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隙間で章16 戦いへと向かうある男の想い

ガイアスの世界


シーオカ国の戦力。


これまで武装組織ヒトクイにおんぶにだっこだったシーオカ国の戦力はお世辞にも高いとは言えない。ただし、リューが率いている第一兵団に限っては、リューの指導もあってかなり高い戦力となっているようだ。





 隙間で章16 戦いへと向かうある男の想い




 シーオカ国でその名を知らない者はいないと言われる程の剣術の名家、イライヤ家の次男として生まれた私はイライヤ家の名を汚さないよう剣術に打ち込み任されたイライヤ家当主としての役目を果たしてきたと思っている。

 しかし私は次男、本来イライヤ家の名を継ぐのは十歳年の離れた兄のはずだった。だが兄は端的に言ってロクデナシであった。私が物心ついた時には既に奇行が目立ち始めていたは兄は物には困っていないのに様々な場所で窃盗を繰り返していた。そして時には他人を恐喝し暴力まで振るっていた。日々窃盗や恐喝、他人への暴力を繰り返す兄を父や母が理解できず頭を悩ませていた姿を私は幼いなりに覚えていた。

 家の名を汚す事を趣味にでもしているのではないかと思える程にその行動は度を越え、成人を迎えた頃、とうとう兄は殺人未遂を犯した。そこまで人として堕ちた兄はいつ捕まってもおかしくない状態だった。だがそれでも捕まらなかったのは、様々な所に影響力があった父の存在が大きかったのだろう。本来ならば家に不利益をもたらす者として兄は家を追い出されても仕方が無かった。だが当時父がそうしなかったのは兄が持つ才能に期待していたかろだろう。

 ロクデナシになる前の兄は控えめに言っても天才だった。勉学も剣術も並外れており、特に剣術に関しては父も唸る程の実力を持っていた。いずれはイライヤ家の当主として家の繁栄をもたらす存在になってくれる。そう信じていた父や母、そして周囲の者達は兄に大きな期待を向けていたのだ。だが今思えば兄は、父や母、周囲から向けられる身勝手な期待に応えるが嫌だったのかもしれない。

 兄が犯罪を犯し、それを父が権力でもみ消す。そんな状態がしばらく続いた頃、兄が三度目の殺人未遂を犯した。酒場で肩がぶつかった客と喧嘩になった兄は、その客を意識不明になるまで殴り続けたのだ。

 何も学ばず同じことを繰り返す兄に対して父は、とうとう我慢の限界を迎えた。今まではいつか目を覚ましてくれると信じ犯罪をもみ消していた父はこの日、家から出て行けと兄に言い放ったのだ。その時の父は怒りと言うよりも今まで信じていた者に裏切られたというような諦めに近い表情をしていたように思う。それに対して父から家を出て行けと言われた兄は、何処かしがらみから解放されたとように安堵したような表情を浮かべていたように私には見えた。

 兄が家を出た後、当然イライヤ家の次期当主の座は私に回ってきた。思わぬ当主の座に正直戸惑いしか無かった私に対して、父と母は兄に向けていた以上の大きな期待を向けてきた。兄の事もあり神経質になっていた父は私を次期当主にするべく厳しく指導した。父や母の期待に応える為、兄に比べ勉学も剣術の才も無かった私は人一倍努力する必要があった。

 こうして私がイライヤ家次期当主として日々努力を重ね三年が過ぎた頃、父が当主の座を下りることを告げた。年齢的なものもあるが、父が当主の座を下りる一番の理由になったのは、模擬戦闘で私が父を圧倒して勝利した事にあった。

 父と母の期待に応える為に三年という年月の間、勉学に励みながら常に剣を振り続け、時には冒険者や戦闘職の一団に混じり剣術の腕を磨いた私の実力はこの頃には父の実力を追い抜き、天才と言われていた兄をも越えていたようだ。

 父の命を受け正式にイライヤの当主となった私は、当主としての初めての務めを果たすべくシーオカ国の城へと向かった。

 イライヤ家はその剣術の腕を買われ、当主は王直属の護衛部隊、第一兵団隊長の役目を代々任されれることになっている。他の兵団への剣術指南役も任されており兵への影響力は高く、その発言力は時に王を補佐する大臣よりも強かった。

 城に着き、王の間に通された私は対面した王に挨拶と自分がイライヤ家の当主になった事を報告した。私の挨拶と報告を聞き届けた王は私に対して護衛部隊、第一兵団団長の証である勲章を授けると優しく微笑み、全てを察しているかのように今までよく頑張りましたね、これから頼りにしていますと労う言葉をかけてくれた。

