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不真面目で章 1 ドタバタ温泉回1


 不真面で章 注意点


 不真面目で章は本編とは関係が無いので、読まなくても問題はありません。登場人物の性格が変わったり有り得ないことを口にする場合がありますがお気になさらないでください。


 不真面目で章は空気が読めないので物語の山場などで急に現れたりしますが、ご了承ください。 

 不真面目で章 1 ドタバタ温泉回



 基本的には真面目だが、時には不真面目になりたい時もある世界、ガイアス



 周囲を海に囲まれた小さな島国でありながら、他の大陸の国々に引けをとらない国力を持つヒトクイ。僅か数十年という短い期間で内戦の多かった島国を大国まで押し上げたのは、統一を果たしヒトクイを統治する王の影響であることは自国、他国ともに認める事実である。しかしヒトクイがここまで大国になったのはヒトクイの王の力だけでは無い。島国でありながら他国には無い資源を有していたこともヒトクイを大国へと変貌させた原動力と言っても過言では無かった。その資源とは……


 ― コルルドとムウラガを結ぶ街道のとある温泉 ―


「はぁ……なんで俺はゆっくりと温泉なんぞに入っているんだ?」


 湯煙が漂う温泉に浸かるスプリングは何故今自分がここにいるのかと首を傾げた。


『主殿、言葉とは違って表情がかなり緩んでいるが』


 湯に浮く桶の中に入れられユラユラと漂う自我を持つ伝説の武器ポーンは、自分の所有者であるスプリングの緩んだ表情に一言口を挟んだ。ポーンが言うように口ではアレコレと言っているスプリングであったが、その表情は温泉の気持ちよさにだらしなく緩んでいた。


「ああ……まあ温泉が嫌いな訳じゃ無いからな……だが今俺は温泉に浸かっている場合じゃない……こんな暇があったら修練を重ねなきゃならないんだが……」


 修練をしなきゃと口にするスプリング。しかし温泉の気持ちよさがスプリングのやる気をそいでいるのかその言葉に力が無い。

 なぜスプリングが修練に固執するのか、それは目指す目標があるからだ。スプリングが目指しているのは剣を司る戦闘職の最高峰、剣聖。しかし現在スプリングは目標である剣聖とは縁遠い所にいた。

 桶に入ったポーンをクルリと一回転するスプリング。桶に入ったポーンの形はどう見ても剣には見えずそれはまるで魔法使いが持つロッドであった。そう現在スプリングは、剣を持っていたその手に魔法使いが愛用するロッドを握っているのである。全てはポーンが引き起こした呪いのような物、スプリングは現在、魔法使いに強制的に転職させられていたのだった。

 当然すぐにでも魔法使いから転職し元の上位剣士に戻りたいスプリングであったが、魔法使いが他の戦闘職に転職する為には、ある一定の技量に達しなければならなかった。その為にスプリングは不慣れな魔法を独学で学びその一定の技量を超えるべく日夜修練を続けていた。そんなスプリングにとっては悠長に温泉に浸かっている暇など無いのだ。しかし

 現在スプリングはその温泉に浸かっている。当然それにも理由がある。それは今から二十分程前のことであった。



「なぁスプリング、俺達……いやこの物語に足りない物があるとは思わないか?」


 コルルドとガウルドを結ぶ街道、温泉街を歩く突然特大剣を背負った筋骨隆々の男ガイルズは、突然思いだしたかのように訳の分からないことをとなりで歩くスプリングに語り出した。


「はぁ?」


 ガイルズが発した言葉の意味を理解できないスプリングは、また馬鹿なことを考え始めたなと心で想いながら呆れた顔をガイルズに向けた。


「いや~俺としたことが全く盲点だったぜ! 名のある物語に置いて絶対に必要かつ重要なイベントを素通りするところだった! ……という訳でスプリング、お前は温泉派か? それとも海派か?」


「はぁ?」


 よく言えば鋼の心、悪く言えば全く周囲の空気を読まないガイルズは、当然の如く呆れるスプリングの表情など無視して勝手に話を進めていく。突然質問を投げかけられたスプリングは困惑する。 


