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真面目で章 4 (アキ編)燃える集落 

ガイアスの世界


 上位精霊ウルディネが放つ結界


危険な場所であるムウラガに置いて一切魔物を寄せ付けない区域、草原にはウルディネのが放った結界が置かれている。その影響で魔物は草原に入る事が出来ない。ウルディネがその結界を使おうと思った理由が一人の少女の為というのは誰も知らない事である。

 

 真面目で章 4 (アキ編)燃える集落 怒れる心



 剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス



 ― ムウラガ とある集落近くの砂浜 ―



「たく、毎回毎回、お前達はなぜ何でもかんでも依頼を受けちまうんだ」


 深い霧が立ち込める海に子舟に乗った人影が十数人。見た目からして冒険者という形では無く何処か怪しさが立ちこめる。そんな集団の一番前、小舟の先頭に立つ大柄の男は、後方に控える黒ずくめの男達に文句を垂れた。


「ですがね頭、依頼人は正体不明ですが、金払いが良いんですよ……えーと前金だけでこれだけ……」


 小舟の先頭に立つ男を頭と呼ぶ一番近くにいた男はそう言うと指を四本立て頭に向ける。


「ふーん、まあ確かに金払いは良いみたいだな……」


「へい……と言うわけで依頼を即決で受けちまいました!」


 褒めてと言わんばかりに頭に媚を売る手下。


「ガッハハハハ! よくやったぞ!」


 手下の行動を褒める頭は意気揚々と砂浜に到着した小舟から飛び降りる。どう見ても堅気の者では無い事が分かる男達は頭の後を追うようにゾロゾロと小舟から砂浜へと上陸していく。彼らは正規では認められていない戦闘職、盗賊であった。


「野郎共、お仕事の時間だ、奪える物は根こそぎ奪ってやれ!」


「「「「オオオオオオオ!」」」」


 ムウラガにあるとある集落の近くで不穏な声が響き渡った。



 ムウラガに住む人々はその全ての先祖が大罪を犯しムウラガの地に追放された者達である。だが既にどんな大罪を犯しムウラガへと追放されたのか子孫達は知らない。数百年という時の中で自分達が大罪を犯した者達の子孫であるという事実は薄れその事実を知る者はいない。

 だが彼らはムウラガを離れようとはしない。そもそも彼らにムウラガを出るという考えが無い。それが単に他の大陸への言いしれない恐怖からなのかそれとも消え失せたと言いつつも無意識のうちに自分達の先祖が犯した大罪を償っているのかは分からない。

 彼ら大罪の民はムウラガから出る事無く他の大陸よりもかなり低水準な文明の下で日々を過ごしていた。


「……これは……不味い」


 全身漆黒の全身防具フルアーマーを纏った男アキの肩の上で眉間に皺を寄せる子供は、その顔とはかけ離れた年齢不相応な口調で呟いた。


「どうしたテイ……ウルディネ……」


 自分の肩に乗る子供の名を言い間違えたアキは子供の名を言い直した。


「走れアキ! 走らねば後悔する事になるぞ!」


「あ? ……なんだよ急に、もう走ってるぞ!」


 何処まで続くのではないかと思う程に広大な草原をすでに人間とは思えない速度で疾走するアキは、何を今更という口調で自分の肩に乗る子供、ウルディネの言葉に首を傾げる。


「この草原全体に広がる私の結界の事はもう理解しているな」


「ああ、お前の上位精霊ってやつの力だろ?」


 自分の肩に乗った子供、ウルディネを精霊と呼ぶアキ。だがどうみてもウルディネの姿は人間の子供であり精霊には見えない。しかしアキは間違っていない。ウルディネの肉体は正真正銘の人間の肉体であるが、その内側に存在する魂は水を司る上位精霊のものだからだ。

