狭間で章2 もう一人の復讐者、無慈悲な刃
ガイアスの世界
騒動後のガウルド
魔物の襲撃により大きな被害が出たガウルド。幸いだったのは、その規模に対して死者が少なかったこと。
ガウルドの滞在していた冒険者や戦闘職、そしてヒトクイの兵士たちによる活躍が大きいと言える。
そんなガウルドでは魔物による襲撃によって壊された町の修復、復興が始まっている。大きな被害を受けた広場などは現在侵入禁止となっているが、被害が少なかった場所は、普段の日常を取り戻し始めているようだ。
狭間で章2 復讐の連鎖、無慈悲な刃
……大切だと思った人は皆、私の前から消えていく……だからあたしは……
私には記憶が無い。気付いた時には何処とも分からない場所に一人立っていた。まるで自分が知らない世界に迷い込んだような感覚を抱きながら、私は右も左も分からない森を歩き続けた。今思えばよくあの魔物が徘徊していた森で生き残ったと思う。
何時間、何日をその森で過ごしただろう。どれだけ歩いてもまるで同じような光景、代り映えしない森の中、削られていく体力。何処だか分からないという緊張と恐怖に私の精神は限界を迎える。
体力が尽き動くことも出来ず足を止めた私はその場に倒れ込んだ。自分の最期が頭を過り怖かったがその恐怖を現す力すら残っていない私は迫る死をただ受け入れることしか出来ない。ゆっくりと静かに、だも確実に私に迫る死。でも私に迫った死は差し出された手によって振り払われた。私の前に現れ手を差し伸べてくれた人、それが団長だった。
この手を取っていいのかという判断すらもう出来ない私は半ば意識を失いかけながら差し出された団長の手に触れた。
触れたその手は、大きくゴツゴツしていたけど、暖かく優しかったのを覚えている。その手の温もりに安堵した私はその手に身を任せるように意識を失った。
極度の緊張と精神的、肉体的な疲労で私は数日間眠り続けた。後で話しを聞けば、私がいた場所はヒトクイの中で一番大きいと言われる山の麓にある通称、死道とも呼ばれる迷いの森だった。自らの命を絶つ場所としても有名で、当然女一人で出歩く場所では無く団長は私を見つけた時、自殺志願者だと思ったらしい。
意識を取り戻し、会話が出来るようになった私は、命を助けられたからなのか、それとも団長の人柄なのか、自分には記憶が無いこと、何故あの場に居たのか分からないこと、今自分が理解している自分の全てを話した。
私の話を何も言わず全て聞いてくれた団長はその大きな手で私の頭を撫でながら、大丈夫だと笑顔で呟いた。
行くあても無かった私は団長と団の仲間たちと行動を共にすることにした。彼らは世間的には盗賊と呼ばれる存在で、お世辞にも良い人とは言える人達では無かった。
でも彼らの中には他の盗賊には無い掟があった。その掟とは
殺しは極力行わない
物を奪うのは評判の悪い貴族だけ
奪った物の九割は貴族に虐げられた者達へ配る
この三つ。彼らの行いは盗賊の中でも珍しい義賊と呼ばれるものだった。
綿密な調査の後、標的が悪事に手を染めている証拠を掴むと団長たちは作戦を決行する。奪った品は被害にあった人々に分け与えられ、僅かに残った分を自分たちの戦利品とする。これが彼らの活動だった。
そんな団長たちの義賊としての行動を近くで見ていた私は、団の仲間に、団長に憧れを抱くようになっていた。その想いは私を突き動かし、自分もその活動に参加したいと志願した。
団長と団の仲間たちは困った表情を浮かべていた。捕まれば命は無い。そして一度足を踏み入れればもう太陽の下を歩くことは出来ないと団長や団の仲間たちに脅され拒まれたが、私は引き下がらなかった。
正義への憧れ。義賊とは言えその行動は盗賊と変わらず、それを正義と呼べるのかは分からない。ただ私は団長達が抱く正義に強く惹かれたのだ。
どう言っても引き下がらない私に対して根負けした団長は、困った表情を浮かべたまま首を縦に振り私の入団を受け入れた。
そこから私の盗賊稼業が始まった。団長や団の仲間たちから義賊としての技術を叩きこまれ世間一般的には外道職と言う蔑称で呼ばれ嫌われる盗賊に私はなった。
