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真面目で章 1 (スプリング編) その後

  

 ガイアスの世界 1


今の世界になる前の人々は世界の外にも行ける技術があったとされる。そこには地上よりも過酷な世界が広がり普通の人々ではすぐに死んでしまうという世界であった。

なぜ前時代の人々は世界の外を目指したかは不明である。

 前時代の人々は今の魔法とは事なる特別な力を持っていたとされる。ごく稀にその力を使って作られた物が遺跡から発掘されているという。その力を自由自在に使える者は世界を意のままに操れるという伝説がある


  真面目で章 1 (スプリング編) その後



 剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス




 小さな島国『ヒトクイ』の山岳部にある町『ゴルルド』。その地形の影響で普段は人の行き来もまばらで『ゴルルド』特産の山の幸を買い付けに商人がチラホラと立ち寄るだけであった。しかしだからと言って寂れていると言う訳では無く『ゴルルド』の特産、山の幸は『ヒトクイ』や他国にも人気があり町自体は賑わっている。しかし今『ゴルルド』に異変が起こっていた。穏やかでほどほどの賑わいであった『ゴルルド』が冒険者と戦闘職達に埋め尽くされていたからだ。その原因は今『ヒトクイ』中、いやガイアス中で噂となっている伝説の武器の噂の所為であった。


『ヒトクイ』にある何処かのダンジョンに伝説の武器が隠されている。


そんな噂がガイアス中に広まっていた。その噂を聞きつけたガイアス中の冒険者や戦闘職達は、伝説の武器を求め『ヒトクイ』に集まり片っ端からダンジョン攻略を始めたのである。『ヒトクイ』だけでも40以上あるダンジョンに殺到する冒険者に戦闘職達。その為周囲の村や町には数多くの冒険者や戦闘職達で溢れかえったのである。その余波は、特に特徴の無い低難易度のダンジョンが近くにある『ゴルルド』にも及んでいた。

 何千、何万という冒険者や戦闘職達に攻略されてきた『ゴルルド』の近くにあるダンジョンは初心者達が攻略しやすいダンジョンとして有名であった。初心者が攻略しやすく難易度も低い。しかし低難易度のダンジョンにすらまだ隠し扉や隠し通路があるのではと淡く短絡的な考えを抱く上位冒険者や戦闘職達の姿が多くみられていた。

 だが当然のことながら初心者が攻略するような低難易度のダンジョンに伝説の武器が隠されている訳も無く、ダンジョンから出てくる上位冒険者や戦闘職の者達の表情は浮かないものばかりであった。

 

「ぎゃはははははははははははははは」


そんな冒険者や戦闘職達を嘲笑うかのように『ゴルルド』の町の一角にある小さな酒場に男の大笑いの声が響き渡った。癇に障る大笑いに伝説の武器にかすりもしなかった冒険者や戦闘職達は大笑いの声の主である男に鋭い視線をおくる。しかし次の瞬間には皆、その表情を青くさ大笑いする男から視線を外し気まずそうにチビチビと酒を口に運んだ。

 大笑する男の近くには、ガイアスの成人男性の平均身長とほぼ同じ大きさの剣、いや剣というにはあまりにも大きい特大剣が壁に立て掛けられていた。それはおおよそ人が扱えるものでは無い物、そんな代物を扱う者ともなれば人は限られてくる。顔を真っ青にして視線を即座に男から外した冒険者や戦闘職達は、大笑する男の事を背の壁に立てかけられた特大剣を見て悟ったのであった。

 そんな冒険者や戦闘職達の視線に気付いているのか気付いていないのか大笑いを続ける筋骨隆々で陽気な男は自分の前の席に座っている上から下まで初心者魔法使いが装備する『初心の衣』を纏い暗い表情を浮かべる男に視線を向ける。


「……大声で笑うな……目立つだろ……それにこっちは真面目に絶望しているんだ、少しは気を使え……」


大笑いを続ける男に『初心の衣』を纏った男は注意する。どうやら大笑いする男とは違い『初心の衣』を纏った男の心は絶望しているようでテーブルに置かれた酒も進んでいない。