 そしてその肉体の本来の持ち主は、ムウラガにある集落の一つに住むテイチという子供のものであった。

 なぜ上位精霊であるウルディネがただの人間であるテイチの肉体にいるのか、それはテイチの命を救う為であった。

 魔物に襲われ命を落としたテイチ。そのテイチの魂を肉体に留める為に、ウルディネはテイチの肉体に乗り移り自分が持つもう一つの力、癒しの力を使って離れていこうとしていたテイチの魂を肉体に留めているのだった。テイチの魂を肉体に留める事に成功したが一度肉体から離れた魂が元に戻るのには時間がかかるようで深い眠りについたテイチが目覚めるまでの間、ウルディネが肉体の管理をしているという状況であった。


「ああ、そうだ……しかし私の結界でも防げないものがある」


「防げないもの?」


 水を司る上位精霊ウルディネが放った結界は草原への魔物の侵入を完全に防いでいた。しかしそんな強力な結界にも防げないものがあると聞き、アキは首を傾げる。


「それは人の心から発せられる悪意だ……」


「悪意……っ!」


 ウルディネの言葉に何か勘付いたアキは表情を強張らせた。


「私の結界は魔物という言葉にあるように魔や『闇』気配を拒む……だが人間はその二つと対極の立場にありながら魔や『闇』が持つような残虐性を剥きだしにする事がある……私にはそれを防ぐ手段は無い……」


「……ああ、よっぽど人間は魔物や『闇』よりもたちが悪いって事だ……」


「……」


 アキの言葉に口を閉ざすウルディネ。

 人間は時として魔物や『闇』の存在よりも恐ろしい。それを肌身で味わった事のあるアキはウルディネの言葉に納得したようにその視線を前に向けた。


「わかった、更に速度を上げる! クイーン頼むぞ!」


『分かりました、脚部に力を集めます』


 アキでも無くウルディネでも無い声が草原を疾走するアキ達に聞こえる。アキがその身に纏う自我を持つ伝説の武具クイーンは、そう言うとアキの体に纏った己の体の形状を変化させる。重武装であったアキが纏う全身防具フルアーマーの上半身は軽量級防具に形を変えその代わりとでも言わんばかりに下半身の防具は速度が落ちるのではないかという程に重量級防具へと変化する。しかしアキが走る速度は衰えるどころか更に速度を増して行く。


「振り落とされるなよ!」


「ああ!」


 まるで風を切りさくかの如く、まるで大気を吹き飛ばすかの如くアキは未だ集落が見えない草原を爆走するのであった。


 全てを燃やし爆ぜる音が止む事なく続く。


「……」


 発せられる熱気を頬で感じながらアキは茫然とした表情を浮かべていた。


「くぅ……我同胞よ力を貸せ! 雨星レインスター!」


 ウルディネはすぐさまアキの肩から飛び降りると両腕を空に掲げ呪文を唱えた。すると一瞬のうちに空は雲に覆われ、どしゃぶりの雨を降らせ始める。


「アキ! 早くテイチの両親を!」


 本来の体の持ち主であるテイチの記憶が流れ込むウルディネは、両目に涙を溜めながらアキに訴える。


「あ、ああ!」


 どしゃぶりの雨が降り出したものの、まだ火が消える気配の無い集落を走り出すアキ。しかしアキにはテイチの両親の顔が分からない。だがそんな事お構いなくアキは集落に人の気配が無いか目を凝らした。


「くぅ……」


 目に映る人々。しかしそこに生者は居ない。刃物で何十回も突き刺された男の死体や子供を庇い背中に大きな切り傷を負ってこと切れた母親。その両腕に強く抱きしめられ圧死した子供。人とも炭とも分からない焼けた死体。そんな光景がそこら中に広がっていた。


『マスター、まだ人の気配は感じられます』


 唯一の救いは人間の気配がまだあるというクイーンの言葉。距離や道の案内に関しては全く使い物にならないクイーンであったが、ことさら生きている者の気配に関しては外し事が無い。その言葉を胸にアキは集落にまだ生きている人がいる事を願い走った。


