸の湖に住んでいたウルディネは、彼女の感覚で約100年、これほどまでの集団でいる人間を見た記憶は無かった。それ故に久々の人間の集団に何処か懐かしさを感じているようであった。


「はて、港で人間が多いのは理解できるのだが、そう考えても人間が多いように感じるな」


 港は人の行き来が多いのは当然でるのだが、それをふまえたとしても港を行き来する人間の数が多い印象を受けるウルディネ。港は賑わう人の波で真っ直ぐに歩けない程に混雑していた。


『それは、多分……祭りが開催されるからだと思います』


 ウルディネの疑問に突然女性の声が答えた。しかしウルディネに話しかけている女性の姿は無い。


「なるほど……祭りか……この季節だと……春の恵みに感謝する祭りか」


 何処からともなく聞こえる女性の声に全く動揺することなく話しを続けるウルディネ。その横でゲッソリとした表情のアキも別段驚いてはいない。


『その通りのようですねウルディネ』


 アキ達の視線には春の式典開催と書かれた垂れ幕が至る所に吊るされていた。


「もう一つ質問だ私に近く遠き同胞よ……お前の主、アキはなぜそこまで疲れた表情をしている? お前の能力でアキの体力は無尽蔵と言ってもいいはずだろう?」


 何処にも姿が無い女性の声に質問をするウルディネ。


『ウルディネ……その呼び方は長いのでクイーンと呼んでください、そして質問の答えですが、それはあなたが舟で眠り続けていたからです、私はマスターの肉体的強化はできますが、マスターの精神を強化することはできません、それ故にマスターは、嵐で荒れ狂う海の中に寝ているあなたが落ちないよう、舟が転覆しないよう必至で動いていたのです』


 クイーンと名乗るその女性は自分のマスターであるアキが必至で荒れ狂う海の中、ウルディネが海に落ちないよう、舟が転覆しないよう動き回っていたことを告げた。


「なるほど……流石の伝説の防具でも己の所有者の精神を癒す事は出来ないか」


 そう言ってアキが纏う漆黒の全身防具フルアーマーを見つめるウルディネ。その存在が見当たらなかったクイーンの正体とは、アキが身に纏う漆黒の全身防具フルアーマー、自我を持つ伝説の防具と言われる存在であった。


「……何がなるほどだ……そんな事を言う前に何か俺に対して言う事があるんじゃないのかウルディネ?」


 クイーンとのやり取りを聞いていたアキは力なくウルディネにある言葉を求めた。


「はて、なんのことだ?」


 だがウルディネは本気で分からないと言った表情で首を傾げる。それだけみれば少女の可愛い仕草であるが、その中身は確実に100を軽く超える上位精霊。その仕草に苛立ちを覚えるアキ。


「お前が言ったんだろう、海の上では私に任せろって!」


 ムウラガから舟で旅立つ際、ウルディネは水を司る上位精霊である私にかかれば航海など目を瞑ってもできると豪語していた。しかし蓋を開けてみれば、舟に乗船した途端ウルディネは気持ち良さそうな寝息をたて始めたのだ。


「ああ、そのことか、これは申し訳ない……どうもテイチが住んでいた集落で力を使い果たしたようでな……幼いテイチの体では回復するのに寝るしか手段が無かった」


 ようやく事体を理解したウルディネは、アキに謝ると自分が寝ていた理由を告げた。


「……ウルディネ……テイチは大丈夫なのか?」


 アキはこの場にはいない者の名を口にする。いや居ない訳では無い。確かにテイチという存在はアキの側にいる。テイチという名は、ウルディネが憑依した少女の名であった。


「ああ心配は無い、テイチの体にもその魂にも大きな負担にはならない」


 テイチを心配するアキに心配する必要は無いと告げるウルディネ。


「そうか……それならいい」


 そう言うとアキは疲れた表情で港を歩き出した。


「ああ、心配する必要は無い」


 先に歩き出したアキの背を見ながらウルディネは小さくそう呟いた。

 ウルディネにはある確信があった。それはテイチの才能。燃える集落でテイチの体に憑依したウルディネが雨を降らせ鎮火させた時、ウルディネはテイチが持つ精霊との相性の良さを確信していた。だがこれから起こるかもしれない戦いにテイチを巻き込みたくないウルディネは、その事をアキに話すつもりは一切無かった。


『これからどうしますかマスター?』


 クイーンがこれからの事を尋ねるとアキは、一つ息を吐く。


「ああ……まずは笑男スマイリーマンが言っていたことが本当かどうか確かめなきゃな……」


 そう言いながらアキの表情は強張った。

 アキが口にした笑男スマイリーマンという名。それはアキ達がこの雪がまだ大量に残る港、極寒の大陸フルードにある大国、サイデリー王国へやってきた理由の一つであった。

 あの日、アキがテイチと出会い、そしてウルディネとであった日、テイチが住んでいた集落は盗賊の襲撃にあい壊滅した。その盗賊を裏から動かしていたのが笑男スマイリーマンであった。名の通り常に気味の悪い笑みを浮かべる笑男スマイリーマンは、燃える集落の中、アキ達の前から姿を消す間際、言ったのだ。自分に指示を出したのはサイデリー王国の王だと。

