夕闇で章10 統一への道6
ガイアスの世界
魔王
遥か昔には魔族を統べる者という意味で魔王という言葉を使っていたようだが、現在は力量を現す言葉として使われることが多く、とても強力な『闇』の力を持った者を魔王級という言葉で言い表しているようだ。
だが魔王級と呼ばれ程の『闇』の力を持っている者でも遥か昔に存在した魔王の力には遠く及ばないとされている。
夕闇で章10 統一への道6
戦乱吹き荒れる小さき島
― 王都ガウルド ガウルド城内 王の間 ―
町全体、国全体が『闇』に堕ちた王都ガウルド。至る所に『闇』が充満しその気配を感じる町の内部には外の時とは違い人の気配が感じられた。しかしその気配に活気は無く生気を失い生ける屍のようになった人々の姿ばかりであった。そこに存在する生気を失い生ける屍のようになった人々は『闇』に犯された者達であり、その光景は死の町のようであった。
王都ガウルドの象徴であるガウルド城。その上層に位置する王の間には玉座に座る王ダオ=ノーブルの姿があった。しかしダオ=ノーブルの表情は町の人々とは違い生気に満ちていた。
「憎い……私よりも優位に立とうとする者が! 私よりも広い土地を支配する者が! 私の許しなしでこの世界に生きている全ての者達が憎い!」
まるで国の人々から生気を奪ったように生気が満ちた表情を憎しみに染めるダオ=ノーブルは、自分が座っていた玉座から立ち上がったりそう叫ぶと玉座を破壊した。その言動は島を統一しようとした一国の王からは明らかに逸脱したものであり、それはもはや世界を支配しようとする者、暴君、もしくは魔王の叫びであった。
「……彼は成功すると思ったのですが……失敗のようですね」
そんな暴君か魔王のような一国の王ダオ=ノーブルを冷たい視線で見つめ見限るような言葉を口にする男の姿があった。だが不思議なことにこの男は言葉とは裏腹に笑みを浮かべている。ダオ=ノーブルに向けられた視線は冷たいにも関わらず、男の表情は常に口角が上がっており笑っているのだ。
「……どうにも私は人間を見定める才能が欠落しているようですね……この失敗は学びとしてしっかりと次に繋げるとしましょう」
笑みを張りつけたような不気味な表情のまま男はそう言うと王の間の入口に視線を向ける。
「……さあ、失敗作は失敗作なりに最後の悪足掻きを見せてください」
王の間に迫る者たちの気配を感じ取ったのか男は、溢れだす憎しみを抑えることもぜず乱心するダオ=ノーブルにそう告げると王の間に出来た暗闇に溶け込むようにしてその姿を消した。
「嗚呼嗚呼ああああアアアアッ!」
既に自我というものが欠落し憎しみに支配されたダオ=ノーブルは、断末魔のような人のものでは無い叫び声をあげながら暗闇に溶け込むようにして消えた男に向けて『闇』を放った。しかし既に姿の無い男には当たらず『闇』はそのまま王の間の扉を貫き破壊した。
「……おいおい、わざわざ会いに来たっていうのに、とんでもないご挨拶だな……」
一本の柱のように扉を破壊した『闇』はそのまま城の壁を貫き外へと飛び出していった。そんな『闇』を寸での所で躱したヒラキは、濃度の高い『闇』が溢れだした王の間に立つダオ=ノーブルを見据えながらそう口を開いた。
「……気を付けろ、間違いなくあれがこの国を支配する魔王級の『闇』だ」
ヒラキと同様に扉をぶち破り城の壁を貫いた『闇』を躱していたレーニは、王の間に一人立つダオ=ノーブルから発せられる『闇』が魔王級であることをヒラキに告げた。
「……言われなくても分かっている」
助言を受けずとも対峙した『闇』がレーニが言う魔王級である事を肌で感じとったヒラキは、首を鳴らしながらダオ=ノーブルを見つめた。
「……さあ、浄化してやる……覚悟しろガウルド王!」
城の内部に侵入する前から感じていたそれは今まで遭遇したどんな『闇』よりも色濃く重たい。目の前にして改めてダオ=ノーブルから発せられる魔王級の『闇』を感じたヒラキの表情は先程よりも余裕がない。だがそんな自分の余裕の無さを振り払うかのようにヒラキはダオ=ノーブルに対して啖呵を切り走り出した。
