真面目で章 1(ユウト編) 異世界者
ガイアスの世界
テイチの集落を襲った盗賊団
特に記す必要も無いのだが、テイチを襲った盗賊団は、ヒトクイに存在する闇王国の下っ端達であった。
元々は別の盗賊団であったのだが、闇王国の者達によって完膚無きまでに叩きのめされそのまま吸収される形となった。
立場的に大きな顔ができず各自鬱憤が溜まっていた所に笑男が扮した子分顔の男の言葉に上手く乗せられ、ヒトクイからムウラガへと向かう事になった。
そもそも彼らの力ではヒトクイからムウラガに迎えるだけの力は無い。だが笑男が影から色々と細工を行っていた為に驚く程平和な船の旅を送る事ができたようだ。
真面目で章 1 (ユウト編) 異世界者
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス。
ムウラガから遥か南東。砂漠が広がる大陸の周囲の海に時折起こる深く濃い霧。その霧の中に入って行くと、謎多き大陸が姿を現す。霧が晴れている時にはその姿は無くまるで幻のような大陸は、ユウラギという。
大陸全域が不気味な霧に覆われ外からは中の様子を伺う事が出来ず、霧が深く濃く発生した時だけ強力な魔物が出現しユウラギを守るように周囲を徘徊している。その為、上陸は愚か近づくことも出来ない。その為ガイアスの人々にとってユウラギはムウラガ以上に謎に包まれた危険な大陸であった。
しかし一見誰も足を踏み入れたことが無い大陸のように思えるが、ユウラギに上陸し無事生還した者達がいるという記録が残っている。その記録によればおおよそ二百年程前、ユウラギに向け旅立った四人の若者が、二週間後に無事生還したという事が記されていた。
ユウラギに旅立ち無事生還した若者達はガイアスで四星と呼ばれる四人組で後に英雄と呼ばれる者達で後の余に大きな影響を及ぼす者達であった。しかしその記録は二百年前の物、その記録が事実を記した物なのかも定かでは無い。そもそも四星自身の存在がおとぎ話や伝説上の存在に近い事から、本当にユウラギに上陸したのかという事も一部では疑問視されている。
そんな未開の地ユウラギに立つ者がいた。ガイアスという世界においてユウラギに立つ彼は異質でしか無かった。
まずどう見ても彼の容姿はユウラギに足を踏み入れるような年齢では無い十代前半の少年であった。年端もいかない少年が、頼る大人もおらずたった一人で得体の知れないユウラギで生き残れるはずがない。当然ユウラギの中にも魔物はいるはずである。周囲を徘徊している魔物の事を考えるとその強さはムウラガ以上の可能性が高い。しかしそんな環境の中、少年は既に二週間このユウラギで生活をしている。しかも平然とまるで日常生活を送るように。
そして彼が身に着けている衣服もガイアスの世界からすると異質であった。洋服という意味ではガイアスの物と形状は変わらないのだが、特質するのは柄であった。ガイアスの人々の衣服は単色の物が多い。地位の高い者でも宝石などで鮮やかにはなっているが、服自体は単色である。しかし少年が身に着けている衣服には数色の柄があるのだ。ガイアスの文字では無い文字も描かれている。明らかにガイアスには無い技術を使った衣服であった。
だが年齢が若かろうが衣服の柄が多かろうがそんな事どうでもよくなる程に少年の今の状況が最も異質と言えた。
現在少年は、高く立つ塔の最上階から濃い霧が立ち込めるユウラギを見渡している。否、人の痕跡が殆ど無いユウラギに塔という人工物があるはずがない。少年が立つその塔の正体はユウラギに生息している魔物の死骸が空高く積まれたものであった。
それを武器も自分の身を守る防具さえ付けずに、少年は一人で作り上げてしまったのだ。塔の一部には他の大陸では見ることが出来ない強力な魔物の姿もある。そんな事を出来る存在が異質と言わずとして何と言うのだろうか。
『坊ちゃん、この魔物達、何匹積んだんですか?』
少年を坊ちゃんと呼ぶ声が何処からともなく聞こえてくる。しかし少年は全く反応することなくユウラギの景色を見つめ続けていた。それは伝説の武器や伝説の防具、伝説の盾と近い雰囲気を持つ声。しかし少年は武器も盾も防具も持っていない。持っているのは分厚い本だけ。そこから聞こえる声、それが少年を坊ちゃんと呼ぶ。