なぜ自分がここまで正義に憧れているのかそれは分からない。もしかしたら記憶があった頃の私と正義には何か関係があるのかもしれない。でも今思えば最初は記憶が無いという不安な気持ちを紛らわす為だったのかもしれないとも思った。でも評判の悪い貴族から様々な物を盗み時としてそう言った貴族を懲らしめたことによって救われた人々の笑顔を見ている内に私は盗賊が天職だと思うようになった。
それからの日々は危険で怖いこともあったが、充実した日々だった。歳を重ねていくうちにやれることも多くなった私は団長から盗賊以外の事も色々と学ぶようになった。
本当に、本当に充実した日々だったと今でも思う。あの日が来るまでは……。
団長たちと出会ったから約二年が過ぎ、盗賊として経験を積み団の仲間から一人前と認められるようになった頃、私たちに何の説明も無く団長は忽然と姿を消した。
私は団の仲間と共に姿を消した団長を探した。でも何も言わず何の痕跡も残さず姿を消した団長を探し出すことは出来なかった。
どれだけ待っても帰ってこない団長。きっと何か理由があるのだろうと私は団の仲間達と共に義賊を続けながら団長の帰りを待ち続けた。けれど団長は私たちの所に帰ってくることは無かった。
それからしばらくして、影から私たちの活動を援助してくれていた武具商人がある知らせを持ってきた。
団長は、遠い砂漠の地で殺された
最初、私や団の仲間は武具商人の言葉が信じられなかった。盗賊と言いながら下手な冒険者や戦闘職よりも強かった団長。そんな団長が殺されたなんて団の仲間や私は信じられなかった。でも武具商人は事実だと言う。
取引の為に大陸へと渡っていた武具商人は偶然にその地で団長を見つけたのだという。でも既にその時には団長は殺された後だったと悲しみを含んだ表情で武具商人は私たちにそう告げた。
普段、笑みを常に絶やさない武具商人の表情が悲しみに染まる。私や団の仲間たちは武具商人のその表情を見てそれが真実であると受け入れるしかなかった。
団長が居ない間も続けた義賊としての活動だったが、成果はあまり芳しくなかった。それに追い打ちをかけるように団長の死の知らせを受けた団の仲間たちは精神的支柱を失ったことで、一人また一人と団を抜けていった。そして私一人だけが取り残される形となった。
生きる希望を失ったように、目標を失ったように、そして実の父のように慕っていた団長を失った喪失感から、私の足はあの森へ向いていた。
森の入口に立つ私にはもう生きる気力が無かった。このままこの先に続く森へと自分の身を委ねようと思った。
その時、私を引きとめたのは団長の死の知らせを持ってきた武具商人だった。
― あなたはこんな所で死ぬべきではない、何もかも奪われたあなたにはやることがあるはずだ ―
武具商人は少し熱が籠った口調でそう語り死に向かおうとしていた私を引きとめた。以前聞いた話によれば団長と武具商人はそれなりに付き合いが長く、取引相手以上の親交があったたようだ。
父親のように慕っていた団長を私が失ったように、武具商人もまた、気心の知れた友人を失った。そんな武具商人が私を励ましている。武具商人の言葉は自然と私の心に染みわたっていくような気がした。
このまま森に身を委ねて死んでいくのは簡単だ。でも本当にそれでいいのか。武具商人に言われた言葉で私は自分の心を奮い立たせ、今の自分が出来る事を考えた。そして私は自分の中に湧き上がる感情の存在に気付き一つの結論に辿りついた。私の中に湧き上がった感情、それは殺意と復讐だった。
自分の中にここまで強い感情が存在していた事に驚きながらもそれを自分の動力にして私は動き出した。
ただ動き始めたのはいいけれどすぐに壁にぶち当たった。壁となったのは自分自身の実力の低さだった。下手な冒険者や戦闘職よりも実力が上であった団長を殺した者は、当然相当な手練れのはず。
そんな相手に今の私が挑んでも結果は見えている。だから私は今以上に強くなる必要があった。でも、そう簡単に強くなることは出来ない。あれこれ考え最初に行きついたのは転職だった。戦闘職と一応呼ばれているものの、その本質は戦闘には無い盗賊では団長を殺した手練れに復讐するには力不足だった。だからもっと攻撃的な戦闘職に転職すればと考えたが直ぐにそれが難しい事に私は気付いた。
