そろそろ真面目で章6(スプリング編) 有り得たかもしれない未来
ガイアスの世界
笑男
自称、武器屋だと名のる謎の男。しかしその割にその動作や言動は舞台に上がる役者や観客を笑わせる道化師のようである。
本人はその事を否定しているが、思うことがあるらしく人から指摘を受けると少し機嫌を損ねる。人間的な側面がある一方、彼から発せられる気配は『絶対悪』の残滓と酷似しており、感じることが出来る者ならば彼が人間では無い事が分かる。
様々な場所に現れ、様々な事件の裏側で暗躍しているようで、彼が意図的に造りだした『絶対悪』の残滓によって様々な被害が出ている。
そろそろ真面目で章6(スプリング編) 有り得たかもしれない未来
「……起きなさい」
女性の声がする。それは温かくそして懐かしい。
「もう時間すぎているわよ……早く起きなさい」
それは不思議な状況だった。幾度もの女性の呼びかけに全く反応を示さず眠り続けている自分を青年は少し離れた場所から客観的に見つめていたからだ。全く起きようとしない自分に更に呼びかける女性の声は、優しさや温もりに満ち溢れ、その光景を客観的に見つめる青年に懐かしさを抱かせる。自分を起そうとする女性の姿は、青年が最後に記憶している当時の姿のままの母親であった。
「……起きなさい」
起きない自分に対して強行手段とでもいうように、青年の記憶するままの母親はベッドで眠り続ける自分の体を揺らす。
「早く起きなさい、お父さんと狩りに出かけるんでしょ」
(……)
これから父親と共に狩りに出かけるのでしょと、起床後の用事を口にしながら自分を起こそうとする母親の姿に、嗚呼これはやはり夢なのだと思う青年。この光景は自分が思い描いた有り得たかもしれない未来。その光景の断片を青年は客観的に夢で見ているのだと確信した。
「う、うーん」
母親の強行手段によってようやく意識を覚醒させ目を開けた自分はベッドの上で大きな欠伸をすると眠い目をこすりながら頷く。呆けた顔のまま立ち上がると、母親から促されるように部屋を出て行く。そんな自分の後を追うように青年も自分の部屋から出て行く。
「おはよう、今日も寝坊だな」
階段を下り一階へやってきた自分にそう話しかけてきたのは、家族が集う居間に置かれたテーブルの席の1つに座る男性、寝坊を咎めてはいるがその声には一切怒りが籠っていない優しい表情で微笑む父親の姿があった。
(……)
だがそんな自分の父親の姿を不思議に思う青年。母親は当時のまま、自分の横に並べば姉弟と思われてもおかしくはない容姿をしている。しかし父親は青年の記憶には無い歳を重ねた姿をしているからだ。
「ああ……うん……」
顔の所々に皺を蓄え、良い感じに枯れ始めた父親の言葉に、未だ夢と現実の境にいるような表情で呆けた返事をする自分。
(……)
家族の年齢に差異はあれど、それ以外は平凡で穏やかな平和な一日の始まり、そんな風に見える自分と家族の光景に、青年はこれが叶わなった光景、有り得たかもしれない未来、なのかもしれないと思った。だが次の瞬間、青年は混乱した。
「ん? ……どうしたぼうっとして?」
父親は突然、自分に向けていた視線を青年に向けたからだ。
「え?」
思わず声が漏れる青年。しかし漏れ出たその声に更に青年は混乱する。
ここまで青年は、第3の視点、観客的な立場で自分を含めた家族という光景を見ていたと思っていた。しかしそうでは無かった。家族という登場人物の中に観客であるはずの青年も含まれていたのだ。当然観客だと思っていた青年はこの家族という物語に干渉することは出来ないと思っていた。だがしかし、物語の登場人物であるはずの父親は、観客であったはずの青年に干渉してきたのだ。
まるで突然役者に呼び込まれ舞台へ上げられてしてまった観客のような感覚。それは青年にとって想像していなかった状況だった。
「……どうした、早く準備しろ、もう冬が近い、保存食の為に今日は大物を狙いに行くぞ」
更に続く青年への干渉。
「兄ちゃん、俺とどっちが大物を狩れるか競争しようぜ!」
父親だけては無く、先程まで自分だと思っていた青年と同じ顔をしたその人物は、勝気な表情を浮かべ青年を兄と呼ぶ。
「無茶はしないでね」
青年と青年を兄と呼ぶ自分へそう声をかける母親。
(……)
ただの観客、夢だと思っていた家族からの突然の干渉。何より全く意識としていなかった青年と瓜二つである弟という見知らぬ家族の存在に青年は混乱が抜けない。青年が思い描いた光景の中に、有り得たかも知れない未来の光景の中に、青年と同じ顔した弟は存在はいなかったからだ。
