夕闇で章14 統一への道10
ガイアスの世界
浄化の光を前にして己の行いに疑問を抱き始めるシーオカ国の兵たち。
浄化の光を前にしてシーオカ国の兵たちは皆、自分の行動に疑問を抱き始めた。これは浄化の光によって内包していた負の感情が浄化されたことが影響しているようだ。
しかし次々と己の行動に疑問を抱き始める兵たちの中で、ただ一人浄化の光に嫌悪感を抱くシーオカ国の王、バン=デンダ。一体彼の中では何が起っているのだろうか。
夕闇で章14 統一への道10
― 王都ガウルド上空 ―
「あーあ……これは酷い」
青い光に覆われた王都ガウルドを遥か上空から見つめる一人の男は、目の前に広がる光景に対してそう呟いた。仮面のような無機質な笑みを張りつけたその顔は、笑っているにも関わらず何処か不気味さがあるこの男は、ガウルド城の王の間で『闇』に呑み込まれ暴走したダオ=ノーブルを見限り、その場から姿を消した男であった。
男が見つめる王都ガウルドを覆っていた青い光は、ガウルド城を中心として未だ広がり続け既に王都ガウルドを飛び出し島全域に広がっていた。
青い光に接触した『闇』はまるで霧が晴れるように霧散すると、王都ガウルドの上空にあった暗雲は晴れていき、太陽と共に青々とした清々しい空が顔を出した。
「……地上にいたら私も巻き込まれていましたね……」
男は今までの暗雲が嘘であったように明るくなった空を背に、上空という安全圏から王都ガウルドを中心にして島全域へと広がって行く青い光を見つめる。
「……これではしばらく新たに種が芽吹くことはなさそうです……」
男は何処までも広がって行く青い光を見つめながらそう結論付けるとその視線を王都ガウルドの外へ向けた。そこには王都ガウルドへと急ぎ向かうシーオカ国の軍勢の姿があった。
「はぁ……期待は出来ませんが、後はあの生き残りに任せて私は高みの見物をするとしましょう」
王都ガウルドへ向かうシーオカ軍の軍勢の中で僅かに暗い光を放つそれを見ながら男は一つため息をつく。
「……さて……」
僅かに暗く輝く光を見限るようにその視線を王都ガウルドの象徴であるガウルド城に戻す男。
「……彼らが望んだものとは程遠い異質な存在……しかし私にとっては中々に興味深い……まるで夜と昼の隙間、夕闇を漂うような……そんな存在だからこそあなたはこの青い光から逃れることができたのでしょう……」
ガウルド城の一角、王の間で互いを支え合うように人間と抱き合う『闇』の眷属の姿に対して男は、無機質では無い醜悪で恐怖を掻き立てるような笑みを浮かべた。
「……そして力持つ者……あなたはこの世界の表の理そのもの……ですがあなたの想いは強すぎる……正と負は表裏一体……強すぎる想いはやがてあなたの想いを蝕むことになるでしょう」
『闇』の眷属に向けていた視線を人間に移した男は予言じみた言葉を残して、いつもの如く忽然とその場から姿を消すのだった。
― 王都ガウルド ガウルド城内 王の間 ―
戦乱吹き荒れる小さな島
「……」「……」
先程まで互いの無事に安堵し、そればかりか抱き合い愛まで囁き互いの唇を重ねるまでに至ったヒラキとレーニ。だが今は何故かお互いがお互いの顔を直視することが出来ずに会話すらまともにできなくなっていた。
「そ、それにしても、俺がこんな事を言うのも何だが……そのよく浄化に巻き込まれなかったな……」
沈黙が続く中、最初に口を開いたのはヒラキだった。しかしやはりレーニの顔を直視することが出来ず顔を赤らめるヒラキのその言葉には普段の快活さは無い。
「そ、それは……だな……その……何だ……あ……い……が……」
顔を真っ赤にするヒラキに負けず劣らずレーニも顔を真っ赤にしながらその問に答えようとするのだが、後半になるにつれ歯切れが悪くなり聞き取れなくなっていく。
