そろそろ真面目で章(ブリザラ編)1 疾走、確信する想い
ガイアスの世界
這いよる悪意
アキの中に存在する黒竜は着実にぞの力を取り戻しつつある。自身の肉体を失った今、宿り主であるアキの肉体を我物にしようとする黒竜は悪意を持ってアキに囁きかける。強くなりたくはないか、全てを破壊したくはないかと。
そろそろ真面目で章(ブリザラ編)1 疾走 確信する想い
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
初心者冒険者や戦闘職で賑わう町ゴルルドを発ち紅葉に染まった林を抜け、朱色に広がる草原を疾走する馬の姿があった。その馬の手綱を握るのは、メイド姿の女性ピーラン。そしてそのピーランの腰を抱きしめるブリザラだった。
「凄い、ヒトクイの馬ってこんなに早く走れるだ!」
ゴルルドからガウルドへ向かう道中にある草原を疾走する馬の速度に興奮するブリザラ。
「喋ると舌をかむぞ」
そんな興奮したブリザラを注意するピーラン。
「凄い凄い!」
しかしピーランの注意に聞く耳を持たないブリザラは、馬のその速度に更に興奮した様子で声をあげ続けた。
だがブリザラが興奮するのもおかしくはない。一年の半分以上を雪と氷が占めるフルード大陸の生まれであるブリザラにとって馬と言えば、深く積もった雪を巨大な体躯と強靭な筋肉で掻き分ける巨馬しか知らないからだ。勿論、世の中には他にも沢山の種類の馬が存在しその中には走ることに特化した馬がいることはブリザラも知っている。だがそれは知識だけの話。雪を掻き分け進むという性質上、どうしても走るのが遅い巨馬とは比べものにならない速度で走る馬の速度を体感してしまったブリザラが興奮を抑えきれなくなってしまってもしょうがないことである。馬上から見える矢のような速度で移り変わって行く景色はブリザラにとってそれほどまでに新鮮であったのだ。
注意しても収まるどころか更に興奮するブリザラの様子に何とも複雑な表情を浮かべるピーランは馬に繋がった手綱をしならせる。するとピーランの意思に答えるように二人を乗せた馬は更に速度をあげた。
(……正直、私がブリザラを担いで走った方が早い)
走る馬に大興奮するブリザラを背に感じながらピーランは常人には理解できない対抗意識を馬に燃やしていた。当然ではあるが馬が走る速度は本来、人間が対抗できるようなものでは無い。さらに言えば二人が乗る馬は他の馬よりも能力が高く足が速い良馬といっていい個体である。しかしピーランは真剣に馬に走りで勝てると思っている。そしてそれは事実でもあった。
ムハード大陸にある迷宮でピーランが出会った迷宮の主と自称する者が、未来の自分が持つ力を前借りするというとんでもない方法を使いピーランの身体能力を底上げしたのが始まりだった。
あの黒竜の力を持つアキの攻撃まで受け切ることが出来る程に人間離れした身体能力は異常ともいえ、それはもはや人間の域を超えたものであった。未来のピーランがどうやってそんな身体能力を得たのかは分からないが、別人と言っていい程に強くなったピーランの今の身体能力ならば、走る事に特化する為に品種改良されたヒトクイの馬よりも速く走ることなど簡単であった。
だからピーランは自分がブリザラを担いでガウルドまで走るのが合理的で効率的だと考そうしようとした。
だがそれはあくまで表向きな答え、言い訳でしかない。自分がブリザラを担ぎガウルドへ向かうという行動の裏には別の本心が隠されていた。
ブリザラ=デイルという一人の女性に対して友人以上の感情を持っている。同性同士である以上、その想いが届くことは無いと思いつつも、ピーランはチャンスがあれば今まで自分の衝動を様々な形で実現しようとしてきた。そして今回も自分の中に滾り燃える想い、衝動を実現しようとガウルドへ向かう道中の中ブリザラと密着したいという邪な考えを巡らしていたのだ。しかしピーランのその思惑を打ち砕いたのはブリザラだった。
先程の通り、自身の母国に生息する巨馬しかみたことがなかったブリザラは、ゴルルドの入口にある厩舎に繋がれていた貸馬に興味を抱いてしまった。元々好奇心は強い方ではあったが、母国であるサイデリーから出てからはその好奇心が輪をかけて強くなっていたブリザラは厩舎にいた馬に乗ってみたいという好奇心から、馬でガウルドに向かうことを提案したのだ。
ブリザラからその言葉を聞いた時、ピーランの中で自分が思い描いた考えは崩れ落ちた。強制的に密着出来る時間が失われた瞬間だった。
