夕闇で章2 不死の炎
ガイアスの世界
漁師町の被害
兵士達が放った火矢によって漁師町の半分が全焼。火災に巻き込まれ多くの者が命を落とした。
その混乱に乗じ兵士たちは漁師町を襲撃。その襲撃によって更に漁師町の人々の多くが命を落とすことになった。
夕闇で章1 不死の炎
小さな島国が戦乱の渦にあった頃
建物から建物へと燃え移る炎は漁師町を飲み込むようにその勢いを増していった。このままでは町が全て燃えてしまうというその時、晴天だった空は突如、雨雲に覆われた。その雨雲からは大粒の雨が降りだし、その雨によって広がる炎は鎮火、漁師町が全焼するという最悪の状況だけは免れる結果となった。
「はぁ……やっぱりこういう時、自分の未熟さを思い知らされるわ……」
役目を終えたというように突如降りだした雨は止み、雨雲が晴れ再び空に青空が広がる。晴れていく空を見つめていたフードを被った魔法使いの女性は自分の無力を口にすると掲げていた長杖を下げた。
「……これじゃダメ、発動に時間がかかりすぎる……私がもっと迅速に魔法を発動出来ていれば、この町の被害をもっと最小にすることはできた………修練が足らない」
突如として燃える漁師町に降り注いだ大雨。それは単なる天候の気まぐれなどでは無く、彼女が放った大規模な水魔法だった。大きく無いとはいえ町一つを範囲とした大規模な魔法。普通の魔法使いなら三人以上で発動する魔法である。しかも大規模魔法は魔法を使う上で重要な精神力を大きく消耗する。だがその大規模魔法をこの魔法使いの女性はたった一人でおこなったのだ。しかも彼女は一人で大規模魔法を発動したと言うのにまだ精神に余力を残している様子だった。
「……母さんならこれくらい無詠唱で発動する」
自分が放った魔法に納得がいかないのか悔しそうな口元をフードの隙間から覗かせた魔法使いの女性は、雨雲が晴れた空を見上げると被っていたフードを脱いだ。フードが脱がれたと同時に太陽の光で綺麗に輝く魔法使いの女性の長い金髪。だが特出するのはその綺麗な金髪では無い。フードから露わになった魔法使いの女性の耳は、人間にしては長く、そしてその顔は、異性はもとい同性まで見惚れるだろう美しい森人の特徴を持ったことにあった。
既にこの時代、森人という存在はガイアスでは歴史上の存在、もしくはおとぎ話や童話に出てくる空想上の存在として人類には認知されていた。
だがもし言い伝わる話やおとぎ話、童話に出てくる森人の容姿の特徴を抑えているこの魔法使いの女性が本物ならば、町一つを規模とした大規模魔法を一人で発動したことも納得がいく。なぜなら森人は人間よりも遥かに魔法を発動する為に必要な精神力の量が多くその質も高いからだ。
「他の魔法使いとは格が違うな、流石、希代の天才魔法使い」
空を見つめていた森人顔の魔法使いに対してそう話しかけたのは、それぞれ形の違う剣を腰に二本、背中に二本、合計四本もの剣を帯剣した長身の男だった。
「やめて、私は天才なんかじゃない……それでこの町を襲った奴らの正体はわかったの?」
長身の男が口にした自分に対しての評価を否定した森人顔の魔法使いは、漁師町に火矢で火を放ち襲撃した兵士たちが何者なのかわかったのかと尋ねた。
「ほんと、謙虚だなお前……」
自分の評価を素直に受け入れない森人顔の魔法使いに苦笑いを浮かべる長身の男。
「私は人間じゃないし森人でも無い……半端者……混血森人……あなたに天才と呼ばれてもただの嫌味にしか聞こえないわ……それより私の質問に答えてよ」
自分が森人と人間の間に生まれた混血であると口にした森人顔の魔法使いは、人間でありながら、人間以上の力を持つ長身の男を鼻で笑うと先程の質問に答えるよう催促した。
「……まあ概ねあいつの想像通りだ、この町を襲ったのは今俺達がいるバーチ国に攻め込んでいるザイ国の兵士だ」
僅かに陰りのある笑みを浮かべた森人顔の魔法使いのその表情に気付かないふりをしながら長身の男は、彼女の質問に答え始めた。