「え? な、なんだって?」
歯切れ悪く聞き取れなくなった部分を聞き返すヒラキ。
「……お、おま、お前と……ひ、一つに……一つに? なぁ! ……あああああ!」
聞き返され再度、浄化の光に巻き込まれなかったその理由を口にしようとしたレーニ。たが話そうとしている途中で僅かに我に返ったレーニは自分がとんでもない事を言おうとしていることに気付き、津波のように押し寄せてくる気恥ずかしさに耐えきれずに爆発するかのように顔を更に真っ赤にさせて叫んでいた。
「ち、違う……お、お前の影に飛び込んだことで、浄化の影響を最小限に抑えることが出来たんだ!」
思わず漏れ出そうになった本心を誤魔化すように自分が浄化の影響を受けなかった状況だけを説明するレーニ。
暴走した浄化の光の影響を受け消えようとしていたレーニは、自分を浄化の光から守ろうと覆いかぶさったヒラキの姿を愛おしく感じていた。その感情は僅かな間に限界を越え、この男と添い遂げたい、それが叶わないならこの男の一部になりたいという突拍子も無い想いを抱かせるまでに至ったのだった。その突拍子も無い想いの到達点、レーニの出した答えがヒラキの影に入りこむというものだった。
結果としてヒラキの影に入りこんだレーニは浄化の光の影響を最小限に留めることに成功、浄化されずに済んだのである。
「……そ、そうか、俺の影に飛び込んだから助かったのか!」
ヒラキにその理屈は分からない。だが叫ぶようにしてそう答えたレーニの勢いに圧倒されたヒラキはは分からないまま頷いていた。
「と、兎に角だ……これで一応目的は達成できただろう……は、早く仲間の所に戻ろう」
この場に留まっていたら理性で抑え込んでいる想いが制御できなくなると思ったレーニは、ダオ=ノーブルを討ったことで王都ガウルドに広がる『闇』の浄化に成功し目的を果たしたヒラキに対して早く仲間の下へ戻ろうと提案し立ち上がった。
「そ、そうだな、早くしないと何も知らずにあいつらここに突入して来ちまう、もうその必要は無いと伝えない……と」
同じく二人きりでいると何をしでかしてしまうか分からないと思っていたヒラキはレーニの提案を即座に受け入れ立ち上がろうとする。しかし島全域に広がる程の浄化の力を使ったことで既に体力の限界を越えていたヒラキには立ち上がる力も無くその場に倒れそうになった。
「危ない!」
倒れそうになるヒラキの体を反射的に支えるレーニ。
「……」「……」
レーニがヒラキの体を支えたことで再び距離が詰まる二人。相手の鼓動まで聞こえそうな程の距離で見つめ合う二人は、お互いの想いを抑え込むのに必死で沈黙してしまう。だがそれでも漏れ出す両者の想いはまるで引き付け合うように互いの顔の距離を更に狭め互いの唇を求めようとする。
「……だはぁ! こう見えて私は力が強いからなお前を支えてやる! よーしいくぞ!」
自分の想いに抗えず素直になってしまおうとする二人。だがその流れに体を任せてしまいたいという欲望を寸での所で必至に抑え込み抗ったレーニはヒラキから顔を離すと目を泳がせながら大根役者のような棒台詞を口にしてヒラキの肩を担いだ。
「……お、おう! もう力を使い果たして歩く力も無い俺を支えてくれ!」
レーニに肩を担がれたヒラキは、我に返ったというように何度も頷くと、こちらも大根役者のような酷い棒台詞を口にしながらだらしなく緩んでいた顔を必至に元に戻そうとするのだった。
― 王都ガウルド 城下町入口 ―
王都ガウルドへの突入を決めたバラライカたちヒトクイ。その矢先、王都ガウルドを覆っていた青い光は何の前触れも無く忽然と消えた。これを好機だと考えたバラライカは即座にヒトクイの者達に王都ガウルドへの突入を指示し青い光が消えた王都ガウルドへと突入していった。
しかし突入したバラライカたちヒトクイの目に入った王都ガウルドの町の光景は、彼女らにとって予想外のものであった。
