自我で章 先を行く者
ガイアスの世界
人型では無い人形
基本的に人形は人型であることが多い。
しかし中にはその名前とは矛盾しているが人型では動物や魔物などを模した人形も稀に存在する。人型では無い人形は人型の人形よりも高い戦闘能力を持っていることが多いらしい。
自我で章 先を行く者
螺旋階段で形作られた大蛇を倒し無駄に長い迷宮の通路を抜け次の階層主が待つであろう部屋の扉を開いたポーンの前には、先程と何も変わらない階層主部屋が広がった。
「……人?」
階層主部屋の中心には人族の姿をした何かが一人。だが部屋の中心に立つその存在をポーンははっきり人間だと断言することが出来ない。何故ならこの場が迷宮の階層主部屋であるからだ。その場に立つということは人族の姿をしたそれが、階層主であるとうことになる。しかし人族の姿をした何かは、ポーンと瓜二つという訳でも螺旋階段に擬態していた巨体な大蛇でも無い。人族にしては大きな体をしているもの明らかに迷宮の階層主としては役不足であり相応しくないというがポーンの最初の印象だった。
包帯で顔を覆う人族の姿をした何かの素顔は分からない。だが包帯の隙間から覗く眼光は鋭く、対峙するポーンを見つめていた。
「……」
人族の姿をした何かと対峙しながら後方を僅かに気にするポーン。しかし背後には何も居ない。だが確かに自分の背後に何者かの気配と、その気配がじっと自分へ視線を向けていると感じるポーン。
その気配と視線を感じるようになったのは、螺旋階段で形作られた大蛇と戦っている時だった。まるでポーンがどう螺旋階段と戦うのか観察しているような視線は、じっと行動を見つめ続けていた。
その気配や視線に嫌な感覚は無く、寧ろその気配や視線に心当たりすらあったポーン。
「……私は見せねばならぬようだ」
そう言いながら腰に携えた剣を鞘から抜くポーン。
「……主殿が進むべき道を」
現実とも幻とも分からない不可思議な空間で自分が試練を受ける意味。そして常に自分の行動を見つめる視線と気配。自分に与えられた役割が何であるのかを理解したポーンは鞘から抜いた剣先を人族の姿をした何かに向けた。
「……」
すると人族の姿をした何かは無言のままポーンへ答えるように何処からともなく剣を出現させそれを握ると構えた。
「……なるほど……そういうことか……」
何処からともなく剣を出現させた人族の姿をした何かのその行動を見てその正体を理解するポーン。
「お前が何者か私には分からない……だが主殿には酷なものになるな……」
今この場には居ない自分の所有者の事を口にしたポーンは、何の合図も無く人族の姿をした何かへ向かい走り出した。
「……」
ポーンが走り出したと同時にそれに反応するように同じく走り出す人族の姿をした何か。
「……」「……」
そして交わる剣戟。互いの力量を測る一撃目は刃を重ねた瞬間、周囲に甲高い音を響き渡らせる。そこから連なる互いの連撃の刃には防ぐという文字は無く、その全てが相手を切り裂かんとする一撃必殺。弾き弾かれる刃の速度は交わる度に加速していく。
「……ッ!」
防ぐという概念を排した攻めと攻めのぶつかり合い。何処までも加速していく剣戟の中、最初に変化をもたらしたのは人族の姿をした何か。剣戟の最中、人族の姿をした何かは自分の背後に幾本もの形の違う剣を出現させ手数を増やしていく。その姿はまさに剣を極めし者が持つ能力。しかし手数を増やして尚速度が下がらない人族の姿をした何かの剣に対して、ポーンは一切の遅れを取らない。一本の剣で四方八方から迫る様々な形をした剣の攻撃を次々と捌いていく。
「……やはり『剣聖』だったか……」
ポーンの所有者が憧れ目指す目標『剣聖』。今自分が対峙している存在が少なくともその『剣聖』の能力を有していることをその幾多の刃から感じとったポーンは、向かって来る剣を全て弾きながら人族の姿をした何かから少し距離をとった。
「『剣聖』としての素質、見事だ……しかし生憎だが、こちらは始祖だ」
まるで自分が『剣聖』の本流だと言わんばかりにそう呟いたポーンは、自分の周囲に幾本もの剣を出現させると人族の姿をした何かが放つ剣を弾き飛ばしていく。もはやそれは一対一の剣戟では無く、戦場で兵たちが繰り広げる剣戟のような光景であった。
幾本もの剣を自分の手足として自在に操る二人のぶつかり合い。一見永遠に続くかと思われたが、しかしその実力はポーンの方が上手であった。人族の姿をした何かが放つ幾本もの剣を上回る数の剣で次々と弾き飛ばしていくポーン。圧倒的な数とその質で持って圧倒していくポーンを前に、じょじょに防戦一方になっていく人族の姿をした何か。
「ガハッ!」
そしてポーンが放つ幾本もの剣は、全てを剥ぎ取られた人族の姿をした何かの体を貫いていく。
「……終わりだ」
決着を宣言するポーン。