天井を支える為の柱が何本も立つ王の間は広い。しかし戦場に比べれば両者の距離はそれほど離れてはいない。ヒラキの足であればダオ=ノーブルの間合いに入るのに二秒もかからない距離である。
しかしダオ=ノーブルとの距離を詰めようと走り出したヒラキは本来ならば二秒にも満たないその道程を長く感じていた。それほどまでにダオ=ノーブルが放つ『闇』は分厚く重い。
「おらあああ!」
永遠とも思えるダオ=ノーブルとの距離を縮めたヒラキは、腰に差していた剣を抜くと飛び上がった。普段正面からの真っ向勝負を好むヒラキからすれば、それは自分の意に反するものだった。だがその自分の意思を捻じ曲げ無ければならない程に本能がダオ=ノーブルから発せられる『闇』を危険だと訴えていたのだ。
意表を突く形で飛び上がったヒラキは剣身に浄化の力を纏わせるとそのまま剣をダオ=ノーブルの頭上に振り下ろした。
「が、ががガガガ我我我!」
「……チィ……笑ってやがる」
奇怪な声を上げたダオ=ノーブル。それが笑い声だと気付いた時、ヒラキが振り下ろした浄化の力を纏った剣は光を失った。ダオ=ノーブルが放つ巨大な手によって防がれていたのだ。
浄化の力を纏ったヒラキの剣はダオ=ノーブルが放った『闇』手を浄化することが出来なかったのである。
「効いていない!」
今までどんな『闇』も浄化してきたヒラキの力が通用しない。その状況に思わず声を上げてしまうレーニ。
「くぅ……ここに来るまでに力を使い過ぎたか」
明らかに疲労した表情でヒラキはそう零すと即座に回避行動をとり折角苦労して距離を詰めたダオ=ノーブルから離れた。
王の間に辿りつくまでに『闇』に堕ちた人々を相手にしてきたヒラキ。そのまま切り捨てて行くことも可能ではあったが何の罪もない町の人々を切り捨てることが出来なかったヒラキは、王の間に辿りつくまでに遭遇したガウルド兵を含めた200人以上の人々の『闇』を浄化していたのである。いくらヒトクイの大将にして最強と言われているヒラキであっても、200人以上を相手に手心を加えながら戦えば体力を消耗する。だが体力以上に問題だったのは精神であった。200以上を相手に浄化の力を使い続けたヒラキの精神は自身の想像以上に消耗していたのである。
自分から離れたヒラキに対してダオ=ノーブルはその『闇』の巨大な手を伸ばした。回避したもの疲労の蓄積によって次の回避行動が遅れたヒラキ。寸での所で間に割って入ったレーニはヒラキ庇うようにして自身の『闇』を放ちダオ=ノーブルの『闇』の手を弾いた。
「馬鹿!」
ダオ=ノーブルが放た『闇』の巨大な手を二度三度と自身の『闇』で弾き返したレーニは背後で荒い息を立てるヒラキに激怒した。
「だから私はあれほど力を温存しておけと言った!」
ここに来るまでの道中、浄化の力を使い戦い続けてきたヒラキの行動を何度も止めようとしていたレーニ。しかしヒラキはレーニの言葉を聞かなかった。
「はぁはぁ……しょうがないだろ」
浄化の力を持つからこそ『闇』に囚われた人々の苦しさを理解することができるヒラキは、自分の行動をしょうがないだろという一言で片付けた。
「ッ! 何がしょうがないだこの大馬鹿!」
背中越しから聞こえる息も絶え絶えのヒラキのその言葉に更に激怒するレーニ。
「大本であるこいつを倒せば全ては丸く収まるだろッ! それなのに無駄に力を使って!」
大本であるダオ=ノーブルが発する『闇』を浄化することができれば、王都ガウルドに広がる『闇』は消える。少なくともその後でも人々の中から『闇』を浄化することは可能であった。しかし『闇』に囚われた人々を救う事ょ優先したヒラキ。それがヒラキの持つ優しさであることはレーニにも十分に理解できる。しかしその優しさの所為で本来の目的を達成できないのは本末転倒であると思っていた。
「……どれだけ時間を稼げばいい?」
背中越しに伝わってくる荒い息。顔を見なくても疲弊していることが分かるヒラキに対してレーニはそう尋ねた。
「あ? 何をする気だ止めろ! お前は戦わなくていい!」
レーニのこの言葉で何をしようとしているのか理解したヒラキは声を荒げた。
「五月蠅い!」
ヒラキの見当違いな言葉に再び激怒するレーニ。
