真面目で章 2 (アキ編) 追われる者
ガイアスの世界
ムウラガ
ムウラガは豊かな自然が広がり強力な魔物だけが生息しているイメージがあるが、そんなムウラガで生活している人間達もいる。
理由は分かっていないが、安全地帯と言われる場所が存在いくつか存在しそこに集落を作り人が細々と生活している。
ただいくら安全地帯があるといっても危険と隣り合わせにあるムウラガに進んで住むもうとする人間はいない。
ムウラガに住む者達は大罪を犯した者達の子孫であると言われている。しかし子孫である者達はすでに自分達の先祖が大罪を犯し追放されたという事を知らない。長い時間の中でその事実は失われてしまったようだ。
子孫である彼らですら覚えていないのだから他の大陸に住む者達が彼らの先祖が犯した大罪を覚えているはずも無く、知っている者はごく限られた者達だけである。
真面目で章 2 (アキ編) 追われる者
剣と魔法渦巻く世界、ガイアス
剣と魔法が渦巻く世界、ガイアス
人間が生き延びるには過酷と言われる大陸ムウラガ。無造作に生い茂る木々は通常よりも巨大に成長し深く暗い森を作り出す。そこは闇の森と呼ばれそこに生息する魔物達は、他の大陸に生息している魔物達よりも能力が高くそこに足を踏み入れた人間が生きて帰るのは厳しいと言われている。
そんな弱き生物を否定する闇の森の中心にそびえるのは周囲の巨大な木々よりも更にお巨大な巨木。その巨木を背に弱き生物を否定する闇の森の頂点に君臨した一人の人間が深い眠りについていた。
闇に溶け込むような漆黒に染まる全身防具を身に纏ったその男は、闇の森にあるダンジョンを探索中、ダンジョンの主であった黒竜によって一度はその命を落としたが、そのダンジョンに眠っていた伝説の防具によってその身に再び命が戻り死から這い上がった男。その男の名はアキ=フェイレス。
意思を持ち伝説と呼ばれる防具の所有者となったアキは、迫りくる魔物達を伝説の防具に取り込まれた黒竜の力で撃破した。しかし黒竜の力はあまりにも強力でその力はアキを飲み込み暴走。アキを狂戦士へと変異させ残っていた魔物達を蹂躙尽くした。
蹂躙され肉塊や肉片となった魔物達の死骸はアキの周囲に散らばり腐臭を放つ。そんな腐臭に誘われるように、深く眠っているアキの周囲には新な魔物達が集まって来ていた。その目的は、自分達のナワバリに足を踏み入れた人間を殺し喰う為。
闇の森に生息する魔物のその殆どは人間の肉の味を知っている。そして人間を喰うことにより闇の森の魔物達は強くなる事を知っていた。より強い人間を喰えば、それだけ己の強さが上がる事を知っている。だからこそ闇の森の魔物は、眠るアキを狙いその姿を現したのだ。
襲ってくれと言わんばかりの今のアキにその場に集まった魔物達は一斉に襲いかかる。我先に人間の肉を喰う為に他の魔物を蹴落としながら己が持つ牙や爪を眠るアキに振う。しかしその場の魔物達は眠るアキに襲いかかった瞬間、何かによって切り刻まれ肉片へと変わりボトボトと音を立てながらすでに死骸になっている魔物の上に積み重なっていく。肉片と変わり果てた魔物達は、自分の身に何が起こったのかも理解せず果てたのだろう、その表情はアキに襲いかかる表情のまま硬直していた。
アキへと襲いかかった魔物達の身に一体何が起こっていたのか、それは眠るアキが身に纏う漆黒の全身防具、伝説と呼ばれる意思を持つ防具、クイーンの仕業であった。
伝説と呼ばれ意思を持つ武具達は、基本自分の所有者を守るという使命がある。クイーンもまた眠るアキの身を守る為、使命に従い襲い来る魔物を幾度となく切り刻みアキの身を守ってきたのであった。
「んっ……」
『マスター!』
深い眠りについていたアキが顔をしかめながらゆっくりと目をあける。その様子に歓喜の声を上げるクイーン。
「く、くせぇぇぇぇぇ!」
腐臭を上げる魔物の死骸の臭いに悲鳴に近い声を上げるアキは、その反動を利用して飛び上がるように立ち上がった。
「な……?」
鼻を摘まみながら周囲の光景に顔を引きつらせるアキの視線の先には腐った魔物の死骸の山が広がっていた。
『おはようございます、マスター』
自分の所有者の目覚めを喜びながら爽やかに挨拶をするクイーン。
「……」
耳なのか頭なのかそれともそのどちらともなのか自分に向けられた女性の声にアキは考え込む。