「ガアアアアアアア!」
しかしその瞬間、秘めていた感情を爆発させるように人のものとは思えない雄叫びを上げる人族の姿をした何か。
「何ッ!」
跳ね上がる人族の姿をした何かの強い気配に表情を強張らせるポーン。
それは明らかな変化だった。今まで人の形をしていた人族の姿をした何かの筋肉はみるみる内に膨れ上がり突き刺さった幾本も剣を吐き出していく。そして驚異的な回復力が傷をみるみるうちに跡形も無く消し去っていく。
顔を覆っていた包帯はその変化に耐えられず破れ始め、理性を失った表情が露わとなる。特出するべきは額から包帯を突き破り現れた2つの突起物だった。
「……鬼」
その特徴から目の前の存在の正体が何であるのかを理解したポーン。まさか冗談で口にした自分の言葉が本当になるとは思っていなかったポーンは、その存在の名を口にした。
「ぐふぅぅぅぅ」
まるで熱を発するように深紅に染まった体。元の体から二、三倍に膨れ上がった筋肉。そして何より目立つ特徴、額に伸びた二本の角。その正体は、亜人種最強の肉体を持つとも言われている鬼であった。
「……『剣聖』の力を持つ鬼族だと……」
突如としてその正体を現した鬼族が『剣聖』であることに対して有り得ないと驚きの表情を浮かべるポーン。だがポーンが驚くのも当然であった。
既に現在のガイアスでは、森人と同様に滅びたとも言われている伝説の種族、鬼族。その恵まれ過ぎた肉体に呼応するようにその気性は荒く、その気性の荒さが原因で滅びたと言われている鬼族は戦いを使命とし生きがいとする天然の狂戦士とも戦の専門家とも言われている種族であった。
だが鬼族の知性はお世辞にも高いとは言えない。辛うじて言語を喋り他種族との意思疎通は出来るものの、そのような状況になるのは稀で、戦いで意思疎通を行う鬼族にとっては見敵必殺が普通である。
その性質や気性から脳まで筋肉で出来ていると言っても過言では無い鬼族。そんな知性の低い鬼族が武器を持つ、そればかりか剣を学び極めた者だけが到達できると言われている『剣聖』に昇りつめることなど本来は有り得ないことであった。しかしその本来有り得ない事を有り得ることにとする状況が1つだけ存在する。
「混血か……」
それは別種族同士による交配によって両者の特徴を持ち合わせ誕生した存在を言い表す言葉。
「……人族との交わりによって誕生した混血鬼か」
対峙する鬼族が知性を持つ別の種族、人族との混血であれば、『剣聖』であることも納得がいく。そう考えたポーンは、理性を吹き飛ばしながらも己が『剣聖』であることを忘れていない混血鬼の存在を認め、再び剣を構えた。
「が嗚呼ああアアアア!」
あらゆる感情を全て戦いに向けた混血鬼の咆哮が、広い階層主部屋全体を揺らす。
今なら対峙する存在がこの階層主部屋の中心に立っていたことに納得できると思うポーン。階層主部屋の主として申し分のない威厳と強さをこの混血鬼は持っているとポーンは認めた。だがそれだけであった。
「……申し訳ない主殿……」
今も自分の行動を見ているだろう自分の所有者に対してそう詫びたポーンは、剣を鞘に納めると、一本の長い太刀を手元に出現させた。
「……これでは参考にならない、先を行く者として、道標としては失格だな」
そう呟いた瞬間、そこにポーンの姿は無かった。
「……?」
それは一瞬のことだった。太刀を構えたポーンは大きく踏み込むと一気に混血鬼との距離を縮め懐に潜りこみ、目にもとまらない速さで手に持つ太刀を振ったのだ。混血鬼の両腕は切断され大量の血しぶきがその場に舞う。だがあまりにも唐突な状況に理解が追い付かない混血鬼。
「……が亜嗚呼ああアアアア!」
一瞬の間の後。状況を理解した混血鬼の悲痛の叫びがその場に響き渡る。だがポーンが太刀を放ったのは、一度では無く二度。混血鬼は悲痛の叫びを上げながら真っ二つとなり階層主部屋の地面に倒れると、今まで倒した階層主と同様、幻のように消えていった。
「はぁああああああ……」
混血鬼を倒し役目を終えた太刀を仕舞ったポーンは、暗い顔で大きなため息を吐いた。
「……少しでも参考になる所があればいいが……きっと……主殿は今の戦いを見て「出来るか!」と怒っているのだろうな」
自分を見つめるだろうその気配と視線が今の戦いを見てどんな様子で見ていたのか想像したポーンは更に落ち込み肩を縮めこませると、主を失ったことで開いた扉の先へ向かいトボトボと歩き出す。
「……だが気付いてくれ主殿、この試練のカラクリに……」
扉の前で一度立ち止まったポーンは、届きはしないだろう想いを告げると再び歩き出し開かれた扉の中へ入っていくのだった。
ガイアスの世界
混血鬼
鬼族と別種族の交配によって誕生した存在。
しかし鬼族の性質上、別種族と交わることは滅多に無く、本当に存在しているのか定かでは無い。




