狭間で章1 耳障りな雄叫び
ガイアスの世界
『絶対悪』の残滓を作りだす者
正確には『絶対悪』の残滓に限りなく近いものを作りだす者。
人智を越えている『絶対悪』の残滓の力は到底、人が作りだすことが出来るものでは無い。しかしそれに限りなく近いものを作りだすことが出来る存在がガイアスには存在するという。それは既に
人を超えし領域にある存在であるようだ。
狭間で章 1 耳障りな雄叫び
― 小さな島国 ヒトクイ 首都ガウルド ―
小さな島国ヒトクイの首都ガウルドで起った魔物による襲撃から約一週間。自国の兵士や滞在していた冒険者、戦闘職の活躍によってその被害は最小限に留まったがそれでも町の至所にはその時の爪痕が残りその騒動の大きさが残っていた。
被害は最小限に留まりつつも、国そのものに与えた損害は大きく、その中で一番の被害を受けたのは観光事業だった。
統一後、他大陸からの人々の受け入れが活発になったヒトクイ。大陸にはないその独特な風土などから観光目的でやって来る者が増え、今では観光客が落とす金がヒトクイの財政の一つになっていた。
しかし今回の騒動で国の玄関口の一つである首都ガウルドが被害を受けたために、他大陸の人々の受け入れを制限せざるを得なくなった。首都ガウルドの復興が急務と考えた国は自国の兵士達を大量に投入し、ガウルド復興を急ぎ行っている状態だった。そんな慌ただしい状況の中、ガウルドの人々に大きな知らせが舞い込んできた。
その知らせとはヒトクイの精鋭部隊が盗賊団、闇帝国を壊滅させたというものであった。
世界の裏社会を牛耳っていたとも噂される盗賊団、闇帝国をヒトクイの精鋭部隊が壊滅させたというその知らせは、ガウルドの人々を歓喜させ安堵させた。それがどれほどのものかと言えば、その報告から数日たった現在でも人々がお祭り騒ぎを続ける程。裏を返せばガウルドの人々にとって闇帝国は恐怖と不安をふりまく存在だったのである。
だが世界の裏社会を牛耳っていると噂される程の巨大な盗賊団の消滅を大国とはいえ、島国であるヒトクイの首都ガウルドに住む人々がなぜここまで喜び歓喜し安堵するのか。それは前々から闇帝国本拠地がガウルドの何処かにあるという噂が人々の間で流れていたからだ。
事実、ガウルドでは闇帝国の被害が年々増えており、その噂には真実味が出てきていた。それと同時に被害が出ているにも関わらず殆ど何の対処もしないヒトクイに不満の声をあげる者も多くいた。
そんな中での国によるその知らせは、復興に向け動き出した人々に活力を与え、今まで国の怠慢に怒りを抱いていた人々の溜飲を下げる結果となったのである。
更には今回起った魔物の襲撃に闇帝国が関与していたという報告され、人々は全ての元凶が闇帝国にある事を知ったのだった。
被害はそれなりに大きかったものの、その被害を帳消しにする程の結果を持って魔物襲撃と闇帝国の壊滅という二つの騒動はこうして一応の幕を下ろしたのだった。
しかし人々に向けた国のこの知らせは、半分嘘である。闇帝国に対して精鋭部隊を送りこんだ事は事実ではあるが、その実、精鋭部隊は闇帝国の本拠地に突入することなく撤退を余儀なくされた。闇帝国の団長を討ち取ったという事も実際には少し異なっている。だがそれはガウルドの人々が知ることの無い、知る必要のない、知るべきではない事である。
― ガウルド 旧戦死者墓地地下 闇帝国の本拠地跡 ―
魔物襲撃、闇帝国壊滅から一週間、伝説武具を所持する青年たちが邂逅することなくガウルドをそれぞれ発ってから更に一週間後。
首都ガウルドの端に位置する場所、旧戦死者墓地。その墓地の下には裏社会を牛耳っていた盗賊団、闇帝国が本拠地としていた場所があった。
「……上の方々はここでさぞ甘い蜜を啜っていたんだろうな」
旧戦死者墓地に隠された地下に抜ける長い階段を抜けるとそこには主を失い静まり返った闇帝国の本拠地が広がる。そこに足を踏み入れたどう見ても堅気では無い数十人に及ぶ一団の中、先頭を歩く男は本拠地に放置されたテーブルや椅子、調度品に視線を向けると皮肉を吐いた。
「……どうやら、壊滅してから国の兵士もここには立ち入ってないようだな……物がそのままだ」
放置されたテーブルや椅子、調度品の状態から、一団の先頭を歩いていた男は闇帝国が壊滅してから現在に至るまで自分達以外には誰もこの場所に出入りしていないと判断した。
「……国の兵士たちはガウルドの復興にかかり切りだから、この場所の調査まで手が回らないって所でしょうかね」
先頭を歩く男に対して細い体型の男が下手な敬語を使いながらそう答えた。
「だが、興味本位で冒険者や戦闘職がこの場所に立ち入っておかしくはないんじゃないかの」