『どういう状況か混乱していますね、マスター?』
自分をマスターと呼ぶクイーンの声に一瞬警戒するアキであったが、徐々に記憶を思い出したのか警戒を解く。
「一体……何が起こったクイーン?」
『はい、覚えてもらえて嬉しいです、やはり睡眠学習はやっておいてよかったですね』
嬉しそうにそう言うクイーンに対してアキは疲れた表情で深いため息を吐く。
「勝手に人の頭に変な記憶を植え付けるな……まあそのお蔭でこの光景の説明を聞かなくて済むのは有難いけど」
頭の中にある自分の記憶とは違う記憶が、目の前の惨状をアキに理解させたようで状況を理解したアキは自分の背後に生える巨大な木の根に腰を下ろした。
『ただ眠っているだけというのも勿体無いと思い、私の事や今までの状況をマスターに学習してもらおうと思っただけです、他に意図はありません』
あくまでマスターの為で他に意図はないと言い切るクイーンの言葉に少し疑いながらもアキは自分の体に纏われた絶対的な力を感じ取る。
睡眠学習によってクイーンの能力とそのクイーンの中に溶け込んだ強大な力の事を大体理解したアキは、嬉しさ半分、絶望半分という表情で山のように積み重なった魔物達の死骸を見つめる。
『下から五段目までが、黒竜の力に呑み込まれ狂戦士状態になったマスターが殺した魔物でそれより上の死骸は、マスターが寝ている間に襲いかかってきた魔物達を私の自動防衛でやったものです』
「いや……別にそう言う事はどうでもいいから、しかも自動防衛って明らかに防衛じゃないよなこの魔物の死に方は……」
下から五段目までの魔物達は腐ってはいるがまだ原形をとどめているものが多い。しかし五段目以降の魔物達の死骸は逆に形が残っているものは少なくその殆どが細切れになりどんな魔物の姿をしていたのか判別がつかない。この状況の何処が防衛なのかと防衛と言い放ったクイーンに防衛とはなんぞやと聞きたかった。
「それにしても、厄介な力を取り込んでくれたものだなおい……」
クイーンと話をしている最中、アキの体の奥から小さく囁かれる破壊衝動を掻き立てる誘惑の声。それが黒竜なのだと理解しているアキは、今は緩やかな波のように寄せては返す声を無視する。
『私としても黒竜を取り込んでしまったのは想定外であり意図する事では無く非常に不服ではありますが、マスターの目的である強大な力を手に入れるという点においてはその目的は叶ったと思っています』
黒竜を取り込んでしまった事は自分にとっても想定外であったと不満を漏らすクイーンではあったがその反面、自分の所有者であるアキが願っていた目的が叶ったと口にした。
「……強大な力である事は確かだがな……」
アキは黒竜に意識を乗っ取られる寸前の記憶を思い出し苦笑いを浮かべる。囁かれる破壊衝動は小気味よくアキの体へと溶け込みアキはその破壊衝動を受け入れた。それ以降のことは断片的にしか覚えていないが、それが例え自分を襲ってきた魔物であったとしても酷いという言葉を思い浮かべてしまう程に凄惨なものであった。
『心してくださいマスター、黒竜は『闇』の化身、心を奪われればあなたは体だけでなく心も人では無くなってしまいます、けして奴の破壊衝動の声には耳を傾けないでください』
簡単に言えば黒竜の力は人間には持て余してしまう程のものであるという事、クイーンは注意するようにとアキに警告した。
「ああ……」
これら先の事を想像し気が滅入るアキは、クイーンの言葉に頷く。
「それにしても鼻つまんでいても臭いな……」
腐った魔物死骸から放たれる臭いが気が滅入っているアキに追い打ちをかけるように漂って来る。
『それならば臭いを防ぐために兜を装着しましょう』
クイーンがそう言うとアキが纏う全身防具の襟元は生きているかのように動きだすとアキの後頭部を昇りそのまま顔を覆い隠した。その兜の造形はクイーンが取り込んだ力、黒竜を模したデザインのフルフェイスの兜。
「ん?」
アキの顔を覆った兜は完全に腐った魔物から発生した腐臭を遮断する。しかしなぜかアキの鼻には花の香りが漂い始めた。
「……何だこの香り?」
場違いな香りに兜の中で困惑の表情を浮かべるアキ。
『花の香りは乙女の身だしなみですよ、ふふふ……』
(乙女ってふふふって何だよ……)
その見た目と反して伝説の防具の中身は乙女、アキはクイーンに対して色々と言ってやりたいことがあったが、藪をつついて面倒になったら困るとその思いを飲み込んだ。
