そろそろ真面目で章(アキ編)4 揺らぐ価値観、這いよる声
ガイアスの世界
ピーランが抜けた後の忍一族
ピーランが一族の生き方に疑問を抱き、抜け忍になることを決め里を出て行ったことは当然一族の中で大騒ぎとなった。
その中で一族の長であるジゴロウと長老であるムゲンは本来ならば一族としてのケジメとしてピーランの殺害を一族に言い渡さなければならない立場にあったのだが、当の本人達は溺愛していた娘、孫が一族から抜けたことにかなりのショックを受け二人して寝込む程に落ち込んでしまうという始末であった。
一族の長の娘であるピーランが抜け忍になったことは、同年代の一族の若者に衝撃を与えた。そしてこれをきっかけに若者たちの中で一族にある掟に疑問を抱く者達が現れ始めた。
若者達の想いを聞くうちに長であるジゴロウとムゲンの一族に対する掟への考えは軟化し、若者達の掟に対する疑問を受け止める形で今までの掟の改定が見直されることとなった。
だがこれは表向きな話であり、本当は溺愛する娘、孫を殺すことなど出来ないジゴロウとムゲンがピーランに一族に帰ってきてほしいという私利私欲による掟の改定であることは、他の者達は知らない。
これに伴い、守るべき掟は守りつつも、時代に合わない掟は廃止、もしくは別の形として変化を遂げ、以前よりも自由を感じられるものへとなった。
不思議な事に掟を改定したことによる弊害は殆どなく、そればかりか若者達の任務に対してのやる気は以前よりも増したという結果が出ている。
ピーランは自分の知らない所で一族の在り方を変えていた。しかし当の本人はそれを知らず未だに古い掟に縛られているのは何とも皮肉な話である。
そろそろ真面目で章(アキ編)4 揺らぐ価値観、這いよる声
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
突然目の前に現れた女性剣士がゴルルドまで行動を共にしていたブリザラではないことは即座にアキにも理解していた。しかしそれでもアキは、自分の前から脱兎の如く逃げて行ったブリザラと瓜二つの顔をした女性剣士の後を追うことが出来なかった。
「チィ……」
一瞬にして嵐が通り過ぎたように再び静寂に包まれる旧戦死者墓地。その静寂の中でアキは女性剣士が逃げて行った方角を見つめながら舌打ちを打った。
「あの女……『闇』の気配を垂れ流しながら何処に向かっている?」
ブリザラと顔がそっくりだったということに動揺したことが原因で女性剣士の後を終えなかったというのが大きな要因ではあるが、それとは別に強力な『闇』の気配を女性剣士から感じ取っていたというのもアキの動きを止めた原因の一つだった。
これまでアキが対峙してきた『闇』の気配を発している存在は魔族か人間を止めた者ばかりだった。だが女性剣士は違う。魔族でも無ければ人間を止めた訳でも無く、人間の気配を保ちつつ女性剣士は『闇』の気配も発していたのだ。そうそれはまるで黒竜という『闇』の力を内包する自分と同じように。
隠す様子も無く強大な『闇』の気配を垂れ流す女性剣士の動向は同じ属性を持つアキには手にとるように分かった。
「……ガウルド城」
女性剣士が放つ『闇』の気配を辿るアキのその視線は、旧戦死者墓地からでも眺めることが出来るガウルド城に向けられた。
「……ガウルド城に向かう気か?」
そう口にした所で言い知れぬざわつきを抱くアキ。
僅かであればそれほど害はない『闇』の力ではあるが、女性剣士が垂れ流すそれは、その僅かを遥かに超えている。現在ガウルド一体が不穏な気配に包まれている原因が女性剣士にあることを理解するアキ。だがアキがざわつきを抱いたのはそのことでは無い。
今ガウルド城にはブリザラがいるからだ。本来ブリザラは今アキがいる旧戦死者墓地にいるはずだった。その目的はピーランの昔の仲間である盗賊達を救出する為であった。しかし何故か今ブリザラはこの旧戦死者墓地でなくヒトクイの象徴であるガウルド城にいる。
「チィ……鉢合わせになるぞ」
理由は分からない。だがブリザラと『闇』の力を纏う女性剣士が鉢合わせすることが危険である思うアキはその足をガウルド城へと向けていた。
「おい、クイーン返事をしろ! すぐにキングと連絡をとって今すぐにその場から離れろと言え!」
『……』