混乱する青年を他所に、狩りへと出かける準備を始める父親と自分と同じ顔をした弟。違和感しかないその光景をただ見つめることしか出来ない青年は、思考が追い付かない頭を逃がすようにその視線を窓の外へと向ける。
窓の外には雪がちらつき冷えた空気を思わせる光景が広がっている。幼い頃に青年がよく見た、冬の訪れを告げる光景だ。そしてそれは青年にとって別れを連想させる光景でもある。
《……の……ある……の》
この先、この家族にどんな事が待ち受けているのか青年には分からない。青年の脳裏に過った事が起るかもしれないし、想像しているような状況にはならないかもしれない。だが青年は自分の耳に、頭の奥に微かに響く声にもう時間が無い事を悟った。
「父さん……母さん……」
迫る時間を感じながら青年は、目の前で狩りの支度をする父親と母親に声をかけた。
「……」「……」
青年の呼びかけに支度の手を止め視線を青年に向ける母親と父親。
「……今まで……ありがとう……さようなら」
もしもう一度、二人に会えることがあるのならばと考えていた言葉。あの日、突然目の前で両親を失った青年は、その衝撃と逃げことに必至で二人へ感謝や別れの言葉を告げることが出来なかった。正直、青年は混乱もしている。だがこれだけはと青年は混乱を押しのけ二人に対して感謝と別れの言葉を告げた。
「?」「?」
青年の突然の言葉に小首を傾げる二人。
「……」
この場にいる二人には届かないことは重々承知のうえである青年。この場で自分の想いを吐き出したとしても、ここ夢。あの日、目の前で殺された二人には届かないことは分かっている。だがそれでも、あの日伝えられなかった想いを告げた青年は満足そうに笑みを浮かべる。
《……どの……ある……どの》
先程よりもはっきりと頭の奥に響く青年が聞き慣れた声。
「……またね」
聞き慣れた声が頭の奥ではっきりとしてくることで夢の終わり、有り得たかもしれない未来の終わりが間近に迫っていることを悟る青年は、自分を見つめる二人に少しはにかみながら最後にそう言葉を零した。
青年の言葉に互いの顔を見つめ合う二人。
「「いってらっしゃいスプリング」」
互いの顔を見つめていた二人はその視線を青年に向けると、青年の名を口にしながら二人は現実へと戻って行くスプリングを見送るのだった。
「……」
見送る二人の傍らでじっと青年を見つめる青年と同じ顔をした弟。その表情は恨みを抱いているかのように青年を睨みつけていた。
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
目が覚めるとそこは見知らぬ天井。スプリングはまたかと、自分の負け癖に嫌気がさしながら体を起こした。
『主殿、目が覚めたか!』
知った声を脇に体を起こしたスプリングは周囲を見渡し今自分が何処にいるのか確認する。
「ここは……」
周囲に乱雑に置かれたおびただしい数の防具。
『日々平穏本店だ』
堅そうな物から奇抜な形をした物まで様々な防具があちらこちらに乱雑に置かれているその光景を見るスプリングに対してこの場所がどこであるのかを告げたのはベッド脇に立て掛けられていたポーンだった。
「おおう、起きたみたいだニャ……」
そこには二足歩行で立つ猫の姿があった。
『主殿が倒れた後、店が姿を現してな……毛玉……ロンキ殿が主殿を店まで運んでくれたのだ』
スプリングが意識を失った後の事を説明するポーン。意識を失ったスプリングを店へと運び込んだ猫、もとい、猫獣人の正体は、日々平穏の創業者であるロンキであった。
「……ん?」
だがそう説明するポーンの様子に違和感を抱くスプリング。以前ロンキと出会った時、ポーンは過敏なほどにロンキに対して拒否反応を示していたはずだった。しかし今のポーンの態度からは、ロンキの事を拒絶しているように思えない。
「ここまで運んだ私を感謝して欲しいニャ」
自分の見た目が万人受けする可愛さを持っていると理解しているあざとい独特な語尾。他の猫獣人は語尾にニャなど付けないんだよなと思いながらスプリングは喉を鳴らすロンキを見つめた。
「……ここまで運んでくれたこと感謝する」
明らかに恩着せがましい言動だと理解しつつも、助けられた事実は変わらないと素直に頭を下げロンキに感謝を伝えるブリング。