「そういや、兜をかぶっておいて今更何だが、お前を脱ぐ事は出来ないのか?」
睡眠学習で得た知識の中にその事について詳しく説明されていなかった事に気付いたアキは、兜の視界を確認しながらクイーンに尋ねた。
『ああ、それは残念ですが無理です、本来ならば私の着脱は可能なのですが、現在マスターの肉体はそこに転がる肉塊と差ほど変わりません』
「ん? ……クイーン今何て言った?」
耳を疑うようなクイーンの発言にもう一度聞き返すアキ。
『それは無理……』
「違うその先……」
『……現在マスターの肉体はそこに転がる肉塊と変わりません』
クイーンの言葉を今一理解できないアキ。
「ま、待て、俺がそこに転がる魔物の肉塊と一緒ってどういう事だ? 俺は生き返ったんじゃないのか?」
黒竜との戦いで一度その命を落としたアキ。しかしクイーンが持つ能力によって蘇生したと言っていたはずだとアキは思う。
『一緒ではありません、『差ほど』です、肉塊に魂が存在しているか、存在していないかの違いです……そしてマスターは正確に言えば蘇生はしたものの人間という形で生き返ったという訳では無いのです』
完全に理解できた訳ではないが何となくクイーンが言っている事を理解し始めたアキは、自分の身に何が起こっているのかをここでようやく理解する。
『平たく言えば、マスターの現在の状況は活動死体のようなものです』
「……」
無言で頭を抱えるアキ。
『ですが安心してください、マスターはただの活動死体ではありません、損傷の激しい肉体は私という生命維持装置に繋がれ少しずつではありますが元の肉体へと修復されています』
淡々とアキの肉体の状況を説明するクイーン。
「……なるほど……だからお前を脱ぐことは無理という訳か」
『はい、私を着脱すれば、すぐさまマスターの肉体はそこに転がる肉塊に戻り、生命活動を停止します、そうなれば肉体に定着していたマスターの魂は離れて行き、精神的な死が訪れます』
「はぁ……結局、呪いだよな……呪い」
強大な力とはいえ、制御が難しくいつ暴走してもおかしくない黒竜を取り込んでいる時点で呪いであると言っておかしくない状況であるのに、更にそんな危険な力を取り込んだ防具を脱げないとはまさしく呪いだと思い口にするアキ。
『マスター何度も言いますが、私は呪いなどではありません、マスターの命を救った能力、装着しているのにまるで装着していないような快適な防具、誰にも負けない強力な力、そしてなんと言っても知的で美声なこの私、この何処が呪いなのですか?』
反論するようにクイーンは自分という存在がどれだけ素晴らしい存在かを熱弁する。
「はぁ……生き返ったはいいが肉体の状況が半端な活動死体擬き、装着したら脱げない、脱いだら即死亡の劣悪な防具、強力ではあるが戦い始めたら我を忘れ制御できなくなる力、そして意思を持ちペラペラと喋る防具……これの何処が呪いじゃないというんだ?」
クイーンの反論に反論仕返すアキは言い終えると再びため息を吐いた。
『ぐぅぬぬぬ……』
まさか反論されるとは思わず唸る事しかできず次の言葉が出てこないクイーン。
「さて……無駄話はこのくらいにして、また面倒事が起こる前にこの森を抜けよう」
アキの周囲に広がる大量の魔物達の死骸。その数は相当なものであったがそれでも自分の周囲からは魔物の気配をまだ感じるアキ。例え再び魔物達が襲ってこようが今のアキならば苦戦を強いられる事は無い。しかし戦い続けた結果、クイーンの中に取り込まれた黒竜の破壊衝動が高まり再び自分が狂戦士になってしまうと面倒だと思ったアキは、魔物達の相手はせずこの森から抜ける事をクイーンに提案する。
『はい、私もそう思います』
同意したクイーンの言葉を聞くとアキはとりあえず暗く視界の悪い闇の森を歩き出した。視界も足元も悪いというのにまるで自分の庭だというのに難なく闇の森を歩くアキ。今のアキの視界はクイーンの能力の影響で暗がりでもよくみえるようになっていた。そんなアキの後を付かず離れず一定の感覚で追って来る魔物達。
《フフフ、戦ワナイノカ人間……オマエガ手二シタ力ヲ試シテミタイトハ思ワナイノカ?》
「……!」
突然自分の耳元で囁かれる声に足が止まるアキ。
『どうかしましたかマスター?』