 努力は人一倍、いや十倍して当然と教えられ自分でもそう思っていた私は、王の言葉に涙が溢れてきた。今までの努力が報われたような感覚。本当ならば父や母にかけて欲しかったその言葉。欲していた言葉を王は私にかけてくれたのだ。それがとても嬉しかった事をよく覚えている。

 それからイライヤ家当主として第一兵団隊長としての日々が始まり王の側にいることが多くなった私は、自分が仕える王の偉大さ、そして慈愛に満ちた優しさを更に痛感した。

 気が弱く時として他の国から無能な王などと罵られることもあった王。だがそれはあくまで外から見た王の印象でしかない。確かに王は争いを好まず気が弱い所がある。しかしそれは気が弱いのではなくとても慎重なのだ。争いを生まない為に周囲の国との軋轢を生まないように立ちまわっているのだ。そしてそれは全て国の人々の為に行っていることである事を側で護衛するようになって私は理解した。国の人々に対して何処までも深い愛を持つ王の優しさを知った私はこの時誓った。王の為に命を捧げようと。



― 王都ガウルド 城下町前の門 ―



「それでは……ご武運を……」


「そちらも……」


 事情を知らない者が見れば私と彼女のこの短い会話は互いの健闘を祈っているように見えるのだろう。事実、私は心の底から彼女の健闘を祈っている。しかし私と対峙する彼女は違うようだった。この先に待つ既に定められた私の運命を知っているが故に、彼女の表情は暗くそして悲しみが広がっているように見えた。

人に指示を出す立場にある彼女は普段、公の場では私情を持ち込まず感情を抑える優秀な指揮官である。そんな彼女にしては珍しく、その表情には素の感情が滲み出ていたようには思えた。素の表情を見せてくれた彼女を前に、私は鼓動が僅かばかり早くなり昂っていた。彼女のその表情は私を心配してくれてのものなのだと思うからだ。それが己惚れだと言うのなら私はそれでも構わない。本来の彼女の心に触れられたような気がして私は嬉しかった。

 これまでの人生の中で美しいと思う女性は幾人かいた。でも出会った瞬間に心を撃ち抜かれるという体験は彼女が初めてだった。この時私は胸を撃ち抜いたこの衝撃の正体が一目惚れだということを自覚したのだ。

 彼女は私が今までに出会ったどの美女よりも美しかった。実際に見たことがある訳ではないが、彼女の美しさはまるでおとぎ話などに出てくる森人エルフのようだと思った。

 子供に読んでいたおとぎ話や童話、大人が読む英雄譚にまで幅広く登場する架空の種族。その見た目は人間に酷似しているが耳は長く尖り、その容姿は人間以外の感性を持つと言われる亜人や獣人ですら見惚れる程に美しいとされる森人エルフ。だが私は彼女の森人エルフのような美しさだけに心惹かれた訳では無い。

 どんな場面でも物怖じしない性格と気高く凛とした雰囲気。強さと優しさが同居する立ち振る舞い。それこそ物語で描写される森人エルフそのもののような雰囲気を持つ彼女に私は心奪われたのだ。だがそれが彼女の一面でしかないことを私は知っている。

 指揮官という立場も強く影響しているのだろうが、彼女は公の場では感情を極力表には現さない。だが心を許した仲間の前での彼女は、笑顔が眩しく快活で勝気で少々言葉使いも荒くなる。その姿は神秘的で気高い森人エルフでは無く、何処にでもいる普通の女性なのだ。それが本来の彼女。決して外部にいる協力者でしかない私には見せない彼女の素顔だ。

 だからこそ、悲しみの入り混じったその表情は、彼女が僅かでも素の部分を私に見せてくれたようで嬉しかった。


「……」


 彼女が私に向ける悲しみ。それはこの先、私に起る運命を案じてのことなのはわかっていた。私はこれから逃れることの出来ない戦いに挑むことになる。それを彼女は憂いてくれているのだろう。 

 私が戦を挑む相手、それは目の前に対峙する彼女が所属する武装組織だ。ただの武装組織でありながらその戦力はこの島に存在するどの国よりも高く、一人一人が一騎当千という強者揃い。今まで彼らの力を借りて連戦連勝を続けてきた我国の戦力では到底敵わない相手である。

 だがそれでも私は退くことが出来ない。私自身、彼女やその仲間たちと戦を望んでいる訳では無い。だが道を違えてしまった以上、彼女たちが自分が信じてきた道を脅かそうとする以上、私は例え自分が恋い焦がれる人であても剣を向ける。それがあの日、王の前で胸に誓ったことなのだから。



ガイアスの世界


 リューの兄のその後。


イライヤ家から追い出されたリューの兄はその後、ガイアスの様々な大陸を渡り歩いたようだ。しかしムハード大陸を最後にその消息を絶っており、現在も生きているのかは不明。



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