「……正直いつあったかも忘れてしまうぐらいに久しぶりだニャ」
「そ、そうだな」
まだ久しぶりと言う程には時間は経っていないように思うが、何故かロンキの言葉に共感してしまうスプリングは頷いていた。
「……もう来てくれないのかと……私との約束は忘れてしまったのかと心配だったニャ」
アーモンド形の目を潤ませ、これでもかと言う程芝居臭い言葉で自分の気持ちを吐露するロンキ。
「あ、ああ……分かっている……その約束を果たしに来た……」
自我を持つ伝説の武器ポーンの不具合の正体を探り場合によってはその不具合を直す代わりに、ロンキにポーンを触らせるという全く当人の意思を無視した二人の間で交された約束。
「……」
『どうした主殿?』
ロンキに約束を果たしに来たと言えば、全力でポーンが嫌がり騒ぎ出すとその様子を伺うスプリング。しかし想定した行動をとらず至って冷静であるポーンの姿にスプリングは何処か拍子抜けした。
「ほ、本当にいいのか?」
『ん? ……ああ、そう言えばその事を話していなかったのな……』
スプリングの問に、一度小首を傾げるような声をだしたポーンは、次の瞬間思い出したと言うような態度を取る。
《……その辺の問題は、主殿が意識を失っている間に解消された……というようりも解消されていたという方が正しい……》
突然、ロンキには聞こえない声でそう説明したポーンは、詳しい事は省くと前置きしつつ更に説明を続ける。
(はぁ? 創造主の魂の一部をロンキが持っている?……おいおい、そこの説明を省くなよ、言っていることが良く分からん)
さらっと重要な事を口にしたポーンに対し、詳しく説明しろと迫るスプリング。
「何を二人で見つめ合っているニャ……秘密のお話はよして欲しいニャ」
一人と一本が突然黙ってしまった一人と一本の様子を疑うロンキ。
《今ここでその説明をロンキにすれば、ロンキと創造主の魂が持つ自我にどういう影響を及ぼすか分からない、下手な説明して創造主の魂が消滅、なんてことになったら目も当てられないだろう……兎に角今は無理でもこの状況を受け入れてくれ》
(あ……ああ? ……わ、分かった)
ロンキの身を、いや創造主の魂を案じてということなのかスプリングはあまり納得できないまま、説明不十分の状況を受け入れることにした。
「それで、どうするのニャ? ポーンちゃんを私に預けてくれるのかニャ?」
だんまりを決め込むスプリングに対して更に疑いの目を強くするロンキ。
「あ、ああ、悪い、目が覚めたばっかりで少しぼーっとしていた……ポーンの事を頼む!」
自分たちに向ける疑いをはぐらかすようにスプリングはポーンの不調の原因の正体を探る事をポーンに頼んだ。
「本当かニャ! やったニャ! それじゃ早速触らせていただくニャ!」
スプリングの言葉に狂気乱舞するロンキ。だがすぐに鍛冶師としての表情に変わったロンキは、スプリングの傍らに立て掛けてあるポーンをまずは触れずにまじまじと観察し始めた。
(……おい……がっつりお前の事を見ている今なら、しっかり説明できるんじゃないのか)
先程までの騒がしい様子から一転して、静かにもくもくとポーンを見つめ観察するロンキ。今の状況ならロンキが持つ創造主の魂について説明できるのではないかとポーンに提案するスプリング。
《うむ……ならば説明しよう》
そう言ってポーンは、創造主が自分の魂を3つに分けた事、そしてその3つの魂それぞれが伝説武具の所有者に対して助言や手助けなどの役割を持っている事を説明した。
(だとすると、俺の前に現れた創造主もその3つの魂のの中の1つなのか?)
以前出会った創造主の事を思い出しながらポーンに尋ねるスプリング。
《そうだ、あの時の創造主の役割は我々を導く為の助言者……そして今ロンキの体の中にある創造主の魂は物理的な手助けをする、修理者といった所だ……しかしロンキの肉体に宿った創造主の魂の情報量……記憶は膨大だ、もしそれをロンキ自身が知れば膨大な記憶に耐えられず彼自身の自我が崩壊するかもしれない……そうなれば創造主の魂は存在する場所を失い消失する……だから迂闊にロンキ本人にこの事を説明できないのだ》
スプリングが出会った創造主、そしてロンキに宿る創造主の魂にはそれぞれ役割がある事、そしてその魂が持つ記憶は膨大でロンキの生身では受け入れるとが出来ないのだと説明するポーン。
(なるほど、分かった……けどそれじゃ最後の1つは何なんだ?)
