夕闇で章25 簒奪者
ガイアスの世界
今回はありません。
夕闇で章25 簒奪者
誰も知らない終わりと誰もが知る始まりの小さな島
突如として発生した爆発の衝撃は、そこにあったもの全てを吹き飛ばした。吹き飛んだ建物は、ガウルドを守る壁にせき止められ山のように積み重なった。その壁も爆発の衝撃や瓦礫の衝突によって一部が崩壊。その崩壊した壁を経路として外にいた魔物達がガウルドへ侵入を始めた。爆心地には目もくれず、辛うじて被害が少ない区域へと向かい、そこにいた人間を次々と襲っていった。
これに応戦したのは、ヒトクイの者達。だが普段よりも強力な個体が多くヒトクイの者達はこの魔物に苦戦を強いられることとなった。
「なっ……」
山のように積み重なった建物などの瓦礫の頂上に立っていたレーニは、城下町の半分が消し飛んだガウルドのその光景に顔を引きつらせた。
「……一体何が起った?」
状況が全く理解出来ないレーニは、そう呟きながら自分が覚えている最後の記憶を辿った。
何の前触れも無く、突如ガウルドの城下町の頭上に現れた黒い気配は、まるで液体のように城下町へと流れ込んだ。すると次の瞬間、その黒い気配は黒い炎を撒き散らすように爆発した。その威力は凄まじく一瞬にしてガウルドの城下町の半分が消し飛んだ。
黒い気配が爆破する瞬間、レーニは大きな負の感情の気配を感じ咄嗟に自分の両腕で抱いていた者を庇うようにその衝撃に背を向けた。
「……」
そこまでは覚えていた。だがそこからしばらくの記憶が無い。爆発の衝撃でレーニは意識を失っていたようであった。そして次に目を覚ました時、レーニは瓦礫の下にいた。外からは微かに何かに混乱する人々の声や、何かと戦っている者達の叫びがレーニを目覚めさせたのだ。
奇跡的にも瓦礫が盾となりレーニ自身は爆破や爆発の衝撃に呑み込まれることは無く、体には大きな負傷は見られなかった。だか未だ意識がはっきりとしないレーニは、とりあえず状況を確認しようと周囲の瓦礫を払いのけ外に出た。
自分の身を守ってくれた瓦礫を払いのけ外に顔を出したレーニが最初目にしたのは、視界を遮る程の黒い霧だった。
爆心地を中心にて広がった黒い霧が爆発の影響で飛び散った負の感情であることを理解したレーニは町の状況がはきりと分からないと、高い所から状況を確認しようと町の壁を支えに積み重なった瓦礫を上りその頂上を目指した。そして頂上に到達したレーニは、ガウルドの城下町の光景に言葉を失った。
数時間前までシーオカ国との戦に向け準備をしていた仲間たちがそこにはいた。戦が近いと不安な表情を浮かべるガウルドの人々がいた。いたはずであった。だがレーニが直視しているその光景には戦の準備をしていた仲間もこれから始まる戦に不安な表情を浮かべていたガウルドの人々もいない。そこに存在するのは爆発によって吹き飛んだ建物の瓦礫と、視界を奪っている黒霧、そして何もかも燃やし尽くそうとする黒い炎だけだった。
「……ヒラキ……」
ガウルドの城下町のその光景に理解が追い付かないレーニは、自分の中に存在する得体の知れない不安を和らげる為に、誰かにすがりたい気持ちだった。そして今一番にでもすがりつきたいであろう人物の名をレーニは口にした。だがその人物の名を呼んだ瞬間、ある違和感に襲われるレーニ。
「……あれ?」
思わず首を傾げたレーニの顔は、一瞬にして海の底のように青ざめていった。
「ねぇ? ……あれ?」
その違和感に対する答えを口にしたくない。その思いが更にレーニの不安を高めていく。
「お、おかしいな……」
違和感は自分の両腕にあった。爆発の瞬間まで、確かにレーニはその両腕に大切な存在の重みを感じていた。。だが今、その重みもそしてその重みから感じられる温もりもレーニは一切感じとれていない。
「……ヒラキ」
か細い声でそう名を呼びながら恐る恐る自分の両腕に視線を落とすレーニ。そこには自分が最も大切にしている人物の姿があるはずだ。そう信じていた。だがそこに居るはずの人物が、いなければならないはずの人物が、ヒラキが居ないという事実がそこにはあった。