「いやいや、まさかお前が、二流冒険者や戦闘職達と同じく初心者専用のダンジョンに足を踏み入れるとは思わなくてな」


笑い過ぎ目に溜まる涙を払いながらまるでグラスを手に取るように酒の入ったジョッキを口元に持っていく筋骨隆々な男は周囲に聞かせるように呟いた。筋骨隆々な男の言葉に肩をビクつかせる冒険者や戦闘職達。その姿を横目に筋骨隆々の男はニタニタと嫌な笑みを浮かべる。


「お前……何でも間でも喧嘩を売るなよ」


目の前の筋骨隆々な男の嫌な笑みを見ながら呆れたようにため息を吐く『初心の衣』を纏った男。


「それにしても伝説の武器を手に入れたと思ったら剣じゃなくてロッドだとはな……」


座っている椅子から腰を上げ、今度は周囲に聞こえないよう『初心の衣』を纏った男の耳元で呟く筋骨理隆々な男。


「……し、しかも……なぜか強制的に……ふふ……魔法使いに転職させられたって……ぐふ、若手で一番剣聖に近いスプリングともあろう男が、ま、魔法使いって……もうだめだ耐えられ、がははははははは」



しかし途中から笑いを堪えられなくなったのか筋骨隆々な男は『初心の衣』を纏った男の名を口にしながら再び豪快に笑い声をあげた。豪快に笑われている男、そう『初心の衣』を纏っていた男は、上位剣士にして若手で最も『剣聖』に近いと言われているはずのスプリングであった。


「はぁ……」


腹を抱えて笑う筋骨隆々の男の姿を見て『初心の衣』を纏ったスプリングは深いため息をつき頭を抱える。なぜ自分はこんな状況になってしまったのかとスプリングは、店の迷惑になるほどの筋骨隆々の男の笑いを遠い彼方に追いやり自分の記憶の中に没頭する。もう何度と思いだしたその悪夢のような出来事を。



 - 数時間前、『ゴルルド』周辺 光のダンジョン ―


 『ゴルルド』から少し離れた所にあるダンジョン。そこは本来、初心者でも攻略可能なほど低難易度のダンジョンのはずであった。しかしスプリングがそのダンジョンの前に姿を現した時点で、まるでスプリングの事を待っていたかのようにダンジョンはその形を変えた。名も無いダンジョンであったその場所は光のダンジョンと名を変えて。

 スプリングは幼い頃、今は亡き母から「油断してはいけない」と夢に出てくる程に言い聞かせられ育ってきた。実際にスプリングの母の言葉はスプリングを色々な場面で何度も救っておりスプリングにとっては絶対に忘れてはならない言葉、今では母の形見と思える程に大切な言葉となっていた。

 だがスプリングも人間である。必ずしも絶対に油断しない人間などいない。突然眩い光を放ち自分の意識を絶つロッドがあるなど想像する方が厳しくそれに対して油断するなという方が酷というものである。

 スプリングは自分の油断によってダンジョンの最下層で意識を失った。その状況はダンジョンという異質な空間の中で犯してはならない状況の一つであった。ましてや一人でダンジョンに入ったスプリングを助ける者はいない。ダンジョンで意識を失えばその先に待つのは死であった。


「んっ……」


 しかしスプリングに死は訪れなかった。それがスプリングの運が良かったのか、それとも何か得体の知れない事が起こったのか、スプリングは無事に意識を取り戻した。

 光のダンジョン最深部で突然感じた刺すような強烈な光とは違い柔らかく暖かい光を肌に感じるスプリングは、ゆっくりと目を開ける。開けた目に入ってきた光景、それは光のダンジョンの入口前であった。それは間違いなくスプリングの運がよかったどうこうの話では無く得体の知れない事が自分の身に起こった証拠の一つであった。


「……なんで外に……?」


ダンジョン攻略から帰還する方法は大きく三つ。

 

 一つは自力による帰還。来た道を戻るという基本中の基本。

 

 二つ目が魔法道具マジックアイテムもしくは魔法による帰還。魔法使いが作り出した魔法道具マジックアイテムを使い瞬時にダンジョンの外に帰還する方法であるが、ダンジョンから帰還する為の魔法道具マジックアイテムはその重要性からとても高価で取引されておりスプリングも簡単には買えない代物であった。そしてスプリングは魔法使いでは無い為に帰還する魔法も使用は出来ない。