転職する為には基本、転職場という場所に行かなければならない。転職場では、転職を求めてやってきた者の戦闘職履歴を確認するのが通例だ。でもこれが問題だった。戦闘職履歴とは転職を希望する者がこれまでどういった戦闘職に就いていたかを確認する転職場の職員だけが扱える魔法であり、これによって転職を希望する者の実力やこれまでの経歴が分かるようになっている。ということは私が転職場に行き職員に戦闘職履歴を確認されれば、即座に盗賊である事がばれてしまう。そうなれば私は即座にその場で捕まり復讐どころの話ではなくなってしまうのだ。それだけは絶対に避けなければならない。転職が出来ない以上、私は別の何かで強くならなければならなかった。
転職を諦め別の形で強くなる方法を探していた私の所に突然その情報は舞い込んできた。それが伝説の武器だった。
手にすれば国一つ滅ぼすことが出来るとも噂されるその武器は、世界各所に存在する秘境の奥地やダンジョンの最終到達点である宝物庫の中にたまにある代物であるという。伝説と言われ希少と言われているが意外にもそれなりの数が発見されているいう話を聞いた私は、伝説の武器と呼ばれる代物を探すことに決めた。でも、また私の前に問題が浮上した。
伝説の武器が存在する秘境の奥地やダンジョンには強力な魔物や罠が存在している。罠に関しては盗賊の能力を生かせばさほど難しいことではないが、問題なのは強力な魔物だった。
一応魔物との戦闘経験はあるものの、私の実力は良くて中の下。強力な魔物を相手にするには私の実力は明らかに不足していた。
圧倒的な実力不足を補う為に伝説の武器を探しているというのに、その伝説の武器を手に入れる為には実力が必要になってくる。堂々巡りだった。
でも私は諦めなかった。秘境やダンジョンに向かうことが出来ないのならば、伝説の武器が流れる市場に行けばいいのだと考えた。
所有者を失った伝説の武器が何処かの市場に流れているかもしれない。そう考えた私はヒトクイ中の珍品が集う市場に足を運んだ。
結果として、伝説の武器と呼ばれる代物は幾つか見つけることは出来た。でもどれも高額で私ではどれ一つ手が届かなかった。
よく考えれば当然だった。伝説と名の付く武器は誰もが欲しがる物。当然その値段は高額になる。たかが一介の盗賊が買える訳がない。すぐにその考えに行きつかなかった馬鹿さ加減に私は自分自身に呆れてしまった。
盗賊の私では転職も出来ない。伝説の武器を買う為のお金を稼ぐ事も出来ない。出来ることと言えば盗むことだけだ。そう自分の無力さを嘆いていた時に私は自分の言葉で自分が何者であったかを思い出した。そう私は盗賊だ。盗むことが仕事なのだ。伝説の武器を買うことが出来ないのなら、盗めばいい。
まるで盗賊としての私の肩を押すかのように状況は動き出した。ゴルルドに伝説の武器を持っている奴がいる、そんな噂が私の下に舞い込んできた。
私はその噂を信じてすぐにゴルルドへと向かった。そして私は……あの人に出会った。
最初は本気であの人から伝説の武器を盗もうと思っていた。でも遠くからずっとあの人を見ているうちに、近づき一緒に行動するようになっていくうちに、私の目的は変わってしまった。伝説の武器を盗むという目的が自分の心から消えていくのを感じた。そればかりか団長を殺した者への復讐心すら私の心から消えていく。その復讐心に置き換わるように別の感情が大きくなっていく事を私は感じた。
それは胸を躍らせたり苦しくさせたり、不安にさせたりと様々な表情を持っていた。他の事が全てどうでも良くなる程あの時の私には心地よく感じてしまっていた。
― 闇帝国本拠地 ―
まるで蟻の素のように無数の通路と部屋が存在する闇帝国の本拠地。少し前まで人気も無く不気味に静まり返っていたその場所には今、闇帝国の残党たちの姿があった。本拠地の中でも一番大きな広間に集まる残党のの男たちは無数にある部屋にあったお宝を持ちより、自分が持ってきたお宝が一番高いとくだらない言い争いで騒いでいた。
そんなバカ騒ぎが続く大広間から少し外れた、無数にある通路の一つをフードを深く被った人物が歩いていた。
「……? おい、あそこに居る奴、お前知っているか?」
通路を歩くフードを深く被った人物の姿を見つけた残党の一人が隣にいた仲間に尋ねた。
