そろそろ真面目で章(アキ編)1 本心
ガイアスの世界
ゴルルド 露店街
ゴルルドの入口から続く商店は初心者をターゲットにした商品を多く置いている店が多い。その理由はゴルルドから少し離れた場所に光の迷宮があることが影響している。
ヒトクイの中で一番低難易度とされる光の迷宮はその難易度から初心者の冒険者や戦闘職の者達の往来が多く、ゴルルドはその拠点として利用されることが多い。更に少し前に光の迷宮で伝説の武器が見つかったという噂が広がったことにより、初心者だけでなく中堅やベテランの冒険者や戦闘職の者達の姿も多くみるようになり、拠点となっていたゴルルドは人で溢れかえった。そんなゴルルドを拠点にして光の迷宮に挑む者達をターゲットにして、もとい応援の意味を込めてゴルルドの商人たちは装備品や食料、雑貨に至るまであらゆる物を良心的な価格で販売している。
売れ筋は光の迷宮完全地図である。
そろそろ真面目で章(アキ編)1 本心
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
「はぁ? オウサマとあのクソメイドがガウルドに向かっただと?」
ゴルルドの長い露店街を抜け、ここ数週間滞在している宿に戻る途中、自身が纏う全身防具、自我を持つ伝説の武具クイーンからの耳を疑うような報告にアキは周囲に人がいるのも構わず声を張り上げた。
『……ピーランの元盗賊仲間を助けに行くとか……』
ブリザラ達がなぜガウルドに向かったのか理由を告げるクイーンの声は何とも言い難そうであった。ブリザラたちがゴルルドを発ちガウルドに向かったことをクイーンが言い難そうにしていたのはアキがそれを聞いてどんな態度になるかわかっていたからだった。
「……はぁ? あのクソメイドの仲間を助けに行くだと!」
案の定、クイーンのその報告にアキの表情は見るからに不機嫌なものへと変わった。
「……クソ盾はそれを承諾したのか?」
その面子の中で一番常識があり、現在どれだけ自分たちが切迫した状況であるかを理解しているだろう自我を持つ伝説の盾キングがブリザラたちのその行動を容認したのか不機嫌な様子でクイーンに尋ねるアキ。
『……ああなってしまってはこちらの話は聞かないと……』
半ば諦めたような同族の声を思い出しながらクイーンは、ブリザラたちがキングの話を聞かずに強行したことをアキに伝えた。
「あのクソ盾ッ! お前が止めなきゃ誰が止めるんだ! 結局何だかんだ言ってあの箱入りオウサマに甘々じゃねぇか! 孫を溺愛するジジイか!」
ブリザラにとって保護者のような存在であるキング。そんな保護者のような存在であるキングは大事な局面ではその深い知識を使いアキに対しても様々な助言を口にしてきた。頭が固いことや上からの物言いは癪ではあったが、今いる面子の中ではキングが一番の良識を持った存在だと思っていたアキ。
だが母国であるサイデリー王国から旅立ち、外の世界を僅かに知った頃からか、サイデリー王国に居た頃よりも積極的になったブリザラに最近は言動で押されることが多くなっていたキングの様子に怒りを爆発させたアキは、宿屋へ向かっていた足を反転させ先程まで自分やブリザラたちがいた露店街へと走り出した。
「今は他人に構っている暇なんてないだろう! 一秒でも早く光の迷宮の最奥にある隠し部屋を見つけて、そこでお前や盾野郎の機能不全を直すのが先じゃないのか?」
緊急を要する伝説武具の機能不全を解消しなければならない理由がアキとブリザラにはあった。
クイーンやキングのような自我を持つ伝説の武具は他にも存在しそれらは一部で伝説武具と呼ばれている。その伝説武具の中で最強の力を持つとされる自我を持つ伝説の本ビショップが、クイーンたちに対して宣戦布告をしたからだ。
ビショップは他の伝説武具を遥かに凌ぐ能力を持っており、その力は世界を消滅させることも出来ると言われている。幸いにも世界を消滅させるその力は所有者がいなければ発動することができない為、単独であればそれほど問題ではなかった。しかしビショップは自分を持つに値する所有者を見つけてしまった。そして世界を消滅させる力をビショップはその所有者の意思に委ねてしまったのだ。
ビショップの所有者が今、この世界をどうしようと思っているのか、それはアキたちには分からない。このままその力を使わずにビショップの所有者が一生を過ごす可能性はある。だが逆にその力を一生使わないという根拠も無いのだ。もし何かのはずみでビショップの所有者が世界を滅ぼしたいと考えればこの世界はそこで終わる。そうならない為に、そうさせない為にアキやブリザラはクイーンとキングの機能不全を迅速に解消する必要があった。その為にアキとブリザラはゴルルドから少し離れた場所にある光の迷宮に潜っていた。光の迷宮の最奥にある隠し部屋に辿りつけば、クイーンとキングの機能不全を解消することが出来るという話をヒトクイの首都ガウルドに居る猫獣人の鍛冶師ロンキから聞き出しからだ。