「俺はな海でキャッキウフフなポロリもあるよ展開も好きではあるんだが、ヒトクイだったら温泉を推したい!」


 するとスプリングの問を待たずしてガイルズは再度訳の分からないことをペラペラと語る。 


「ちょ、ちょっと待て、ガイルズ、お前大丈夫か? さっきから何の話をしているのか俺にはさっぱり理解できないぞ? ……今日のお前は何時にも増して変だ?」


 旅の相棒であり戦友であるガイルズが変人であることはすでに理解しているスプリング。しかし今日のガイルズは何時にもまして変人でありそしてその言葉が理解出来ないスプリングは本気でガイルズの心配をする。


「いや、俺は至って正常だスプリング、だから温泉に行こう!」


 そういうと突然ガイルズはスプリングの首根っ子を捕まえ軽々とその体を片手で持ちあげた。


「温泉? 何で急に温泉……ちょっと待て、離せ!」


 首根っ子を掴まれ宙に浮くスプリングは手足をジタバタさせて抵抗すのだが抵抗するのだがまったくびくともしない。基礎能力では戦闘職最下位に位置する魔法使いである今のスプリングでは馬鹿が付くほどの怪力の持ち主であるガイルズに太刀打ちできなかった。

 ガイルズはスプリングの首根っ子を掴んだまま温泉街の中にある一つの旅館に目をつけズカズカとその足を進めていく。


「ぐぅふふふ……温泉に入れば……女体の……ゴホンゴホン……この物語に足りない要素をしっかり補うことが出来る! さあスフリング俺と共に快楽の湯を堪能しようではないか! なぁっはっはっはっは!」


 ガイルズの上機嫌の笑い声はまさに下衆で卑猥なものであり温泉街を行き来する者達を驚かせる。そしてその目はガイルズを冷たく見つめるのであった。


 ヒトクイの温泉は世界一と言われる程、ヒトクイは温泉大国である。ガイアスでヒトクイの温泉を知らない者はいないという程有名で、現在のヒトクイが他大陸の大国と肩を並べる程の大国になった原動力の一つである。

 現在のヒトクイは他国からくる人々を集客する為に温泉を利用し、温泉街と呼ばれる観光スポットが多く存在している。

 だがヒトクイの温泉は数が多いだけでは無い。温泉に含まれる効能が他大陸にある温泉に比べ良いことも人気の一つだ。

 その効能は、悪い部分を癒す水虫を一発で治す、恋人が出来ました、はたまた死んだじいちゃんが生き返ったなどという突拍子も無い噂が立つ程。死者が蘇るというのは冗談にしてもヒトクイの温泉に含まれる高い効能は他大陸の人々をヒトクイへ向かわせる理由として申し分ないものであった。

 しかしガイルズはその温泉の効能を目当てにスプリングを誘い強制的に連れ去った訳では無い。そこにはガイルズの深い業が隠されていた。


「ああ、クソ混浴じゃねぇのかよ!」


 ガラガラと小気味よい音を立てながらスライドする扉を開き文句を垂れたのは、スプリングを温泉に引き込んだ張本人ガイルズであった。ガイルズは腰にタオルを巻いたまま俗なことを吐きながら勢いよく温泉に飛び込む。その筋骨隆々の肉体が温泉に入水したことにより高い水しぶきが立ち、容赦なくスプリングに浴びせかけられた。


