隙間で章14 誘い導く悪臭
ガイアスの世界
黒い何かに呑まれたゴッゾ。
黒い何かに呑まれたゴッゾの戦い方にもはや侍の面影は無くただの化物のようであった。手に持つ刀は黒い何かと同化しまるで触手のように伸び、鞭のようにようにしなり、それに触れた者を両断する。
近づくことすら出来ないゴッゾの攻撃は超回復を持つガイルズですら苦戦させる程であった。
隙間で章14 誘い導く悪臭
「うぅぅぅ」
雲一つない空に月が昇った頃、虫の声以外、生物の気配がしない場所で男は小さく唸りながら意識を取り戻した。
「……うぐぅ……」
うつ伏せに倒れていた男は僅かに走る痛みに耐えながら体を起こすと状況を把握する為に周囲を見渡した。
「……はぁ?」
周囲を見渡した男の第一声はそれだった。状況を把握する為の行動によって更に状況し難い事を理解した男は、広がるその光景を前に首を傾げるしかなかった。
「ここは……どこだ?」
意識を失う前男は、ムハード大陸の砂漠の端にある小国にいたはずだった。しかし意識を取り戻した男の前に広がるのは、木々が生い茂る森のような場所。自分が滞在していた小国にこんな場所があっただろうかと男は記憶を巡らすが思い当たる場所は無い。そもそも男が最後に居た場所は小国の象徴である城が見える広場、処刑場であったはずだった。
「……どういうことだ、俺は確か処刑場であの黒い変な奴に呑み込まれたはず……なのになぜこんな場所に……」
突然湧いてでたように現れた得体の知れない黒い何かが襲いかかってきた、それが男の意識を失う前の最後の記憶だった。
「誰かがここに運んだのか? ……いや、それは無いな……そんな暇、あの国にいた連中には無かったはずだ」
冷静に当時の状況を思い出す男。得体の知れない黒い何かは、国中に広がり小国の人々を自分と同じように襲っていた。あんな混乱状態の中、他人に意識を向けることが出来る者はあの場には殆どいなかったはずだと男は考え、自分がこの場所に担がれてきたという可能性を即座に否定した。
「……なら、あの得体の知れない何かがここまで運んできたってことか? ……理由が分からない」
動物や魔物ではない事は明らかで、そもそも生物であるのかも疑わしいソレが自分をここまで運んでくる理由が見つからない男。
「だぁぁぁぁ……分からねぇな……とりあえず動いてみるか」
考えても自分の知識では答えに辿りつかない事を悟った男は頭を掻きながら立ち上がると、高くなった目線でもう一度周囲を見渡した。
「……お、おい……」
そこで男はある光景を目にした。
「あれって……砂丘か……」
男が意識を失う前にいた小国は、高低差が激しい砂丘に囲まれた場所であった。まるで天然の城壁や監獄という印象を抱かせるその砂丘は、常人には入ることも出ることも難しいとされ越えるのは殆ど不可能と言われていた。そんな小国を囲っていたはずの砂丘が男の視界に入った。
「……ということは……やっぱりここは……」
その砂丘を視界に捉えた男は、やはりこの場所は小国の何処かである事を認識する。
「……あれ?」
今いる場所が小国である事を認識しその小国の名を口にしようとした時、男はある事に気付いた。
「……名前がでてこねぇ……」
数週間滞在した国であるにも関わらず、男はその国の名が出てこなかったのだ。思いだそうとしても、まるでそこだけポッカリ穴が空いたようにその国の名だけが出てこない。
「何だ、一体どういうことだ」
それが単なるド忘れではない事は明らで自分の周囲で何か異常な事が起っている事に気付いた男は表情を僅かに険しくした。
「チィ……」
その場に居ても埒が明かないと考えた男は、自分が倒れていた場所の近くに落ちていた特大剣を軽々と拾うと背中に背負いその場から移動を始めた。
歩く先々に現れるのは木々ばかり。一つとして建物の姿は無い。歩く先々にある雑草も伸び放題であり到底人の手が入っているようには思えないし見えない。
「本当にここは俺がいた国なのか?」
あまりにも意識を失う前と様子が違うその場所に、本当に今居る場所が小国であるのか疑う事しか出来ない男。
「……かなり広いな……」