『マスター、待ってください、人の気配はするのですが様子が変です』


「どういうことだ?」


 周囲に感じる人の気配に不審を抱いたクーンは走るアキを止めた。クイーンの言葉に足を止めるアキは周囲を警戒する。


「ん? なんだ生き残りか?」


 その声の直後アキの横をかすめ飛んでいく大斧。


「ほう……冒険者……いや戦闘職の奴か?」


「……」


 アキの目の前に現れたのは大斧を何本も背負ったアキの二倍はあるかという巨漢の男。その男はゆっくりとアキの横を通りすぎると転がる大斧を拾う。


「俺はな、一発目は外す主義なんだ!」


 そう言うと巨漢の男はその体躯からは想像もつかない鋭い速度に振り向きアキの首に大斧を振う。鉄と鉄がぶつかり合う鈍い音が燃える集落に響き渡る。


「へへへ……これで終わり……んっ?」


 確実に首を刎ねた一撃であった。しかし相手はただの人間では無く伝説の防具を纏ったアキ。アキの首は刎ねる所か傷一つついていなかった。


「なぁ……お前ここで何してる?」


「な、何してるって……み、見れば分かるだろう?」


 首を刎ねるには十分の一撃だったにも関わらずアキの首が無傷である事に表情が凍りつく巨漢の男は、アキの首から大斧を離し両手で持ちながら一歩二歩とアキから距離をとった。


「……ああ? 見ればわかる? ……悪いな俺は頭が悪いからよ、ちゃんと説明してくれなきゃ分からないんだよ」


「ひぃ!」


 低く出た声とそれに続くまるでドラゴンのような鋭いアキの視線にその巨体を縮こまり子犬のように震えだす巨漢の男。人間としての理性を飛び越え本能にまで突き刺さるアキの声と視線は、それだけで巨漢の男を戦意喪失させる。


「ひぃひぃいいいいいい……!」


 猫に追われるネズミのように逃げ出す巨漢の男。


「逃がすかよ」


 一切の動揺も焦りも見せず逃げる巨漢の男に左腕を向けるアキ。すでに弓へと形状を変化させていた左腕の弓をゆっくりと引き放つアキ。


「はがぁぁ!」


 音も無くアキの放った矢は巨漢の男の体を簡単に貫いた。すると巨漢の男の体から黒い炎があがり一瞬にして消し炭となる。


『マスター、その力を使う事は推奨できません』


 事が終わった後でアキに注意するクイーン。


「……クズをどう殺そうが俺の勝手だ……」


 深い闇に漬け込んだかのように暗い輝きを放つアキの目。


『マスター……』


 だがそれが黒竜ダークドラゴンによる影響では無くアキの内面にあるもの

 である事をクイーンは理解する。


「おいゴンザレス、仕事は終わったか?」


「ふん、クズがゾロゾロと現れやがったな……」


 すでに消し炭となり跡形も無くなった巨漢の男ゴンザレスを探しに見るからに怪しい男達がアキの前に姿を現した。


『残念ですがマスター、人の気配はこの者達のもののようです……この集落の人々は……』


 クイーンの声が暗くアキの耳に響く。


「ああ……だろうな……こういう奴らのやり口だ」


 左腕を元の手甲ガンドレッドに戻し今度は右腕の手甲ガンドレッドの形状を黒く光る剣へと変化させるアキ。


「……おい、ここに住んでいる人達はどうした?」


 目の前の男達がジブの言葉にどう言葉を返すか見当がついているアキ。だがそれでもアキはあえて男達に尋ねる。


「ああ? 誰だお前……?」


 そう言いながらアキの問に男達の中を掻き分けて姿を現したのは、消し炭になったゴンザレスより一回り小さいものの一目でゴンザレス以上の力を持っておりこの集団の頭と分かる男であった。  