突然足が止まったアキに声をかけるクイーン。
「いや……何でも無い」
耳元で何者かに囁かれた事をクイーンに報告せず再び歩き出すアキ。
《オイオイ、無視トハ釣レナイナ……我ノ力二ヨッテ絶大ナ力ヲ得タトイウノ二……マアイイ……》
聞き覚えのある深く低い声にアキは心の中で身構える。少しでもこの声に心を囚われれば、再び自我を失うそう思ったからであった。
アキの耳に囁く声、その正体はクイーンの中に取り込まれた黒竜であった。
まあいいと言い残して黒竜の声は聞こえなくなりアキは安堵した。
『マスター、少し状況に変化が起きました』
「ああ、俺も感じた……一気に魔物の気配が減ったな」
歩き出した途端、理由は分からないが魔物の気配が急激に減った事を感じ取る、アキとクイーン。
『どうやら現在周辺から感じ取れる魔物の気配はかなり強いものばかりです、気配が消えた魔物は、強力な魔物に殺されたかあるいは身の危険を感じその場を立ち去ったかでしょう……ですが我々が放つ気配でも逃げなかった事を考えると殺されたと考えるべきだと思います』
急激に減った魔物の気配の理由を推理するクイーン。
「そうだな……できれば今は戦闘したくはないが……」
クイーンの説明によって、ある程度魔物の気配が減った理由を理解したアキは、ある不安が過りつつも戦闘が避けられないことを確信する。
その不安は強力な気配を発する魔物に対してでは無い。その魔物と戦闘になった時に黒竜が囁く破壊衝動に自分の心が耐えられるのか、それがアキには不安であった。破壊衝動に飲み込まれれば再び自我を失い狂戦士になってしまうことは避けられない。そうなれば再び力を出し尽くすまで戦う事になる。それだけは避けたと思うアキ。
『……マスター、なるべく逃げながら戦う事をお勧めします』
クイーンもアキの不安を感じ取ったようで逃げ主体の戦術を提案する。
「……ああ、そうすることにする」
クイーンが提案した戦術を受け入れたアキは、一気に走り出した。するとそれを合図にするように後方から姿を現した魔物達は走り出したアキを追いかけはじめた。
『後方より猿人系の魔物が多数、名称ゴルリラ、今までの魔物とは違い群れで行動する魔物です、一般的に統制の取れた攻撃が厄介だと言われています、その統制を崩す為に群れの頭を狙ってください』
的確な指示をアキに飛ばすクイーン。
「ああ、分かった」
クイーンの指示に従うように走りながらアキはゴルリラの群れを見渡す。
「なっ!」
しかし群れの頭を探させないと言わんばかりに一匹のゴルリラが飛び出しアキに襲いかかる。
「チィ!」
舌打ちを打ちながらアキは飛び込んできたゴルリラの顔面を殴る。カウンター気味に入ったアキの拳は凄まじい威力となってゴルリラの頭は弾け飛んだ。だが仲間の頭が弾け飛んだというのにそんな事は気にせず続々とアキに飛びかかるゴルリラ達。
『ゴルリラは群れで行動しますがそこには殆ど仲間意識は無く一匹一匹が他の個体を利用する関係にあります……ですので使えなくなった個体は直ぐに切り捨てます』
「なんとも冷え切った関係だな」
ゴルリラの習性をクイーンから聞いたアキは顔を引きつらせながら次々に襲って来るゴルリラの攻撃を避ける。ゴルリラの腕力は高く当たれば痛いでは済まないと思うアキ。
『マスター心配ありません、私を纏っている以上、ゴルリラ程度の攻撃ではダメージを受ける事はありません』
「たいした防御力だな」
自分の心を読んだのかとクイーンの言葉に若干驚きつつもゴルリラの攻撃に集中するアキ。
「チィ……それにしても頭とやらはどこにいる」
黒竜の破壊衝動の囁きを抑えるために無暗に攻撃出来ないアキは、ゴルリラ達の攻撃を躱しながら群れの頭であるゴルリラを探す。しかしその姿は全く見当たらない。
「ああ、もういい面倒だ! 一気に決める」
『マスター! 早まってはいけません!』
クイーンの制止も聞かずアキは左腕をゴルリラ達に向けると左腕に纏っていた手甲が形状を変化させ弓のような形に変わる。弓へと変化した事を確認したアキは、視覚では認識できない弓の弦を右手で引く。するとそこに現れたのはまるで黒竜を彷彿とさせる黒い炎を纏った矢であった。
「睡眠学習さまさまだな!」
寝ている間にクイーンが施した睡眠学習によって、自分を纏う全身防具を自分にあった武装へ変化させられる事を理解したアキは、そう叫びながら弦を振り絞った。