「ビショップか……」
自分が持つ分厚い本に視線を向けた少年は、ポツリと呟いた。少年が手に持つ分厚い本、その正体は自我を持つ伝説の本、ビショップであった。
「さあ……数えてないから……」
足元に積まれた魔物の死骸に感心が無いのか少年はビショップから視線を外すと深い霧に覆われたユウラギに向ける。
少年の足元に積まれた魔物達の数はざっと数えても百は超えている。そんな事が出来る子供は、坊ちゃん以外ガイアスにはいないだろうと思いなが少年の顔を見つめるビショップ。そこにはビシッョプと初めて出会った時と変わらないつまらなそうな表情の少年の顔があった。
ビショップと少年の出会いは、灼熱の大陸、ムハード。規模にするとフルードの約二倍で、その半分以上が砂漠に覆われた大陸である。日中はむせかえる暑さ、夜は凍えるような寒さと気温が急激に変化する大陸でもある。広大な砂漠には多くの遺跡やダンジョンがあり発見されているだけでも他の大陸の三倍はある。その数多くあるダンジョンの一つ、中級者の冒険者や戦闘職の者達の出入りが多い何の変哲も無いダンジョンで少年とビショップは出会った。
ダンジョンの最終目的地である小部屋。その奥に更に部屋があることは誰も知らない。その奥に伝説の本が封印されていることも誰もしらない。難解な暗号と仕掛けを突破しなければ小部屋から続くその部屋には入れない。はずであった。しかしある日その部屋に訪問者が現れた。しかも難解な暗号や仕掛けを突破せず直接その部屋に姿を現したのだ。それがビショップの所有者である少年であった。
石の台座に置かれ厳重な封印がかけられたビシッョプを全く躊躇することなく手に持つ少年は、次の瞬間自分に襲いかかってきた数々の罠を平然と掻い潜り時には破壊した。だがそれでも少年の表情に一切の変化は無くビシッョプを見続ける。
「……」
ビショップに封印がかかっている事を手に取り理解した少年は、その封印をあっさりと解錠しパラパラと本であるビショップのページをめくる。しかしどのページも白紙で何も記されていない。
普通の者ならばそこでその本が外れであると理解するのだろうが少年はそうとは捉えなかったのか分厚く重い本を小脇に抱えその部屋を立ち去ろうとする。
『ちょ、ちょっと待ってください!』
思わず部屋から出ていこうとする少年を呼び止めるビショップ。その声に歩き始めた足をピタリと止めた少年は迷う事無く自分が小脇に抱えていた分厚い本に視線を向けた。まるで少年はビショップが自分を呼び止める事を知っているようであった。
『あの……驚かないのですか?』
本来ならば呼び止められた側が驚く状況。しかし少年は全く動揺を見せず平然としている。逆にそんな少年の様子に驚きの声を上げてしまうビショップ。
「ありがちな展開だな」
と呟いた少年の目はビショップに対して全く興味が無いというようなものであった。
『ありがちな展開? ……何のことでしょう? それよりあなたは本である私に話しかけられても驚きもしないのですね』
しかしここは伝説の本。その意地を見せるべく平然を装うビショップは、少年に対して質問する。
「……本が喋るとか、剣が喋るとか、僕の世界ではよく使われる手法、テンプレなんだよね……」
『……』
僕の世界という少年の言葉に何か引っかかるものを感じたビショップは、すぐさま少年がこの世界の住人では無い事を察する。
『なるほど……あなたは異世界からやってきた、という訳ですね』
異世界、ガイアス以外の世界を差す言葉であるが、今まで実際にその異世界に行った者やその異世界からやってきた者はビショップが知る限りではいない。その為本当に異世界はあるのか断定は出来なかったが、ビショップはその姿や喋り方から少年が異世界の住人である事を受け入れた。
「僕から言わせれば、ここが異世界なのだけれど」
少年はビショップの言葉を訂正すると再び歩き始め部屋を出る。するとそこはダンジョンの最終目的地である小部屋などでは無くダンジョンの外、砂漠が広がるダンジョンの入口であった。
『これは……転移……ですか?』
「あ、うん……これもテンプレ……僕の世界では異世界に行くとチート級の能力を何故か手に入れる主人公が多いんだ……意味が分かんないよね」
