狭間で章3 閉じる希望、求める殺戮、復活の血肉
ガイアスの世界
闇帝国本拠地の入口にある大広間。
旧戦死者墓地の隅に隠されている地下へと続く階段。その階段を下ると止み帝国本拠地の入口である大広間に繋がる。
大広間からは蟻の巣のように幾つもの通路が繋がっており、その通路の先には幹部の部屋などがある。通路の中で一番大きい通路を進んでいくとその先には団員たちが生活する盗賊の住処ギンドレッドがある。
狭間で章3 閉じる希望、求める殺戮、復活の血肉
「ひぎゃあああああああ!」
旧戦死者墓地の地下にある今は主を失った闇帝国の本拠地の入口付近である大広間に突如、男の野太くも何とも情けない悲鳴が響き渡った。
「何だッ!」
闇帝国が残していったお宝を大広間に集めている最中であった闇帝国の残党たちの視線は、その悲鳴の方向、大広間へと続く蟻の巣のように張り巡らされた幾つもある通路の一つに向けた。
「がっはぁ!」
残党たちがその通路に視線を向けた直後、大きな衝撃音と共にその通路から残党の仲間の一人が大広間に吹き飛んできた。
「「「「「……」」」」」
大広間に吹き飛び既に事切れた仲間の姿に、何が起こったのか理解できず茫然としてしまう残党たち。
「敵だ! 戦う準備をしろ!」
だがその中でただ一人、皆に団長と呼ばれている男だけが現在の状況を冷静に把握し、次にとる行動を皆に指示した。
茫然としていた残党の仲間たちは団長の声で我に返ると各々所持していた武器を手にし、仲間が吹き飛んできた通路に視線を向けた。
(今……あの通路の先にいる奴は俺達の誰よりも強い……)
仲間を大広間に吹き飛ばし殺したものが何であるのかそれは分からない。だが圧倒的に自分たちよりも強い存在であることを確信する団長は険しい表情を浮かべる。
(だが、全員でかかれば倒せるはずだ……その為には……)
そう考えながら闇帝国残党の団長は、自分の横で武器を構える仲間に視線を向ける。
今この場にいる殆どの者達は、闇帝国という組織の中で底辺にいた者達。実力も賢さも無く組織に使い捨てにされる他か利用価値が無い者達ばかりであった。そんな自分たちが強者を前にしてとる行動は一つと横で武器を構える仲間の肩を叩く団長。
「……壁に貼り付け」
敵襲を知らせ思考が止まり呆然としていた仲間を我に返した時とは違い団長は隣で武器を構える仲間にだけ聞こえるような声でそう指示をだした。指示を受けた仲間は頷くと自分の近くにいた別の仲間に団長から受けた指示を伝える。それを繰り返し、通路の先にいるだろう何者かへと聞こえないよう静かに団長の指示は大広間にいた仲間たち全員へと伝わり残党たちは通路近くの壁に移動していった。
「……姿を現したら一斉に襲いかかれ」
再び隣にいた仲間にそう指示を出す団長。すると先程と同じ要領で大広間にいる仲間全てに団長の指示が伝わって行く。
(俺達は弱い……だから俺達がとる行動は一つ数の力だ)
闇帝国から使い捨てと呼ばれ、敵地に単独で自滅覚悟で向かう役目であった彼らは数の暴力を痛い程理解している。その痛みを知っているからこそ、団長は通路にいるだろう相手を数で待ち構える作戦に出た。
仲間を屠った何者かが通路から出てくるのを待つ残党たちを見渡しながら団長は大広間の真ん中に立ち、通路から出てくる何者かを待った。
するとコツコツと通路から大広間へ歩く音が近づいてくる。
「……」
その足音に意識を集中する団長と仲間たち。
「ッ!」
しかし突如として通路を歩く足音が消える。
「……うわぁ、大勢いる」
「なっ!」
それは一瞬だった。通路から響く足音が消えたと思った瞬間、突然団長の背後から声が聞こえてきた。思わず動揺した団長は振り返った。
「ねぇねぇ……ここで何しているの?」
そこにはフードを深く被った小柄な人物が立っていた。フードを深く被っている為、その素顔は分からないが、その声からして女性だと理解する団長。
「お前……一体どうやって……」
「へへへ、凄いでしょ」
まるで消えるようにして通路から気配を消し大広間に姿を現したフードを深く被った女性は、無邪気な子供のように目の前に立つ団長に自慢した。
