時を遡るで章(スプリング編)24 捻じ曲げられた志
ガイアスの世界
初めての共闘
アカリフ大陸での一件以降、行動を共にすることになったスプリングとガイルズ。しかしその旅は何とも空気の悪いものであった。(空気を悪くしているのは常にスプリング)
スプリングは一切口を利かずガイルズから話しかけられても無視を続けていた。しかしそれでも果敢にめげずに話しかけるガイルズのしつこさに負け口を開くようになったスプリング。、だがスプリングは最低限の会話しかせずに常にガイルズから距離を置いていた。
そんな状況が続いていた為、道中魔物に襲われても各自撃破が基本で、ガイルズが大勢の魔物に囲まれれば、その状況をスプリングはチャンスと捉え、その場から即離脱。自慢の足を使ってガイルズから逃げようとした。
しかしどれだけ逃げても何故かガイルズはスプリングを見つけ出すという事を続けながら二人はムハード大陸のログ国に辿りついたのであった。
そんな道中だった為、初めて共闘したのは、巨人ニダルマスと戦った時であった。
時を遡るで章(スプリング編)24 捻じ曲げられた志
青年が自我を持つ伝説の武器と出会う少し前……
突然処刑場に響き渡った豪快な笑い声はまるで雷が落ちたような音圧であり、その場から逃げようとしていた人々が思わず逃げるその足を緩めてしまう程であった。その豪快な笑い声がする方へ人々が視線を向けるとそこには城の門と同等程はあった巨人が力無く倒れている姿とその巨人を背に満足そうな表情を浮かべ豪快に笑うガイルズの姿があった。
この時まさか城の前で倒れている巨人がこの国を百数十年に渡って支配していた王、ニダルマスだとは知る由もないログ国の人々は、めに映った光景に一瞬時が止まったように唖然としていた。
「「「「オオオオオオオ!」」」」
しかし時が動きだしたかのように、次々とログ国の人々からポツリポツリと歓喜の声が沸き上がってくる。自分たちを巨人から守ってくれたのが豪快な笑い声をあげる男だということは、その場にいた人々全員がその瞬間、共通認識として理解しはじめたからだ。思考からでは無い、衝動、心から湧き出る歓喜の声が人々の中から発せられる。それは伝染するように隣、また隣と移り、やがて大きな歓声の渦へと変わり、ガイルズの笑い声をかき消していく。
「お? おお……おおオオオオオオオオオ!」
処刑場の様々な場所から称賛の声が向けられたガイルズは、その声々に答えるように雄叫びのような声をあげる。
突如として現れた巨人に対して、人々を守る為に戦ったガイルズの姿は、まさしくログ国の人々が望んだ希望の光、英雄の姿だった。
「うるせぇ……」
そんな中一人面白くないという表情を浮かべるスプリングは沸き立つ人々の声や無駄に大きいガイルズの声に悪態をついた。
正直、手柄を横取りされた事に不満が無いかと聞かれればそれは嘘になる。だがそんな事よりも今のスプリングにとって重要だったのは、巨人を自分の力だけで倒せなかったという事実だった。
閃光の二つ名通り、スプリングは速度を活かした戦い方を得意としている。その速度から放たれる斬撃もまた常人の目では追うことが出来ない速度を持っている。しかしそんなスプリングの戦い方には問題点があった。素早く攻撃することは出来ても一撃の重みが軽いのだ。
普通の人間相手ならば自身が得意とする素早さと手数の多さでカバーできていたため、さほど問題にはならなかった。しかしそれはあくまで普通の人間や小型中型の魔物に対しての戦い方でしかない。今回のような巨大な相手に対して求められるのは、速度でも無く手数でもない。いや速度も手数も必要だが最も必要とされるのは圧倒的な破壊力を持つ一撃なのである。
その力が自分に足りていない事を自覚しているスプリングは、癪ではあったが圧倒的で強力な一撃を放つ事が出来るガイルズにその力を借りる決断をしたのだった。
自分が素早さで翻弄しその隙を突いてガイルズが強力な一撃をニダルマスに放つという、スプリングが囮となる作戦は、結果として上手くいった。しかしスプリングはその瞬間、自分という存在がこの戦いには必要無かったことに気付いてしまった。