 正直笑男スマイリーマンの言葉を信じた訳ではないが、その場から忽然と姿を消した笑男スマイリーマンに繋がる情報はそれしかなかった。それ故にアキ達は海を渡りサイデリーへやってきたのだった。

 その日出会ったばかりのテイチの集落が盗賊に焼かれ消滅したからと言ってアキがその仇をとる理由は無い。だがそれでもアキが笑男スマイリーマンを追う理由、それはテイチに対して償わなければならない事があったからだ。

 テイチはアキの目の前で魔物に襲われその命を一度落とした。伝説の防具を身に纏い強力な力、黒竜ダークドラゴンの力をその身に宿していたというのにアキは、たかが一匹の魔物からテイチを守る事が出来なかったのだ。アキはテイチを守れなかったという事実に自分の無力を感じていた。

 もしあの時テイチに話しかけなければ、もしあの時にテイチを驚かせ手に持っていたバケツを落とさなければと後悔するアキは、テイチが住んでいた集落を燃やし消滅させた笑男スマイリーマンを追う事でテイチに償おうとしているのであった。

 そしてそれはウルディネも一緒であった。自分が展開していた結界に生じた僅かな綻び。その綻びに侵入した魔物の気配に気付くことが出来なかったウルディネは責任を感じ、テイチに償いをする為アキと同行を共にしている。

 これから彼らがしようとしている事はあまりにも無謀であった。下手をすればサイデリーという大国を敵に回すことになるのだから。だがそれでもアキとウルディネはテイチの為に国を一つ消滅させる覚悟は出来ていた。そしてアキとウルディネにはそれが出来るという確信があった。アキが持つ黒竜ダークドラゴンの力とウルディネの水を司る上位精霊の力があればと。

 しかし出来ることならばアキもウルディネもサイデリーを敵に回したくはない。その為にはまず情報を手に入れることが必要であった。


「それにしても……想像以上に厳重な警備だな……」


 人の多さで混雑する港を見渡したアキは、サイデリーの兵士である大きな盾を持つ盾士達の多さに違和感を抱いた。サイデリー王国は難攻不落の国というのは有名で、徹底した守りはサイデリーの兵士、盾士をみただけでわかる程に下手に侵略を行えばその鉄壁の守りによって返り討ちにあうというのはアキも何処かで聞いたことがあった。そしてサイデリーは絶対に他国に侵略をしないという思想を持っている事もアキは知っていた。だからこそ笑男スマイリーマンの言っていたことがどうにも納得できないのだ。

 他国を侵略しないという思想を公表しているサイデリーの王がわざわざ盗賊を雇ってまで他大陸であるムウラガの何の利益にもならないような集落を襲わせるなんてことをするだろうか。

 明らかに笑男スマイリーマンが言うことにはおかしな部分があった。けれどだからと言ってそれでサイデリーの王が白であるという証拠にはならない。なぜなら大なり少なり国というものは裏表が存在するからだ。綺麗ごとだけでは国は成り立たない、それは平和だと謳われるサイデリーであっても同様だ。その平和を保つために、必ず裏で何かが暗躍しているはずである。そう思うと確実にサイデリーの王が白であると断言はできないとアキは思うのであった。


『……それはきっと祭りが開催される影響でしょう、国が携わる祭りには周辺国や他大陸の人々もやってきます、当然そうなればその人々に紛れ込み良からぬことを考える輩も現れます、その輩達を迅速に対処する為、警備する兵の数が多くなるのは当たり前だと思います』


「……そうなんだけどな……」


 クイーンの言うことはアキも勿論理解している。しかしアキはなぜか盾士達の警備の仕方に違和感を抱いていた。アキのその違和感は当たっていた。アキ達がサイデリーに到着する前日、サイデリーの象徴である氷の宮殿に侵入者が現れたからだ。その侵入者は大胆にも王が眠る寝室に直接忍び込み王を襲撃した。辛うじて王は傷一つ負わなかったものの、この事件は宮殿内部では大きな問題となっていた。サイデリーの人々を不安にさせないため、王が襲撃されたという情報はサイデリーの人々に伏せられたまま、サイデリーの警備は強化されたというのが今のサイデリーの現状であった。