「や、やれぇぇぇぇ!」
無邪気な雰囲気を放つフードを深く被った女性。しかしその行動、そしてその佇まいから発せられる気配は、どうみても只者では無い。弱者だからこそ分かる力量の差、実力の差を思考では無く本能で感じた団長は己の奥底から湧き出してくる恐怖に抗えず声が裏返るのも構わず仲間に一斉攻撃の指示を出した。
「「「「お、おおおおおおおお!」」」」」
突然通路から気配が消え、団長の背後に姿を現したフードを深く被った女性に恐怖を感じたのは団長だけでは無い。通路脇の壁でフードを深く被った女性を待ち構えていた残党たちも同じであった。だがその恐怖を振り切るように団長が対峙しているその人物に向かって残党たちは走り出した。
「きぁぁあああ……襲われるぅぅぅぅぅ」
フードを深く被った女性は襲いかかってくる残党たちを前に心の籠っていない悲鳴をあげる。
「ふ、ふざけた声上げてるんじゃねぇ! お前は何者だぁぁぁぁぁ!」
仲間たちが自分の下にやってくるのには僅かに時間がかかる。その僅かな時間、フードを深く被った女性を足止めする為に団長は手にした剣を振り下ろした。
「さあ? あたしもわかんない」
団長の攻撃を軽々と躱しながらフードを深く被った女性は軽い口調でそう答えた。
「「「「うおおおおおおおお!」」」」」
仲間の中でも足の速い数人の者達が団長の下に辿りつくと、間髪入れずに団長の攻撃を躱し僅かに態勢を崩していたフードを深く被った女性に対して攻撃を仕掛けた。
「知ってる? ……カスやクズがどれだけ集まっても、それはただのゴミでしかないんだよ」
自分に攻撃を仕掛けてきた者達数名に対してそう告げた女性。その言葉は団長やその仲間たちの戦い方を真っ向から否定するものだった。
「がっは!」「ごふぅ!」「げひゃ!」
フードを深く被った女性が団長やその仲間たちの戦い方を否定した瞬間、攻撃を仕掛けた者達は吐血する。フードを深く被った女性に攻撃を仕掛けた者達は、自分が何をされたのかも理解できずに首や腹から血を噴き出しながらその場に次々と倒れ込んでいった。
「「「オオオオオオオオオ!」」」
状況を理解できないまま、それでも後続の者達は怯むことなくフードを深く被った女性に攻撃をしかけていく。右や左。上や下、様々な角度から残党たちはフードを深く被った女性に攻撃を仕掛ける。だがその場から微動だにせず、フードを深く被った女性はただ腰に差していた刀を鞘から素早く抜き素早く仕舞うという動作を繰り返すだけだった。それから一分も経たないうちに闇帝国の残党たちはフードを深く被った女性によって全滅した。
「……ふふ、ふふふ……切る感覚、突き刺す感覚……ああ、なんて気持ちいい」
自分の周囲に積み重なった死体の山を見つめながらフードを深く被った女性は自身の体を打ち震わせ恍惚な声をあげる。
「ゴフゥ……お、お前……一体何が目的だ……」
積み上がった仲間の死体とは別の場所で辛うじてまだ息があった団長は、大量の血が付着した刀を払い鞘に納めた女性に対し吐血しながらそう尋ねた。
「あら、殺し損ねちゃったか……ごめんね辛い思いさせて」
息絶え絶えにそう尋ねてきた団長に対して女性は軽い口調でそう詫びると団長へとゆっくり近づいていく。
「闇帝国の幹部……生き残り……なのか?」
「闇帝国? 幹部? あたしは違うよ」
闇帝国という単語を聞いた女性は、知らないというような素振りをすると団長の言葉を否定する。
「なら、なぜ……お前は……こんな場所にいる……お前は……お前は一体何者なんだ……」
最期の力を振り絞るように団長は目の前の女性にその正体を尋ねた。
「……だから……知らないって……言ったじゃん」
「ゴホゥ!」
団長の最期の問に対して、先程まで無邪気な雰囲気を放っていた女性は冷淡な口調でそう答えると鞘から抜いた刀を団長の胸に目がけて突き刺した。
「……姉……さん……ーランの姉さん……済まねぇ……俺……たちは……ここ……」
「……しぶといなぁ……」