 大柄の男は嫌な笑みを浮かべながらアキと対峙する。


「ここに住んでいる人達? なぁははは、見れば分かるだろ、全員そこら中で死んでいるよ」


 笑みを交えながら集落の人々がどうなったのかを伝える大柄の男。


「お前達がやったんだな……」


 静かに大柄の男に事実を問うアキ。


「あ? そうだな、俺達がやったよ……逃げ惑う奴は後ろから切り殺して、立てつく奴は前から切り殺して、恐怖で動けなくなった奴は燃やして殺したな……」


 まるでそれが楽しい一時であったように口にする大柄の男。


「そうか……なら容赦はしなくていいってことだな……」


「あ?」


 静かなしかしはっきりと殺意を持ったアキの口調に首を傾げる大柄の男。


「お前はどんな死に方がいい? 前から斬り殺されるか、背中を斬られて死ぬか……それとも命乞いしながら燃えて死ぬか……どれがいい?」


「はぁ……面白い冗談を言う奴だな……だが俺はそういう冗談が大嫌いなんだよ……お前らやっちまえ」


 大柄の男が顎で合図を送ると周囲にいたフードを被った男達が前に出て各々の武器を構える。


「……」


 アキの前には十数人の男達。しかしアキに負けるという考えは一切ない。過酷な環境であるムウラガを生き抜き闇の森の奥にあるダンジョンにまで足を踏み入れたアキにとって人間の相手など何の問題にもならない。そしてその自信を後押しするように今のアキには伝説の防具クイーンが付いている。負ける要素を探す方が難しいと言えた。


「へへへ……おら!」


 男達の集団から一人飛び出したのは自分の身長と同じ程はある槍を持った男。アキに目がけて一直線に槍を突く。しかし次の瞬間、槍の先端が宙を舞う。次々に斬られていく槍は一瞬で男の手を切り落とし、体を切り刻まれ肉片となって地面に落ちた。


「「うわ!」」「「なぁ!」」


 一瞬にして肉片となった男に驚きの声を上げる他の男達。


「な、何してる! 全員で襲え!」


 大柄の男も流石に驚いた表情を浮かべたがすぐに頭を切り替え他の男達に一切に襲いかかるように指示をだす。


「「「「おおおおおおおお!」」」」


 目の前の衝撃を雄叫びに変えアキに襲いかかる男達。だが集団で襲いかかったにも関わらず、次の瞬間には全ての男達が次々と細切れとなって地面に落ちていく。


「凄いお人ですね、あの方は……」


 大柄の男の後ろに隠れていたのか今の今まで存在が感じられなかった男がひょっこりと大柄の男の背から顔を出す。


「お、お前! お前も早く奴に攻撃を仕掛けろ!」


 これぞ子分といった典型的な容姿をした男の首根っ子を掴んだ大柄の男はそのままアキに向けて子分顔の男を放り投げた。


「あれぇええええええええ」


 気の抜けたような悲鳴とは思えない子分顔の男の悲鳴。放り投げられ攻撃の体勢にも入っていない子分顔の男を何の躊躇も無く切り刻むアキ。しかしアキが振う剣の刃が子分顔の男の体に触れる瞬間、何故かそこには大柄の男の姿があった。


「ガハッ!」


 吐血する大柄の男。しかし自分に何が起こったのか分からない大柄の男はギロリとアキを睨みつけながら倒れ込んだ。それはアキも同じで確かに放り投げられた子分顔の男を切ったはずだとここで初めて動揺の表情を見せた。


「あらーバンズさんも死んでしまいましたか」


 気の抜けた声で仲間の死を口にする子分顔の男は大柄の男が立っていた場所にいた。


「……」


 子分顔の男の声に瞬時に警戒を強くするアキ。


「ははは……流石伝説の防具を扱う者と言った所でしょうか……」


 瞬時に警戒を強くしたアキを見て拍手を送る子分顔の男。今まで気の抜けたような声にしか聞こえなかった子分顔の男の声は、その一言で一瞬にして不気味なもののように聞こえる。