 そして三つ目が魂となっての帰還、簡単に言えば死を意味している。ダンジョンで命を落とした場合、その肉体は魔物達の食料になって絶対に地上へと帰還する事は無い。故に魂だけがダンジョンから帰還するという意味を持った冒険者や戦闘職達の中での皮肉である。


 しかしスプリングはそのどれにも当てはまらない。自力でダンジョンの入口まで期間した記憶も無ければ魔法道具マジックアイテムや魔法を使った覚えも無い。ましてや死んで魂だけとなった状況というには死ぬ前と何ら変わっていない。

 自分の身に起こった得体の知れない状況にスプリングは警戒するべきだと体を起こそうとする


「ん……か、体が動かない……」


だが防具を纏ったスプリングは自分の体をまともに動かす事が出来ない。


「……これは……まさか……呪いか?」


自分の意思で全く動かせない体、その現象にスプリングは身に覚えがあった。自分の技を鍛える為に危険な場所や戦場を駆け回っていたスプリングには何度か呪いにかかった経験があった。呪いを主力とする魔法使いとの戦闘や噛まれれば呪われると言った類の魔物。今までの経験からスプリングは自分が呪いにかかっているのではと冷静に自分の身に起こった状況を分析していく。

 まず自分の意思でどこまで動くのかを確認した。するとやはり体の殆どは全く動かず、唯一動く所と言えば何かを握っている右手だけだった。


「なんだ……これ?」


自分が何かを握っている感触を確かめるように右手に意識を集中させるスプリング。それは何か細長い物であった。


「……剣……いや俺が使っている剣の持ち手はこんなに細くは無い、そもそも意識を失う時俺は剣を鞘に納めていたぞ」


手の感触、そして状況から自分が握っている物が自分の愛用している剣では無いと悟るスプリングはもう一度、今度は強くその細長い物を握る。


『ゴホン……あまり強く握らないでほしいな』


「……」


それは何処からともなくスプリングの耳に響く。全く聞き覚えの無い声に困惑しするスプリング。


『……やっとお目覚めか』


スプリングが目覚めるのを待っていたという謎の声。


「な、なんだこの声、お前が俺に呪いをかけた犯人か!」


何処からともなく聞こえてくる謎の声が自分に呪いをかけた張本人だと理解したスプリングは語気を荒げる。


『……呪い? それは間違いだな』


語気を荒げるスプリングに対して、冷静に落ち着いた雰囲気でスプリングの問に答える謎の声。よくよく聞くとどこかで聞いた事のある声だと思うスプリングはしかしそれを何処で聞いたのかがはっきりせず思いだせない。


『体が動かないのは筋力が低下して、主殿が鎧の重さに対応できなくなったからだ、そうなったのは私の所為ではあるのだが、これは断じて呪いではない』



スプリングを主殿と呼ぶ謎の声に、スプリングの表情に怒りが満ちていく。


「それを呪いというんだ!」


スプリングの怒鳴り声という名のツッコミは光のダンジョン入口に広がる深い森に木霊し何度も叫んだ声が空しく響きわたる。


『……主殿よ、私は近くにいるのでそんな大声を出さなくてもいい』


「距離が遠いから大声で話している訳じゃない、俺は怒っているんだ!」


スプリングの思いとは見当違いな事を言う謎の声に更に怒りが増すスプリングは、重量のあるダイアヘルムに苦戦しながら首を左右に動かし意思を示す。


「……近くにいるって言ったよな! なら姿を現せ!」


謎の声は近くにいると言っていた。ならば姿を現せと姿を見せぬ何者に対して再び怒鳴るスプリング。


『ここだ、ここ』


「だから、どこだよ!」


ここだと言われてもその曖昧な言い方に謎の声が何処にいるのかを理解できないスプリング。そもそも全く体を動かす事が出来ないスプリングには、その『ここ』に視線を向ける事すら難しい。