「ヒラキィィィィィィィィィィィ!」
レーニの悲痛の叫びがその場に響き渡る。
「ヒラキヒラキヒラキヒラキヒラキ!」
遠くから助けを求める仲間やガウルドの人々の声が聞こえる。しかしレーニにはガウルドの城下町よりも、そこにいる仲間や人々よりも最も優先しなければならない存在がいた。だが最も優先しなければならないヒラキがそこにはいない。抱き抱えていたはずのヒラキが自分の両腕から消失しているという事実に錯乱するレーニ。
「ヒラキ、何処? 何処にいるの?」
頂上から瓦礫を転がるように下ったレーニは、周囲を見渡し探しながら何度もその名を呼び叫んだ。
「……」
しかし、レーニの叫びに答える声は無い。
「い、いや……いやだ……嫌ぁァァァァァぁァァァァァぁ!」
ヒラキを失ったという事実が時を追うごとに自分の中で形作られていく。レーニはそれを認めず、拒否、否定、拒絶するように更に錯乱し喉がはち切れる程の叫びをあげる。
「どうしよう……どうしよう……どうしよう……」
事実を受け入れることが出来ず叫び続けカスカスとなった声でそう呟きながらレーニの視線は、黒い霧に向けられた。
「……はぁ!」
黒い霧の向こうで何かが蠢いていた。黒い霧に覆われはっきりとは分からないが、それは人影のように見える。
「ヒラキ!」
その蠢く影をヒラキだと確信したレーニは、形振り構わずにそこへ走り出した。距離にして10メートル程。
「ヒラ……キ」
近づきさの蠢く影の正体を直視した瞬間、レーニの呼吸が一瞬止まる。
確かにそこにはヒラキがいた。だがそこにいたヒラキは以前のようなヒラキの姿をしてはいなかった。血だらけの上半身には幾つもの瓦礫の破片が突き刺さっていた。左腕は二の腕から無くなり、下半身はヘソの下から失われていたのだ。
「ヒラキィ!」
変わり果てたヒラキに駆け寄るレーニ。
「大丈夫、今治して上げるから……私が今から魔法で……魔法で……まほう……」
明らかに瀕死の状態であるヒラキにそう言ってレーニは自分の手を当てた。
「……何で! 何で魔法が使えない!」
だがいくらやってもレーニの手から癒しの光が放たれることは無かった。だがそれも当然である、『闇』の眷属であるレーニには癒しを司る魔法を使えないからだ。自分が癒しの魔法を1つも使えないという事実すら分からなくなるほどレーニは錯乱していたのだ。
「あッ……ああ」
錯乱するレーニを前に、既に死んでいてもおかしくはない状態のヒラキがゆっくりと目を開けた。
「ひ、ヒラキ!」
目を開けたヒラキに気付き声をかけるレーニ。
「……だい……じょう……ぶか?……」
既に死んでいてもおかしくない状態にあるにも関わらず、ヒラキは今にも消え入りそうな弱々しい声でレーニの身を案じた。
「私の事なんかどうでもいい、それよりも直ぐにお前の体を……」
意識を取り戻したヒラキの姿に大粒の涙が幾つも流しながらレーニは、必至で発動することの無い魔法を使おうとする。
「ッ!」
そんなレーニの腕を残った右腕で弱々しく掴むヒラキ。
「……レーニ……俺の話を聞いてくれないか?」
「へ? ……うん、聞いてあげる……けど今は……」
「今だからだ!」
「……」
弱々しくはあるのだがその強い言葉に言葉を失うレーニ。
「俺は……もう、助からない……」
誰がどう見ても助かる状態では無いヒラキ。当然そのことを理解しているヒラキは、息を切らしたように自分の状態をレーニに説明した。
「そんなこと無い! 絶対に死なせない! 私が死なせない!」
だがヒラキ本人が口にした事実を真っ向から否定するレーニ。
「……うん……俺も死にたくない……まだ……やりたいことがある……王様になってお前と一緒にこの国で楽しく暮らしたい……」
それはある意味初めてとも言えるヒラキの弱音と本音であった。
「ヒラキぃ……!」
ヒラキが口にした弱音とそこから生まれてくる本音が、嫌でも現実を理解させようとする。それに耐えられず、レーニはヒラキから顔を背けてしまった。
「こっちみろ」
