そろそろ真面目で章9(スプリング編) 光の更にその先へ
ガイアスの世界
階層主
迷宮内には階層主と呼ばれる特別な魔物が存在する。同じ迷宮でも入るごとに階層主が代わる。毎回代る階層主には当たりはずれがあり、弱い階層主に遭遇できればラッキーだが、逆に強い階層主に遭遇してしまうと地獄をみることも多い。
ただし、強い階層主を倒すことが出来ればその階層主が持つレアな素材が手に入ったする場合もある為、一概にはずれとは言い切れない。
そろそろ真面目で章9(スプリング編) 光の更にその先へ
剣と魔法の力渦巻く世界
「はぁはぁはぁ……」
暗闇に響く人の荒い息。それと共に獣の荒い息も聞こえてくる。獣の方には力が感じられるが人の方からは何疲れが感じ取れる。静寂に包まれつつも緊迫の雰囲気の中で、ロンキは目を覚ました。
「ここは……」
最後に覚えているのは光の迷宮最深部、宝物庫で見た眩い光。その光に呑み込まれてからの記憶が無いロンキは、自分が今まで気を失っていたことに気付いた。
宝物庫で浴びた光の所為なのか目の視力が落ち、視界がぼやけはっきりしないロンキは目をこすりながらそう呟き周囲を見渡した。そしてその視線は、巨大な何かと対峙する同行者の背中へと向けられた。
「ッ!」
ぼやけた視界と意識で茫然としていたロンキ。視界と意識がはっきりとするにつれ、茫然としている場合では無いとロンキは自分が置かれた状況を理解し飲み込んだ。
今自分が居る場所についてや同行者がなぜ魔物と戦っているのかなど溢れる程に疑問が湧き上がったが、今はそんなことを考えている場合では無いと疑問へ繋がる思考は一旦全て遮断し目の前の状況へ対処するべく飛び跳ねるように立ち上がったロンキは、愛用の大槌を何処からともなく出現させると戦闘態勢をとろうとした。
「動くな!」
しかし巨大な何かと対峙する同行者スプリングは、ロンキが戦いに参戦しようとするのを止めた。
「……なッ!」
本職は鍛冶師だが戦う術を持つロンキは、何故スプリングが動くなと戦うことを止めたのか、直ぐにその理由を理解した。スプリングの背中越しから覗くそれは、今自分たちがいる通路を埋め尽くさんとする程に巨大な姿をしていたからだ。
「……?」
ここで再びロンキの頭の中には、ここは何処だという疑問が湧く。確かに先程までロンキとスプリングは光の迷宮最深部の宝物庫にいたはずであった。しかしロンキの視界に映る魔物の存在が、この場所が光の迷宮では無いと告げてくる。
「……猪?」
対峙する巨大な魔物を前に、そう零したロンキの言葉は正しい。ロンキやスプリングが今対峙している魔物は大まかに言えば光の迷宮最深部宝物庫前で出会った階層主猪の特徴を持っている。だが猪の特徴を持っているだけで、それとは全くの別物と言える程にその姿形は、異常と言えた。
二人と対峙している猪らしき魔物は、通常の猪や変異体とされる巨大猪を遥かに凌ぐ大きさをしていた。だがその大きさなど気にならない程、その巨大すぎる猪には目立つ特徴があった。巨大すぎる猪はその身に鎧のようなものを纏っていたのだ。
【グモモォォォォォォォ!】
図太く周囲を揺らすのではないかと思える大音量な鳴き声と共に、鎧を身に纏った猪、鎧猪は、角にすら見える巨大な二本の牙を振り回し槍を構えていたスプリングへ攻撃を仕掛けた。
「ぐう!」
太く長く鋭い二本の牙を振り回す鎧猪の攻撃を一撃、二撃と手に持つ日々平穏製の槍でいなすスプリング。
「はッ! ……チィ!」
だがその攻撃で手に持つ槍が軋み今にも折れそうなことを悟ったスプリングは鎧猪からの攻撃を相手にすることを止め回避行動をとり距離をとった。
「はぁはぁ……一々攻撃が重い……」
スプリングが持つ槍はガイアス一と謳われる鍛冶師ロンキが作った一本である。当然その性能は他の鍛冶師が作ったものよりも高く強度もあるはずだった。だがロンキが作ったその槍ですら鎧猪の攻撃には耐えられそうになくスプリングの表情には焦りの色が浮かんだ。