『マスター……この人物は危険かもしれません』


 自分の存在を認識している事に子分顔の男を更に警戒するようアキに伝えるクイーン。


「……」


 アキは黙りこみ見た目強そうには見えない子分顔の男を見つめる。


 《中々、面白イ相手ト対峙シテイルデハナイカ人間》


 アキの今の状況を待っていましたと言わんばかりにアキの心に姿を現す黒竜ダークドラゴン


 《我ガ力ヲ貸シテヤロウ、オマエの内ナル怒リヲ解キ放テ》


『こ、これは……マスター黒竜ダークドラゴンの言葉に耳を傾けてはいけません』


 アキの中から湧き上がる黒い力を感じたクイーンはすぐさまアキに警告する。


 《サア、我二委ネロ人間!》


 アキの心の中で勢いよくそう叫ぶ黒竜ダークドラゴン。しかしその勢いと裏腹にアキの身には何事も怒らない。


 《ナ、ナンダト……我ガ入リ込メヌ!》


 確かにアキの内から湧き上がる黒い力は膨らみ続けている。しかし一切黒竜ダークドラゴンに支配される様子が無いアキ。


「おい、雛鳥みたいにピーチクパーチク鳴くんじゃねぇよ……これは俺のただ憂さ晴らしに八つ当たりだ……外野がしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ」


(我ヲ雛鳥ダト……エエイ、クソッ!)


 入り込む余地のないアキの怒りに言葉を吐き捨てた黒竜ダークドラゴンは、諦めたようにアキの心から姿を消した。

 黒竜ダークドラゴンでも取り込む事が出来ない怒りを内に秘めたアキは、一つ息を吐くと今出せる最高速度で子分顔の男に切りかかった。


「おっと!」


 アキが今だせる最大速の攻撃をやんわりとかわす子分顔の男。


「私はあなたと戦う気はありません……」


「俺は大ありだ!」


 テイチの集落を燃やしそこに住む人々を惨殺した一味の一人それだけで理由は十分であった。しかしそれとは別にアキは目の前の子分顔の男を危険だと思っていた。それがただの勘であるのかそれともクイーンの能力による感覚の上昇からくるものなのかは分からない。だがアキは目の前の子分顔の男を生かしておいていけないとそう感じたのだ。

 しかし振えど振えどアキの剣は子分顔の男にかすりもしない。


「私を殺そうとするのもいいのですが……私達をここに差し向けた大本……気になりませんか?」


「何!」


 テイチの集落を襲った男達は単なる自欲で襲ったものだと思っていたアキは子分顔の男の言葉に振っていた剣を止める。


「ふぅ……少し聞く耳を持ってくださいました? このまま続けていたら私、少しずつ削り取られていく所でしたよ」


 額から出てもいない汗を拭う子分顔の男はホッとした表情で息を一つ入った。


「……それで……お前達にこの集落を襲わせた者ってのは何者なんだ?」


 子分顔の男の冗談など聞く気の無いアキは、剣を子分顔の男に向けながら聞いた。


「ええ……私達に指示を出したお方……それは……サイデリー王国、現国王です」


「サイデリーの王?」


 一年の大半が雪と氷で覆われた大陸フルード。その大陸の中で大国と言われる、サイデリー王国。その国王から直々の指示であると子分顔の男は言う。


「……おい嘘を言うな、サイデリー王国の王に限ってそんな事は有り得ないだろう? ムウラガのそれもなんの利用価値も無い集落を襲えなんて指示を出す訳が無い」


 サイデリー王国は、他国への侵略を許さず、他国からの侵略を許さずと掲げた国である。詳しい事までは分からないがアキもサイデリーが掲げる信念については知っていた。そんな国の王がわざわざ盗賊を雇いテイチの集落を襲わせる意味とはなんであろうか。その行動には意味も無ければ理由も無いと思うアキは子分顔の男の言葉が嘘であるとしか思えなかった。


「……ふふふ、はたしてそうでしょうか? 誰にでも裏表があるように、聖人のような王にも裏表がある……それが国にともなれば裏表が無いほうがおかしい……もしかしたらそこで肉片となった彼らのようにただの快楽の為に、自分の欲望を満たす為だけにサイデリーの王はこの集落を襲わせたかもしれない……」


