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夕闇で章24 町を覆う気配

 ガイアスの世界


 夕闇歩者ハーフウォーカー



 光と闇が混在する狭間、夕闇を歩く者。ヒラキの力を近くで受け続けたと事で、新たな種へと変異、進化したレーニ。

 レーニが夕闇歩者ハーフウォーカーになれたのは、彼女が夜歩者ナイトウォーカーに作られた存在であることが大きい。

 レーニは、人間の『聖』の力に対抗するべく、その体内には僅かに『聖』の力が組み込まれていた。ヒラキが発した大量の浄化の力とレーニの体内に僅かに存在していた『聖』の力が結びつくことで、彼女は『闇』と『聖』二つの力を持つ存在、夕闇歩者ハーフウォーカーへと変わったのである。





 夕闇で章24 町を覆う気配



 彼の心と肉体には限界が迫っていた。いえ、もう限界など既に越えていた。そんなボロボロとなった彼の心と肉体を支えていたのは、自分の背に広がった国やそこに居る人々、そして今まで一緒に戦ってきた仲間たち、自分の背の後ろにいる全ての者たちを守りたいという強い想いからくるものだった。


 彼には帰る故郷が無かった。正確には帰る術が無いというのが正しいのかもしれない。


 ある日、彼が目覚めるとそこは見知らぬ異国、彼から見て異世界だった。今まで自分が生きていた環境とは異なる世界の光景を前に彼は、自分の状況をすぐさま理解した。

 混乱することなく彼が目の前の状況を理解することが出来たのは、故郷にある物語によって様々な知識を得ていたからだ。

 幾つもある彼の故郷の物語には、まさしく今の彼と同じ状況、境遇に遭遇した者を主人公にした題材が多く存在していたのだ。

 その知識を頼りに周囲を見渡した彼は、自分はこの異世界に飛ばされてきた者であることを理解し納得したのである。

 すぐさま自分の状況を把握した彼の前にある人物が現れた。彼は便宜上、その人物を神もしくは創造主と呼んだ。理解の早い彼に対して神もしくは創造主は、突然見知らぬ世界に呼び込んでしまったことを謝罪しその詫びとして、彼にこの世界で生き抜く為のギフトを授け、そしてこの世界で彼がやるべき使命を伝えた。

 神からギフトを授かり、その力で使命を全うして欲しいという状況もまた、自分が知る物語に出てくる主人公たちのお決まりの流れであり、彼はそれを受け入れた。

 こうして彼は神から授けられたギフトとその力で使命を全うする為に見知らぬ世界へ旅立っていった。


 でも彼のこれまでの道程は、彼が知る物語の主人公のように容易には運ばなかった。


 彼が知る物語の主人公たちは神から授かったギフトとこの世界には存在しない知識を駆使してどんな強敵や問題もいとも簡単に乗り越え様々な場所や人を守り、その名声を我物としていった。

 でも彼はその物語の主人公たちのように立ち振る舞うことが出来なかった。所詮、物語は物語。主人公は主人公であり、現実は違う。

 主人公であるという特性、ご都合主義は彼の前では一切顔を出すことは無く、常に非常な現実だけが突きつけられた。


 あと少し、もう少し早く手を伸ばすことが出来たならば、あの時もっと深く考えていれば。


 自分が知る主人公たちならばそのあと少し、もう少しに届き、天啓のように突然問題を解決する方法も思いついただろう。そしてそれによって救われた命は数えきれない。だが彼は、物語の主人公では無い。

 あと少し、もう少しは届かず、深く考える暇も与えられず、問題を解決できない。自分の手から零れていった命が数えきれない程あった。

 彼はその度、自分の非力を恨み呪った。そして次は間違えないよう救えるようにと努力し続けたのだ。

 血の滲むような努力をしても指の隙間から零れる命は必ずあった。その都度、自分は物語の主人公では無いと言い聞かせることでしか、理想と現実を擦り合わせることが出来なかった。