彼女達がいる小さな島国には数多くの小国が存在している。小さい島であるが故に昔から至る所で領土を奪い合う小競り合いが頻発していた。そんな争いに終止符を打とうと考えたのか、それとも己が欲の為か、はたまた覇道を極めようとしているのか、今から数年前、小さな島国で最も大きな領土と戦力を持つトウ国が島国の統一を目指して動き出した。その大きな波紋は即座に小さな島にある小国に伝わり、王たちは他の王に屈するものかとトウ国の王に続くように統一を目指し始め、戦乱は激化していった。
そんな小さな島の小国の一つであるパーチは現在隣国であるザイから攻め込まれている状態にあった。しかしザイと戦力差があるパーチは現在押されている状況で、国が落とされるのも時間の問題だと言われている。
「……となると我らが大将は……」
美しい顔を疲弊させながら森人顔の魔法使いが長身の男にそう告げると。
「ああ、我らが大将は間違いなくザイ国に力を貸すだろうな……」
混血森人のその言葉に続くように苦笑いを浮かべた長身の男はそう答えた。
「……はぁ……それで、分の悪い賭け事が大好きな我らが大将は今何処に?」
長身の男と考えていることは同じかと深いため息をついた森人顔の魔法使いは、自分達を率いている大将は何処かと長身の男に尋ねた。
「ああ、大将なら……ナンパだ」
「ナンパ?」
長身の男のその言葉に意外だという表情を浮かべる森人顔の魔法使い。
「……どうやらあいつのお眼鏡に叶った奴がいる……」
最初ナンパと聞いて、大将には似合わない言葉だと思う森人顔の魔法使い。なぜならその大将という人物に対して、森人顔の魔法使いは一に戦、二に戦、三四は王様で五に戦という印象しか持っておらず、色恋に呆けるなど想像も出来なかった。
「……ああ、そういうこと……」
だが長身の男のその言葉に自分が勘違いしていたことに気付いた森人顔の魔法使いは眉間に皺を寄せた。
「……はぁ……ナンパじゃなくて勧誘ね、勘違いしそうな言い回しはよして……それで、その勧誘した人物は戦力になるの?」
長身の男が言うナンパが戦力の増強の為の勧誘であると理解した森人顔の魔法使いは、その言い回しに苦言を呈すると、大将のお眼鏡にかなったその人物が戦力になるのかと尋ねた。
「……さあ、どうだろうな……俺自身も実際に見た訳じゃないからな」
「適当ね……インセントあなた大将の右腕でしょう? もっと自分の言動に責任持ちなさいよ」
長身の男、インセントのその適当な言葉に呆れる森人顔の魔法使い。
「はいはい、分かっていますよ、天才魔法使いバラライカ様」
インセントは目の前の森人顔の魔法使い、バラライカに適当にそう答えるのだった。
― 漁師町 ―
「……ここは……私にとって大切な場所だったの……」
まるで兄妹のように青年に手を引かれながら半分以上が焼け落ちてしまった漁師町を歩いていたレーニはその場に立ち止まると自分が抱くこの町の想いを口にする。
「そうか……」
その表情に感情は無いがその言葉に怒りと悲しみが籠っていることが伝わってくる青年は違い静かに頷いた。
「……大丈夫だ、俺が王様になったら、誰一人悲しませない国を作る、人間も亜人も魔族も誰一人いがみ合うことの無い、そんな国を作って見せる」
先程の熱の籠った語りとは違い、静かに理想を口にした青年は、レーニの頭を撫でた。
「むぅ!」
するとレーニは頬を膨らまし青年を睨みつけた。
「こんな見た目だけど、あなたより数百年は生きているのよ?」
その光景は一見すると妹の戯れに付き合う兄のようにしか見えないが、実際ではレーニと青年の間には数百年という年齢差があった。
森人と同様に魔族は長寿な種族である。その中でもレーニの種族、夜歩者はとても長寿であり年月と共にその見た目が変化する速度は遅い。人間の見た目で言えばレーニはまだ少女だが、既にこの時軽く数百歳を越えていた。
「あ、そうか、魔族は見た目と年齢が比例しないんだったか……ふふ、ならお前のことはお婆ちゃんとでも呼ぶか?」