『鈍いな主殿……私はさっき強く握るなと言ったぞ』


「はぁ?」


謎の声の意味の分からない言葉に思わず呆けた顔になるスプリング。だがその直後自分の右手に感じる細長い何かの感触が再び蘇るスプリング。


「ま、まさか……これって……宝箱にあったロッドか?」


『正解だ主殿、ようやく私に気づいてくれたか』


やっと自分に気付いてくれたと少し嬉しそうな声でスプリングに語り掛ける謎の声。


「冗談は寝て言え、この世界の何処に喋るロッドなんて代物があるんだ」


しかしスプリングは謎の声の言葉を信じない。二十年という歳月しか生きていないスプリングではあったが、その生きてきた二十年の中で喋るロッドなど聞いた事も無い。もしかしたらガイアス中を探せば一本ぐらいはあるのかもしれないと心の片隅で想いながらもスプリングは喋るロッドという存在を否定する。


『ここに』


それが当然とでも言うように謎の声は、あっさりとスプリングの言葉を否定する。スプリングは再び意識が遠のいていくのを感じたが心を落ち着かせ気持ちを何とか持ち直す。


「……百歩譲って俺が手に持っているロッドが喋るとして、何でお前が俺にこんな呪いをかける?」


そもそも百歩も千歩も譲る気は無く、謎の声の正体が自分の手に握られている伝説のロッドであると信じていないスプリング。だが今までの状況からして呪いをかけた謎の声は、自分に敵意のようなものは持っていないとスプリングは感じていた。ならばまだ説得して呪いを解かせるチャンスはあるはずだとスプリング考えた。それと並行してその説得が失敗した時にこの状況を打開する策を考える必要があった。その為の時間稼ぎとスプリングは謎の声に対してなぜ自分に呪いをかけたのかと尋ねた。


『だから主殿の体に起こっている現象は呪いでは無い、それは主殿の能力が私に適応していなかったから私に合わせ主殿の能力適応させた結果にすぎないのだ、この時代の言葉に言い表すならば……そう強制的に転職させたという所だ』


「はぁ? ……何に?」


『魔法使いに』


「……」


 頭の中が真っ白になるスプリング。謎の声が何を言っているのか理解できない。


『その為、主殿の筋力は最低にまで低下、今纏っている防具が重量限界に達して主殿は身動きが取れないという状況だ』 


丁寧に冷静に身動きの取れない理由まで説明する謎の声。


「ち、ちょっとまってくれ……なんで転職場でも無いのに俺の戦闘職を、転職させる事ができる?」


頭が真っ白になった所為で思考を巡らす事が出来ず素朴な疑問しか口に出来ないスプリング。


『それは私にそう言う能力が備わっているからだ』


「……へーなるほど……」


 何ヲ言ッテルノと言いたげな表情のまま素直に納得したという言葉を口にスプリング。当然スプリングは謎の声の言葉に納得した訳では無い。謎の声が発した真実に頭が追い付かないのである。しかしその反面、色々とぶっ飛んだ事を言ってはいるが謎の声が行った転職という行為自体は事実だと信じてしまうスプリング。

 転職とは文字通り職を変える事であり冒険者や戦闘職はこの転職を行う事で、自分の能力を強化または全く別種の戦闘職に就きそこから新たな能力を手に入れる事ができる。

 本来は転職場という場所で申請、登録しなければ転職出来ないはずであったが、それを謎の声はなぜかやってのけてしまった。なぜスプリングが転職という行為を謎の声が行った事を事実だと受け止めたのか、それはスプリング自身の体の変化にあった。

 戦闘職が転職すると、今まで鍛え上げられた筋力などの基礎体力は下がる事が多い。例を挙げるならば接近戦を得意とする剣士が中距離、遠距離を得意とする魔法使いに転職した場合、今まで鍛え上げられた筋力は一度最低にまで落ちることになる。それに加え殆ど筋力を使わない魔法使いは筋力が上がる事は難しい。その為転職する場合はそれ相応のリスクを背負う事になり転職を考えている者は転職するうえでの準備と覚悟が必要になる。

 スプリングの体に起こっている変化は、この例えそのままであり準備も覚悟もできていないまま魔法使いに転職させられたスプリングは、上位騎士で培った筋力を失いその所為で今まで纏っていた防具一式の重量に耐えきれず身動きが取れない状況というのが呪いの正体であった。