「おい……ガイルズ……色々とツッコミたい所があるが……まずは温泉の入り方だ! タオルは外せ、そして静かに入れ他のお客に迷惑だろ!」


 痛いほどのお湯しぶきを浴びたスプリングは眉間に青筋を立て怒鳴りながら温泉でのマナーをガイルズに語る。


「……細かい事言うなよ、それにどこにそのお客ってのがいるんだ? この温泉には俺とお前の二人だけだぜ」


 ギャーギャーとマナーについて語るスプリングに対して全く動じないガイルズは、自分達しかいない温泉を指差す。


「そう言うことじゃない、これは心の問題、マナーだ!」 


「へーへーわかりましたよ」


 一向に怒りが収まらないスプリングにガイルズは嫌々頷くと腰に巻いていたタオルを頭の上に乗っける。


「てか、スプリングお前温泉には乗り気じゃ無かったのに何でそこまでマナーに五月蠅いんだ?」


 先程からマナーと口うるさく言うスプリングにガイルズは首を傾げる。


『主殿は温泉がすきなのだな』


「……否定はしない……俺はヒトクイが故郷だからな……」


「ああ、そうか、そういやスプリングはヒトクイが故郷だったな」


 スプリングがヒトクイ出身であることを忘れていたガイルズはお湯で顔を洗うと泳ぐようにして温泉の端に向かう。


「コラ、温泉で泳ぐな!」


「五月蠅いね全く……それより」


 スプリングの温泉奉行ぶりに嫌気がさすガイルズは勢いよく温泉から上がると、竹で出来た壁の方に近寄って行く。


「……ガイルズ……お前なにするつもりだ?」


 ガイルズの行動に何か嫌な予感が走るスプリング。


「何っておい、温泉に来たらやることは一つだろ」


 その表情は笑っていた。露骨に下衆な笑みを浮かべるガイルズは竹で出来た壁に耳を張り付けた。


「警告だガイルズ……その壁は絶対の壁……サイデリーの周囲を囲む壁以上に犯してはならない領域だ……」


「しぃー静かにしろ、あっちの音が聞こえないだろ」


 サイデリーの周囲を囲む壁と例えるスプリング。ガイルズが耳を張り付けた竹の壁は、男湯と女湯を仕切る壁であった。


「お前……」


 怒りを通りこし呆れるスプリング。


「警告はしたからな……これから何が起こっても俺は知らないぞ……」


 スプリングはそう言うとガイルズに背を向けた。


「むふふ……聞こえる聞こえる……女の声だ」


 竹の壁の向こう側にある男達の楽園パラダイスから響く女性達の声に鼻の下を伸ばしだらしない表情になったガイルズ。


「それでは皆さん、今からわたくしガイルズは、皆さんがご期待する場所へと潜入したと思います」


 まるで筋骨隆々なガイルズの肉体に耐えるように設計されたような見た目よりも頑丈な竹の壁をガイルズは器用に昇り始めた。


 それなりに高さのある竹の壁の頂上をまるで忍者のようによじ登って行くガイルズ。


「ぐぅふふふふ」


 瞬きをする暇も無くガイルズは竹の壁の頂上に到達すると、静かにしかし下衆であることがはっきりと分かる笑い声を漏らした。


「おーいるいる」


 ガイルズの目の前に広がる光景は、男にとっての楽園パラダイス、数人の女性達が生まれたままの姿で湯を楽しんでいた。


「むむむ? 何だ? 湯煙が邪魔で見たい所が見れないぞ?」


 広がる楽園パラダイスを這うように眺めるガイルズ。しかし不自然な程に女性達の大事な部分は濃い湯煙によって見えない。そうまるで守られているように。


「だが甘い、俺をなめるなよ……《狼の目(ウルフアイズ)》」


 《狼の目(ウルフアイ)》とは、ガイルズの人間離れした視力と、ガイルズが持つエロの力によって発揮される特殊技である。

 《狼の目(ウルフアイ)》を発動させたガイルズは邪魔な湯煙のその先、女体の神秘へと到達しようとする。しかしその時であった。


「ぐお! おおおおおおお!」


 眩い光がガイルズの目を遮る。思わず驚きの声を上げたガイルズは体のバランスを崩し竹の壁から落下した。


「何いまの声?」


「ちょっと男湯大丈夫なの?」


 突然響く野太い叫びに女湯で温泉を楽しんでいた女性達は不安の声をあげる。


「イテテテテ……なんだあの光……畜生!」


 落下した時に腰を打ったのか、腰を摩りながら体を起こすガイルズ。


「だがな、俺はこの程度で諦める男じゃない……」


 立ち上がったガイルズは竹の壁の頂上をみあげる。その目にはまだ諦めの色は無い。


「もうやめておけ、ガイルズ…この温泉には奴かいる、奴がいる限りお前はお前の望みを叶えることは出来ない」


 再び楽園パラダイスへ続く竹の壁へ手をかけるガイルズを止めるスプリング。