歩いても歩いても相変わらず現れるのは木々と伸びきった雑草ばかり。今自分がいる場所がかなり広い場所である事を男は感じていた。それと同時にこの場所が小国なのかという疑いが更に強くなる。もしこんな場所が小国に存在していとすれば、絶対に見逃すはずはないと男は今居る場所が何処なのか見当がつかない。
「……水の音か?」
道なき道を進み続ける男の耳に突然、水のような音が聞こえる。
「これは川か?」
水が流れているような音の方向へと足を進めていく男。
「やっぱり川だ……」
少し進むと開けた場所に出た男。その視線にはか細いが確かに水が流れる川があった。
「国の中に川……別に国の中に川が流れていてもおかしなことじゃないが……」
国の中に川が流れていることなど別段おかしくはない。だがそれはあくまで普通の環境にある国ならばの話だ。今男がいるだろう場所は砂漠の中にある国。事実、男は小国で川を見かけたことは無かった。
「わからねぇ……本当にここは何処なんだ?」
城壁のようにそびえる高低差の激しい砂丘がある以上、そこは明らかに自分が知っているはずの場所であるにも関わらず、全く別の場所のような姿を見せる周囲の環境に男の思考は更に混乱していく。
「はぁ……考えても分からないものは分からない……」
普段あまり深く考えず行動する男は、珍しくアレコレと考えしまい疲れた表情を浮かべた。
「まずはこの川に沿って歩いて行こう」
考える事を放棄するように男は川に沿って歩く事を決め歩き続ける。雑草を掻き分けるのに比べれば断然楽な移動に男の歩行速度が上がる。
「……ん?」
か細い川に沿ってしばらく歩いていた男は、何かを感じ取ったように立ち止まった。
「……このにおい……」
男の嗅覚は常人に比べかなり鋭い。それは自分の内に秘めた力の副産物とも言えるもので物や人を探すのに重宝していた。
「……この先に閃光がいるな」
クンクンとまるで犬のようにその場に漂うにおいを嗅ぐ男。そしてそのにおいの持ち主が、自分と行動を共にしていた人物である事に気付いた。
「……」
だがにおいはそれだけでは無かった。
「これは……あの黒いのに似ている……」
閃光と呼ばれた人物のにおいの他に、もう一つにおいがすることに気付いた男は表情を険しくさせた。明らかに男にとってそのにおいは嫌な気配を纏っており自分に襲いかかり呑み込んだ黒い何かに酷似したにおいだったからだ。
「……」
男の中に秘められた力が警告する。全身の毛が逆立っていくのが分かる男。しかし男は歩みを止めない。いや、更に歩む足に力が入る。
どれだけ自分の前に脅威が迫ろうと男は逃げない。それがこの男の生き様であり、生きてきた理由の一つでもあった。
「……まさか……お姫様みたいに囚われている訳じゃねぇよな閃光……」
まだその姿は見えない。しかし確かに二つのにおいは混じりあっている。これは閃光と黒い何かが同じ場所に居るという証。だが閃光がその黒い何かと仲良く談笑している訳がない。しかし戦っている雰囲気も感じられない。どういう状況かはわからないが閃光が今動けない状況である事に気付いた男は二つのにおいが強く漂う場所へと足を進めていった。
「……あの盗賊に堕ちた侍を操ってあなたを襲わせてから数年、全く消息が掴めませんでしたが……まさかこんな所で再会できるとは思いもしませんでしたよ」
川岸の側に一人の男が倒れていた。その男の姿を眺めるもう一人の男。道化師のような雰囲気を漂わせるその男は倒れている男を見つめながら生理的に不快さを感じさせる笑みを浮かべた。
「それにしても……あなたとの再会をあの老いぼれに邪魔されるとは……危うく私まであの老いぼれの願望に巻き込まれ時間を奪われる所でした……ですがやはり人間の願望、いや欲望は計り知れませんね……あの老いぼれた王の若くありたいという願望が、まさかこの場の時間を消滅させるとは……ふふふ、そうは思いませんか……」
道化師のような雰囲気を漂わせる男はそう独り言を言い終えるとその視線を少し離れた茂みに向けた。
「ッ!」
その瞬間、道化師のような雰囲気を漂わせる男が視線を向けた茂みから特大剣を振りかざした男が飛び出してきた。飛び出した勢いのまま道化師のような雰囲気を漂わせる男に向かって男は突っ込んでいく。