 クイーンが言ったように、他国の人々を自国へ入ってくるということは良い事ばかりでは無い。当然良からぬことを輩達もその隙を利用して入り込んでくるのだ。

 活気のいい商人達の声が響き渡るサイデリー王国の港に、他の大陸、他の国からやってきた何隻もの旅客船が止まり、そこから旅行者達が春だというのに鋭い寒さが残る港に驚きながらも次々と降りてくる。

 そんな旅行客に紛れ、何隻もの旅客船の中の一隻であるヒトクイの船から綺麗な顔立ちの女性が、男達を従え港へと降り立った。女性を先頭にその集団はサイデリーの港を見渡すと、静かに混雑する港を歩き進む。

 男達の先頭をあるく女性だけみればサイデリーにやってきた旅行客にも見えなくも無いが、その女性を取り巻く男達の顔はどう見てもサイデリーへ旅行にやってきた旅行客のようには見えない。そして女性の表情も非常に堅くサイデリーへ訪れこれから楽しむぞというような雰囲気では無い。その堅い表情からは何処か焦りのようなものが感じ取れた。


「お前達……順序はいいな……これに失敗したら私達の命は無い……死ぬ気でいくよ」


 綺麗な毛皮とその下にはドレスを身にまとった一見貴族の令嬢に見えるその女性は、その美貌とは裏腹に荒い口調で自分の背後にいる屈強な男達に血生臭い指示を伝える。その指示に無言で頷く屈強な男達。

 屈強な男達が頷いた事を確認すると先頭を歩いていた女性は、覚悟を決めたような表情で賑わい混雑するサイデリーの港の出口に向かい真っ直ぐに足を進めるのであった。



 ― サイデリー王国 商業区入口 ―


 港を抜けるとそこは、商業区。色々な店が立ち並ぶその場所は、港以上の混雑と活気が広がる。


「寒い……」


 ボロ舟から港に下りた直後はその達成感と疲労からそこまで感じなかったが、ふと冷静になると肌を刺すような寒さがアキの顔に直撃してくる。


『今体温調整しますね』


 すると自分の所有者を気遣いクイーンは、即座に体温を調節する。


「おお、寒く無くなった……」


 自身が身に纏うクイーンが体温調節をした事によって寒さが和らいだことに若干感動するアキ。


「……港も凄かったが、町に入るとこれまた……へ……へくしゅん!」


 港以上の賑わいをみせる商業区を前に目を丸くするウルディネ。しかし次の瞬間寒さからか込み上げてきたくしゃみを解き放ち、鼻をすすりながら体を震わせるウルディネ。

 ウルディネの現在の姿は辛うじて衣服のようなものを着ている状態、当然極寒の地であるサイデリーではありえない恰好であった。


「水を司る上位精霊でもやっぱり寒さとか感じるのか?」


 くしゃみをしたウルディネに質問するアキ。


「お前は馬鹿か、今の私はテイチの肉体に憑依しているのだ 当然寒さは感じる……というか凍え死にそうだ……」


 そう言いながら恐ろしい程に体が震えはじめるウルディネ。


「あ、ああ……なんかヤバそうだな、とりあえず温かい場所……いやまず服を買いに行こう」


 どう見ても危機的状況であるウルディネを抱えたアキは、商業区の入口である入国所へと急ぐ。


「そこの黒い全身防具フルアーマーの者!」


 するとアキを呼び止める声が響く。その声に周囲にいた観光客やサイデリーの人々は一斉にアキに視線を向けた。


「ん?」


 自分が呼び止められたと理解したアキは声のするほうに視線を向ける。するとそこには大きな盾を持つ盾士が数名いた。彼らは商業区への出入りを審査する者達であるようだった。


『少し面倒なことになりそうですね』


 サイデリー守る盾士がアキに向かって歩いてくる光景に、クイーンは静かに呟いた。


「おいおい、勘弁してくれよ」


 クイーンの呟きに顔を再びゲッソリとさせるアキ。


「そ、それより……は、はやく服か温かい場所に……」


 アキの腕の中では今にも凍え死にそうなウルディネのか弱い声が漏れていた。


「このサイデリーが奴隷禁止国であることを分かっていてその少女と共にやってきたのか?」


「はぁ?」


 何を言われたのか理解できないという表情になるアキ。


「君が今抱えている少女のことだ」


「えっ?」


 アキに近づき話しかけてきた盾士が指差すほうに視線を向けるアキ。そこには鼻水を垂らし凍えるウルディネの姿があった。


「あ、いや……こいつは……」


 言葉を詰まらせるアキ。確かに今のウルディネの姿は奴隷と言われてもおかしくは無い恰好である。アキはしまったという表情でこの場をどう切り抜けるか思考する。

 現在のガイアスに存在する半分以上の国が奴隷制度を廃止している。その中でもサイデリーでは奴隷制度というものに対して厳しく取り扱っており、奴隷を伴い入国する事を禁止している。当然このままではアキ達はサイデリーに入国することが出来ない。