「……町の者達は何をしているんだ?」
覚悟を決め王都ガウルドに突入したバラライカたちの視線には棒立ち姿の町の人々の姿が映っていた。皆、心ここにあらずといった表情で立ち尽くす町の人々の姿にバラライカを含めたヒトクイの者達は戸惑いを隠しきれない。
「……おい、これは一体どういう状況だ?」
バラライカと共に先頭に立っていたインセントも同じく、呆けた表情で立ち尽くす町の人々の様子に戸惑い首を傾げる。
「……とりあえず近くの者に話しを聞いてみよう」
一旦戸惑う心をしまい込み冷静に徹するバラライカは情報を探ろうとそう言いながら、王都ガウルドの入口である門の近くで立ち尽くしていた男に近づいて行った。
「あの……少し話しを聞きたいのだが……」
警戒しながら呆けた表情で立ち尽くす男に声をかけるバラライカ。
「ん? ……うわ!」
バラライカに声をかけられた瞬間、男は我に返った様子で驚きの声をあげた。
「な、なんだあんた……」
突然自分に話しかけてきたバラライカを怪訝な表情で見つめる男。その視線はバラライカを通り越し王都ガウルドの門に向けられた。
「は! ま、まさか……攻め込んできたのか!」
門で待つ武装した集団の姿に一気に顔が青ざめていく男。
「ま、待ってくれ! 命だけは!」
門の前に立つ武装した集団の姿を見て戦争がはじまると理解した男は取り乱しながらバラライカに命乞いを始めた。
(……この男の取り乱し様……今日ここが戦場になる事を伝えられていなかったのか?)
男の取り乱し様に違和感を抱くバラライカ。
「あ、いや……落ち着け、大丈夫、危害は加えない……」
このまま男が騒ぎ立てれば他の町の人々にも混乱が広がっていくと考えたバラライカは取り乱す男を落ち着かせながら、門の外で待機していたヒトクイの者達に一端退くように指示を出した。
「……おい、何か変だぞこの町……普通、城下町が戦場になる場合、戦に参加しない一般人は事前に避難指示が出ているはずじゃないのか? ……あの取り乱し方だと今日ここが戦場になることも知らなかったって感じだぞ」
取り乱す男の様子を見てバラライカと同じ疑問を抱いたインセントは、取り乱す男には聞こえない程度の声でそのことをバラライカに尋ねた。
「……ああ……そのはずだ……」
取り乱す男を落ち着かせながらインセントの問に頷くバラライカ。
「はぁはぁはぁ……」
落ち着かせた甲斐もあって男は息を切らせ怯えながらも徐々に落ち着きを取り戻していく。
「……今日ここが戦場になる事を知らなかったのですか?」
男が落ち着いたのを見計らって感情を逆立てないよう、普段とは違う優しい口調で尋ねるバラライカ。
「あ、ああ……確かに近い内に大きな戦いがあるって話は聞いていたが、それが今日だなんて……てか……あれ? 俺はここで何をしていたんだ?」
二人が考えていた通り男は今日ここが戦場になる事を知らなかった。そればかりか男はなぜ自分がこの場所に居るのかも理解していないようであった。
(……記憶の混濁……これはもしかすると何か精神操作のようなものを受けたと考えるべきか……)
記憶が混濁が見られる男の様子に、何者かによって精神操作を受けているのではないかと疑うバラライカ。
「……」
この疑問の答えを導くべく思考を回転させながらバラライカは周囲を見渡した。
「同じ……か」
バラライカの視界に映る町の人々は皆、声をかける前の男と酷似しており皆呆けた表情で立ち尽くしている。
(……この男だけでは無く町の人間全てがこの精神操作を受けているのか?)
声をかけね前の男と同じような状態にある町の人々の様子を見てバラライカは町の人々全員が精神操作を受けているのではないかと考えた。
(いや……だが待て……そうだとして一体何のために?)
