夕闇で章3 告白
ガイアスの世界
力が衰え幼女化したギル。
二度に渡る敗北によって夜歩者の核の部分までも傷つけられ消耗してしまったギルは人型を保てなくなり一時はコウモリに姿を変えていた。そこから徐々に人間を捕食することで力を蓄え幼女の姿にまで戻ることに成功したギルだったが。一度損傷した夜歩者の核を元通りにするのは難しく、完全な元通りにする為には莫大な数の人間が必要であったようだ。
夕闇で章3 告白
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
― 数十年前 ガウルド ―
全てを焼き尽くさんとする炎が町中を覆う。木々や建物、人までもがその炎に焼かれる中、混乱した者達の悲鳴や焼かれていく町の中で戦いを続ける者達の怒号、そして全てを焼かんとする炎の音が至る所で響き渡っていた。
「…… …… …… 俺はお前に—―たい……」
体中が傷だらけで血塗れであった男は最後の力を振り絞るように途切れ度切れに言葉を口にしながら自分を抱く女性に対して何かを望み託すと事切れた。
「うぅ……うぅぅぅ……」
事切れた男を抱き抱えていた女性は泣きながら頷いた。
「分かった……あなたはずっと私の中で生き続ける……これからも……いつまでも……」
動かなくなった男にそう誓う女性に容赦なく迫る炎。男に誓った言葉とは裏腹にその場に留まり続ける彼女のその行動は一種の諦め、生きることを放棄したようにも見える。しかしそれは違う。彼の最期の言葉、願いを聞いた彼女は生きることを諦め死ぬことを選んだ訳では無い。迫る炎の中、彼女は事切れた男を抱きしめながら願っていたのだ。男の魂と一つになることを。
― ガウルド城 上層 客間 ―
小さな島国ヒトクイ。その首都であるガウルドで起った盗賊狩りを自称し模倣する者達が暴徒化してから数時間後。ヒトクイの兵士の働き、そして聖騎士部隊の出動によって辛うじて騒ぎは沈静化したガウルドは夜を迎えていた。
「……ッ!」
ガウルドの象徴のである城の上層に位置する客間の一つ、タタミという特殊な床が敷き詰められたその場所で背筋を伸ばし綺麗な姿勢で正座し昔の記憶に物思いにふけていた女性は、突然何かを感じたかのように目を見開き僅かに驚いた表情を浮かべた。
「ど、どうかしましたかヒラキ王?」
驚きの表情を浮かべた女性に習うように傍らでタタミに座っていた少女、フルード大陸にあるサイデリー王国の王ブリザラ=デイルは驚いた表情を浮かべた女性の表情を心配しながら言い辛そうにその名を呼んだ。
「……い、いや……大丈夫だ、ありがとう」
心を落ち着けるように目を閉じ浅く息を吐いたヒラキと呼ばれた女性は、その美しい見た目とは相反して威厳のある口調で自分の様子を気遣ったブリザラに問題無いことと礼を述べると部屋から覗く騒ぎが沈静化し静けさを取り戻し始めた町並を見つめた。
「おい! 優雅にお外を眺める時間があるんだったら、いい加減俺達に説明しろよ?」
客間にある窓から外を見つめるヒラキと呼ばれた女性に対し苛立った様子で話しかけたのは漆黒の全身防具を身に纏った男、アキ=フェイレスだった。
「……その姿……あんたがこの国の王様だとは到底思えないんだが?」
ガウルド城の城門で自らがヒラキ王だと名のり、そしてこの姿について事実を話すと言った女性。だがそれから数時間、場所をこの客間に移して以降、一向にその事実について口を開かないヒラキと名乗る女性に痺れを切らしたアキは口を開いた。
「……あ、アキさん……」
一国の王に対してのアキの無礼な物言いに慌てて注意するブリザラ。しかしアキ同様に目の前の人物がヒトクイの王であるという事を完全には信じられていないブリザラのその言葉には迷いが見られた。
「……いいのだブリザラ王、そこの漆黒の戦士殿の言う通りだ……この姿の私を見てヒラキ王だとは誰も思うまい」
ブリザラのその迷いを見透かすようにヒラキと名乗った女性はアキの無礼な態度を許す所か、今の姿では信じてもらえないと自傷気味に笑みを零しながら窓の外にある町並から視線を移し二人を見つめた。