 だがそんな彼の努力はじょじょに実を結んでいく。それでも理想には程遠い。やはり物語の主人公のようには出来ない。それでも彼は前を見続けた。自分の使命を果たす事、そして人々の命を救う為に。

 そして彼は私が知る彼へと繋がって行った。


 私からすれば十分に彼は物語の主人公のように思える。積み上げた努力によって研ぎ澄まされた力で人々を救い、強敵に立ち向かう彼の姿は、最後までまさしく誰もが心躍る英雄譚のようだった。


 


 月を覆う黒い影が広がる小さな島



 傷だらけのバラライカの目の前でヒラキとリューの戦いは始まっていた。だが重さを感じさせないリューの長刀による鋭く速い連撃を掻い潜ることしか出来ないヒラキの状況は、戦いというにはあまりにも一法的だった。


(ダメだ、ヒラキにはもう戦う力が残っていない)


 寸での所でリューの斬撃を避け続けるヒラキの表情は平然としており時折、強気なものにみえる。しかし躱すだけで攻撃に転じないヒラキの動きには今までのようなキレが感じられない。


(くぅ……)


 既にヒラキに戦う力が殆ど残っておらずその表情は単なる強がり虚勢だと悟ったバラライカは、何処ヒラキの登場で安堵していた自分の心を呪った。


(……いつもヒラキに頼ってばかり……)


 これまで、武装組織ヒトクイはどんな不利な状況をも覆して来た。だがそれはヒラキという大きな存在がいたからだ。ヒラキがいれば大丈夫、ヒラキなら何とかしてくれる。ヒラキの強さを目の当たりにする程、ヒトクイの者達の頭にはそのような考えが広まり日常化していた。


(それじゃ駄目なんだ……)


 自分の中にもヒラキを頼ることが日常化していた部分があったと思うバラライカは、傷だらけの体を起こした。


(……インセントのように私も状況を切り開かなくては……)


 背筋を伸ばすバラライカの頭の中には一人の男の姿が浮かぶ。ただ一人、ヒトクイの中でヒラキに頼らず常に己の力で状況を切り開こうと足掻き続け、今回も一番に飛び出していった男。その男の名を心の中で呟いたバラライカは、ヒラキに激しい連撃を放つリューへ手に持つ杖を向ける。


(……精度が増している……)


 既に疲弊した状態で動く程にキレが失われていくヒラキとは対照的に、戦う中でその力を増しているように思えるリュー。その斬撃の精度は一振りするごとに恐ろしく鋭くなっていく。


(……一発……ヒラキの邪魔をせず一撃を……)


 傷を負っているものの、まだ魔法を放つ余力を十分に持っているバラライカは、何とかその一撃でヒラキに勝機をと杖に力を籠める。だがなぜか思うように力が杖に集中しない。普段ならば殆ど無意識の内に集中の為に必要となる詠唱も無く力を溜めることが出来るはずのリューは、普段出来ていることが出来ないことに困惑する。


(くぅ……リューの動きが早すぎて負えないから?)


 一斬り一斬り放つ都度、精度も鋭さもその速度も高まって行くリュー。彼の動きが早すぎて捉えられず、力を杖に籠めることが出来ないバラライカ。

 しかしそれは自分の心を蔑ろにしてこの状況を切り抜けようとするバラライカの深層心理に潜む叫び、言い訳であった。

 確かにリューの動きは早い。一撃一撃放つ事に全てが高まっている。だが本来のバラライカなら、まだ捉えられない速度ではない。ならば何故リューを捉えられないのか。力を込めて魔法を放つことが出来ないのか。その原因はバラライカの中にあるリューに対しての想いからくる迷いだった。


(……こんな状況でも、私の心から彼に対しての迷いが消えないのか……仲間が死にかけているのにッ!)