ピーランにとってブリザラの提案は即ち決定事項でありそれを覆すことは出来ない。なぜならピーランにとってブリザラという存在は自分が仕える主、王であり、自分の命を救ってくれた恩人でもあるからだ。そして何より友人以上の感情を抱くブリザラの提案を否定することはピーランには出来なかった。
そんなこんなで自分の思惑が打ち砕かれたピーランは凹みながらもゴルルドの入口にある厩舎で商人と交渉し馬を借りると、その馬でガウルドを目指すこととなったのだった。
(……ブリザラを担げなかったのは残念だが、これはこれで……)
自分の予想外の状況に思わず鼻の下が馬並に伸びてしまうピーラン。自分の思惑とは違う形になったにせよ、ブリザラと密着するという目的を果たせたピーランは、本来の目的も忘れ今にも昇天してしまうのではないかとというぐらいに幸せな気分を味わっていた。
「批ヒィィィィィィン!」
しかし突然、馬が嘶いた。
元来馬は賢く、人間が抱く感情に敏感に反応する生物だと言われている。草原を走る馬は自分の背に乗るピーランから邪な気配を感じ取り、それを嫌がり嘶きながら顔を振ってピーランが持つ手綱を引っ張った。
「ハッ!」
手綱を引っ張られた事で僅かにバランスを崩したピーランはその衝撃で幸せな気分から我に返ると即座に姿勢を立て直した。
(……あまりの幸せに自分の目的を忘れていた……)
何故自分たちが今ガウルドへ向かっているのか本来の目的を思い出したピーランは緩んでいた頬を強く叩いた。
「ど、どうしたの?」
ピーランの突然の行動に動揺するブリザラ。
(……仲間が助けを求めているかもしれないというのに、私は何を浮かれていたんだ)
今まで浮かれていた自分を恥じたピーランは叩いた頬の痛みを戒めとして感じながら僅かにその視線を後ろで自分にしがみつくブリザラに向けた。
「大丈夫、気にしないでくれ」
問題ない事をブリザラに伝えたピーランは視線を前に戻した。
(……空耳かもしれない、そうであって欲しいと思う……でも……あの時聞こえた声は確かにあいつらのものだった……あいつらは私に助けを求めていたんだ)
浮かれていた自分と邪な考えを振り払ったピーランは、光の迷宮からの帰り道で突然聞こえた元盗賊仲間たちの声を思い出していた。
空耳と言われればそれまでだが、その空耳は妙に現実味を帯びたものであるようにピーランには聞こえた。その時湧き上がった胸騒ぎが更にピーランの意識を散漫にさせていたのは言うまでも無い。
そんな様子を見抜いたのはブリザラだった。普段からすれば明らかに様子がおかしいピーランに何があったのかとブリザラは臆することなく尋ねた。
その問に対して最初ピーランは自分は普段通りだと否定したが、真っ直ぐに自分を見つめるブリザラの目に抗うことが出来ず、突然聞こえた仲間の声の事を打ち明けた。
空耳、幻聴、自分でも不確実な事にブリザラに信じてもらえるなどとは思っていなかったピーラン。だが話しを聞いたブリザラは何の疑いも無くピーランの言葉を信じると仲間を助けようとガウルドへ向かう事を即決した。
(……折角ここまでしてくれたブリザラには悪いが、どうかただの空耳であってくれ)
自分の言葉を信じ行動に移してくれたブリザラには悪いと思いながらも元盗賊仲間の声がただの空耳であってくれ、この胸騒ぎが杞憂であってくれと願いを込めるうにピーランは馬に更に速度をあげるよう指示をだすのだった。
ゴルルドを出てから数時間、ピーランとブリザラの眼前にはヒトクイの首都であるガウルドが見えてきた。
ガウルドを眼前に捉えたピーランは手綱を引き、速度を落とすように馬に指示を出す。それに答えるように馬は走る速度を緩めやがてゆっくりと歩き出した。
「……ここまでよく頑張ってくれた」
二人を乗せここまで全速力で走り続けたことで相当な疲労が見える馬の首を触りながら労いの言葉をかけるピーラン。馬が足を止めたことを確認したピーランは馬から下りると、ブリザラに手を差し出した。
「ありがとう」
ピーランが差し出した手を握りながら礼を口にしたブリザラは馬から下りるとすぐさまその足で馬の正面へと移動した。
「あなたもありがとう、お蔭でガウルドに辿りつけたよ」
自分たちをここまで運んでくれたことに感謝しながらブリザラは馬の鼻筋を摩った。すると疲労を見せていた馬は、ブリザラに鼻筋を摩られたことが嬉しいのか甘えじゃれついてくる。
(この馬……私の指示に嫌がることなく最後までしっかり答えてくれたな)