自分よりも遥かに年上である事を主張するレーニに対して青年はニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべる。
「わ、私はこれでもまだ成人したばかりよ! お婆ちゃんなんて呼ばないで!」
からかわれていることに気付きムキになるレーニ。
「ふ、ふふふふ……あははははは!」
レーニの言動や様子はどう見ても見た目相応の反応にしか思えない青年は、込み上げてきた笑いを耐えることもせず吐き出す。
「もう失礼な! あなたに力を貸すのは止めようかしら」
あまりにも笑う青年に完全にふて腐れたレーニは青年から視線を外すとそっぽを向いた。
「あっは、ははは……わ、悪い……許してくれ……」
レーニのその言葉に必至に笑いを堪えようとする青年。しかし表情筋に力を入れて尚、口の端がピクピクと引きつる。
「……あなたは本当にいいの? 私は数百年前に人類をもっとも苦しめた魔族、夜歩者なのよ?」
必至で笑いを堪える青年を背に、自分の種族が数百年前に人類に対してどんな仕打ちをしたのかと引き合いに出し、それでも自分を仲間にするのかと真面目に尋ねた。
「んっはぁはぁ……はぁ……ああ……今生きている俺が数百年前の人間の感情を肩代わりする義理は無い、過去の出来事は同時者の過去の奴らが勝手に恨んだり怒ったりすればいいだけだ」
どうにか笑いを堪え、息を整えた青年は、数百年前の出来事ははっきり自分には関係無いと言い放った。
「……あなた……変ね……」
「にひひ、良く言われる」
互いを見合った二人はどちらともなく笑みを浮かべた。
「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな、俺は……ヒライズミ=コウキだ……」
自分に背を向けたレーニに対してそう名乗る青年。
「……ヒライズミ=……ん? ……キ? ……言い難い名前ね」
青年の名を特に名前を発音するのが難しいのかレーニは青年の名前を口にすること諦めた。
「よく言われる、だから皆、俺の名前を縮めてヒラキと呼ぶ……お前も俺のことはそう呼んでくれ」
自分の名前が言い難いことを理解している青年は、自分の事をヒラキと呼んでくれたとレーニに笑顔で告げる。
「それで、お前の名前は?」
自分の名前は伝えた、次の番はお前だと言うように青年ヒラキはレーニに名前を尋ねた。
「……レーニ……」
期待するような目で自分を見つめるヒラキに対して、少し考えたレーニは自身の名を口にする。
「そうか、レーニか……うん、言い名だ、改めてよろしくなレーニ」
良い名前だと頷きながらヒラキは満面の笑みを浮かべ小動物をあやすように再びレーニの頭を撫でまわした。
「や、止めて! 子供扱いしないで!」
自分の頭をくしゃくしゃに撫でまわすヒラキの手をレーニは払いのけようとする。レーニが本気を出せば多分簡単に引きの手を払いのけることはできただろう。だがそうしなかったのは、レーニがヒラキという男を信用したからであった。
「レーニ!」
ヒラキと戯れるレーニの下に聞き覚えのある声が響いた。その声に誘導されるように視線を向けるレーニ。
「お、おじさん!」
そこにはザイ国の兵士に胸を貫かれたはずの宿屋兼酒場の亭主の姿があった。
「どうして……どうしておじさん」
あの一突きで即死したと思っていたレーニは、この場に亭主がいることが信じられないというように声を震わせる。確かに亭主の服は自分の血で真っ赤に染まっていた。しかし突き刺された胸には大きな穴も開いていなければ傷すら無い。
「……私も死んだと思っていたよ、だけど気付いたらその人と同じような鎧をきた人に助けられていたんだ……」
生きていることが信じられないというように亭主は自分の身に起ったことありのままをレーニに伝えた。それは理屈では到底語ることが出来ない、奇跡と言えるものだった。
だがその奇跡はこれだけに留まらなかった。
「私だけじゃない、皆が生きている」
「え?」
亭主のその言葉の意味が分からず混乱するレーニ。