 若手の戦闘職の中で一番剣聖に近いと言われていた男スプリング、後少しでという所まで手が届いていた『剣聖』がまさかここにきて突然の転職をさせられるという状況、それも『剣聖』とは全く関係の無い後衛の戦闘職、魔法使いになってしまったという事はスプリングにとって絶望以外の何物でも無かった。

 もしこれが他の戦闘職ならばまだ救いがあった。接近を得意とした前衛の職業ならば能力に差異はあれ実戦での勘が鈍る事も基礎能力の極端な変化も経験などで埋め合わせが出来る。

しかし魔法使いは話が別である。今まで前衛の戦闘職、接近戦を主体としてきたスプリングにとって魔法使いは全くの未知の領域であり戦いの感覚も違えば基礎体力も大幅に変わってくる。それらを今まで積み重ねてきた経験で補う事も出来ない。初心者に戻ったと言っても過言では無かった。

 それに加えて魔法使いには他の戦闘職には無い独特のルールがあった。他の戦闘職、特に接近戦や中距離を書体とした前衛の物理で物を言わす戦闘職は、ある程度互換性があるという事で日数は多少異なるがすぐに再転職が可能なのだが、後衛、中距離、長距離を主体とする物理では無いものを攻撃とする職業は互換性が少なく再転職までの日数が前衛の戦闘職に比べ大分かかってしまう。特に魔法使いは、古くからある職業ということもあり魔法に関しての契約や制約、機密保持などの理由から色々と面倒な手続きを踏まなければならなくなり再転職にまでかかる日数は速くて六ヶ月、遅くて一年以上かかる事もある。しかも魔法使いはある一定の能力を認められなければ転職が認められないという決まりまであった。

 夢の為、ある目的の為に『剣聖』を目指し修練を重ねていたスプリングにとってこれはかなりの痛手でありましてや魔法使いという戦闘職に寄り道をしている暇も余裕もなかった。

 気力を失ったような表情で高い空を見上げるスプリング。


「冗談だろ……これから最低でも六ヶ月は魔法使いのままなのか……」


これから始まる魔法使いというスプリングにとっての未知の世界、それは嬉しい訳でもましてや期待に胸を躍らせる訳でも無く、底なしの闇、絶望でしか無かった。


『主殿よ、そう肩を落とすな』


絶望の中スプリングの心中を察しているのか察していないのか謎の声はスプリングを励ますように喋りかけてくる。しかしスプリングは謎の声が発した肩を落とすなという言葉に防具が重すぎて肩を落とす事もできねぇよと心の中に呟いた。


『私は主殿の世界で言う所の伝説の武器だ、主殿に損はさせん、大船にのったつもりでいていくれ』


「……大船……泥船の間違いだろ……」


詐欺師が使いそうな言葉だと正直に思うスプリングは動かない体で唯一動く右手をブンブンと振り回す。


『や、止めないか主殿!』


「ああ……見えないけどやっぱりお前伝説のロッドなんだな……」


突きつけられた色々な事実を整理出来ないままスプリングは、自分の心とは逆に真っ青に澄み切った空を見上げるのであった。



 ― ゴルルドの小さな酒場 ―



「あはは、そりゃ伝説の武器って言うより呪いの武器だな」


 ようやく長く続いた大笑いが終わりまともな会話ができるようになった筋骨隆々な男は、それでもまだ押し寄せてくる笑いの余韻に耐え肩を震わせつつスプリングにそう言った。 そんな筋骨隆々な男の言葉に何の戸惑いも無く深く頷くスプリングはその通りだと心の中で筋骨隆々な男の言葉に同意すると同時に言い知れぬ苛立ちが湧いてくる。


「ああ……何か腹立つけどガイルズ、お前の言っていることは正しい」


そう言うとガイルズと呼ばれた男の手元にあった酒を奪うようにして飲み干しふてくされるスプリング。そんなスプリングの様子にニタニタと笑みを浮かべガイルズ。

 ガイルズ=ハイデイヒは、スプリングに負けず劣らず戦場では有名な傭兵重剣士である。装備している特大剣、『大喰らいの剣』は普通の剣よりも大きく、大剣よりもさらに大きい、人が扱うには大きすぎる代物であった。