《ソウ、ソレデイイ》
ゴルリラ達に対して攻撃を仕掛けようとするアキの耳に黒竜の声が響く。
「うらあああああああ!」
津波のように押し寄せる破壊衝動と共にアキは黒竜の力を纏った矢を放つ。襲いかかるゴルリラ達を直接狙うのでは無く、ゴルリラ達の足元に突き刺さった黒い炎を纏った矢はその瞬間森の一部を巻き込む程の爆発を起こした。強烈な熱風と爆発の衝撃で揺れる地面。闇の森特有の巨大な木々は爆風に巻き込まれ吹き飛んで行く。当然爆心地にいたゴルリラ達は逃げる暇も無く一瞬にして消し炭となった。
アキの放った矢は、矢と言うにはあまりにも強大でそれは黒竜が放つ火炎と同質の力であった。一瞬にして吹き飛んだその場所は炎の海と化し暗い闇の森を赤く染める。
《足ラン……コレデハ足ラン》
まだ破壊したりないと言うような黒竜の囁きがアキの耳に囁かれる。
「はぁはぁ……チィ……これ以上はやらねぇよ……」
表情に余裕が無く肩で息をするアキはそう呟くと弓の形に変化していた左腕の手甲を元の形に戻す。
《マダダ、更ニ破壊ヲ続ケロ!》
「くぅ……」
黒竜の囁きは叫びとなってアキを襲い破壊衝動がアキの心を蝕み始める。最初は小さな波だが、放っておくとその波はしだいに大きさを増していく。
『マスター気持ちを確かに……心を鎮めてください!』
黒竜に心を支配されかけているアキに必至に呼びかけるクイーン。その声にアキは頷きながら悪い気でも吐き出すように長く息を吐いた。
「大丈夫だ、今回はどうにか飲み込まれなかった……」
一度全て息を吐きつくしたアキはゆっくりと空気を吸い込むと落ち着いた表情でクイーンに声をかける。
『よかった』
アキの言葉に安堵の言葉を漏らすクイーン。
『マスター、今の行動は褒められたものではありません、私が提案した作戦は逃走しながらゴルリラの頭のみを仕留めるというものであったはずです、あのような戦い方をすれば再び狂戦士になってしまいます!』
しかし次の瞬間、自分の所有者の身を案じていたはずのクイーンはアキの行動は褒められたものでは無いと怒りを露わにする。
「ああ、分かってるよ……」
アキも自分の行動が危険である事は重々承知していた。しかしだアキには無理をするだけの理由があった。
「クイーン周囲の魔物の気配はとうだ?」
自分でも感じ取れるがあえてクイーンに魔物達の気配を感じ取らせるアキ。
『現在周囲に魔物の気配は……ありません……なるほどそう言う事でしたか……』
アキの意図に気付くクイーン。だがそれでもクイーンの機嫌は直らない。
「でかいのを一発放っとけば、闇の森の魔物達だったら警戒して一時的にでも俺達を追うのをやめるだろう」
常に極限状態にある闇の森の魔物達。一瞬の判断で即座に己の命が奪われてしまう環境にある闇の森に生息する魔物であれば、アキの放った強大な一撃に警戒して一旦追って来るのを諦めると考えていたアキの予想は的中したようで周囲から魔物の気配は感じ取れなくなっていた。
『それでもマスターのとった行動は危険すぎます、今後こういう状態に陥った時は、まず私に相談してください』
「はぁ? ……何で戦うのに一々お前に相談しなきゃならないんだよ」
今まで常に一人で戦ってきたアキにとってクイーンの言葉は理解し難いものであった。そして当然クイーンの言葉の裏に隠された真意に全く気付く気配もない。
『……わかりました、これから我々がまず行わなければならない目的が決まりました』
「目的? そんなのお前が勝手に決めるな!」
自分が行く道は自分で決める。常に一人で戦ってきたアキは勝手に目的を決めたクイーンを怒鳴りつける。
『いいえ、これだけは譲れません、これから私達は一緒に戦ってくれる仲間を探します』
「はぁぁぁあああ?」
クイーンの放った言葉に拒絶するような声を上げるアキ。
「冗談じゃない、何で仲間が必要なんだ! 俺は一人で十分だ!」
アキも仲間という言葉に憧れを持った時期はある。そして仲間と共に戦った事もあった。しかしそんなアキに待ち受けていたのは裏切りの連続であった。
アキが仲間と行動を共にしていた頃、自分達よりも格上の魔物と鉢合わせした時があった。アキは当然仲間と共に戦えば勝てると思いその格上の魔物と戦い始めたのだが、隣にいた仲間達はアキを囮にして逃げ出したのだ。命からがらどうにかその格上の魔物から逃げる事が出来たアキが町に戻ると、そこにはアキの事などすでに忘れたかのような顔で大笑いしながら酒を飲む仲間の姿があった。