掠れた声でここにはいない誰かに話しかける団長の胸にフードを深く被った女性はもう一度刀を突き刺さす。それは団長が息絶えるまで続いた。
― 同時刻 ヒトクイ 某所 ―
「ハッ……?」
草木が生い茂る森の中。何者かに呼ばれたような気がしたメイド服の女性が顔をあげ周囲を見渡した。
「……」
周囲を見渡したメイド服の女性のその視線は、自分の少し先を歩く大きな盾を背負った女性と漆黒の全身防具を纏った男性の背中に向けられる。
「……なんだ……この嫌な感じは……」
自分の前を歩く二人のどちらかが自分に話しかけてきたのではないと理解したメイド服の女性は何か嫌な感じを抱き思わず歩きを止めた。
「ん? ねぇどうしたの? 早くガウルドに戻ろう!」
巨大な盾を背負った女性は、自分の後ろを歩いていたメイド服の女性が歩みを止めたことに気付きそう声をかけた。
「こっちはダンジョン攻略が不発に終わってイライラしているんだ、さっさと歩けこのノロマ」
立ち止まったメイド服の女性に対して声をかけてきた大きな盾を背負う女性に続くようにその隣を歩いていた漆黒の全身防具を纏う男性が苛立った態度で声を荒げた。
「……あ、ああ……」
男女二人から声をかけられたメイド服の女性は何処か戸惑った様子を残しつつ首を縦に振ると二人に追いつく為、止まっていた歩みを再開させるのだった。
― 同時刻 旧戦死者墓地 ―
「……ここに来れば、また夜歩者に会えて暇つぶしになると思ったんだけどな……結局会えたのは夜歩者の眷属擬きにすらなれていないカスにクズだけだったし……でも人を殺すのは楽しかったな」
人気の無い不気味な雰囲気が広がる旧戦死者墓地。そこに姿を現したフードを深く被った女性はその深く被っていたフードをとり素顔を露わにすると無邪気な笑顔を浮かべ、物騒な独り言を呟く。
「……はぁ……早く帰ってこないかなスプリング……そうしたらもっと楽しくなるのに……」
まるで想い人に恋い焦がれる少女のようにため息を吐き想い人であろう人物の名を口にした女性。しかしその瞳には光では無く、仄暗い光、『闇』が満ちていた。
― 旧戦死者墓地 地下 闇帝国跡地 ―
旧戦死者墓地の隅にある階段を下ってすぐの所にある盗賊の住処、ギンドレッドの入口である大広間の床や壁、天井は大量の血によって真っ赤に染まっていた。そして大広間の中心には闇帝国で捨て使い捨てと呼ばれていた者達の死体が山のように積み上げられていた。
「かはぁ……」
そんな死体の山から生まれるようにして姿を現す女性。
「はぁはぁ……あの人間……以前よりも遥かに強くなっている」
まるで死体の血肉を糧としてその形を現したように全身が血に染まったその女性は声を震わせながら怯えるようにそう呟いた。
「そしてなぜた、なぜあの人間は人間でありながらあれほどまでに『闇』の力が根付いている?」
自分が見た光景、そして感じた感覚が信じられないというように全身が血に染まった女性は自分の両腕で震える体を抱きしめた。
「あの人間の存在は我々にとって脅威になる……」
死体の血を全身に浴び体を真っ赤に染めた女性は、死体の上に立つとその背から黒い翼を生やし広げる。一見、人間にも見える彼女の正体は、数百年前人類を苦しめ追い詰めた存在、夜を生きる魔族、夜歩者であった。
「早く、スビアを探し出さなきゃ……」
夜歩者である彼女は自身の主であり、兄のようであり弟のようでもある者の名を呟くと、闇帝国の残党の死体が積まれた大広間から飛び立つのだった。
ガイアスの世界
復活した夜歩者。
夜歩者は自分の肉体が滅びた時、眷属の血肉を使い復活するという能力を持っている。
復活した夜歩者は、どうやら闇帝国の団員たち全てを例外なく、無自覚に自分の眷属にしていたようだ。
フードを深く被った女性が感じ取っていた残党たちが放っていた悪い気配の正体とは夜歩者の眷属としての気配だった。しかし彼ら残党は使い捨てという役目から世界各地に散っていたため、眷属としての影響が薄かったようで、夜歩者は復活するために残党全員の血肉を必要としたようだ。