「はぁ? ……何の事だ? 奴ってなんだ?」


 自分に背を向けたまま湯につかるスプリングに首を傾げるスプリング。


「……お前は知らないかもしれないが、ヒトクイの温泉には番人がいる」


「番人? ……なんだそれ?」


 番人という言葉に何の冗談だと半笑いするガイルズ。


「真面目に聞け! 奴を敵に回してはならない……番人を敵に回せばガイルズ、お前は酷い苦しみを味わうことになるぞ」


 しかし冗談ではないというようにスプリングは真面目な口調でガイルズに番人の話を語る。


「何が番人だ、俺の楽園パラダイスを邪魔しようっていうなら、相手になってやるぜ」


「待てガイルズ! 奴は……この温泉フィールドでは絶対的支配者なんだ、どれだけ自分の腕に自信があっても奴には絶対に勝てない!」


 必至でガイルズを説得するスプリング。


「フン、だったらなおの事、その番人って奴の面を拝んでみたいな……」


 竹の壁に手をかけるガイルズ。


「止めろ! 止めるんだ!」


「いざいかん、我、楽園パラダイス!」


 そう叫んだガイルズは、竹の壁から手を離して宙を泳ぐ。それはまるで何処かの怪盗三世のようであった。両腕両足を泳ぐようにジタバタさせたガイルズの体は竹の壁の頂上を超える。すかさずガイルズの視線は、女湯へと向かう。


「これが俺の楽園パラダイスだああああああ……あああああ?」


 ガイルズの視線は確かに女湯へ向けられていた。そこにはガイルズが待ち望んだはずの楽園パラダイスがあったはずだ。しかしガイルズの叫びは途中で疑問に変わる。


「お……」


 ガイルズが何か言葉を発しようとした瞬間。


「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛覗きよぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛!」


 到底美しい女性のものとは思えないドスの効いたわざとらしい叫び、いや雄叫びが温泉に響き渡る。その雄叫びと同時に桶や石鹸がこれでもかと宙を泳ぐガイルズに浴びせられる。


「だぁ! くぅ! 当たらなければどうということはガハッ!」


 赤い人を彷彿とさせるような言葉を口にしようとした直後ガイルズの顔面に女湯から投げられた桶が勢いよく当たる。見た目よりも遥かに威力のあった桶を顔面にくらったガイルズはそのまま男湯の地面へと再び落下する。

 ガイルズを迎撃したというのに一向に桶や石鹸は雨のように男湯に降り注ぐ。飛んでくる桶や石鹸の射程外へと逃げるスプリング。


「……どういうことだスプリング?」


 桶や石鹸が飛んでこなくなったのはそれから数十秒後、静かになった男湯で大の字になり空を見上げながら現在の状況を説明するようガイルズはスプリングに話しかけた。


「……それが奴の力、温泉士の力だ……」


「温泉士……だと?」


 それなりに高い位置から落下したというのにガイルズは平然と起き上がると隅っこへと移動し自分に背を向け続けるスプリングを見た。


「ああ……温泉という特殊な場所でのみその力を発揮する戦闘職……お前は彼ら……彼女達の幻術にかかったんだ」


「幻術……?」


 女湯だと思い覗き見たその先には口では言い表せない程の光景が広がっていた。確かにあれは幻術だったのかもしれないと納得するガイルズ。


「……もうお前はお終いだ……」


 ガイルズに背を向けるスプリングの声はなぜか怯えているように聞こえる。ガイルズもスプリングの只ならぬ様子に顔を引きつらせる。


「……奴ら……彼女達に目をつけられたが最後、お前はこれから地獄の苦しみを味わうことになる……」


 スプリングがそう言い終えると同時に女湯が突然騒々しくなる。何か互いを鼓舞し合うような、互いの力を底上げしているようなそんな声。しかしそこから聞こえるのはどう聞いても女性の声では無く、野太い野獣のような声。


「おいおい、まさか……」


 その野太い野獣のような声に嫌な予感を抱くガイルズ。


「温泉士になる条件はたくましい肉体と乙女の心を持つ者……何も身に纏わない生まれたままの姿を晒すことになる特殊な環境である温泉で仕事をする彼ら……彼女らは……男と女、両方の気持ちを理解することでその公平を保つ……したがいお前のように邪な考えで温泉に浸かりに来た者を絶対に許さない……」


 怯えながらも彼ら、彼女達の説明をするスプリング。その説明が終わると同時にまるで説明が終わるのを待っていたかのようなタイミングで女湯側から竹の壁が突如として粉砕する。