その優雅な動き、そしてその物言いには気品と威厳があり、王族と言われれば納得の出来るものがある。以前ブリザラとアキが対峙したヒトクイの王と変わらない雰囲気がヒラキと名乗った女性からは漂っていた。だがこのヒラキと名乗った女性の雰囲気がヒトクイの王と同じであるとしても、その姿形は似ても似つかない。なぜならヒトクイを収める王ヒラキは、既に初老を越えた男であるからだ。
「……時間切れ……か……最後の待ち人はこの場には来ないようだ……」
ブリザラとアキに視線を向けていたヒラキと名乗る女性はもう一度、窓の外を見てそう呟く。
「……待ち人? ……だからあんたは今まで一切喋らなかったのか?」
待ち人が来るのを待つ為にこの数時間、黙りこんでいたのかと開きと名乗る女性に尋ねるアキ。
「ああ、これから私が語る内容に必要な最後の欠片を持つ人物だからだ……」
アキの問に頷き、自分が話す事実にはその人物が必要だと語るヒラキと名乗る女性。
『……私の考えが正しいのならば、貴殿が待っているという待ち人は来ない』
ヒラキと名乗る女性の言葉に対して、ブリザラでもアキでも無い者の声が客間に響く。
「キング!」
驚きながらブリザラがそう名前を呼んだのは、自身が背負う大盾の名。今まで沈黙していた自我を持つ伝説の盾キングだった。
『はい、彼らはここには来ません』
「クイーン」
キングに続くようにして声を発したのはアキが纏う漆黒の全身防具。自我を持つ伝説の鎧クイーンだった。
「お前たちはこの自称ヒトクイの王の待ち人が誰なのか知っているのか?」
その口ぶりからヒラキと名乗る女性が待っていた待ち人が誰であるかを知っている様子であるキングとクイーンに対して質問するアキ。
『ああ』『はい』
ほぼ同時にアキの質問に頷くキングとクイーン。
「そいつは一体何処のど……」
「そうか……私が待つ最後の待ち人は来ないか……」
ヒラキと呼ばれた女性が待つ待ち人のことが何故か気になっていたアキは更に質問を重ねようとした。しかしそれを阻むような形でヒラキと名乗る女性は独り言のようにそう呟いた。
「……チィ……」
自分の質問が潰され気分の悪いアキ。しかしアキはこれ以上口を開くことはせず外を眺めるヒラキと名乗った女性の次の言葉に耳を傾けた。
窓の外に向けられていたヒラキと名乗る女性の視線はゆっくりとブリザラやアキ、いや彼女たちが所有する盾や鎧に向けられた。
「……お初にお目にかかる、伝説武具の御二方……」
盾や鎧が突然喋り出したというのに驚いた表情になることも無くヒラキと名乗る女性は、キングやクイーンの総称を口にするとゆっくりとブリザラやアキに向ける形で頭を下げた。
『……貴殿、何処まで知っている?』
前々から自分たちの存在に気付いていた様子だったヒラキ王。姿形は違うが、その雰囲気は紛れも無いヒトクイの王であると確信していたキングは、単刀直入にヒラキと名乗る女性に対して自分たちの事を何処まで知っていると尋ねた。
「……程々には理解しているつもりだ……」
キングの問に対してあまり要領を得ない答え方をするヒラキと呼ばれた女性。
『そうか……』
だがキングはそれで満足だったのか、それ以上の言及はしなかった。
「さて、待たせてすまなかった、役者は揃っていないが、私が持つ真実を話すとしよう」
覚悟を決めたという表情で自分を見つめるブリザラとアキ、そしてキングとクイーンに対してヒラキと名乗る女性はそう告げた。
「……まずは改めて、自己紹介をさせてください……」
突然、今まで王として振る舞っていたヒラキと名乗る女性の雰囲気や口調が変わる。
「……私の本当の名はレーニ……そして私は魔族、夜歩者です」
自らの真の名を明かしたヒラキと名乗った女性レーニは、自分が魔族であること、そして数百年前、人間を苦しめた夜歩者である事を告白した。
「……ッ!」
小さな島国であるがガイアスの中で現在、大国と呼ばれる地位にあるヒトクイ。その王が魔族であり、更には数百年前、人間を最も苦しめた夜歩者であったという事実はアキとブリザラ、そしてこの場にはいないが、客間の外で聞き耳を立てていたブリザラの護衛役であるピーランに衝撃を与えた。
