そろそろ真面目で章6 (アキ編) 異変の兆候
ガイアスの世界
今回はお休みです
そろそろ真面目で章6 (アキ編) 異変の兆候
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
小さな島国ヒトクイの首都ガウルドの象徴、ガウルド城上層に位置する客間の1つは、まるでヒトクイの文化が網羅されたような場所である。タタミと呼ばれる特殊な床が敷かれたその空間には爽やかで心穏やかになる草の匂いが広がる。そこに集まった者達は王であろうと例外なく靴を脱ぎそのタタミに直に座ることを求められるのだが、漆黒の全身防具を身に纏うアキだけは、とある理由からその作法をすることができずドアの横にある壁に背を預けで立ったまま、再開したヒトクイの王の昔語りに耳を向けていた。
武装組織ヒトクイがガウルド制圧後、突然、建国を告げたことによりシーオカ国との共闘が解消。統一戦争最後にして一番の被害がでることになった大きな戦が開戦したと昔語りを再開したヒトクイの王ヒラキ、いやレーニには語った。
(……)
いつ終わるとも分からないレーニの長い話につまらなそうな表情を浮かべるアキ。
そんなアキとは対照的に最初からのめり込んでいたブリザラとピーランは食い入るようにレーニが語る昔語りに集中していた。
(……ッ!)
突然アキは体の力が抜ける。まるで今まで自分を支えていた力が失われたような感覚。周囲には分からない程の一瞬、アキは自分の意識が途切れた事を理解した。
《……マスター大丈夫ですか?》
だがアキの僅かな意識の喪失に気付いた者がいた。大げさすぎる程心配した声で話しかけたのは、アキが全身に纏う漆黒の全身防具、自我を持つ伝説の防具クイーンであった。
(ああ……大丈夫だ)
周囲には聞こえない所有者にだけ聞こえる声でそう尋ねてきたクイーンに対してアキは僅かに機嫌悪く大丈夫と心の中で答えた。
《本当に大丈夫ですか? ……一瞬意識が途切れましたが……》
クイーンの言葉は傍から聞ければアキの睡眠不足を心配しているように聞こえる。だが、アキの睡眠不足を心配するにしてはクイーンの様子は異常な程に慌てているようだった。
(だから大丈夫だ)
しかし、クイーンの心配など構わず、もう一度大丈夫な事を心の中で答える。
《ですが……》
文字通り一心同体であるクイーンは、アキの肉体の不調を感じ取ることが出来る。それにも関わらずただ意識が一瞬途切れたことしか分からないクイーンはアキのその答えに納得できていない。
《……突然意識を失うのは異常です》
人間が一瞬でも意識を失うという状況は、殆どの場合何か異常を抱えていると考えるのは普通なことである。だがアキに関して言えば、その意味合いと程度が大きく変わってくる。
以前アキは一度命を落としていた。だが生物であれば絶対に助からないであろう致命傷を受けたアキは、死の間際クイーンに出会ったことで黄泉の国から生還したのだ。
しかし生物の観点からすればそれは生き返ったというには言い難いものであった。
クイーンを含めた伝説武具には、所有者の傷を癒す能力が備わっている。その効果は切り離された四肢ですら直ぐに繋げてしまえる程。クイーンたち伝説武具が持つこの治癒能力は、現在ガイアスに存在するどの治癒魔法よりも遥かに優れていた。
だがそれだけ優れていたとしても一度死んだ者を生き返らせることなどできない。ならば何故アキは生者のように動き回ることができるのか。それはクイーンが死んでいるアキの肉体を生かす為の生命維持装置の役割を担っているからに他ならない。
時間をかけてクイーンはアキの破損した肉体を治癒してきた。そのお蔭で既に破損した肉体の修復は終わっているのだが、未だアキの心臓だけその機能が回復していない。その心臓をクイーンが代わり動かしており、その他にも様々な肉体機能を補っている状態であった。
アキはクイーンを纏っていなければ数分も生きてはいられない。クイーンを纏うことで辛うじてアキは人間の形を保っている状態なのだ。
そしてクイーンが肉体のあらゆる機能を補っているが故に、生者として不完全な状態にあるアキは幾つか生物としての機能を失っていた。その1つが睡眠である。
睡眠を必要としない肉体になったアキは、現在戦闘などによる外的要因による意識の喪失はあっても眠気がやって来ることは無い。
そう本来ならば、外的要因による意識喪失でも無いのにアキが突然意識を失うという状況は不自然なのである。それはアキの肉体に異常が発生していると言っても過言では無い。アキの生命維持装置しての役割を担っているクイーンにとって今の状況は見過ごせるものでは無いのである。
《何処か違和感があったりはしませんか? 私の声が聞こえますか? 視界がぼやけたりはしていませんか?》
何とか自分の所有者の身に起った異変を探ろうと、医者のようにアキに対して問診を始めるクイーン。
(……)
だがクイーンの心配など構わず不機嫌な表情のまま目の前で昔語りを続けるレーニに視線を向けその話を聞こうとするアキ。しかしアキはレーニが語る昔語りの内容が頭にはいってこなかった。何故なら意識が途切れた時一瞬見たものに気を取られていたからだ。
(……ジジイ……)
そう心の中で呟くアキ。意識が途切れた時に、一瞬脳裏に映った光景。それは年老いた男の姿だった。
(……なぜ、今更彼奴の顔が過った?)
その人物はアキの育ての親であった。だが育ての親と言っても、親らしい事など何1つされことが無く、ましてや罵声を浴びせられ殴られた記憶しか覚えが無いアキにとって憎しみや恨みこそあれ、今更懐かしさから思い出すような人物ではないはずであった。
(チィ……どうせつまらない話を聞かされている所為だ)
思い出せば思い出す程、ろくでも無い記憶ばかりが脳裏をよぎる。苛立ちが溜まっていくアキは、自分がこんな事を考えてしまうのは目の前で昔の事を語り続けるヒトクイの王の所為だとその原因を無理矢理レーニに擦り付けた。
「……漆黒の戦士殿……先程私が話した、リューとバラライカという人物の名に聞き覚えはありませんか?」
それは突然だった。機嫌の悪い表情を浮かべていたアキに対して、突然レーニは、語っていた昔語りを中断し視線を向けるとそう話しかけてきたのだ。
「……聞き覚え?」
突然の問いかけに、僅かに動揺するアキ。
「……無いな……」
レーニに尋ねられ、少し考えたアキは、素っ気なくそう答えた。
シーオカ国の第一兵団隊長リュー=イライヤと武装組織ヒトクイの大将ヒラキの右腕であったバラライカ。レーニが語る昔語りで初めてその存在を知ったアキは、二人の名に聞き覚えがあるはずも無い。
「そうですか……ならばここからはしっかりと聞いてください」
「はぁ?」
レーニそう念を押され、その理由が分からず苛立つアキ。
「……これから話すことは、あなたにも強く関係しています……」
そう意味深な言葉をアキに告げたレーニは、ゆっくりと昔語りを、自分の視点で見てきたヒトクイ統一戦争の結末を語りだすのであった。
ガイアスの世界
生命維持装置としてのクイーン。
黒竜との戦闘で命を落としたアキ。その時に負った本来では修復不可能な傷を自分を纏わせることで時間をかけて修復、癒していったクイーン。肉体の修復が完了しても、心臓だけは現在も機能しておらず、クイーンが心臓の機能の代わりをしている。その他、アキの肉体の様々な機能を補っている。その代償としてアキは現在、睡眠を含めた人間の三大欲求全てを失っている状態にあるようだ。