ゴルルドからガウルドへ向かっている最中、ピーランは自分でも過酷だと思う指示を馬に出していた。だがその指示を嫌がることなく最高な状態で答えてくれた馬にピーランは驚いていた。
本来、ゴルルドからガウルドまでの距離を馬で移動する場合、普通の馬なら合間に休憩を入れても半日以上はかかる。だが自分たちが乗って来た馬は休憩なしにほぼ全速力でゴルルドからガウルドまでの距離を走りきったのだ。その能力からしてもこの馬があの厩舎の中で一番の良馬であった事は言うまでも無い。
(……だが以上に驚きなのは、ブリザラの目だ)
ガウルドまで走り切った馬のその能力も驚きではあったが、それ以上にピーランが驚いたのはあの厩舎で何十頭もいる馬の中からこの馬を選んだブリザラの目だった。
それはゴルルドの厩舎を管理していた商人に馬を借りようとした時の事だった。ブリザラは厩舎にいる何十頭もいる馬の中から一頭の馬を選んだ。しかしその馬に商人は良い顔をしなかった。商人の話からその馬は気難しく機嫌が悪い時は歩きもしないというものだった。だが馬の知識に長けている商人の助言を聞いてもブリザラは自分の選択を変えることは無かった。危険だ、危ないとしつこく言っても頑なに自分の選択を変えないブリザラにその馬を貸し出すことを渋々承諾した商人は、何が起こっても責任は取れないと最後に釘を刺した。だが商人が言っていた前評判とは裏腹に結果としてその馬は最高の働きをしブリザラとピーランをガウルドに走り届けた。
(……やはりブリザラの目は本物だ)
度々、ブリザラの物事を見極める力とその決断力には驚かせられてきたピーランは今回の一件でその力が本物である事を確信する。
「ブリザラ」
そんな事を思いながらピーランは、馬と戯れるブリザラに声をかけた。
「うん」
頷くブリザラはピーランから手綱を譲り受けると、ガウルドの門の近くにある厩舎へと馬を誘導していく。
「お客さん達は、この馬でここまでやってきたのですか?」
馬を引連れ二人が厩舎に着くと驚いた表情を浮かべる商人がブリザラたちを出迎えた。どうやらこの馬の悪名はガウルドの厩舎でも有名らしくブリザラから手綱を受け取った商人は、あからさまに機嫌が悪くなる馬をなだめながらブリザラ達がここまで無事に辿りつけたことを心底不思議がっていた。
「じゃあね」
僅か数時間ではあるが、自分たちをここまで運んでくれた馬に愛着が湧いていたブリザラは名残惜しそうに馬に手を振る。するとそれを見ていた馬はブリザラから離れたくないのか手綱を持つ商人を振りほどこうと頭を振って抵抗を始めた。
「……また会いに来るから、商人さんを困らせないでね」
まるで駄々をこねる子供をなだめる母親のように商人を振り回していた馬にそう話しかけるブリザラ。するとブリザラの言葉を理解したように素直に聞いた馬は大人しくなり自ら厩舎の奥へと向かっていった。
「え……ええええ……」
少女のその一言に従い自ら厩舎の奥に向かう馬の姿に唖然とする商人。
「ねぇピーラン、私あの子が欲しい!」
厩舎を出たブリザラは後ろを歩くピーランに自分たちをここまで運んでくれた馬が欲しいと言い放った。
「……はは、はは……あははははははは!」
これも見極める力なのだろうかとブリザラのその一言に笑いが込み上げてきた。
「だってあんなにお利口な子、誰だって欲しくなると思わない?」
「そうだね、目的を終えたらあの商人に交渉しよう」
きっとあの馬はブリザラという存在を助ける為に生まれたのだとそう確信したピーランはそう言うと、笑みを浮かべた。
「よし、そうと決まったら速く盗賊団の本拠地に向かおう!」
そう言いながらブリザラはピーランの腕を掴むと外へ誘うように引いた。
「ああ」
ブリザラの言葉に頷いたピーランは思う。
(ブリザラ……私はあの馬と同じく、あなたの為に生まれたんだ……あなたの為だったら私は……どんな事でも出来る)
自分の胸の中に湧き上がった想いを噛みしめると手を引かれるままにピーランはブリザラと共にガウルドの入口である門に向かうのであった。
ガイアスの世界
馬
ガイアスで最も移動手段として利用されるのが馬である。移動手段以外にも荷物を運ぶため、雪国では除雪する為にも用いられることが多く、人間にとっては犬や猫に続き身近な動物とも言える。
馬に酷似した魔物も存在する。動物の馬とは違い、馬に酷似した魔物は当然だが、人間を見れば容赦なく襲いかかってくる。その他、肉や皮の無い骨だけの姿の馬の魔物も存在する。
伝説の聖獣として翼を持つ馬や角を持つ馬などもいるとかいないとか。




