そろそろ真面目で章16 見知った剣筋
前書き ガイアスの世界
ポーンが使った太刀
混血鬼を瞬殺した時にポーンが使用した太刀には、何体もの鬼族を殺したという伝説を持つ太刀らしい。だがそれ以上の詳細は分かっていない。
そろそろ真面目で章16 見知った剣筋
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
「……できるかっ!」
突然そう叫んだスプリングは、顔に包帯を巻いた大男が持つ剣の強烈な斬撃を死にもの狂いで避けた。そこは前の階層と同じ造形をした広い空間、階層主部屋。スプリングは今、新たな階層の階層主と対峙していた。
数分前。螺旋階段で形作られた大蛇を倒した後、まるで幻が晴れたように階層主部屋に立っていたスプリングは、二重に重なる視界、幻影に映る男の後を追うようにロンキと次の階層へ続く扉へと向かった。
既に開き通路が見える扉の前に立ったスプリングは扉の前で立ち止まると、開かれた扉の先にある通路を凝視し始めた。体感で2、3分。スプリングは微動だにせず通路を見続けた。
明らかに様子のおかしいその姿に同行するロンキが怪訝な表情を浮かべる。なぜ先に見える通路へと歩き出さないのか分からないロンキは、その訳を訊こうと人日セラの先にある通路を見続けるスプリングに声をかけようとした。
しかしロンキが声をかける前に、スプリングは何処か残念そうに短いため息を吐くと再び歩き出しその扉を通っていった。そんなスプリングの後を慌てて追いかけるロンキ。
開いた扉の前で立ち止まり、その先の通路を凝視していたスプリングは一体何を見ていたのか。それは突然見えるようになった幻、幻影の男の行動を観察していたのだ。
幻影の男がとる行動は、まるでこれからスプリング本人に起こる未来を映しているようであった。スプリングはまるで未来を映しているような幻影の男の行動が利用できるのではないかと思考し実行していたのだ。
幻影の男が自分の未来を映しているというのなら、このまま扉の前で立ち止まっていれば、この先でなにが起るのかわかるのではないか。その未来のような幻影の男の行動を観察することが出来ればこの先に待つ階層主の情報や戦い方が分かり、有利に事を進められるのではないか思ったのだ。
しかしここまで来て不正は許さないとでも言いたいのか、その当ては外れた。扉を通って以降の幻影の男の姿が何故か見えなくなってしまったからだ。
結局何も分からずただ無駄に時間が流れただけという結果に終わったスプリングは、開かれた扉を通り迷宮おなじみの月石製の通路をロンキと共に抜けた。次の階層主が持つ階層主部屋の前に立ったスプリングは、もう一度立ち止まる。先程のため息とは違い決意したように息を吐くと、大きく重い階層主が待つ階層主部屋の扉を開いた。
階層主部屋へと続く扉を開いた瞬間、そこには他の階層主部屋と同じ造形をした空間が広がっていた。違ったのは、部屋の中心で待っていたのは、鎧を纏った巨大な猪でも螺旋階段に擬態していた大蛇でも無く、顔に包帯を巻いた人族だということだ。そしてその包帯を顔に巻いた人族を映すスプリングの目には、幻影の男と対峙する包帯を顔に巻いた人族の姿も映しだしていた。
再び幻影の男の姿が見えるようになったことも驚きではあったが、それ以上に、包帯を顔に巻いた人族への疑問が生まれるスプリング。
迷宮の階層主とは、迷宮、もしくは階層を支配した魔物のことを言う。迷宮内や階層内で起る壮絶な争いか勝ち抜き生き残った魔物だけが階層主として階層主部屋に存在することを許されるのである。
しかしこの理が適用されるのは当然魔物だけだ。魔物とは別種の存在である人類は、あくまて迷宮を攻略する側であり、迷宮にとっては異物でしかない。異物である人類を迷宮は当然認めない。迷宮の階層主を倒したからと言って、迷宮の理が適用され人類の一個体が階層主になることは決して無いのだ。
しかし階層主部屋の中心に立つ包帯を顔に巻いた人族と幻影の男と対峙する顔に包帯を巻いた人族は、どう見ても魔物では無い。多少人族離れした体格をしてはいるが、広いガイアスの中には規格外な体格をした人族などごまんといる。
ならば自分の目に映るそれらは何なのか、スプリングは包帯を顔に巻いた人族が、人の形はしているが人では無い何かだと結論付けるしか無かった。
だが早々にスプリングは自分が導き出した全く答えになっていない結論を揺るがす光景を目の当たりにすることになる。