 散らばる竹の破片が男湯の温泉に沈んでいく。その光景を茫然と見ていることしか出来ないガイルズ。


「お、おいスプリング……な、何かとんでも無い奴ら……が姿を現したぞ」


 竹の壁をぶち破り姿を現した者達に顔を引きつらせるガイルズの前に姿を現した彼ら、いや彼女達は、ガイルズを獲物と定めたのかその目は一様に血走っていた。


「お、おーいスプリングさん? 何か奴らとてつもなく邪な考えを抱いているように思えるのですが?」


 姿を現した彼女達の目を見たガイルズは全くこちらを見ようとはしないスプリングに弱々しく話しかける。しかし返事は返ってこない。


「やっぱりいい男」


「たくましい筋肉ね」


「しゃぶりつきたいわ」


「駄目よ今回は私が最初よ」


 ガイルズからすればとてつもなく不穏な言葉を発する彼女達。ジリジリと自分との距離を詰めていく彼女達にガイルズは一歩二歩と後退する。


「お……おいスプリング……奴らは……奴らは……ヒィァアアアアアアアア嗚呼ああ!」


「……自分のエロを悔い改めろ……ガイルズ……」


 男湯に響くガイルズの断末魔。その叫びを聞いたスプリングは、これからガイルズの身に起こることを想像し顔を苦悶の表情で歪めながら温泉から立ち上がりその場を離れようとする。


「あらお待ちになって」


 ピクリと動きがとまるスプリング。野太い声が自分に向かっていると思った瞬間スプリングの肩に触れるゴツゴツとした手。


「ひぐぅ!」


 ゴツゴツとした手は優しく舐め回すようにスプリングの肩を摩る。全身に走る悪寒。スプリングは温泉だと言うのに自分の体の体温が一瞬にして冷えていくのを感じた。


「あなたも私達と一緒に、あ・そ・びましょぉおおおおおお!」


「いやァアアアアアアアア!」


 一瞬にして破壊締めにされるスプリングはガイルズの断末魔に続くように湯煙漂う温泉にその悲鳴を響かせるのであった。



 ― 女湯 ―


「え? 何今の?」


 隣から聞こえる悲鳴に驚いた表情になったのは、温泉に浸かり褐色の肌が少し火照る自称義賊のソフィアであった。隣から聞こえるこの世の終わりを感じさせる叫び声に体をビクつかせる。


「この声……まさか……スプリングとガイルズ……いやいやそんな訳ないか」


 知り合いの声によく似ていたと思ったソフィア。だがすぐにそんなはずは無いと目の前に広がる温泉に視線を戻したソフィアは表情を綻ばせる。


「あああ、温泉なんて久しぶり……気持ち良すぎるぅぅぅ」


 想像以上の気持ち良さに手足を最大限伸ばし極楽極楽と口にするソフィアは、隣の男湯でまさか知り合いが壮絶な状況に陥っていることなど知らず温泉を満喫するのであった。



 ― 旅館前 ―


 そこには真っ白になったスプリングとガイルズの姿があった。何もかも全てを奪われたかのようなその表情には今日を生きる活力すら無い。


「……」


「……」


 互いに無言で見つめ合う二人。


「「うぷっ!」」


 お互いの顔をみあった瞬間、何かを思い出したのか強烈な吐き気をもよおすスプリングとガイルズ。


「うぷっ……お前の所為で……俺の心には深い傷ができたぞ」


 口を手で押さえながらスプリングはガイルズを恨むように睨みつける。


「うるせぇ! ……そもそもお前が俺をもっと早く止めていればこんなことにはならなかったんだ……」


 油断すると脳裏に過る温泉でのおぞましい記憶と戦いながらガイルズはスプリングの恨み節に返事を返す。


「……お前……俺は何度もやめろと止めただろ! それなのにお前は全く俺の話を聞かなかったじゃないか!」


 旅館の前で口論を始めるスプリングとガイルズ。


「お客さん……」


 低音を響かせた声がスプリングとガイルズの口論に割って入る。


「……!」


「っ……!」


 聞き覚えのある声と背後から感じる異様な気配にスプリングとガイルズの体はまるで蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまう。


「……旅館の前であまり騒がないでくださいね」


「はい」「はい」


 背後から聞こえるその声にスプリングとガイルズは振り向くことができずに弱々しい声で返事をした。


「またのおこしを……お待ちしております……」


 含みのあるその声はそう締めくくる。スプリングとガイルズはその言葉に顔を引きつらせることしか出来ない。

 その異様な気配がその場から立ち去るまでスプリングとガイルズは旅館の前から一歩も動くことは出来なかった。温泉で起こった出来事は、スプリングとガイルズの体を硬直させる程に二人の心にトラウマとして植え付けられたのであった。