二人の話を後ろで聞いていた太い体型をした男が疑問を口にしながら会話に入ってきた。
「うーん、それはね、ここが前々からいわく付きの場所だからじゃないでしょうかね……なんせこの場所の上……元々上墓地だし……」
太い体型の男の疑問に細い男はこの場所がいわくつきの場所である事を語った。
統一戦争最後の舞台となったガウルドでは当然大きな死者が出た。その者達の魂を鎮める為に突貫で作られたのが、今彼らがいる場所の上にある旧戦死者墓地だ。
現在では戦争で亡くなった者達の亡骸は、新たな墓地に移動させられており、彼らがいる場所の上にある旧戦死者墓地は既にその用途を終えた側だけの場所となっている。その為利用する者がいなくなり長年放置され続けたその場所は、不気味な噂を孕むようになり、現在では近くに住む人間でも近づくことは無い。
「だからこそ、闇帝国の本拠地としてうってつけだったという訳だ」
不気味な噂が多く誰も近寄らない場所。だからこそこの場所は闇帝国の本拠地としてうってつけだったと語る一団の先頭に立つ男。
「よし、お前ら……今日からこの場所を俺達のアジトとする……」
手を叩く音がその空間に響くとその音に導かれるように一団は手を叩いた男に視線を向けた。
「とりあえず売れそうな物は全てかき集めて売り払ってこい」
自分に注目する一団に指示を出すと先頭を歩いていた男は右腕を掲げた。
「……ここから闇帝国の底辺にいた俺達の俺達による逆襲を始めるぞ!」
先頭を歩いていた男は声を張りあげながら一団に向けそう宣言した。
「「「「「ウオオオオオオオオ!」」」」」
先頭に立つ男のその宣言に同調するように一団全員は声を荒げ雄叫びを上げる。その声は地下にある元、闇帝国本拠地に響き渡るのだった。
「後は俺達を救ってくれた姉さんが、この場所に帰ってきてくれれば安泰だ……」
各自行動を始めた一団を見つめながら近くにある椅子に腰かけた先頭に立つ男は誰にも聞こえない声で祈るようにそう呟くのだった。
彼らは闇帝国の生き残り、残党である。しかし残党であっても彼らの目的は闇帝国の復活などでは無い。
彼らは闇帝国内に置いて底辺にいた者達だ。自分たちに与えられた仕事は世界各地に散らばり、闇帝国にとって有意義な情報を得ることにあった。だがそれは建前であり、本当は闇帝国にとって不都合になる団体や組織に対して一人で飛び込んでいき自爆するという役目だった。それ故に底辺である彼らは使い捨てと称され捨て駒扱いされた者達だった。
だが、そのお蔭で今回の闇帝国壊滅時にはその被害を受けること無く生き残ることが出来た者達でもある。
彼らは使い捨てだった。だが彼らは生き残った。そんな彼らが今目指しているのは今まで自分たちを使い捨てにした闇帝国を越える組織の結成。今は無き闇帝国を越えることだった。
「……る……さいな……」
闇帝国を越える組織を誓う彼らの雄叫びが本拠地中に響き渡る。そんな彼らの雄叫びをその場所から少し離れた小部屋で耳にした者がいた。
フードを被ったその人物は不快そうにそう呟くと上体を起した。どうやら彼ら雄叫びはこの人物の眠りを阻害されたようであった。手で目をこすりながら立ち上がったこの人物は、ゆっくりと周囲を見渡すと被るフードを深く被り直した。
「……感じる……嫌な気配……でも……暇が潰せそう……」
途切れ切れにそう呟いたこの人物は黒い靄のようなものを漂わせながら何かに導かれるようにして自分がいた小部屋を後にするのだった。
ガイアスの世界
闇帝国の残党
闇帝国には階級が存在する。闇帝国は団長への忠誠心と実力主義である為にそれは当然とも言える。
その中で一番下、底辺に存在する者たちを闇帝国では、使い捨てなどと呼んでいる。
彼らの仕事はガイアス各地に飛び、闇帝国にとって有意義になる情報を得ること。しかしその実体は闇帝国にとって不利益になる団体や組織への自爆攻撃であり、簡単に言えば鉄砲玉のような役目だった。
その為、使い捨てと呼ばれている。
自爆に失敗し敵などに捕まり団の情報を吐かされそうになった場合、潔く自害する事を望まれており、もし自分の命欲しさに団の情報を吐こうとすれば、入団時にかけられた呪いによって即死することになる。
その為、今まで一切、闇帝国の情報は漏れることが無かったという。ただし下っ端である彼らが持つ情報には何一つ価値が無い。
そんな命を軽く見られていた彼らが、騒動の折、各地に散らばっていたことで生き残ったのは皮肉とも言える。
闇帝国が消滅した今、彼らは自分たちを虐げてきた組織を越える組織を作る為に闇帝国の本拠地に集結するのであった。