この町は突然やってきたザイの兵士達の襲撃にあったはずだ。それは目の前に広がる焼け落ちた町を見れば明らかだと思うレーニ。ザイの兵士たちの手で殺された者も多くいた。だがザイの兵士に殺されたはずの町の者達は皆生きていると亭主は言う。
亭主の言ったことは事実だった。亭主に起った奇跡は、亭主だけでは無く、この町で命を落としたはずの者達全てに起ったのだ。
「漁師の皆……」
亭主の言葉を合図にするかのように、ゾロゾロと漁師町の人々がレーニの前に姿を現した。
「……花屋のおばさん……お風呂屋のおじさん……」
そこに立つ人々は皆、ザイの兵士に殺されたはずの人達であり、そしてレーニがこの町で暮らす事を受け入れてくれた大切な人達だった。
「う……うぅぅぅうあああああああああああん」
皆が生きている事を理解した瞬間、張りつめていた糸が切れたように今まで胸の内に抑えていた感情が爆発しまるで子供のような泣き声をあげるレーニ。その目から大粒の涙が止めどなく溢れだすのだった。
「私達のことは心配しなくていい、この町を救ってくれた英雄たちに着いて行きなさい」
涙が止まった頃、亭主は優しくレーニにそう言葉をかけた。
「……ありがとう……皆……この御恩は必ず返します……」
別れを告げるように漁師町の人々に感謝の言葉を告げたレーニ。自分の大切な人々の顔を目に焼き付けたレーニは、ヒラキとヒラキが率いる一団と共に漁師町を後にした。
― 道中 ―
漁師町を後にし、次の目的地へと向かうヒラキ率いる一団の列に混ざりレーニは歩いていた。
自分よりも遥か前を歩き一団の仲間たちとこれからについて会話しているヒラキの姿はレーニには別人のように思え遠くに感じた。
陽が落ち始め、周囲が夜に染まってきた頃、一団は各々松明に火をつけ灯りを確保し暗い夜道を歩く準備を始めた。だがその時レーニは不思議な光景を目にした。
「……燃えている?」
レーニにはヒラキが燃えているように見えたのだ。幻覚でも見ているのかと目をこすりもう一度ヒラキを見つめるレーニ。だがやはりヒラキの体は燃えていた。周囲の者達はヒラキが燃えているというのにそれに気付くことなく談笑を続けている。自分は疲れているのではないかと再度目をこすりヒラキを見つめるレーニ。
「やっぱり……燃えている……いえ、違う炎を纏っている?」
燃えていると思っていたが、よくよくみればその炎はヒラキの体に纏わりついていることに気付くレーニ。
「これって……もしかして……」
ヒラキが纏っている炎を見てレーニは何かに気付いた。
「もしそうだとすれば……あの奇跡も納得できる」
もし自分の考えが正しければ他の者にヒラキの炎が見えていないのも、漁師町で起った奇跡も理解できるとレーニはヒラキの体に纏わりつく炎を凝視した。
その炎は漁師町を焼いた荒々しいものでは無く何処か優しさを持っており、それはまるで一つの生命体のように躍動してヒラキを守っているようにもレーニには見えた。しばらくするとヒラキの体から離れていく炎はまるで羽根のように火の粉を撒き散らすと頭上へと舞い上がる。その姿はまさしく鳥であった。
「不死鳥……」
上空からヒラキを見守るように舞い上がった炎を纏った鳥を見てレーニは思わずそう呟いていた。
「……あなたは……一体何者なの……ヒラキ」
上空を舞う炎を纏った鳥に驚きながらも、ヒラキのことが気になったレーニは視線を戻した。するとそこにはレーニを見つめるヒラキの姿があった。ヒラキはレーニを見つめながら口元に人差し指を近づける。それは他言無用というヒラキの意思表示であった。
ガイアスの世界
ヒラキが纏う炎
時に不死鳥と時にフェニックスとその呼び方は様々あるが炎を纏う鳥に共通するのは不死性。炎を纏う鳥に守護された者は不死を得て、その力は守護する者の願いによって周囲にも及ぶ。しかしこれらはあくまで伝説上のものとされており、存在は確認れていない。
普通の人間には見ることが出来ないと言われているが、稀に精神力が高い者は見えることがあるという。それ以外に森人や魔族のような人類よりも遥かに高い精神力を持つ種族は、普通に視認できるようだ。