旧戦死者墓地を飛び出しガウルド城の方角へ走り出したアキは、自身が纏う防具、自我を持つ伝説の防具クイーンに叫んだ。しかしクイーンはアキの言葉に反応せず沈黙を続けたままであった。
「チィ……本当に大事な時にお前らは役に立たないなッ!」
そうクイーンに文句を吐いたアキは、沈黙したままでも機能しているクイーンの力を使い、ガウルドの周囲に建てられた高壁を飛び越えた時と同じ要領で跳躍した。
一瞬にして近くにあった建物の屋根に着地したアキは再び跳躍して少し離れた建物の屋根へと着地する。建物の屋根から屋根へと跳躍することでガウルド城への最短距離を行くアキは眼下に流れるガウルドの町並には一切目もくれず町の中心に存在しているガウルド城だけを見つめていた。
「おい、屋根をみろ!」
まだ太陽が空にある状況で、屋根から屋根へと飛び移るアキの姿は当然ではあるが目立つ。更には漆黒の全身防具という珍しい姿をしていれば尚のこと目立つ。アキが屋根から屋根を飛び移る姿はガウルドの人々からは丸見えであった。
「おい、あいつ、闇帝国の残党じゃないか!」
アキのその行動に騒ぎ出す人々。その中には盗賊狩りを模倣して町中に隠れている盗賊に報復しようとしている者達の姿もあった。
「あいつはやつらの一味だ! 俺達の手で奴を捉えて制裁を下すぞ!」
そう一人が叫ぶとまるでその勢いが感染したように周囲の者達にも伝わり、大きなうねりのような雄叫びとなった。その雄叫びの中には男だけでは無く女性や子供の叫びもあった。
アキを追い走り出す盗賊狩りを模倣する者達の一団。だがクイーンの能力の一つによって身体能力が強化されているアキを常人には不可能。しかしそれでも盗賊狩りを模倣する者達の一団はアキを追う。
「チィ! 面倒なことになりやがった」
自分を追いかけてくる者達の姿を視界に捉えたアキは面倒そうに舌打ちを打った。
アキが屋根から屋根へと飛び移る速度は常人では追いつけない速度ではある。しかし盗賊狩りを模倣する者達にはその速度を縮める手段があった。それは仲間だ。今がガウルドには数えきれない程の盗賊狩りを模倣する者達がいる。例え追いかけることが出来なくとも今アキがいる場所を周囲に伝えることはできるのだ。町中に散らばっている同士の声によってアキが向かう先に先回りして待ち構えることができるのだ。屋根から屋根へと飛び移り移動するアキは自分の進路上に先回りして屋根の上に立ち、自分を待ち構える盗賊狩りを模倣する者達の姿を視界に捉えた。
「チィ……やっぱりそうか……」
自分の進路を邪魔しようとする盗賊狩りを模倣する者達の姿を見て何かに納得した表情を浮かべるアキ。
「……あの女、『闇』をふりまいてやがった」
女性剣士が垂れ流すように発していた『闇』の気配。その『闇』がガウルドに不穏な空気を作っていたことはやはり事実であった事を屋根の上で自分を待ち構える盗賊狩りを模倣する者達から漂う『闇』の気配で確信するアキ。
盗賊狩りを模倣する者達から発せられる『闇』の気配はアキからすれば微小な量であるが、人間が発するには多すぎる。それは人が人ではいられなくなるかならないかのギリギリの量と言えた。
「邪魔だ!」
しかし今のアキはそんな事に構っている暇はない。そもそもガウルドの人間が一人二人、人間で無くなろうがアキにとっては知ったことでは無い。アキは両手に纏っていた手甲を漆黒の刃に変化させると、自分の進路を邪魔する盗賊狩りを模倣する者達を切り捨てようとした。
「くぅ!」
しかし切り捨てようとした瞬間、過ったのはブリザラの顔だった。もしこの場にブリザラがいたらどうするだろうか、刹那の時間でそんな事が頭を過ったアキの足が止まる。
「おらぁ! 俺達を苦しめた報いを受けろ!」
突然動きを止めたアキに対して容赦なく襲いかかる盗賊狩りを模倣する者達。理性の殆どが失われ、残ったのは自分たちが虐げられてきた怒りや恨みだけ。目の前の人物が闇帝国とは全く関係の無い者であるという判断も付かない程にその行動は暴力という力に支配されていた。
「……」
盗賊狩りを模倣する者達の一人が手に持った木の棒を振り下ろすとそれがアキの頭に直撃する。しかしまるで鉄を叩いたように木の棒は弾けるようにして折れた。
「ヒィ……」
木の棒でアキの頭を殴りつけた盗賊狩りを模倣する者達の一人は一切傷を負っていないアキの姿と手に感じる強い痺れに動揺して小さく悲鳴をあげた。
「続け続けぇぇぇぇ!」