 ガイルズが持つ特大剣の名は、どれだけぶった切ってもまだ血に飢え腹を空かせているような姿形から名付けられたものであり、その名はガイルズの二つ名の一つにもなっている。敵味方関係なく敗北を喰わせるという意味でもあり敵ならば戦場で会いたくない存在として、一緒に戦う味方ならば戦場で顔を合わせたくない存在として特大剣共々ガイルズの悪名はガイアス中に広まっていた。

 若手で『剣聖』に一番近いと言われるスプリングと、敵味方関係無く敗北を喰らわせるという悪名が轟いていたガイルズが戦場で出会うのは必然、確定した運命みたいなものであった。互いが互いの噂を耳にしていつか戦場で刃を交える。それは強さを求める者にとって至極当然の欲求であった。そして二人は戦場で出くわすと同時に自分の敵になど目もくれずその刃を交えた。

 ガイルズはその刃でスプリングに敗北を喰わせると息巻いたが結局ガイルズはスプリングに敗北を喰らわせる事はできなかった。ガイルズはスプリングに敗北したのであった。

 戦場での初めての出会いからスプリングと旅をするようになって約三年。互いの関係は永遠の好敵手ライバルであり最も頼れる相棒というものになっていた。

 最初に出会った戦場から約三年、背中を預ける好敵手ライバルでありい相棒であるスプリングに起こった不幸を何の躊躇なく笑い飛ばせるというのが、ガイルズという男の良い所でもあり悪い所でもあった。

 何事もあまり考えず行き当たりばったりということを心情に生きてきたガイルズにとって相棒の不運、魔法使いに強制的に転職させられたスプリングの状況は笑ってしまえる程度の不幸でしか無かった。


「いや~帰りが遅いから様子を見に来たら、自分の防具に押し潰されているお前がいて、俺……ビックリして……ぷぷ……ビックリして……」


「お前、俺を見つけた時大笑いしたよな……」


 帰りが遅いスプリングの様子を見にガイルズはスプリングが攻略をしに行ったというダンジョンの入口へ向かうとそこには防具に押し潰されていたスプリングを発見し周囲の森が振る程の笑い声を上げていた。その光景を思い出し笑いを必至で抑えるガイルズ。そんなガイルズを睨みつけるスプリング。


「俺が来なかったらお前あそこで死んでいたかもな」


人の生死を笑顔で話すガイルズに呆れたようにため息を漏らすスプリング。


「なあなあ、そういえば、その伝説の武器さんと俺、話してみたいんだけど?」


正直スプリングの話を聞いても到底信じられないと思っていたガイルズは、相棒を絶望の底に落した張本人と会話がしてみたいと目を輝かせる。その目の輝きに嫌な物でも見るような視線を送りながらスプリングは静かに二人の間に置かれた丸いテーブルに自分の絶望の元凶を置いた。


「こいつが、お前と話したいだとさ……」


スプリングはふて腐れたままの顔で伝説のロッドに喋るよう促した。


『ゴホン、はじめましてガイルズ殿、主殿がお世話になっている』


スプリングの妄想や幻聴の類ぐらいにしか思っていなかったガイルズは目の前に置かれた伝説のロッドから発せられた言葉に目を丸くした。


「ほ、本当に喋りやがった、しかもなんか威厳があって礼儀正しい!」


「……お前、俺が言った事信じてなかっただろう……」


明らかに心の底から驚いているガイルズの様子を見てスプリングは、やっぱり自分が言った事を信じて無かったなと悟りつつもそれがガイルズという人間だとすぐに割り切り諦めた。


『大体のことは主殿が言った通りだ、これからも主殿のことを頼むガイルズ殿』


「あいよ任せときな!」


「適応能力早ッ!」


正直まだ全部を全部受け入れられていないスプリングはガイルズの適応の速さに驚いた。


「おいお前が言ってたよりも、いい奴じゃないか、伝説のロッドさんは!」


俺の話なんて全く信じていなかったくせに何がいい奴だこの野郎という視線でガイルズを睨みつけるスプリングであったが、当の本人は全くスプリングの視線を気にせず世にも珍しい喋るロッドに夢中になっていた。