しかしそれ以上に今アキやブリザラ、そして客間の外で聞き耳を立てていたピーランの心の中で渦巻くのは恐怖と嫌悪。
レーニが自分の本当の名とその種族を明かした瞬間、アキは己の中に刷り込まれた恐怖を警戒心と共に殺気に変えて腕の手甲の形状はその心に同調するように剣へと変化させた。
そして種族や身分に対して一切の偏見や軽蔑を挟むことが無いブリザラですらその表情には大きな戸惑いと恐怖の色が現れ背負っていたキングを構えていた。
「……そう、その反応が普通です……」
掌を返すように自分に嫌悪と恐怖を向け警戒するアキとブリザラの姿に切ない表情を浮かべるレーニ。
「あ、いや、これは……」
本能からレーニに恐怖を抱き自分の反射的な行動とレーニのその言葉にブリザラは動揺を隠しきれななかった。
長い戦いの末、魔族との戦争に勝利した人間。だが戦いに勝利したとはいえ、魔族や夜歩者を完全に根絶やしにできた訳では無く、その脅威は勝利後も続いていた。
魔族の中で特に自分たちを苦しめた夜歩者の脅威に怯えていた当時の人間たちは、これから人間が繁栄していくうえで夜歩者は危険な存在であることを後世の者達にまで伝えようとあらゆる手段を使いその恐怖と嫌悪を刷り込んでいった。
そして当時の人間たちのその努力は実を結び、魔族との戦いから数百年後の現在、歴史書や子供が読むおとぎ話に記されている夜歩者は恐怖と嫌悪する対象、忌むべき存在であると語り継ぐことに成功したのである。
当然、ブリザラやアキも幼い頃から夜歩者は恐怖と嫌悪の対象で忌むべき対象であると教えられ刷り込まれてきており、その恐怖と嫌悪の感情に簡単に抗うことは出来ない。
「はぁはぁ……うぅぅ」
目の前の恐怖に押し潰されそうになりながらも、この状況には何か意味があるのだと自分を見つめる夜歩者に抱く感情にどうにか抗い折り合いをつけて平静を保とうとするブリザラ。
「ヒトクイの王の正体が魔族でしかも夜歩者だったなんて、笑い話にもならねぇぞ! 覚悟は出来ているんだろうな!」
根本的にブリザラとは考え方が違うアキは、レーニに対して嫌悪を抱き明確な敵意を向ける。
『待ってくださいマスター……この者の話を聞いてください』
「はぁ?」
思いもよらぬクイーンの言葉に戸惑うアキ。
『そうだ小僧……まずは話を最後まで聞け』
クイーンに続き、アキを止めるキング。
「くぅ……チィ……」
クイーンとキングの言葉に何かを感じ取ったのか、舌打ちしながらも珍しく二人の指示に従ったアキは形状変化させていた剣を手甲に戻した。
「……ご配慮、感謝します」
キングとクイーンの行動に礼を述べたレーニは、話を続ける。
「……今でこそ友好を望む魔族もいる……それに答える人間も……でも夜歩者だけは違う……この数百年という時間の中で、人間はその恐怖を忘れない為に夜歩者は敵だと様々な方法で後世の者達に刷り込んで来た」
夜歩者と人間の歴史を見てきたと言うようにそう語るレーニは自分の胸に手を当てた。
「……でも、恐怖や嫌悪の対象であった私を、あの人だけは……いいえ、あの人を取り巻く人々だけは私のことを仲間として見てくれた……そのお話を今からしたいと思います」
そう言うとレーニは、夜歩者である自分がなぜヒトクイの王となったのかを語り始めるのであった。
ガイアスの世界
夜歩者に対しての人間の知識
魔族との戦いから数百年。当時の人間によるあらゆる方法によって夜歩者は恐怖や嫌悪の対象、忌むべき存在であると刷り込みが行われてきた。
その為、極端な例で言えば夜歩者に対して戦う術がない者は恐怖を、戦う術がある者は嫌悪を常に抱くようになった。
これがレーニに対してブリザラ(戦う術を持ち合わせてはいるが)とアキが抱いた印象の違いである。
夜歩者は恐怖や嫌悪の対象であり忌むべき存在だと後世の者に伝えた当時の人間たちはそれが負の感情を増幅させる結果になった事に気付いていない。