スプリングよりも少し先を行く幻影の男と対峙する包帯を顔に巻いた人族の姿をした何かは、どこからともなく剣を出現させたのだ。それはロンキが持つ能力、次元収納とは異なる現象。包帯を顔に巻いた人族の姿をした何かが、何も無い所から剣を作りだしたよううに見えた。そうそれは、スプリングが目標としている剣を扱う者の最終到達点、剣を極めた者だけがなることを許される『剣聖』。まさにその姿だった。
人類が迷宮が持つ理によって階層主になることができないように、魔物は決して『剣聖』になることは出来ない。当たり前である。人類がその知性と知識、己を極限まで鍛えた果てに生みだした『剣聖』というものを魔物が理解できるはずがないのだ。
だが幻影の男と対峙する包帯を顔をに巻いた人族の姿をした何かは、その手に剣を作りだしたのである。
スプリングは混乱した。目の前の光景がそれこそ幻であればいいとさえ思った。人族とも魔物とも分からない得体の知れない何かが、『剣聖』であるという事実を認めたくは無かった。
しかしそれが事実であるというように、スプリングと対峙する顔に包帯を巻いた人族の姿をした何かも、幻影の男と対峙する包帯を顔に巻いた人族の姿をした何かと同じようにその手に剣を出現させた。
幻影の男のいる世界が、自分の数秒先なのか数十秒先なのかはスプリングには分からない。だがそれはこれからスプリングに起きるだろう確実な未来。
一言で言えば次元が違っていた。幻影の男も包帯を巻いた人族の姿をした何かも両者、得物は剣。その剣で凄まじい斬り合いを繰り広げ始めた。辛うじて目で追う事は出来ても、全てが一撃必殺の剣舞の嵐である両者の斬撃は到底今のスプリングではどれだけ無理をしても太刀打ちできない。それほどの差があった。
防御を捨てた両者攻めに徹した斬り合いは、それだけでスプリングを一人置いていく。そして更に突き放すような決定的な光景がスプリングの目に映る。初めの頃こそ、一本の剣で戦っていた両者。しかし剣舞を繰り広げていく中で、包帯を顔に巻いた人族の姿をした何かは突然背後から幾本もの形や種類の違う剣を出現させ、幻影の男に向かって放ったのだ。その姿は『剣聖』以外の何者でも無かった。そしてその状況を理解する暇も無く新たな衝撃がスプリングを襲う。
『剣聖』の能力を使った包帯を顔に巻いた人族の姿をした何かに対抗するように幻影の男も『剣聖』の如く幾本もの刀剣を周囲に出現させたのだ。しかもその本数は包帯を顔に巻いた人族の姿をた何かを軽く凌駕していた。その圧倒的物量で包帯を顔に巻いた人族の姿をした何かを圧等する幻影の男。
「……できるかッ!」
次元の違う戦いをみせけられスプリングは、思わずそう叫ぶしか無かった。
「くぅ……また来る……」
巨体の割に恐ろしい程の速度で距離を縮めてきた包帯を顔に巻いた人族の姿をした何かの正確無比な乱舞を死にもの狂いで避け続けるスプリング。
(次は右……左……上段と見せかけてまた右……ん? 何だ……何で俺はこいつの剣を避けられる?)
本来ならば技量の圧倒的な差の前に避けることすら不可能なはずの包帯を顔に巻いた人族の姿をした何かの正確無比な乱舞を避け続ける自分に疑問を抱くスプリング。それは不思議な感覚。以前何処かで感じたことのある体に染みついているような感覚をスプリングは抱く。
斬撃は目で追えている。だが追えているだけ。斬撃の速度に体が追い付いていない。しかしそれでも包帯を顔に巻いた人族の姿をした何かが放つ斬撃を避け続ける、避けることが出来るスプリング。
「……お前は……」
何故か包帯を顔に巻いた人族の攻撃動作を理解し斬撃の終わりに合わせるようにスプリングの口から零れる言葉。その言葉は、目の前で次の斬撃への攻撃動作に入った包帯を巻いた人族の姿をした何かに向けられている。しかしその一方でスプリングの目にはもう1つの光景が映る。
咆哮
幻影の男と対峙する包帯を顔に巻いた人族の姿をした何かはその口を大きく開け無秩序に吠えていた。咆哮する声は聞こえない。だがその咆哮に強大な力があることがスプリングに伝わってくる。そしてスプリングは知った。包帯を顔に巻いた人族の姿をした何かの素顔を。その正体を。そしてその変異を。
「……イン……セント……」
ガイアスの世界
スプリングが見る幻影の発動条件
スプリングが見る幻影は、そこに立つ人物は違うもののまるで数秒、もしくは数十秒後に起る未来を映しているようである。
しかしこの幻影が発動するには条件があるようで、同じ場所、同じ空間にスプリング自身もいなければ幻影は現れないようだ。