「……前々から不思議には思っていたんだ……お前と同行した戦場からはいつも負の感情が……『闇』が忽然と消えていく……お前に浄化という力があると知ってやっと腑に落ちた……お前が常に先頭を切って戦場に向かっていたのは、戦場に広がっていた『闇』を浄化する為、仲間達は愚か、敵陣の者達にも『闇』の影響を与えないようにする為だったんだって」
数百年という時を生きてきたレーニ。その数百年という長い時間で幾度も人類たちが引き起こした戦争をレーニは目にしてきた。人類が争う限りその戦場には必ず負の感情が発生する。それは時として『闇』へと変化することもあった。だがこれまで一度も戦場から『闇』が消えるという状況をレーニは見たことが無かった。しかしヒラキと一緒に向かった戦場では負の感情や『闇』は必ず忽然と消えていった。そのことが不思議でならなかったレーニ。その理由がヒラキが持つ浄化という力にある事を知った時、戦場で敵陣へ単身で突っ込んで行くヒラキの行動の意味を理解したのだ。
「……だが今はそんな事はどうだっていい! ここには『闇』に犯される仲間達はない、いるのは『闇』の眷属である夜歩者の私だけだ!」
戦場でのヒラキの行動など今はいいと吐き捨てるレーニ。
「今この場に『闇』に犯される仲間達はいない……この場にいるのは『闇』の眷属である夜歩者の私だけだ!」
他の仲間達とは違い自分は『闇』の眷属である事を強く強調するレーニ。
「……だから今は仲間を気にする必要は無い、……私を気にする必要はないんだ」
自分は他の仲間達とは違う。『闇』の眷属だからこそヒラキが無理をして前に出る必要は無い。そう言いたかったレーニ。しかし頭がこんがらがって言いたい事を上手く言えず最後は懇願するようにレーニはヒラキに訴えていた。
「……はぁ……一分だ」
言葉足らずのレーニの訴えが届いたのか、ヒラキは少し気まずそうに息を吐くと稼いでほしい時間を告げた。
「……一分だな」
自分の言いたかった事を理解してくれたヒラキに対してレーニは力強く頷いた。
「うん? ……いや、待て! 一分半、一分半稼いでくれ!」
レーニが頷いた矢先、慌てて時間を訂正するヒラキ。
「はぁ? ……分かった一分半だな……もう訂正しても変えてやらないぞ」
慌てて時間を訂正したヒラキの言葉に少し呆れながらももう一度頷くレーニ。
「……た、頼む……」
気恥ずかしいというようにレーニの背中に向かってヒラキは言葉を零した。
「……ふふ……ああッ!」
どうでもいいことは別として、ここぞという場面で人に頼られることはあっても人に頼ることをしてこなかったヒラキのその短い言葉にレーニは嬉しそうに笑みを零した。この時レーニはヒラキに頼られたことで初めて本当の仲間になれたような気がしていた。そしてそれとは別にヒラキという人間に対して心の底から愛おしさが込み上げてきていた。
「……話は終わりか我に歯向かう愚かも共よ……」
ご都合主義よろしく、レーニとヒラキの会話を待っていたダオ=ノーブルは、二人の話が終わったことを見計らったかのように恨みによっておぞましく染まった声で尋ねてきた。
「……ああ、私たちが話している間に仕掛けてこなかった事を後悔させてやる!」
そう力強く返答したレーニはこれまでに無い程の冷たい視線をダオ=ノーブルに向ける。するとレーニの体からは強大な『闇』が放出され始めた。
「……間違って、私まで浄化するなよ、ヒラキ」
自分の背後でヒラキが驚いていることに気付いたレーニはこれまでに誰にも見せたことがない程の優しい表情でヒラキに冗談を言った。
「……あ、ああ……」
このガイアスという世界に転移してきたヒラキが持つ役目として、本来それは浄化しなければならないはずの『闇』だった。しかし今のヒラキの目にはそれが目的を果たす対象では無く、ただただ美しく煌びやかに見えていた。本来の目的も忘れ『闇』の力を羽根のように背中に生やしたレーニのその姿にヒラキは見惚れてしまっていた。
ガイアスの世界
ガウルド国の王ダオ=ノーブル
統一戦争以前、軍神としてその名を島中に轟かせていた戦王ダオ=ノーブル。国の人々から評判は良かったが、城内での彼は色々と問題を抱えていた。
その問題が後に『闇』を引き寄せることになる。