自分に与えられた力に対して意味が分からないと否定する少年が理解できないビショップ。しかしそんな少年の言動や行動にビショップはある人物を重ねていた。
『あなたは、異世界からの異邦人であり、時の旅人のようですね』
ビショップの言葉には何か確信めいたものがあった。
「時の旅人? タイムリープとかタイムスリップとかの事? ふふ、まさにファンタジーっていう世界でSFな事を言う本がいるとは思わなかったよ」
初めて少年が無表情以外に見せた笑顔。その笑顔は歳相応のものであり少年が少年である事を証明するものであった。しかしすぐに少年の顔は無表情に戻った。
『……時の旅人の事は忘れてください、言葉遊びのようなものです』
そう言葉をしめたビショップは、少年という存在が何者であるのか確信した。
『失礼ですがお名前をお聞かせ願えますか……』
そしてビショップはその確信を確実のものにする為に少年に名前を尋ねる。
「名前? ……ユウト、アキヤマユウト」
『……!』
少年、ユウトの言葉に背筋が無いにも関わらず自分の背筋に電撃が走るビショップ。
『そうですか……ユウト……さん……なるほどいいお名前ですね』
ビショップの確信は確実なものへと変わった瞬間であった。
『それでですねユウト……いや、坊ちゃん……』
「坊ちゃん? 何か金持ちのボンボン息子みたいで嫌だな……まあ呼び方なんてどうでもいいけど」
突然自分を坊ちゃんと言いだしたビシッョプに僅かに表情を歪めるユウト。
『これは失礼、しかし私を手にした者をこう呼ぶのが私のポリシーでして』
「ポリシーね、それで何?」
ビショップのポリシーに興味が無いユウトは、自分に何か聞きたことがあるのだろうとビショップに話の続きをするよう促した。
『……私の所有者になってもらえませんか?』
「所有者? 僕が君の所有者になると何があるの?」
ビショップの願いに対して現実的な事を聞くユウト。
『私の所有者になれば、坊ちゃんに強力な力を与える事が出来ます』
「……僕も大概だけど、君も相当大概なチートな能力を持っているんだね……でも必要無いよ、チートにチートを重ねてもやる事は変わらない、どうせこの世界を救へって言うんだろ? もう飽き飽きなんだよねそう言うの」
ビショップの言葉に心底つまらなそうにするユウト。何がもう飽き飽きなのかは理解できないが、ユウトが現状に不満がある事を理解したビショップ。
『……いやいや、坊ちゃんが世界を救いたくないならそれで結構、私はあくまで自我を持った道具、道具は所有者に使われてこそ、世界を救うのに使おうと、逆に世界を陥れる為に使おうとそれは坊ちゃんの自由……それを後押しするのが私の力の一つです』
ユウトに世界を救う以外の選択肢を提案するピッショップ。
「世界を……陥れる?」
今まで平然としていたユウトがここで初めて見せる動揺。その表情を見逃さないビショップ。
『はい、別に坊ちゃんは物語の主人公になって世界を救う英雄になる必要はありません、それこそ主人公を苦しめる魔王になっても構わないのですよ……』
異世界からやってきたが故なのか、それともユウトが本来持つ素養なのか、ビショップはユウトから白でも黒でも無い無垢な領域を感じ取っていた。少し押しただけで白にも黒にも振り切ってしまうユウトのその領域を刺激するビショップ。
「……面白い……なってやるよ君の所有者に」
しかしビショップの言葉に対して白でも黒でも無いユウトの領域はぶれること無く無垢のままその場にあり続ける。
『それでは……私の名はジョブミラー……いえビショップとお呼びください』
これがユウトとビショップの出会いであった。
『さて坊ちゃん、これから何処に向かいますか?』
魔物の死骸で出来た塔に立つユウトに次に向かう場所を聞くビショップ。
「うーん、あっちは?」
そう言いながらユウトは指を差す。ユウトの指の先に広がるのは霧。それ以外何も見えない。
『坊ちゃんが指を差した方角には、氷と雪の大地フルードがあります、私達が出会った砂漠ムハードとは逆に極寒の大陸ですね、ここに比べると魔物達の強さはだいぶ低いですが、ゆっくりするにはいい場所だと思いますよ』