【グモぉぉぉ! グモォォォォォ!】
距離をとったスプリングに力比べ勝ったことを確信したような様子の鎧猪は、その勢いのまま牙を振り回しながら回避行動をとったスプリングへ目がけ突進を始める。
「はぐぅぅぅ!」
迷宮内という限られた空間の中で、通路を塞ぐ程の巨大な体による鎧猪の突進はまるで逃げ道を奪われた迫りくる壁のようであった。そんな鎧猪の突進はロンキが今まで見てきた猪とは比べものにならない程速くそして重い。
避ける場所を失い真正面から鎧猪の突進を受けなければならない状況に追い込まれたスプリングは成す術無く距離を詰めた鎧猪の牙にすくい上げられ、その体は宙を舞った。
「がはぁ!」
鋭利に尖った牙の突き刺しを槍でどうにか防いだものの、その力をいなすことができず宙へ跳ね上げられたスプリングの体はそのまま迷宮の天井に打ち付けられ地面へと落下した。
【グゥフー!】
地面に這いつくばるスプリングへ追い打ちをかけるべく、鎧猪は視認できるほどの鼻息を噴き出しながら力を溜めるように前足で二度三度と地面を蹴り次の突進への準備を始めた。
「かっはぁ……あぁあぁ……」
受け身をとる暇も無く天井に叩きつけられ地面へ落下したスプリングは、その衝撃で上手く息が出来ずすぐに立ち上がることが出来ない。
「まずいニャ!」
天井と地面に叩きつけられた今のスプリングの状態、体勢では鎧猪の次の突進を防ぐことは愚か躱すことも出来ない。そう状況を判断したロンキに選択することや考える時間は無かった。
【ブゥフォー!】
先程よりも鼻息を荒げ突進を開始する鎧猪。押し寄せる壁のように突進してくる鎧猪の鋭く太い二本の牙が体勢を崩したスプリングの前に迫った。
「なぁぁぁぁぁぁ!」
何ともこの緊迫した状況には適さない声を上げながらロンキはスプリングと鎧猪の間に割り込んでいた。
次の瞬間、鈍く重い音がその場に響き渡った。
「……!」
息が出来ず地面に這いつくばるスプリングの視線の先には小さな背中があった。その小さな背中の持ち主であるロンキは何処からともなく取り出した自分よりも遥かに大きな盾を構え、自分よりも遥かに大きな鎧猪の突進をその大盾で防いでいた。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅ……長くはもたないニャ! は、早く体勢を整えるニャ!」
その背中は小さく頼りない。だがそんな頼りない小さな背中が自分を脅威から救ってくれたという事実に、スプリングの心に火が点いた。
「ぐっは!」
大きく息を吐き、その反動で無理矢理息を吸い込んだスプリングは素早く立ち上がるとロンキの背後から飛び出し鎧猪の横っ腹の位置へと向かう。鎧猪は目の前の巨大な盾に意識を取られ、スプリングが自分の横に姿を現したことに気付いていない。その隙を狙いスプリングは槍に渾身の力を込めた。
「うおおおおおおおお!」
込めた力を解放するように雄叫びをあげながらスプリングは鋭い突きを鎧猪へ放った。だがスプリングは何も考えず渾身の力で突きを放った訳ではない。
何も考えず鎧猪に渾身の突きを放ったとしてもその見た目からも分かる強固な鎧に弾かれるのは分かりきっていた。だからスプリングは構造上どうやっても鎧で守れない場所、鎧猪の関節を狙った。鋭く正確なスプリングの渾身の槍の一撃は、鎧猪の前足の関節を貫いた。
【ブィィィィィ!】
スプリングの槍による一撃を喰らい悲鳴をあげる鎧猪。
「おし!」