「……」


 子分顔の男の言葉に一理あると思ってしまうアキ。アキは今まで生きてきた中で人間の汚い部分というものを飽きる程見てきた。最初は甘い言葉を投げてきたとしてもその言葉の裏には必ずと言っていいほど汚い部分があった。


「あなたもご経験があるんじゃないですか?」


「くう……!」


 まるで自分の事を知っているかのような口ぶりにアキは思わず剣を薙ぐ。しかしそれも見透かしていたと言わんばかりに子分顔の男はあっさりとアキの剣をかわしてみせた。


「あれ? ……まだ私の事を殺そうとしてます、嫌だな私死にたくないですよ、あ! 見てください空に大きな鳥が!」


 全く緊迫の無い表情で命乞いをする子分顔の男は、空に指を差した。それは相手の気を逸らす為に用いられる常套手段であった。しかしそんな手に引っかかる者など実際にはいない。当然アキも騙される訳が無く子分顔の男から視線を離さない。しかし子分顔の男の表情気持ち悪いぐらいに満面の笑みを浮かべていた。


<キュピィイイイイイイ!!>


 耳を劈く突然の音にアキは耳を塞ぎ後ろを振り向く。そこには巨大な怪鳥の姿があった。子分顔の男の言葉は、相手の気を逸らせる為の嘘では無く真実であった。


「ふふふ、私の名は笑男スマイリーマン……またどこかでお会いしましょう」


「なっ!」


 気付けば怪鳥の背には子分顔の男の姿があった。その男は怪鳥の背から自分の名乗りに相応しい程満面の笑みを浮かべアキを見下ろしながそう言うと怪鳥と共に空高く舞い上がり姿を消した。


笑男スマイリーマン、ふざけた名前しやがって……」


 アキは吐き捨てるようにそう言いながら笑男スマイリーマンと怪鳥が居なくなった雨が降るムウラガの空を見上げていた。


 まるで誰かの悲しみを現したような雨は、燃える集落が鎮火するまで振り続けた。アキはそんな涙のように降り続ける雨の中、集落中に散らばる集落の人々の遺体を一か所に集め葬った。


「アキ……」


 何処か寂しそうなアキの後ろ姿を見つめながら話しかけるウルディネ。


「……」


「そうか……」


 何も答えないアキに対して全てを悟ったウルディネは弱々しく頷く。


「少し一人になる……」


 そう言うとウルディネはアキのいる場所から離れていった。


「うわぁああああああ!」


 燃え落ち原形の無くなった集落に響く子供の泣く声。それがウルディネのものであるのかそれとも深い眠りについているテイチのものであるのかは定かでは無い。しかしアキはどちらとも分からない泣き声にある決心をした。


「……クイーン……俺達はスマイリーマンを探す……」


『はい、マスター』


 突如自分達の前に姿を現した笑男スマイリーマンを探す事を決めたアキの言葉に何の意見も無く頷くように返事するクイーン。


「その為にまずはスマイリーマンが言っていたサイデリー王国に行くぞ」


 サイデリー王国に笑男スマイリーマンがいるという確証は無い。だが今のアキ達にはそれしか笑男スマイリーマンを探す手立ては無かった。そして何より笑男スマイリーマンが言った言葉が真実であるのかをアキは確かめたかった。


「もし……スマイリーマンが言う事が真実なら、俺はサイデリーの王を殺す」


 崩壊した集落に響き渡る少女の泣き声を聞きながらアキは、もしもの場合、大国を敵に回す覚悟を決めるのであった。




登場人物紹介


 笑男スマイリーマン  


突如としてアキ達の前に姿を現した男。とある盗賊団の一人として活動していたが、アキの前でその本性を現した。子分顔をしているが、本性を現すと常に笑みを浮かべたような表情になる。だがその笑顔には心が無く見る者が見ると不気味な印象を受けるという。

 笑男スマイリーマンが言うには、サイデリー王国の王の指示で集落を襲ったと言っているがそれが真実であるかは定かでは無い。

 

 





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