ビショップの説明を聞いているのか聞いていないのか分からない表情でユウトは、自分が指差した方角をじっと見つめ続ける。
「いいね……そこに向かおう」
何かを感じとったのかユウトは無表情のままそう呟くともなお少年は魔物の死骸からできた塔から視線を地面へと向ける。魔物の死骸で出来た塔は人間が落下すれば簡単に死ねる高さ。冗談でも常人はこの高さから飛び降りようとは考えない。だが少年はその高さから躊躇する事無く飛び降りた。
ユウラギという大陸独特の生ぬるい風がユウトの頬を凄い勢いで伝っていく。凄い速度で落下していくユウトの視線の先には地面が迫る。だがユウトの顔に恐怖と言う感情はなく何処までも無であった。ユウトが落下する位置には、大きな口を開けた落下地点には巨大な蜥蜴の魔物が待ち構えていた。
「……!」
一瞬その巨大な蜥蜴の魔物に目を大きく輝かせたユウトであったがすぐにその表情は失望へと変わる。
「……紛らわしいな……」
そう呟いた瞬間、蜥蜴の魔物の大きく開けた口の中に進んで飛び込んで行くユウト。飛び込んでくるユウトを逃さず口でキャッチした蜥蜴の魔物は、しっかりとユウトを飲み込むと満足そうに舌なめずりをした。しかし次の瞬間、蜥蜴の魔物の顔が膨れ上がり目玉が破裂する。両目を失った蜥蜴の魔物は腹を抱えは苦しみ悶える声をあげる。苦しむ蜥蜴系の魔物の腹部は大きく膨れ上がり突然光だしたかと思えば、一瞬にして肉片へ変わり四散していく。
「蜥蜴はいい、僕は竜がみたいんだ」
弾け飛ぶ肉片と血しぶきが雨のように少に降り注ぐ。しかし爆心地にいるはずのユウトの衣服は一切汚れる事無く、降りそそぐ肉片や血しぶきを弾き飛ばしていく。
「……フルードって場所から竜の気配がする、それも凄く大きな」
そう言いながら再びフルード大陸の方に視線を向けるユウト。
『坊ちゃんは竜を見たいのですか?』
魔物の死骸で出来た塔から飛び降りたユウトの表情の変化を見逃していなかったビショップは、何も無かったかのように歩き出したユウトに質問する。
「うん」
簡素に頷くユウト。
『坊ちゃんはなぜドラゴンを見たいのですか?』
竜に対して特別な思い入れがある事を理解したビショップは、質問を続ける。
「……竜ってさ、僕の世界では強さの象徴みたいなもんなんだ……僕はいろんな世界でその強さの象徴である竜を倒してきた」
異世界から来たというユウト。他の世界でもガイアスと同様に強力な力で魔物達を倒してきたことが容易に想像できるビショップ。
「僕はこの世界を知らない、でも構造も目的も殆ど一緒だ……僕は何度も世界を救い続けてきた……だから」
そこで一旦言葉を切ったユウトは、ビショップを手に持ち適当にページを開いた。
「だからビショップが言った言葉は……なんか新鮮だった」
初めて出会った砂漠のダンジョンでビショップが言った魔王になるのも自由という言葉に、今まで世界を救ってきたユウトは新鮮味を感じていた。
「話はここまで……さあ行こう」
『はい、坊ちゃん』
僅かに柔らかくなっているユウトの表情に少し笑みを含めた返事をするビショップ。
ビショップの返事を聞いたユウトはユウラギの曇天の空にビショップを掲げる。するとビシッヨプに誘われるようにして怪鳥が姿を現した。
魔物だと言うのに怪鳥はユウトを前に敵意を見せずすんなりと降り立つと自分の背をユウトに向ける。まるで自分の背に乗れと言っているように怪鳥は自分の背中へとユウトを誘う。
「賢いな」
怪鳥の頭を撫でながらユウトは怪鳥の背にまたがる。
《クェエエエエ!》
ユウトが背中に乗った事を確認すると怪鳥は甲高く鳴き翼を羽ばたかせる。すると周囲に転がる魔物の死骸を吹き飛ばしながら空へ飛びたつ怪鳥。曇天の空に舞い上がったユウトを乗せた怪鳥はそのままフルードがる方角へ向け飛びたつのであった。
ガイアスの世界
ユウラギ大陸
深い霧で覆われた大陸、それがユウラギである。霧の影響で大陸内部がどうなっているのかははっきりと分からない。しかし周囲に徘徊する魔物が強力な力を持っている事から、大陸内に生息する魔物も強力な魔物であることが推測されている。
ユウラギはガイアスの世界から切り離されているのではないかというぐらいに、他の大陸とは違う生態系を持っているのではないかと学者達の中では言われているようだ。