しかし他の者達の勢いは止まらない。動かないことをいい事に盗賊狩りを模倣する者達は各々手に持った凶器でアキを殴りつけた。
「父ちゃんの仇ぃぃぃぃ!」
アキを凶器で殴りつける者達の中にはまだ年端もいかない子供の姿もあった。
「……ヒィィ!」
自分に対して凶器を振り下ろした子供の腕を掴むアキ。掴まれた子供は悲鳴を上げて涙を浮かべた。だがそれでも盗賊狩りを模倣する者達のアキに対する暴行は止まらない。
「……お前ら……こんなガキが凶器握って殴りかかる姿に何の疑問も抱かねぇのかよ!」
そう言いながら自分を殴りつける盗賊狩りを模倣する者達を圧だけで吹き飛ばすアキ。
「ええ? どうなんだよ」
静かに、だが腸が煮えたぎるような声でアキはそう言うと子供を片手で捕縛し漆黒の刃に変化させたもう片方の手を近くで腰を抜かしていた男の喉元に向けた。
「お、お前はこの町にとって害悪だ! だから今まで苦しめられてきた俺達にはお前を制裁する権利があるぅ! その子供にもお前を制裁する権利があり、これは正当な行為だぁぁぁぁ!」
怯えながらも脅しには屈しないという口調で普通誰が聞いてもねじ曲がった主張を叫ぶ盗賊狩りを模倣する者達の一人。
「制裁? 権利? ガキが凶器握りしめて殴りかかるのも正当な権利だと? ……俺はな、お前らが憎くて憎くてたまらない盗賊でもなければ、お前らの怒りや恨みのはけ口にされるズタ袋になる筋合もねぇんだよ!」
そう言いながらアキは漆黒の刃を押し込んだ。
「ひぃひぃぃぃぃぃぃぃ!」
自分の首に突き刺さると思った盗賊狩りを模倣する者達の一人は悲鳴をあげる。しかしアキの漆黒の刃は盗賊狩りを模倣する者達の一人の喉元は貫くことは無く、その後ろにあった建物の屋根に突き刺さっていた。
「……ガキィ……覚えておけ……殴っていいのは自分が殺されることを覚悟できている奴だけだ」
屋根に突き刺さった漆黒の刃を引き抜いたアキは、もう片方の腕で拘束していた子供の目を見ながらそう言うと静かに拘束を解き子供を解放した。
「うわわわわわわわわん」
その瞬間、栓が切れたように泣き出す子供。
「ガキに言ったことをお前らも覚えておけ……それを理解したうえでもう一度俺に仕掛けてくるのはお前らの勝手だ……だがその時は容赦しない、一人ずつお前らの首を落としてやる」
圧倒的強者の圧。今まで騒いでいた者達の声がアキのその言葉によって静まり返った。
「チィ……」
恐怖に染まった人々の顔に居心地が悪そうに舌打ちを打ったアキは逃げるようにその場から跳躍して別の屋根に飛び移り去って行った。
「……」
何か思う事があるのか、アキは屋根から屋根へと飛び移りながら考え込むような表情を浮かべていた。
(ガキが凶器を握り殴りかかることに疑問を抱かない……か……抱かねぇよ)
自分に殴りかかってきた子供の姿を思い出しながらアキは自分がその子供や周囲にいた者達に言い放った言葉を思い出し、そしてその自らの言葉を否定した。
幼少の頃、町の大人達に虐げられてきたアキは、凶器を握りその大人達に殴り掛かったことがあった。当然子供の力で大人に勝てるはずも無く、アキはその大人たちに死なない程度に殴られそしてごみ溜めに捨てられた。その時の怒りや恨み、そして悔しさはアキの中から一生消えない。だからアキは力をつけて報復した。自分を虐げた大人たちを無惨な姿になるまで殴りつけたのだ。
あの時の行動は間違っていないとアキは自信を持って言える。しかしその反面、その自信を否定する自分も存在していることに気付いた。
(……俺は……俺の今までの行動は間違っているのか?)
いつの間にか自分の中に存在するもう一つの思考、それは今まで自分が抱いていた価値観が揺らいでいる証拠であった。自分の価値観が揺らぐ理由、そう考えた時、アキの脳裏には一人の少女の笑顔が浮かんでいた。
《悩ム必要ナド無イ……己ノ感情二タダ従エバイイ……》
自分の価値観が揺らぎ、迷う宿主の心の言葉に反応するように呪いそのもののような言葉がアキの中で静かに響いた。
ガイアスの世界
『闇』の感染
強力な『闇』の力、負の感情を持つものが垂れ流す『闇』の気配は周囲の者達に感染するようだ。だがそれは感染した者が『闇』の力を得るという訳では無い。殆どの場合は暴力的になる、一つのことに盲目になるといった精神の変化が主だ。
しかし一定量を越えた『闇』の力に触れ続けた者は感染した者人間ではいられなくなるようだ。




