そろそろ真面目で章1(スプリング編) 敗北した場所
ガイアスの世界
フユカのその後
円卓のある大広間に一人取り残されたフユカ。後に思い出したように戻ってきたビショップと共に円卓のある大広間を後にしたようです、多分。
そろそろ真面目で章1(スプリング編) 敗北した場所
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
― 小さな島国ヒトクイ 首都ガウルド 周辺 ―
盗賊狩りを模倣する者達がガウルドで暴れ出してから数時間後。既に陽が下り暗くなり始めた空に月が顔を出し始めた頃、まだ僅かに少年のような幼さを残しつつも、修羅場を幾度も超えてきたという面構えをした男は丘の上に立っていた。その視線は夜が近いというのに未だ昼のように明るい光を放つ大きな町に向けられていた。その町の名はガウルド、ヒトクイの首都である。
男は目的地であるガウルドの位置を確認すると背負った二本の槍を揺らしながら颯爽に丘を下り始めた。
男が背負った槍の一本は熟練者が扱うような控えめな装飾が施された物、もう一本は新米が扱うような簡素な物。なぜ槍を二本も男は背負っているのか。片方が折れた時の予備なのか、それとも二本とも扱う戦闘方法なのか、どちらにせよ二本の槍はその見た目も性能も違い過ぎて何処か不釣り合いな感じが否めない。しかしそれには理由があった。
二本の槍を背負う男の名はスプリング=イライヤ。数年前までガイアス各地の戦場で閃光という二つ名で呼ばれていた元傭兵である。
戦場でその名を轟かせていたスプリングの剣技の腕は高く、若干十代にして剣を扱う者ならば誰もが一度は憧れるだろう戦闘職最高峰の一つ『剣聖』に若手で一番近いとまで言われていた。しかしそんな彼が今背負っているのは剣では無く槍。『剣聖』を目指していたはずのスプリングがなぜ今槍を扱っているのか、それはある物を手にしてから、いや出会ってしまったのが原因であった。
その原因になったのが、彼が背負っている二本の槍のうちの一本。控えめな装飾が施された方の槍だった。
一見装控えめな装飾以外、他に特徴の無い何処にでもあるように見えるその槍。しかしスプリングが初めて手はした時は違った。いやスプリングが最初手にした時、それは槍ですら無かった。スプリングが手にしたのは魔法使いなどが扱うロッドだったのだ。その正体は、伝説と名の付く武器だった。
初心者が利用することで有名な迷宮、光の迷宮の隠し通路の先にある部屋でスプリングは、伝説の武器と呼ばれるロッドを手にしたのである。
だがそのロッドには更なる秘密があった。その秘密とは自我があったことである。無機物であるはずの武具に自我がある。スプリングは手にした伝説と呼ばれている武器、そのロッドは自らをポーンと名乗った。
自我を持つ伝説の武器であるポーンには所有者であるスプリングを援護する様々な能力が備わっていた。その中でも最もポーンの真価を発揮する能力が所有者の意思によって瞬時に武器の種類を切り替えることが出来る武器変更というものがあった。しかしただ武器が切り替わるだけでは無い。武器の切り替えと同時に所有者自身の戦闘職も武器に適した戦闘職に変化、転職するというとんでもない仕様を持った能力だったのだ。
たがこの時ポーンは機能不全を起こしており武器変更を正しく機能させることが出来なかった。それが原因でポーンを手にしたスプリングは、上位剣士から魔法使いに強制的に転職する羽目になったのだ。これ以降、スプリングは機能不全であるポーンの武器変更に翻弄される日々を送ることになり数種の戦闘職を経験することになった。そして現在、スプリングは幾度もの強制的な武器変更を経て望んではいない槍使いへと転職していたのであった。
「……何か騒ぎがあったのか……」
丘を下りたスプリングは、ガウルドから伸びる舗装された道を歩きながら、その先にある光景を見てそう呟く。普段ならそれほど待たずに通ることが出来るガウルドの入口に長蛇の列が出来ていたからだ。
「なぁ、何かあったのか?」
長い列の最後尾に立っていた商人らしき男に声をかけるスプリング。
「なんか、町の中で騒ぎがあったらしい……今日中に町に入りたいが、こりゃ無理かな」
商人らしき男は半ば諦めた表情でガウルドの中で騒ぎが起ったことで町への出入りが規制されていることをスプリングに教えた。
「そうか……ありがとう」
商人らしき男に礼を言い、一旦その列から離れたスプリングは、門の奥で慌ただしくしているヒトクイ兵の姿を見た。
「……兵士たちの動きから見て、ガウルドで起った騒ぎは大きそうだな」
ガウルドで何が起こったのかは分からないが、兵士の慌てようからして、一部の区画で起きた騒ぎでは無いことを察するスプリング。
「あの商人が言うように……この列に並んでいたら何時まで経っても町の中には入れそうもない……」
軽く見ただけでも列に並ぶ人の数は百人を越える。未だにその列は動く気配が無いことから、このまま列に並び続けても時間の無駄であると考えたスプリングはもう一度、入口を見た。
「……これは別の入口も同じだろうな」
ガウルドへ入る入口は何ヵ所かある。だがヒトクイ兵の慌てぐあいから見て、やはり一区画では無く町全体が騒ぎになっていると理解したスプリングは別の入口も同じく長蛇の列になっているだろうと考えていた。
「……それにしても本当にガウルドは騒ぎが多い」
門の前に並ぶ列を眺めながらガウルドに滞在していた頃に巻き込まれた数々の騒動を思いだしながら苦笑いを浮かべるスプリング。
「……今思い返せば、全てはお前が原因と言ってもいいな……」