ボロボロの姿のアキに気付いた仲間の一人は悪い笑みを浮かべながら「死んで無かったのか?」とボソリと呟いた。
当時から強い事で有名だったアキの事を良く思っていなかった者達が仕組んだ罠であった事をアキが知ったのは、仲間であった者達の顔面が血で真っ赤に染まった時だったという。
それ以降アキは他人と行動を共にする事を止めた。そしてアキが持つ実力は十分に一人でやって行く事が出来た。それが仲間を必要としない理由の一つにもなっていた。
一人で行動するようになってから理由は定かでは無いが、言われも無い事で襲われる事が多くなった。全く聞き覚えの無い事を吐きながら襲って来る者達をアキは一人で全て返り討ちにしていたという。どうせ自分の事を恨んでいる者がある事無い事言いふらしているのだろうと思ったアキの心は更に堅く閉ざされていった。
そんなアキが仲間を探す事など考えられる訳も無い。
「いいかクイーン、自分は特別だなんて思うなよ、俺とお前の関係はあくまで利用する側とされる側だ、俺がお前を利用しお前は俺に利用される、それ以外の関係は俺達には無い!」
そう言い切ったアキは舌打ちを打つと再び闇の森の出口へと歩きだした。
『マスター……』
呼びかけるクイーンに一切反応を示さず黙々と歩くアキ。
《ソウダ人間……所詮個々二深イ繋ガリナド有ハシナイ……アルノハ利用スルカ利用サレルカ、裏切ルカ裏切ラレルカダ》
自分はお前の気持ちを良く理解しているぞというように囁きかける黒竜
の言葉にアキは再び舌打ちを打った。
《ソシテ……オマエハ破壊衝動二身ヲユダネル事二ナル……サア、次ノ刺客ガ待ッテイルゾ!》
黒竜が不気味な予言のように言い放った瞬間、アキが歩く地面が突然揺れる。その揺れは規則正しく一定のリズムを守ってアキに近づいてくる。
「な、なんだ!」
『こ、これは……』
闇の森に突如として現れる二つの赤い光。その赤い光はまるで目のようにアキを見据えている。
『マスター!』
クイーンが叫んだ瞬間、闇の森の巨木を巻き込むようにして巨大な腕がアキを襲う。
「なにッ!」
あまりの大きさに一瞬空きは何処に逃げればいいのか躊躇したが、直ぐに真上へと飛び上がり襲いかかる巨大な腕から逃れる。
錆びた鉄が擦りあうような音を上げながら巨大な腕は追いかけるように着地しようとするアキを狙う。
「うおっ!」
見た目よりも早く迫ってくる腕に驚異的な動体視力とクイーンの力によって得た身体能力で避けるアキ。すぐさま体勢を立て直しアキは左腕の手甲の形状を弓へと変化させる。
『待ってくださいマスター!』
クイーンの言葉を聞かずアキは黒炎を纏った矢を放つ。黒煙を纏った矢は真っ直ぐに巨大な腕へと向かって行き先程と同様の爆発を起こす。しかし爆発を起こした瞬間、巨大な腕から発せられた光によって遮られ、行き場を失った爆風は周囲の木々を吹き飛ばす。
「防がれた……だと……くぅぅぅ……」
自分の一撃をいともたやすく遮られたという状況に驚くアキ。間髪入れず襲いかかる黒竜の囁きにアキは苦悶の表情を浮かべた。
『今のマスターではあの存在とは相性が悪すぎます、ここは出口に向かいながら撤退を』
「どういう事だ!」
クイーンの説明に納得がいかないアキは襲いかかる巨大な腕から逃げるように走り出した。
『あの存在の名は鉄の王、古代人形!』
クイーンがアキを襲う存在の名を口にした瞬間、巨大な腕の本体、古代人形がその姿を現した。
クイーンが鉄の王というように体の全てが鉄で出来ている古代人形は破損しているようで片腕だけしかない。しかし闇の森の出口へ進むアキをその二つの赤い瞳で再び見据えると背中に備え付けられた筒のようなものから炎を吐き出しその威力で前に進む。
「速い!」
背中に備え付けられた筒から噴き出す炎によってその巨体に見合わない速度でアキ達に迫る古代人形は残った右腕を振り下ろす。
「のわっ!」
古代人形の腕が地面に叩きつけられる。叩きつけられた場所は大きく窪み割れる。その衝撃で地面は揺れアキは足を奪われそうになるがどうにか体勢を立て直し再び走り出した。
(フフフ、我の力を防グカ……面白イ! 人間、我二我二コノモノト戦ワセロ! 戦ワセロ!)