「ガハハハハ、凄い凄い!」


 伝説のロッドが発する会話に手を鳴らして感動するガイルズは、その太い腕をスプリングの肩に叩きつけながらそう言う。


 「ぐふ……ゲホ……ガハァ!」


 敵から重い一撃を喰ったように口から血を吐きながらイスから崩れ落ちるスプリング。魔法使いに転職し筋力やらなんやらが全て最低状態になっている今のスプリングの身体では脳まで筋肉のようなガイルズの例え軽いスキンシップであっても、その一つ一つ命を奪う致命傷クリティカルヒットになり命を削りとっていく。


「ああ、悪い悪い、まだ慣れなくてな……お前のま、魔法使いの姿に……ぐふ」


これで何度目なのか笑いを堪えるため手で口を塞ぐガイルズ。崩れ落ちた位置からガイルズを睨み付けるスプリングは、自分の体に受けたダメージを回復させるため回復薬を取り出し口に流し込む。


「まあまあ怒りなさんな、お前が無事魔法使いを卒業できるよう付き合ってやるから」


スプリングの腕を掴み掬い上げイスに座らすとまた肩を叩こうとしておっといけねぇと腕を止めるガイルズ。


「お前……」


全く悪びれないガイルズに顔を引きつらせるスプリング。


「……できるだけ早く魔法使いを卒業して剣の道にもどらせてやるよ、この俺が!」


 親指を立て自分の顔に近づけながら自信満々にそう口にするガイルズ。その表情にスプリングは何とも言えない苛立ちを感じるのであった。

 

『主殿、ガイルズ殿、ちょっといいか?』


二人の会話が一段落はした事を呼んだのか、静かにしていた伝説のロッドがスプリングとガイルズに話しかけた。


「なんだ? 伝説のロッドさん」


スプリングは何も答えずその代わりにガイルズが伝説のロッドの呼びかけに応えた。

『……先ほどから気になっていたのだ……私が名乗る事が遅れた事が悪いのだが、出来れば伝説のロッドさんは止めてもらいたい、私の名は、ジョブマスターという』


「「ん?」」


伝説のロッドは伝説のロッドと呼ばれるのがあまり好ましくないようで、自分の事をジョブマスターと呼んでくれと二人に伝えた。しかし当の二人は伝説のロッドが発した言葉の最後の部分が聞き取れず聞き返す。


『ああ、そうか、ガイアスでは私の名前は発音しにくいようだ、ならばポーンと呼んでくれないか』


「ポーンか……いい名だな、よろしくポーン!」


伝説のロッド改め、ポーンの名を復唱するとガイルズは大声で笑いすぐにポーンの名を受け入れた。


『主殿?』


主殿は自分をポーンとは呼んでくれないのかという意味を込めたポーンの言葉に対してスプリングはポーンから視線のようなものを感じとり気まずそうに視線をポーンに向けた。


「あ、ああ、よろしくポーン」


『よろしく主殿』


「なに照れてんだよ」


「照れてない!」


ガイルズの茶々に対して本気で嫌がるスプリング。騒がしくそして強烈な二人と一本の歪なパーティがここに誕生した。


 人物紹介 2改


 伝説のロッド 名称 ポーン(正式名 ジョブマスター)


 喋魔法使いが使う武器。本人に意思があり、喋る。


 しゃべり方は固いが性格は固くない。


 とにかく秘密の多い謎の武器。


人物紹介 3


 ガイルズ=ハイデイヒ


年齢25歳


レベル60


職業 重剣士


習得済み職業


 習得順 聖職者 薬師 ファイター 剣士 ソードマン


装備


 武器 特大剣 大喰らいの剣


 頭  擦りきれたバンダナ


 胴 絶対守護の鎧


 腕 腕力ある者の小手


 足 脚力ある者の足甲


 アクセサリー 誓約の首輪


 戦場では知らぬ者はいないという男。その力は敵味方関係無く喰らうと恐れられている。

唯一スプリングだけがガイルズに喰われなかった男で、それ以来スプリングのことを気に入り一緒に旅を続ける。ちなみにガイルズは人食いではない。


 家は顔や性格には似合わず聖職の家系でもともとは聖職者 僧侶を目指していたが、家の宝物庫で呪われたアクセサリー誓約の首輪をつけてしまったことにより、家から勘当されてしまう。それからは自分の腕一本で生きてきた。

   

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