 募った想いは本物。それは敵同士となっても変わらない。目の前で仲間の命を狙うその時でも、バラライカの中にはリューに対する想いが存在している。仲間の命がかかった状況においても非情になり切れないバラライカ。杖を持った手が震えていた。


「心配するな! 俺が何とかする!」


 そんな迷いを見透かすように、リューの斬撃を必至で躱しながらヒラキはバラライカにそう叫んだ。


「ヒラキィィィィ……」


 また頼ってしまう。自分にはこの状況をどうにかする力は無い。彼を止める、殺す覚悟が出来ない。そんな無力感がバラライカの中に広がる。


「お願い……お願いします……彼を……リューを止めて!」


 複雑に混ざり合う想いによって自分が無力であることを突きつけられ、泣くことしか、頼ることしか出来ないバラライカは、ヒラキに頼ることしか出来ず涙声でそう叫んだ。


「ああ……任せろ」


 それは静かで、リューの鋭い斬撃を避け続ける者の言葉としてはあまりにも穏やかだった。


「終わらせる」


 まるでバラライカのその言葉を待っていたように、頼られることを待っていたように、ヒラキは静かにそう言うと、今までの戦いでお飾りでしか無かった剣を斬撃をリューに向かって放った。


「……!」


「……!」


 発した声と同じように、静かにヒラキから放たれた一撃は、連撃の合間をなうようにリューの胴を捉えた。


「ゴフゥ!」


 ヒラキの放った一撃をどうにもらい、その衝撃で息を吐き出すリュー。一見ただの胴への一撃にしか見えないその攻撃は、だがリューの肉体を切り裂くことは無かった。


「アガッ、ゴフゥ!」


 しかしリューの表情は苦悶に歪む。吐き出された息の後を追うように口から黒い液体のようなものが垂れ流れる。


「ああああああああああ!」


 そして絶頂を迎えたようにリューは苦しみの声を上げた。すると体に漂っていた黒い気配が弾けるように霧散していく。


「はぁ……がぁ……うぅぅぅ……」


 …… パキッ! ……


 全てを吐き出しよろめくリューの中から何かが折れたような音が響く。それは骨が折れた時の音では無く、木の枝が折れたような時のような乾いた響きだった。


「……終わったか?」


 内包されていた『闇』から解き放たれ、力無く倒れ込むリューの姿を見届けたヒラキはヘラヘラと笑みを浮かべると尻もちをつくように地面に座り込んだ。


「ヒラキ!」


「ああ、ははは!」


 座駆け寄ってくるレーニに疲弊した表情で笑みを浮かべそう口にするヒラキ。


「ごめん……ごめんなさい……私……私……」


 目の下と鼻の先を真っ赤にさせながら涙声で謝るレーニは、ヒラキの体を支えようと腕を差しだす。


「俺はいい……それよりそこで気絶しているリューを支えてやれ……このままだとぬかるんだ土の所為で窒息するぞ」


 自分のことはいいからと、レーニが差し出す腕を拒否してうつ伏せで倒れ込みぬかるみに顔を突っ込んでいるリューの事を気遣うヒラキ。


「……えッ!」


 信じられないという驚き表情を浮かべたバラライカは慌ててリューの下へと向かう。


「……息……してる……」


 うつ伏せの状態であったリューを仰向けにしたバラライカの表情が驚きから嬉しさに変化した。泥にまみれたリューの顔の口から微かに呼吸音が聞こえる。


「……ヒラキ……ヒラキ……」


 驚きと嬉しさによって感情がゴチャゴチャになった顔をヒラキに向けるバラライカ。


「……どうにか殺さずに済んだ……」


 バラライカの表情を見て心から安堵したように笑みを浮かべるヒラキ。

 正直、リューを殺すだけならば疲弊して戦う力を殆ど失っていたヒラキでもそれほど難しいことでは無かった。自分の体に残った浄化の力を最大出力で放出すればいいだけだったからだ。だがそうしなかったのはリューを殺さない為であった。

 バラライカにとってリューがどういった存在であるのか、自分にも大切に思う者がいるヒラキには痛い程に分かった。だからこそ、リューを死なせる訳にはいかなかった。

 ヒラキは残された浄化の力を最大出力で放出するのではなく、一点に集中させリューの力の源になっていた『闇』の力、『魔王の種子』に直接打ち込んだのだ。リューから響いた音とは『魔王の種子』から伸びた枝がへし折れる音だった。