ロンキから情報を得たアキとブリザラはすぐにゴルルドへと向かった。ゴルルドに到着後、そこを拠点として数週間、アキとブリザラは光の迷宮に潜り続けた。しかし数週間を費やして現在、結果は空振りに終わっていた。
そもそも光の迷宮はヒトクイ屈指の低難易度の迷宮として有名で初心者の冒険者や戦闘職が己の腕を試し自信をつけるような場所である。当然、迷宮内は全て探索済みであり正確な地図が出回っているほどだ。そんな探索され尽くした迷宮をどれだけ探しても新たな隠し部屋を見つけることは出来なかった。
一向に進展の無いまま数週間が過ぎ、その時間と比例するようにアキの怒りと苛立ちは大きくなっていく。
そんな時ブリザラは突然、自分たちの目的を後回しにして、ピーランの元盗賊仲間を助けにいくと言いガウルドに向かってしまった。ブリザラのその行動はアキの怒りと苛立ちに油を注ぐ形となった。
「あいつ、今の状況を理解しているのか! 世界の危機だぞ!」
世界に危機が迫っている。そんな状況なのにも関わらずピーランの友人の命、しかも盗賊である者達の命を心配しガウルドへ向かったブリザラの行動が理解できないアキは、その不満をクイーンに吐き出した。しかしそのアキの言葉には何処か違和感があった。
『……』
その違和感を察するようにクイーンは何も語らない。
「……チィ!」
自分の言葉に同意してくれると思っていたクイーンがなぜ無言なのか理解できないアキは自分が口にした言葉に残る違和感に気付かないまま更に機嫌を損ねあからさまに大きな音で舌打ちを打った。
《……マスター》
そんなアキを見ながらクイーンは聞こえない声でアキを呼ぶ。その声は不安を纏っていた。
本来のアキは世界に危機が迫っていたとしても自らが進んでその問題に立ち向かっていくような思考の持ち主ではない事をクイーンは理解している。だがそんなアキが自ら進んで世界の危機に立ち向かおうとしている。これは違和感以外の何物でもない。なぜらしくも無い事をアキが口にしているのか。アキのその違和感の正体を理解しているクイーンは心の奥で苦しそうにマスターとアキを呼んだ。
アキがクイーンにぶちまけた怒りや苛立ちは本物である。しかしそれが本心かと言えばそれは少し違うとも言える。怒りや苛立ちを隠れ蓑にしてアキの心の奥底には別の感情が存在している事をクイーンは感じ取っていた。その心の奥底に隠れている感情とは不安や焦りであった。そしてアキが心の奥底で抱いている不安や焦りの元凶が自分にある事をクイーンは理解していた。
ムウラガ大陸にある闇の迷宮で出会った時、アキは瀕死の状態にあった。自分を所有する資格がアキにあると判断したクイーンは、瀕死状態にあったアキを一度自分の中に取り込むことによって尽きかけていた命を救った。
しかしそれは同時にその場でアキと同じように瀕死の状態にあったある存在をも取り込んでしまう形となった。
強大な力を持つその存在は、数千年前負の感情と共にその姿を現した闇の頂点の一つ、一部の魔族にとって神にも等しいとも言える存在、黒竜だった。
クイーンの不手際によって本来人間が手にしてはならない力、黒竜の力を手にしたアキは、その力を利用し今まで幾度も大きな戦いで勝利を収めてきた。しかし人間には強大すぎるその力は、日ごとにアキの心を蝕んでいく。
これまでは何とか黒竜から発せられる破壊衝動を抑え込んできたアキだったがその力を抑え込めなくなるのも時間の問題であった。いずれ力に呑み込まれる。そうなれば自分は身近な者達にその牙を向けてしまう。それが怒りや苛立ちの奥にアキが隠し持っていた本心、焦りと不安の正体だった。
《……強い言葉で周囲を遠ざけようとするのも……怒りや苛立ちで本心である不安や焦りを隠すのも、あなたが誰よりも優しい心を持っているから……ごめんなさい……ごめんなさい……怒りや苛立ちが不安や焦りを抑える為である事を自覚させることも、不安や焦りを癒す事も、そして声を出してあなたに謝ることすら……私には出来ない……ごめんなさい……ごめんなさいマスター》
自分が抱く不安や焦り、そして恐怖を怒りや苛立ちで隠す術しか持たないアキ。そんなアキの本心をさらけ出させ自覚させることも、優しく包み込むことも出来ないクイーンは心の中で何度も謝ることしか出来なかった。
ガイアスの世界
神に等しい存在、黒竜
厳密には神ではないが、同じ闇の力を持つ存在である魔族の一部は黒竜を自分たちの神と崇めている。
自分たちの誕生には黒竜の力が関わっていると言う言伝えもあるようでその信仰は未だに一部の魔族の中では残っているようだ。