自分が巻き込まれた騒動の原因はお前にあるとスプリングは背負っていた二本あるうちの一本、沈黙を続けるポーンに対して声をかけた。
「……だんまり……か、いつになったらお前戻ってくるんだ?」
あの村で出会ったビショップたちと別れて以降、また沈黙してしまったポーンに対していい加減戻ってこいと呆れた表情を浮かべるスプリング。
「お前がいればもう少し詳しく町の中で何が起こっているのか分かるんだけどな……」
所有者を援護する為の索敵能力も持っているポーン。しかし沈黙している為その能力が使えず、ガウルドの中の様子を知る術がないスプリングはガウルドの町を見つめる。
「……だけど今はお前がいなくても何となく分かる気がする……『絶対悪』の残滓の気配がする」
ビショップとの会話によって『絶対悪』という存在を知ったスプリングはその存在を知ったことで、『絶対悪』の気配を強く感じられるようになった。そしてその黒い気配がガウルドから不穏に沸き立っているのを感じ取っていた。
「……頑張っている兵士の皆さんには申し訳ないが……しょうがない」
そう言いながらスプリングは長蛇の列がある周辺から離れて行った。
外部からの外敵や魔物からの侵入を防ぐために造られた町の外周を囲う壁に沿うようにしてスプリングは町の外れまで歩いて行った。
「うん、ここら辺でいいか」
立ち止まったスプリングは周囲を見渡すと人間の身長の三倍程はある壁を一息で軽々と飛び越えた。
「ゲッ! ……ここに辿りつくのか」
壁の上に立ったスプリングはその眼下に見える光景に苦笑いを浮かべた。スプリングの視線の先には荒れ果てた墓地が広がっていた。
「はぁ……相変わらず雰囲気がある……」
スプリングが言うように活動死体や骨人が現れそうな暗く湿った雰囲気が広がる荒れ果てた墓地は、ヒトクイ統一の折、最終決戦の場となったガウルドで亡くなった者達が一時的に埋葬された旧戦死者墓地と呼ばれる場所であった。
「頼むから、もう活動死体とかはこりごりだぞ」
前に一度スプリングは仲間と共にこの場所で活動死体に遭遇していた。しかしそれは状況的に考えて有り得ないことだった。
ヒトクイが統一してから数年が経った頃、旧戦死者墓地に埋葬された遺体の全ては新たに作られた墓地へと埋葬し直されており、活動死体や骨人が現れる条件は満たしていないはずだったからだ。
遺体が無いにも関わらず、活動死体が出現した理由。その理由こそがスプリングの苦い思い出の要因であった。
活動死体化の要因が無い場所で活動死体を出現させることが出来る存在がいる。その存在とは、魔族と呼ばれる『闇』の眷属の一つである夜歩者。
旧戦死者墓地でスプリング達を襲った活動死体を生み出したのは夜歩者であり、その出現はスプリングたちを絶望へと追いやった。
数百年前に起った人間と『闇』の眷属と呼ばれる魔族たちとの長きに渡る戦争。その戦争において人間を最も苦しめたのが夜歩者。
人間よりも遥かに高い身体能力と強靭な肉体、再生能力を持っている夜歩者。更には高度な魔法を扱うこと出来る夜歩者は人間にって恐怖の対象以外の何者でも無ない。そしてそれは数百年経った現在、スプリングたちにとっても同じだった。
辛くも夜歩者との戦争に勝利した人間ではあったが、それは完全なる勝利では無く、特殊な力を持った人間達の働きによって得られた勝利と言ってもいい。即ち、その特殊な力を持っていない人間では基本的には夜歩者を倒すことが出来ないということだ。それほどまでに人間と夜歩者の間にははっきりとした力の差があった。
現在では特殊な力を持った人間たちのお蔭でその数を減らし形を潜め人間社会に紛れ込んだ夜歩者。中には人間との共存を望む者もいるが、当然、人間に復讐を果たそうと思っている夜歩者も存在する。
そんな人間との共存を否定している夜歩者と出会ってしまったスプリングはその強力な力の前に成すすべなく敗北し命を落としかけたのである。
その後どういう形で決着がついたのかは、後に助けてくれた仲間から話を聞いたスプリング。その結末の後味の悪さも含めてスプリングにとって旧戦死者墓地は苦い思い出の場所なのである。
「……あ゛あ゛あ゛あ゛……」
何も出来ずに敗北し死の淵を彷徨ことになった苦い経験を思い出していたスプリングの耳に不気味な音が響き渡る。
「……えええ……」
独特な響きを持ったその音にスプリングは信じられないと顔を引きつらせた。その独特な響きを持った音の発信源は活動死体であった。
そうこうしているうちに気付けばみるみるうちに土から這い出した活動死体に囲まれるスプリング。
「はぁ……この場所に活動死体が現れるってことは……」
引きつった表情を引き締めるスプリングは自分が置かれた状況を冷静に分析する。
今のスプリングにとって活動死体自体は問題無い。問題なのは再び遺体の無いはずの旧戦死者墓地に活動死体が出現したという状況である。
「……感じるぞ……あの時と同じ気配……」
傭兵時代の頃の実力にはまだ及ばないにしろ、状況によっては傭兵時代よりも多くの経験と技術を手に入れているスプリングは、群がる活動死体たちの奥から、ソレを感じとっていた。
「よしあの時のリベンジマッチだ! 姿を現せ夜歩者!」
活動死体を生み出し操るその黒幕の正体、過去、自分が敗北した相手、夜歩者に対してスプリングはそう勇ましく叫ぶのであった。
ガイアスの世界
ガウルドの外周にある壁。
首都であり王の城があるガウルド。当然警備の観点から町を囲うようにして壁が設置されている。これはサイデリー王国の技術提供によるもの。しかしオリジナルに比べ高るさも防御面も劣り、サイデリーのように魔法付与もされていない。