自分が放った一撃に効果があったことを確信し思わず声をあげるスプリング。鎧猪にとってスプリングの放った一撃は致命的だった。全身に分厚い鎧を纏う鎧猪の防御力は言うまでも無く高い。それと比例するように当然重量がある。分厚い鎧の重さを支えているの四本の足は鎧猪にとって生命線ともいえる。だが移動する為に可動部分である関節には鎧を纏わせることが出来ない。その足の関節を貫かれたことによって鎧猪は自重と鎧の重みに耐えきれず、その場で潰れるようにして倒れ込んだ。
【ブモぉ! ブモォォォォォォ!】
しかし息の根を止めた訳ではない。自らの重さから動けなくなったがまだ戦う意思も力を有り余っている鎧猪は顔を振り回し太く長く鋭い二本の牙で抵抗してきた。暴れる鎧猪に気付かれないよう死角に回り込み冷静に急所を槍で一突きするスプリング。すると先程までの野太いものとは違い甲高い悲鳴のような鳴き声をあげながら鎧猪は絶命した。
「……お、終わったにゃ……」
自分よりも遥かに大きい盾で鎧猪の突進を防ぎきりスプリングの危機を救ったロンキは、役割を果たしたというようにその場に座り込むと安堵のため息を垂れ流した。
「……はぁはぁ……助かったロンキ」
肩で息をしながらあまり顔色がいいとは言えない顔で自分を助けてくれたロンキに礼を言うスプリング。
「……まあ、こういうのはお互い様にゃ……それよりスプリングちゃん大丈夫かにゃ?」
明らかに今の戦闘での疲労の蓄積がみて取れるスプリングを心配するロンキ。
「あ、ああ……少し休めば問題ない」
そういいながらスプリングは壁にもたれかかり座り込んだ。
「所でここは本当にあの光の迷宮なのかにゃ?」
本人が言う以上に今の戦闘での疲労の蓄積が大きいと感じたロンキは、この場で休息するつもりで意識を取り戻してから疑問に思っていたことをスプリングに尋ねた。
「……分からない……内部の構造やその雰囲気は光の迷宮に似ている……けど、この迷宮であんな魔物はみたことが無い」
最も難易度の低いとして有名である光の迷宮。通常、出現する魔物は冒険者や戦闘職ではない一般職の者でも倒せるものばかりだ。だがスプリングたちが遭遇した鎧猪は明らかに強さが違う。
鎧猪と直接戦ったスプリングは、光の迷宮に存在していいはずの強さでは無いと思っていた。
「スプリングちゃんもあの魔物はみたことがないのかにゃ……ということは、ここは光の迷宮ではないのかにゃ……」
自分よりも遥かに光の迷宮に詳しいはずのスプリングがそういうのだから今自分たちがいる場所は光の迷宮ではないのかもしれないと思うロンキ。
「あ、そうだにゃ……ポーンちゃんなら何か知っているかもしれないにゃ! 聞いてみようにゃ!」
ポーンならば何か知っているのではないかとスプリングにウキウキで提案するロンキ。
「……ああ、それなんだが……さっきからあいつ、うんともすんとも言わないんだ……」
ロンキに言われるまでも無くスプリングはポーンにここが何処なのか尋ねようと試みていた。だが何度話しかけてもポーンから返事はかえってこなかった。
「あいつが黙り込むのは……いつものことだ……でも今回ばかりは……少し……まず……」
そう口にする言葉は途切れ始めそのまま力尽きるように意識を失うスプリング。
「……スプリングちゃん?」
ロンキが声をかけても意識を取り戻す様子の無いスプリング。
「うぅぅ……これは困ったことになったにゃ……」
今自分がいる場所がどこかも分からない状況で一人取り残された形となったロンキは意識を失ったスプリングの顔を見つめながら途方に暮れることしか出来なかった。
ガイアスの世界
鎧猪
その体は猪や特異体である巨大猪よりも遥かに巨大。そしてその巨大な体には分厚い鎧が身に纏われている。生半可な物理攻撃は魔法は一切通さないと言われている。
一見、弱点が無いように思える鎧猪だが、四本の足の関節部分の守りが薄い為、そこを正確に攻撃出来れば、自重と鎧の重さに耐えきれず身動きが取れなくなるという。
鎧猪が纏っている鎧が何で出来ているのかは今の所不明。