創造主の3つの魂の内、2つはポーンの説明によって理解したスプリング。だが最後の1つについて説明がされていない事に気付いたスプリングはポーンにそれを尋ねた。
《……3つ目の創造主の魂がどんな役割を持っているのか、それは私にも分からない》
3つ目の創造主の魂が持つ役割について知らないと告げるポーン。
(お前にも分からないのか……)
以前にもあった、知ってはいるが語る事が出来ない、禁則事項のようなものでは無いとポーンの語る様子から感じ取ったスプリング。ここまで来て、分からないというのはおあずけを喰らっているようでどうにも納得できない所はあるが、とりあえず知りたかったことは分かったのでとりあえずは納得するスプリング。
(いや、待て……まだ1つ疑問があったな……なんで創造主の魂が宿っているロンキに対してお前はあそこまで拒絶していたんだ?)
納得したと思たが、まだ1つ解決していない疑問があることを思い出したスプリング。それはポーンのロンキに対しての態度であった。
伝説武具を作りだした創造主。そんな相手の魂を宿した人物を拒絶する意味が分からないスプリングはその疑問をポーンにぶつけた。
《それは……ビショップの差し金だ……私を含めた伝説武具の行動を妨害したかったのだろう、私達の自我に入りこみ、ビショップはロンキに宿った創造主の魂に対して嫌悪を抱くように情報……記憶を書き換えたのだ》
創造主の魂の1つを宿したロンキを拒絶した理由、その原因がビショップにある事を説明するポーン。
《だが奇しくも、今の私とビショップは形だけでも強力関係にある……その為、奴は書き換えられていた私の記憶を正常にもどしたのだろう》
『絶対悪』の残滓という共通する敵を前に、ビショップから共闘を持ちかけられたスプリング。ポーンの反対を受けながらも、自分の今の状況を考えビショップとの共闘を選んだスプリング。不服ではあるがそれが功をそうしてロンキに宿る創造主の魂への記憶が正常に戻ったのだとポーンは説明を続ける。
(なるほど……そういうことだったのか……だから俺が目覚めた時、ロンキに対してのお前の態度が変わっていたんだな)
日々平穏本店の店内で目覚めた時、ポーンがロンキに対して拒絶反応を出していなかった理由が分かり納得するスプリング。
(それにしても、同族の記憶まで書き換えるとはとんでも無い能力を持っているなビショップは……)
今は共闘しているが、いずれ決着を付けなければならないかもしれない相手。そんな相手の力の一端を垣間見てしまったスプリングは心の中で苦笑いを浮かべるしか無かった。
《……私から言えることは、奴を信用するなだ……奴は能力も強力だが、それ以上に言葉を巧みに操り人心を掌握する……常に奴の言葉には裏があると思ったほうがいい》
同胞であるビショップの恐ろしさを間近で感じてきたポーンは、常に警戒を怠らないようにしろとスプリングに忠告した。
(ああ……わかって……)
「わかったニャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―!」
「うおッ!」
ポーンの警告にスプリングが頷こうとした瞬間、ロンキの雄叫びにも似た声が店内に響き渡った。
「……な、何がわかったんだ?」
突然の事に不覚にも驚いてしまったスプリングは、それを隠すように冷静を装い、ロンキに何が分かったのかを尋ねた。
「ポーンちゃんの不調の原因ニャ! だけどこの場ではどうすることも出来ないニャ……」
まるで勝ち誇ったかのようにポーンの原因が分かった事をスプリングに告げるロンキ。
「だけどこの場ではどうすことも出来ない……で、出来ないニャ」
「……? それじゃ何処ならポーンの不調を直せるんだ?」
ロンキの特徴的な語尾。しかし今の言葉には語尾が無く、慌ててロンキが語尾を付け足したように思えたスプリングは違和感を感じつつも何処ならばポーンの不調を直せるのか尋ねた。
「……光の迷宮……ニャ……」
「はぁ……そうか……」
結局そこに行きつくのかと、スプリングは語尾に違和感の残るロンキの言葉に深いため息を吐くのであった。
ガイアスの世界
創造主の魂の1つ、修理者
魂という情報を3つに訳、それぞれに役目を与えた創造主。その1つである修理者は、現在の技術では修復することが出来ない伝説武具の修理を役割としている。