「いや、知らんな……」
残党の一人の男のその問にその視線をフードを深く被った人物に向けた仲間の残党の男は首をよこに振った。、
「ねぇ……おじさん達は何をやっているの?」
自分の事について話している残党の男二人に気付いたフードを深く被った人物は、少し幼さが残る女性の声でその二人に尋ねた。
「……女ぁ? へへ……何でこんな場所に女がいるんだ?」
闇帝国の残党である彼らは、使い捨ての駒としての存在だった。そんな彼らは、自分たちを虐げた闇帝国よりも大きな組織、盗賊団になる事を目標に主を失った闇帝国の本拠地に集まっていた。だがその面子の中に女性はいない。この場所に集まっている男だのはずだった。
それにも関わらず、自分たちの前には少女のような声をした人物が立っている。これは由々しき事態だと、悪人面の残党二人の顔はいやらしく歪んだ。
「……こんな場所で女が一人フラフラしていたら何が起こっても文句言えねぇぞ」
何か良からぬ事を考えているいやらしい表情でフードを深く被った女性に近づいていく残党二人。
「……あたしはおじさん達がこの場所で何をしているのか聞いているだけなんだけど」
近づいて来る残党の男二人に怯む様子の無いフードを深く被った女性は、そう口にしながら纏っていた外套を僅かに翻した。
「うほっ! 中々いい身体しているじゃないの」
外套の隙間から僅かに覗くフードを深く被った女性の体を見て、卑猥で気持ち悪い声を上げる男の一人。
「顔も見せろよッ!」
そう言いながら近づいた男はフードを深く被った女性のフードを剥がそうとその手を伸ばした。
「おじさん……最低だね」
フードに手をかけようとする男から一歩後退し逃れる女性は軽蔑するように冷たくそう言い放つ。
「最低で結構、何て言ったって俺らは盗ぉぉぉぉぉぉぉ……」
何かを言いかけていた男の視線の先には突然血しぶきが広がる。
「……あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁ腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
女性が被るフードに手に伸ばした男の腕は、綺麗に切断され地面に落ちていた。腕を切断され大量の血が噴き出すその光景を見て遅れて痛みがやってきた男は悲鳴を上げた。
「こ、このォォォォ……よくも俺の腕をォォォォォォ!」
切断された箇所を手で押さえながら男は目を血走らせてフードを深く被った女性に視線を向けた。そこには低い態勢のまま待ち構えている女性の姿があった。
「なんのつもりだてめぇ!」
仲間の惨事に激怒するもう一人の男。両手に持ったお宝を放ると、低い姿勢を保ったまま動かないフードを深く被った女性に襲いかかった。
「はい、さようなら」
感情の薄い声と共に目にも止まらぬ一閃が一つ襲いかかる男を通り過ぎる。
「ゴファ!」
目にも止まらぬ一閃が体を通り過ぎたかと思えば突然吐血した男はその場に倒れた。
「ひぃひぃぃぃぃぃ!」
腕を切り落とされた男は仲間の男が何をされたかも分からず、ただ恐怖のあまり情けない悲鳴を上げながら腰を抜かす。
「……あれ? ……二人ともただの人間?」
腰を抜かす男にそう尋ねた女性は、首を傾げた。
「は、はははいィ?」
目の前の女性が何を言っているのか分からず、腰を抜かした男は思わず声を震わせながら聞き返した。
「……悪いことしちやったな……まぁいいか、盗賊は悪い人だもの、じゃね」
そう言いながら女性は何の躊躇も無く男の下半身に自分の得物である刀を突き刺した。
「うーん……おかしいな……確かに悪い気配がするのに……」
刃に付着した男達の血液を振り払い腰に差している鞘に刀を納めた女性は周囲を見渡した。
「とりあえず広い場所に行ってみよう」
そう言うとフードを深く被った女性は、無惨な姿となった男達が倒れている通路を後にし騒がしい大広へとその足を進めるのだった。
ガイアスの世界
闇帝国本拠地の構造
下手に入りこめば迷子になる闇帝国本拠地は何層にも階層が分かれており、蟻の巣のうように無数の通路と小部屋が存在する。その全ての通路と繋がっているのが大広間と呼ばている場所である。