だがそこまで考えた所でバラライカは自分の考えのおかしな所に気が付いた。
(……元々武力には定評のある国、追い詰められていたとはいえ、わざわざ戦えない一般人を精神操作してまで戦わせるか? 囮として……いやいや……それでも邪魔になるだけじゃないのか……)
追い詰められていたとはいえ、武力に定評があるガウルドが精神操作までして剣もまともに握ったことのない一般人を囮にして自分たちと戦うかとバラライカは疑問を抱く。
(……それにそもそも町の人間全ての精神を操作するような方法など現実的に考えて有り得ない)
人の精神を操る方法は幾つか存在する。その中には魔法による精神操作もあるにはあるが、天才魔法使いと呼ばれているバラライカでも、ここまで町の人間全てという大規模な精神操作の魔法を扱うことは出来ないし、そもそもそんな魔法があるという話も聞いたことが無い。
更にはもしそんな魔法を扱える魔法使いがガウルドに存在しているのだとすれば、その魔法使いの名はバラライカ以上にガイアス全土に響き渡っているはずである。だがそんな事が出来る凄腕の魔法使いをバラライカは自分の母親以外知らない。
「分からない……一体どういうことだ?」
自分の母親が関与しているなどと言う有り得ない考えはすぐに切り捨てるバラライカはどれだけ思考を巡らせても納得できる答えが導き出せず苛立ちから眉間に皺を寄せ厳しい表情を浮かべた。
「……ん?」
そんな時だった。怖い表情で考え続けるバラライカの横でインセントはガウルド城へと続く大通りからこちら側に歩いてくる人影をその目で捉えた。常人離れした視力を持つインセントは更に良く目を凝らしてこちらへと向かって来るその人影の正体をはっきりさせようとした。
「……二人? ん? ……おお!」
近づいてくる人影を見つめていたインセントは突然口元を大きく吊り上げ声を上げた。
「ん? ……どうした?」
思考の海に潜っていたバラライカはその声に我に返ると何事かとインセントに尋ねた。
「帰ってきたぜ、我らが大将とレーニが!」
インセントは嬉しそうに大通りの人影の正体が誰であるかを告げた。
「な、何!」
インセントの言葉にその視線を大通りに向けるバラライカ。そこにはレーニに肩を担がれながらこちらに向かって来るヒラキの姿があった。
「この野郎!」
そう言いながら嬉しそうに飛び出していくヒラキ。
「ま、待て! ……んんんんもう!」
状況的に罠という可能性が脳裏に過ったバラライカは飛び出していくインセントを制止した。だがバラライカも感情が抑えきれずインセントと同様にその場から飛び出してしまった。
「は、ははは……凄い勢いでインセントが向かってくるぞ、このままだと私達は吹き飛ばされるな」
砂煙を上げながら凄い勢いで自分たちの下へ向かって来るインセントの姿に苦笑いを浮かべるレーニ。
「はは、バラライカまで……そんなに走ったらすぐに息切れするだろうに……」
舞い上がる砂煙に巻き込まれながらもインセントと同じく自分たちの下へ向かって走ってくるバラライカ。既に息が上がっているのかフラフラとしたバラライカの走りにヒラキは少し心配そうな笑みを浮かべる。
自分たちに駆け寄ってくる二人の姿にヒラキとレーニは何処か安堵したような表情を浮かべるのだった。
ガイアスの世界
精神操作の魔法
以前にも記したが、ガイアスの世界に置いて人の精神を操る魔法、魔道具は違法なものとされている。
しかしそれはあくまで人間の中の掟であり、森人などの一部の亜人にその掟は適用されない。
勿論、半森人であるバラライカも精神操作の魔法を扱うことはできる。彼女の名誉の為に記しておくが、彼女は人間との戦で精神操作の類の魔法は一度も使用していない。というか
使う必要が無いというのが本音である。ただし、過去に一人だけ精神操作の魔法を使おうとした人物がいる。その人物の名はヒラキである