男が持つ大喰らいと呼ばれる特大剣には、幾人もの命を奪い喰らってきたという悪名がある。それは事実であり、その一撃は振り下ろすだけで命を容易く刈り取って行く代物であった。
特大剣という大きな質量を持った大喰らいを常人が受け切ることは不可能、避けることでしか自分の命を守る手段は無いと言われている。だがこの男が大喰らいを振う事で、常人が唯一自分の命を守ることができたはずの避けるという行為すら不可能になる。なぜなら人間の領域を越えた男が放つ大喰らいの一撃は、特大剣にも関わらずまるで短剣のように鋭く速いからだ。
「おらぁああああああ!」
圧倒的な速度と破壊力を乗せた大喰らいの一撃が道化師のような雰囲気を漂わせる男目がけて振り下ろされる。その一撃は地面を砕き、周囲ら地鳴りを呼び起こした。
「……」
男の放った一撃は先手必勝、見敵必中のはずだった。しかし大喰らいで砕いた地面に押し潰された道化師のような雰囲気を漂わせる男の姿は無い。
「ふふふ、いい一撃ですね……ふふふ……あなたの事もしっかりと見ていましたよ」
道化師のような雰囲気を漂わせる男は、男が放った大喰らいの一撃を軽々と躱していたのである。男の一撃を躱した道化師のような雰囲気を漂わせる男の表情に一切の動揺は無く笑いながら男を見つめていた。
「チィ……外したか……」
渾身の一撃を外した男は大喰らいを肩に乗せると、自分を笑いながら見つめる道化師のような雰囲気を漂わせる男を見つめた。
「……処刑場にいた時から何かクセェ臭いがするなと思っていたが……」
処刑場での騒動の最中、ずっと男は自分の鼻を刺激する臭いを感じていた。その臭いは男の中に秘めてられた力をざわつかせていた。
「その臭いの元はあんただったか……」
その正体を突き止めた男はニヤリと笑みを浮かべた。
「あらら、武具商人という商売上、お客様と接する機会が多いので臭いには気を付けているつもりなんですがね……」
そう言いながら自分の正体を明かした道化師のような雰囲気を漂わせる男こと、武具商人は男の言葉に対しておちゃらけてみせた。
「武具商人……最近、色々と裏で何か企んでやっていると噂なのは、あんたのことかい?」
戦場に長くいると戦場に関する様々な噂を耳にする事が多くなる。その中でガイルズは近頃、腕のいい武具商人の噂を耳にしていた。しかし噂はそれだけでは無い。その武具商人が裏で様々な悪事に手を染めているという悪い噂も男は耳にしていた。
「戦場において生ける伝説とも言われているあなたにそう言ってもらえると私も努力の甲斐がありますよ、ガイルズ=ハイデイヒさん」
今まで邂逅したことは無かったが、お互いの事を知っていたガイルズと武具商人は互いの顔を見合った。
「閃光……いやスプリングに何をしようとしていた?」
明らかに倒れている人を助けようとしていた様子では無い武具商人に対して、閃光ことスプリングに何をしようとしていたのかを尋ねるガイルズ。
「ふふふ、それは秘密です……」
ガイルズの問に対して武具商人は持前の生理的に不快にさせる笑みを浮かべる。
「そうか……なら、死ねぇ!」
武具商人が漂わす臭いとその生理的に不快にさせる笑みはガイルズの攻撃性を高めるには十分過ぎる要素だった。
「ふふふ、ふははははははははは!」
死ねと叫び自分に向かい飛び込んでくるガイルズに対し、未だその笑みを解かない武具商人の不気味な笑い声が、『絶対悪』の力の影響によって消滅した小国、いや百数十年前の姿を取り戻したオアシスに響き渡るのだった。
ガイアスの世界
ログ国が消滅しオアシスに変わった理由。
黒い何かに呑み込まれ、物理的にも記憶的にも跡形も無く消滅したログ国。その理由はログ国の王、ニダルマスが抱いた若さを欲するという願望によるものだった。
しかしただ願ってそうなるはずも無く、そこには黒い何かの力が関わっていた。黒い何かは人の願望を叶える性質を持っていたようだ。しかし素直に人の願いを叶える訳では無く曲解、歪曲して叶えてしまうようだ。
ニダルマスが抱いた若さという願いを曲解、歪曲した黒い何かは、ログ国の百数十年という時間を消し去ることで、その願いを叶えたようだ。