「ありがとう……本当にありがとう……ヒラキ……」


 リューの頭を自分の膝の上に乗せ顔についた泥を払いながらバラライカは何度も感謝の言葉をヒラキに対して告げた。


「いいな……俺も膝枕してもらいたいな……」


 意識を失い静かな寝息を立てるリューを羨ましそうに見つめそう呟くヒラキは、自分もこの後レーニに膝枕をして貰おうと考え空を見上げた。


「……ッ!」


 その瞬間、緩んでいたヒラキの表情が強張った。


「ど、どうしたヒラキ?」


 突然強張ったヒラキの表情に何か嫌な予感を抱くバラライカ。


「チィ……しぶとい……」


 そう言いながらヒラキは再び立ち上がろうとする。


「ま、待て! もうその状態では無理だ!」


 膝を笑わせながら無理矢理立ち上がろうとするヒラキを止めるバラライカ。


「何が起っている!」


 続けざまバラライカは必至で立とうとするヒラキに何が起っているのか状況を尋ねた。


「……あの豚野郎……ガウルドに向かいやがった」


 既に夜となった空をヒラキが見上げた時、ガウルドへ向かう1つの影が通り過ぎたのだ。


「な……!」


 絶句するバラライカ。ヒラキの話が本当ならば、豚野郎ことバン=デンダの下へ向かったインセントはやられたということになる。


「そ、そんな……あいつが死ぬはずがない!」


 しぶとさだけで言えばヒトクイの中で一番といっていいインセントが死んだという事実を受け入れられないバラライカ。


「……大丈夫だ、インセントは死んでいない……レーニが助けたはずだ」


 インセントの下へレーニを送りだしたヒラキはそう断言する。


「……だが問題なのは、バン=デンダが予想以上にしぶとかったということだ」


 レーニの実力ならばバン=デンダを倒すこと自体、そんなに難しいことではない。だがヒラキはバン=デンダの予想以上のしぶとさを知らなかった。


「チィ……」


 バン=デンダが何をしようとしているのかは分からない。だがバン=デンダがガウルドでろくでもない事をすることは分かり切っている。自分のいう事を聞かない体に舌打ちをうつヒラキは、ガウルドを、そこへ向かったバン=デンダを睨みつけた。


 その時、遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえたヒラキはその声がする方へ視線を向けた。


「レーニ!」


 ヒラキの視線に入ったのはぬかるんだ泥を撒き散らしながら凄い勢いで自分の下へと向かって来るレーニの姿だった。


「……」


 一瞬、何かを考え込むように視線を地面に向けたヒラキは、凄い勢いで自分の下へ向かって来るレーニにその視線を戻した。


「レーニ、俺を担いでガウルドに向かえ!」


向かって来るレーニにそう叫んだヒラキ。するとレーニは理解したというように両腕を前に出した。


「……」


 両腕を前に出してこちらに向かって来るレーニへ体を預けるヒラキ。


「……」


 バラライカの目の前を一瞬にして通り過ぎたレーニはそのままヒラキの体を攫うように抱きかかえるとガウルドへ向けその速度を上げた。




 ……

 …………

 ………………


 「ぶひぃ……滅ボス……全テ、滅ボス……ぶひぃぶひぃぶひぃ!」


 ………………

 …………

 ……



 ガウルドの上空に漂う不気味で不穏な気配が上った月を覆い隠す。肥大化したように広がるその気配の中心には不気味な鳴き声をガウルド全域に響かせる首だけとなった豚顔、バン=デンダの姿があった。


「ぴいぃィィィィィィィィィィィィィ!」


突然響き渡るけたたましいバン=デンダの咆哮を合図にして肥大化したように広がったバン=デンダの気配はまるで黒い球体のようにガウルドの城下町へ落下。その瞬間、凄まじい黒い火柱が幾つもあがり、ガウルドの城下町は一瞬にして吹き飛んでいくのであった。


 ガイアスの世界


 今回はありません

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