「がぁ! ぐぅううう」
自分の力を纏ったアキの一撃を防いだ古代人形に興奮したのか黒竜の破壊衝動の波が強くアキを襲う。
黒竜の支配が強まり自分の心を黒く染め上げていくのを感じるアキ。
『マスター意識を強く持ってください、意識を失えば黒竜が!』
苦しみもがくアキの辛さが流れ込んでくるクイーンは、アキの意識が途絶えないよう必至で声をあげる。
「……ギャーギャー五月蠅イ! ……コノ鉄屑ガ!」
『なっ!』
黒竜の干渉により性格が変貌し始めているのか、アキとは思えない声色がその口から放たれる。
『……いくらマスターでもその言葉は許せません』
だがクイーンはアキの声色の変化に気付いていないのか、アキが口にした言葉に怒りを露わにする。
『さっきから黙って聞いていれば何ですか文句ばっかり! そもそもマスターが弱く無ければ私が黒竜なんて取り込む事もなかったんですよ!』
怒りにまかせ本音を吐露するクイーン。
『私の言葉が五月蠅いんだったら、さっさとその蜥蜴野郎の言葉何か跳ね返して見せなさい!』
怒りにまかせたクイーンの甲高い声が闇の森に響き渡る。
「がぁあああああ! うるさい痛い!」
鼓膜をつんざくクイーンの声にうるさいのか痛いのか感覚が麻痺したアキは思わず声を上げる。
耳に走る激痛を感じながら闇の森の地面をしっかりと踏みしめるアキ。
「はぁ……黒竜そういう訳だ、俺はこのヒステリックな全身防具フルアーマーの相手で一杯一杯だ、お前の席は無いんだよ!」
《ナッ! ……チィ……耐エタカ……》
アキの気迫に討ち負けたのか黒竜はそう言うと静かになった。
「はぁはぁ……お前の甲高い声は良く響くな、思わず破壊衝動もびっくりして逃げていったぜ」
そう言いながら追って来る古代人形の攻撃を避けたアキは地面に亀裂がはいるほど踏み込み跳躍して古代人形との距離を作り出す。
『マスター?』
「お前の言葉が無かったら奴に呑み込まれていた、その……助かったよ、ありがとな」
怒りにまかせたクイーンの言葉がアキに届いたのか、アキは少し照れ臭そうにクイーンに礼を口にした。
『マスターぁああああああ!』
散々アキから文句を言われ続けたが礼を言われたのは初めてであるクイーンは嬉しさのあまり思わず叫んでいた。
「う、うるさい!」
下手をすれば叫ぶだけで人を殺せるんじゃないかと思いながら耳を塞ぐアキ。
「それで、その古代人形ってのは一体何なんだ?」
追いかけ攻撃して来る古代人形という存在がなんであるかクイーンに尋ねるアキ。
『古代人形とはその名の通り遥か古代に作られた人形の事です、人形とは新米召喚士がまず覚える術で、土や岩などを素材にして作り出す存在です、人形事体に自我は無く製作者である召喚士の命令しか従いません』
「なるほど、ということは何処かに召喚師が……」
クイーンの話を聞き周囲を見渡すアキ。
『いえ、召喚師はいません、古代人形は、名称上人形と言われていますがその正体は、召喚士が使う術で作られた人形は全く違う原理で作られた存在です……それは言わば鉄の城……ああ、実に浪漫です……浪漫過ぎて鼻血が……はっ! ああ、いえ、今の発言は忘れてください……すでに存在しない主の命令を堅実に守り続け今も活動を続けているという所でしょう……』
途中で全く関係の無い話になった事を除いたとしてもやけに古代人形について活き活きと説明するクイーンに若干引くアキ。
「それで、古代人形って何なんだよ?」
今のクイーンの説明で分かった事といえば、召喚士が作り出した人形では無いという事。アキはもっと掘り下げた情報を欲していた。
『ああ、はい、古代人形は失われた時代で使われていた兵器です』
「ああ、失われた時代って……」
『はい、全く歴史が残っていない時代です』
ガイアスには空白の時代がある。あらゆる文献に一切残っておらず全てが隠されたように消えているその時代の事を探る学者は多いが、未だ分からない事が多い。現在分かっている事は、ガイアス各地に存在するダンジョンは失われた時代に作られたのではという事ぐらいである。
『古代人形は失われた時代では最強と言われた兵器です、鉄のような装甲は実際の所、鉄では無く今のガイアスでは貴重な金属が使われています、その金属はあらゆる金属よりも堅くそして軽い、そのため見た目以上に素早い動きが可能です』
クイーンがそう言い終えると同時に古代人形の攻撃がアキを襲う。