「あっ……! あんた達ももここの温泉に入りに来たの?」


 しばらくして異様な気配が立ち去ると同時に今度は聞きなれた若い女性の声がスプリングとガイルズの名を呼んだ。


「……ソフィア!」


 トラウマから解放されたスプリングはその声の主であるソフィアの名前を呼びながらその声のした方へと振り返る。


「な、何よ!」


 突然自分の名前をスプリングに呼ばれ動揺するソフィア。


「……」


 浴衣が濡れないよう髪を上げたソフィアは、どことなくいつもの雰囲気とは違う。それがどういった感情なのか理解できず思わずだまりこんでしまうスプリング。


「な、何! ジロジロ見ないでよ」


 黙り込みじっと自分を見つめるスプリングの視線に顔を真っ赤にするソフィア。


「おう……嬢ちゃんもこの旅館の温泉に入りに来てたのか」


 何か甘酸っぱい予感が漂う中、その雰囲気をまるで読まないガイルズは元気なくソフィアに話しかける。


「ええ、そうよ……何か温泉に入っている途中で変な悲鳴が聞こえたけど、それ以外は良い温泉だったわ」


「あ、ああ……そうか……そりゃよかったな」


「ん?」


 どこか元気の無い二人に首を傾げるソフィア。


「あんた達も入ってきたら、気持ちいいわよここの温泉」


「ひぃ!」「うぷぅ!」


 ソフィアの言葉に小さな悲鳴を上げるスプリングと吐きそうになるガイルズ。


「ど、どうしたのよさっきから何かあったの?」


 様子が変なスプリングとガイルズに何があったのか聞くソフィア。しかしスプリングもガイルズも首を横に振るだけで何も答えない。


「はぁ……あっそうまあいいわ、それじゃ私行くから」


 そういうとソフィアは旅館の中へと戻って行く。


「……お嬢ちゃんは……この旅館に泊まっていくのか……」


「……そう、みたいだな……」


 トラウマだけしか残らないその旅館を見上げるスプリングとガイルズ。二人の脳裏に再び温泉での出来事が蘇り二人は体を震わせるのであった。

 こうしてガイルズが抱いたエロは潰え、彼の野望であった温泉回はトラウマだけを残し終わりを迎える。

 この出来事からしばらくの間、スプリングとガイルズが温泉に入れなくなったことは言うまでもない。


 ガイアスの世界 


 温泉&温泉士


 小さな島国ヒトクイが他の大陸にある大国と肩を並べにれるようになったのは、ヒトクイを統一した王の力とは別に、何個か要因がある。その一つが温泉である。

 ヒトクイという島国は火山が多くある。それ故にヒトクイのいたる場所には温泉が湧き出ている。その数は数えきれない程あり、国も全部は把握できていない。

 数えきれない程の温泉の中に効能が高いものがありその噂は、ガイアス全土に知れ渡りその効能を求めやってくる冒険者や戦闘職、旅行者は多い。

 そんなヒトクイの温泉には、温泉士という戦闘職が存在している。温泉士はヒトクイにだけ存在する戦闘職、国専属職であるのだが極秘扱いでありその尊ざを知る者は少ない。そんな極秘な存在である温泉士の存在をスプリングがなぜ知っていたのかは謎である。

 ヒトクイの経済を支える要因の一つとなっている温泉を管理する為に国が作り出した戦闘職で、時には温泉で悪さをしようとする輩を排除する任務も担っている。

 生まれたままの姿で利用することになる温泉では、当然個人のプライバシーの問題が出てくる。その為温泉士になる為には少し特殊な条件が設けられている。

 その条件とは、男性の肉体を持ち女性の心を持っていること。温泉士の仕事には体力仕事もある。その為男性の体力が必要になる。しかし時には女性が使用する女湯に入っていかなければならない時がある。そのため、温泉士は男性の肉体を持ち女性の心を持っている者に限られているのだ。

 温泉士は幻術が得意で、事故などで男湯と女湯の仕切りが壊れた場合、幻術を使用し隠さなければならない部分をしっかり隠すことができる。それは湯煙であったり謎の光であったり様々なものがある。

 余談ではあるが、温泉士に御布施をすることによって湯煙や謎の光を取り除いてくれる場合があるという。


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