ヒラキの右手がレーニの頭を撫でる。その手は優しくレーニの顔をヒラキの顔をへと向かい合わせた。
「……頼むレーニ……俺を喰らえ」
ヒラキの言葉は全く脈絡のないものだった。そうヒラキが口にした瞬間、遠くから聞こえる混乱した人々の声や木々や建物、人が焼かれる音、城下町に侵入した魔物と戦う者達の怒号は全て消え、レーニの耳にはヒラキの声しか聞こえなくなった。
「えッ?」
ヒラキの声だけがはっきりと聞こえたにも関わらず、その意味を理解できず聞き返すレーニ。
「……お前が持つ『簒奪者』で俺を喰らって……この国を救うんだ」
夜歩者は『闇』の眷属の中でも1、2を争う最強種と言われている。圧倒的な身体能力は言うまでも無く、彼らが持つ様々な技能によって人間、人類は『聖』の力を宿した獣が誕生するまで手も足も出ない程に圧倒していた。
だが彼らを最強と言わせているのは、その身体能力でもなければ様々な技能を待っていることでも無い。彼らが持つ強さの本質は別の所にあった。
夜歩者は対象を喰らうことでその対象の特性や技能といった魂の情報を自分のものにする『簒奪者』という特性を持っている。ここの『簒奪者』という特性によって夜歩者たちは己の力を高めることで『闇』の眷属の中で1、2を争う程の最強種族と言われるようになったのだ。
「……何で……それを……」
レーニは自分が『簒奪者』という特性を持っていることを今までヒラキは愚か他の親しい人物に話した事は一度も無い。それは自分が人を喰らう存在だと思われたくなかったからだ。だからこそ、ヒラキが『簒奪者』という特性を知っていたことに大きな衝撃を受けた。
「……そんな顔するなよ……」
そう言いながらヒラキは、レーニの頭に乗せていた右手をレーニの首元に回した。
「心配するな……俺は……お前が例え人を喰らう奴でも絶対嫌いになったりしない」
そう言いながらレーニの首元に回した右手に力を入れレーニの顔を自分の胸に引き寄せるヒラキ。
「レーニ……俺はずっとお前と一緒にいたい……いや、いさせて欲しい……だから……俺は、お前に……喰われたい……」
ヒラキを喰らうことで、ヒラキの力を己の力とすることでこのガウルドの状況が好転することは確かであった。それは常にヒラキの側にいたレーニが一番理解している。だがそうであったとしても愛する人を喰らうという常識から外れた行為をレーニは受け入れられずヒラキの言葉に頷くことが出来ない。
「……ヒラキ!」
ヒラキの鼓動の響きが弱まっていることを感じ取るレーニは顔を上げヒラキの顔を見ようとした。だが、顔が上がらない。死にかけているとは思えない程の力でヒラキの腕はレーニの首を抱きしめていた。
「だから……俺を喰らってくれ……そして……皆を救ってくれ……」
トクン……トクン…………トクン………………トクン……………………
静かにヒラキの命を告げていた鼓動が止まった。
「ッ! ……うぅぅぅぅ……ヒラキ……」
何も言わないヒラキの胸の中でレーニは泣くことしか出来なかった。
しばらくして、レーニはヒラキの胸から顔を上げた。その表情は何かを決意したものであった。
「……分かった……あなたはずっと私の中で生き続ける……これからも……いつまでも……」
そう告げると、まるで眠っているように穏やかな顔をしたヒラキの唇にレーニは自分の唇を重ねた。
「私が死ぬその時まで……ずっと一緒だ……」
そう口にしたレーニはヒラキの体を強く抱き寄せた。するとヒラキの体はレーニの体に呑み込まれるようにして取り込まれていった。
ガイアスの世界
『簒奪者』
夜歩者が持つ特性『簒奪者』は、対象を喰らうことで、対象が持っている魂の情報、特性や技能を自分のものにできるというものである。
対象の全てを喰らう必要は無く、血を吸うだけでも『簒奪者』の効果は現れる。ただし喰らった量によってその効果は大きく変わる。
インセントが持つ特大剣『大喰らい』と似た能力を持っており、この2つは何か繋がりがあるのかもしれないし、ただの偶然かもしれない。