「なるほど、だから馬鹿でかいくせに動きが速いのか」
しつこい古代人形の攻撃を避けながらアキはその動きに納得する。
『そして一番の難点が、物理攻撃や魔法、現在のガイアスにあるあらゆる攻撃に対して高い耐性を持っているということです、これに関しては先程マスターも実感したと思います』
「ああ、全く厄介な奴だな、古代人形ってのは……それでどうすればいい?」
『……』
「どうしたクイーン?」
『いえ、先程マスターは戦いに関して口を挟むなと……』
「あ! チィ……いいんだよそんな事は……それでどうすればいい?」
自分が吐いた言葉に気まずそうにするアキ。
『ふふふ、私を仲間と認めてくれたんですねマスター』
「ちぃちげーよそんな事一瞬たりとも思ってねぇーよ!」
まるで子供のように喚くアキ。そんなアキにクイーンは微笑むような声をあげた。
『……では、古代人形を仲間に加えましょう』
「……?」
クイーンの言葉に茫然とするアキ。
『マスター、次に古代人形が攻撃を仕掛けてきたら、避けることはせずにそのまま古代人形と対峙してください』
「はぁ?」
『私を信じてくださいマスター』
信じてくださいというクイーンの言葉に嫌な記憶が過るアキ。仲間という言葉と同じくらいアキにとって信じられない言葉であった。
「わかった……お前を信じてやるクイーン」
しかしアキはクイーンを信じる事にした。それはとても簡単な理由であった。クイーンが自分を裏切る理由が今の時点で見つからないからだ。もしかしたら自分の知らない所で何かを企んでいるのかもしれないと思うアキではあったが、もうそうなったらしょうがないとアキは腹を決める。
そうこうしているうちに古代人形がアキとの距離を詰めて右腕を振り上げた。
『今ですマスター!』
「ああ分かってるよ!」
アキはそう言うと今まで背にしていた古代人形と対峙する為に振り返った。するとその瞬間、アキが纏うクイーンの形状が変化する。それは古代人形を飲み込む程に巨大な口であった。
「……」
目の前で何が起こったのか理解できないアキ。自分を纏う全身防具から生えた巨大な口は一瞬にして古代人形を飲み込んでいたのだった。
「ま、まさかお前取り込んだんじゃないだろうな? 黒竜だけでも手がつけられないのにそんな奴取り込んだら!」
『大丈夫です、古代人形に自我はありませんので、私の能力が発動することはありません……』
「そ、そうか……はぁ……」
クイーンの言葉に今日一番の深いため息をつくアキ。
『古代人形の命令を書きかえるのにしばらく時間がかかります、その作業が終われば古代人形はマスターにとって頼もしい仲間になってくれるはずです』
「ぷ、ぷろ? ……そうなのかまあいい、はぁ……とりあえずこれで終わったんだな」
クイーンが何を言っているのかよく分からないアキはとりあえず納得したように頷く。
『これで現在マスターを阻む障害は全て排除されました、現在の目的である闇の森を抜けましょう』
「ああ、そうだな……というか出口って何処だよ」
ゴルリラと古代人形の戦闘で激しく動き回った所為で、アキは完全に闇の森の出口を見失っていた。
『……とりあえず進みましょう』
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
騒々しかったが嘘のように静まり返る闇の森に、アキの今日一番の深いため息が響き渡るのであった。
ガイアスの世界
登場人物
アキ=フェイレス
年齢21歳
レベル57
職業 ダークドラゴンナイト(自我有)バーサーカー(自我無)レベル ???
今までマスターした職業
ファイター 剣士 弓使い
犠牲にした職業
ファイター
武器 素手 弓
狂戦士状態の場合 黒竜の爪
頭 黒竜ヘルム
体全体 全身防具(伝説の宝具 クイーン(ジョブブレイカー)
アクセサリー 割れた遠見の眼鏡
伝説の防具クイーンの睡眠学習でクイーンの事や能力を学習したアキは、クイーンの事をある程度理解したようだ。
そしてクイーンが取り込んだ黒竜の存在に悩まされる事になる。戦えば戦うだけ黒竜に力を与えてしまう状況に中々苦戦しているようだ。
黒竜の破壊衝動に呑み込まれるとアキは自我を失い狂戦士に変化してしまう。
古代人形をクイーンに取り込む事によって仲間にしたようだが、現在命令を書きかえている最中な為使う事は出来ないらしい。