「……いや待て……彼はどうみても奴隷商には見えない、変装していると言われればそれまでだが、もし彼が本当の奴隷商だったとしたら自分を変装させるんじゃなくその子を変装させて入国させるんじゃないのか?」


 入国所入口に立つ盾士がアキの前に立つ盾士にそう言うと。


「確かに……そう言われればそうだな……そもそも本当の奴隷商ならばサイデリーが奴隷制度を禁止している事を知っているはずだ、こんな堂々と入国所にやってきたりはしないだろう」


 入国所入口に立つ盾士の言葉に納得したように盾士は頷くとアキの方に体を直した。


「非礼をお詫びする……」


 そう言いながらアキの前に立つ盾士は頭を深く下げた。盾士の行動にアキは驚いた表情を浮かべる。アキは兵士という存在に最悪な印象しか持っていなかったからだ。今までアキが立ち寄った国の兵士達はどいつもこいつも人の揚げ足をとる事だけを考えそのくせ自分に非があると激昂しあること無い事をでっちあげては権力を振りかざす嫌な奴らばかりであった。しかし今自分の前に立つ兵士はどうであろう。アキの姿やウルディネの姿を見て一度は疑ったものの、そうでは無いと分かるとしっかりと自分の非を認め頭まで下げて非礼を詫びてきた。アキは生まれて初めて本当の兵士という者を見た気がしていた。


「え……ああ、いや……そのこちらもすいません、なんか紛らわしくて……」


 あまりに自分が抱いていた兵士の印象とかけ離れた盾士達の姿に動揺してなのかなぜか謝るアキ。


「だがその少女の姿は見逃すことは出来ない、早く温かい服を買ってあげなさい」


 アキに詫びた盾士はすぐさまウルディネに服を買う事を勧めてくる。


「……ああ、はい……」


 素直に頷くアキ。頷いた事を確認した盾士は、アキ達を誘導しながら入国所へと向かう。


「ちょっととうしてくれ! この二人を優先させてくれ!」


 入国所には商業区に入ろうと審査を待つ者達が列になっていた。その人波を掻き分けながら盾士はアキ達を入国所の最前列へと誘導する。


「あ、あの……」


 長い列の先頭に立ったアキは自分が今どういう状況なのか理解できていない。


「列のことはいい、それよりも今は一刻も早くその子に服を買ってあげなさい、この道を真っ直ぐ行けば、料金もあまり高くなく質のいい服を売っている防具屋があるから」


 列に並ぶ者の中には当然アキ達に不満の声をあげる者もいた。しかし盾士達は不満を上げる者達一人一人に頭を下げ事情を話し理解を求めている。


「さあ行って」


 そう言って盾士の一人はアキの肩を軽く小突くと入国所から送り出す。


「あ、あの……そのありがとう」


 アキは驚いた表情のまま自分達を見送る盾士達に頭を下げる。入国所に立つ盾士達は皆笑顔でアキを見送っていた。


『気持ちのいい人達でしたね』


 盾士とアキの一部始終を黙って見ていたクイーンは安堵したようにそう囁く。


「あ、ああ……」


 クイーンの言葉に頷くアキ。しかし心ここにあらずといった感じでアキは久々に受けた人の温もりに驚きが抜けないままであった。

 兵士をみればその国の在り方がわかる。これはアキの持論であった。今までアキが訪れたことのある国は間違いなく私利私欲にまみれた王ばかりであった。当然そんな王の下につく兵士達もたちの悪い者ばかりであった。しかしサイデリーの兵士達は皆、自分の仕事に誇りを持っているように思える。そんな兵士達の上に立つ王が、果たしてテイチの集落を燃やせという指示を出す人物なのだろうかとアキは笑男スマイリーマンの言動に更に疑問が積み重なった。


「は、早く……早く服をぉぉぉぉ……」


「あ、ああ悪い!」


 そんな事を考えていたアキに今にも死にそうなウルディネの声が届く。ウルディネに謝りながらアキは慌てて盾士が教えてくれた防具屋へと急ぎ走り出す。

 そんな走り去るアキを見つめる少女の姿があった。自分よりも大きな盾を背負った少女はなぜか笑顔でアキの後ろ姿を見送ると自分もまたアキが走り去っていった方角へと歩みを進めていくのであった。



 ガイアスの世界


サイデリー王国の港


 フルード大陸に存在する国に向かうには必ず通らなければならないフルードの玄関口とも言われるサイデリーの港は、大型の旅客船を同時に40隻停泊させることが可能である程に大きい。

 毎日のように観光客や冒険者、戦闘職の者達で混雑する港には、その者達を相手に商売をしようとする商人達の店が多数出店しており賑わいをみせている。特に魚介類が豊富でその中でもデンジャラスオオカブトガニはサイデリーの特産品である。

 

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