ガイルズの放った一撃はニダルマスに対して明らかな過剰殺傷だった。そんな強力な一撃には未だ余力があるようにスプリングには見えていた。ガイルズは底知れぬ実力を未だ隠している事にスプリングは気付いてしまったのだ。
あの日、アカリフ大陸の戦場で自分と戦った時もガイルズは本気では無かった。そして自分が太刀打ちできないニダルマスを相手にしてもガイルズは本気を出す事無く勝つことが出来る。自分とガイルズとの間に大きな実力の差があるという事実は、これまで若手で一番『剣聖』に近いともてはやされていたスプリングの心をざわつかせていたのだ。
「……」
人々に囲まれもてはやされるガイルズの姿をジッと見つめ、考え込むスプリング。
「倒したのだな……」
人々を処刑場から逃がす為、安全な場所へと誘導していたゴッゾは、英雄の片割れと言えるスプリングの姿を見つけると驚いた表情を浮かべながら近づいてきた。
「ふふ……ああ、あんたの願いは叶ったみたいだな……」
処刑場で暴れる巨人から人々を逃がす為、時間稼ぎをしてほしいとゴッゾに頼まれていたスプリング。結果的にガイルズが巨人を倒した事でゴッゾの願いが叶った事に対してスプリングは自嘲気味に笑いながらそう答えた。
「……どうしてそんな自分を貶めるような笑みを浮かべる?」
自嘲気味な笑みを浮かべるスプリングに対してゴッゾは尋ねた。
「ふんッ! ……当たり前だろ、戦う前、あれだけあんたにイキっておいて、蓋をあけたらこれだ……俺は何も出来なかった……いや、何もしなかったんだよッ」
隙を作る、陽動するという言葉だけ聞けば、聞こえはいいが、結果としてスプリングがしていた事はニダルマスの足元をウロチョロしただけ。しかもガイルズにとって自分の行動は殆ど意味を成していなかった事を理解しているスプリングは、尋ねてきたゴッゾに対して僅かに語気を強めながらそう答えた。
「……果たして、そうだろうか?」
僅かに語気を強めたスプリングの言葉に対して疑問を投げかけるゴッゾ。
「はぁ?」
不本意ではあるが自虐的な自分の言葉に対して共感や同意を求めていたスプリングは、そのどちらでもない答えを提示したゴッゾに対して苛立ちを露わにする。
「あんた程の実力なら、俺とあいつの実力の差ぐらいすぐに見抜けるだろう?」
その苛立ちは言いたくもない言葉をスプリングの口から吐露させる。
「ふむ……隣の芝生は青く見えるだな……他人が持つ自分には無いものを欲する気持ちは私にもよくわかる……だが、無いものを、ましてや手に入れられないものを追い求めても時間の無駄だと思わないか?」
「はぁッ!」
まるで強くなる事を諦めと言われているようなゴッゾの言葉にスプリングの苛立ちは怒りに変わる。
「まてまて! こ、言葉が足らなかったのなら謝る」
怒りを露わにするスプリングを落ち着かせようと両手を前に出し諭すゴッゾ。
「私が言いたかったのは、他人が持つものに憧れて時間を無駄にするぐらいならば、その時間を使い自分が持つものをより磨き輝かせたほうがいいのではないかと言いたかったのだ」
「自分が持つものを磨き……輝かせる……」
ゴッゾの言葉が聞いたのか、怒りが落ち着いていくスプリング。
「そうだ、あの男の何処に貴殿が憧れているのか……」
「……」
「……あ……あ、あの男の何が貴殿の心を駆り立てるのかは分からないが……」
無言の圧力。突然スプリングから先程とは違う怒りを感じとったゴッゾは、自分の言葉に原因があると理解すると即座に言い回しを変えた。
「……」
「……ふぅ……あの男にはあの男の、そして貴殿には貴殿の良さがあるはずだ、その良さを磨き極めれば、それは貴殿の輝きになるのではないか?」
言い回しを変えた事でスプリングの怒りを回避することに成功したゴッゾは額から溢れる冷汗を拭うと話を続けた。
「……俺はそう思って今まで戦い続けてきた……でも……通用しないんだ……俺はどうすればいいのか……もう分からない……」
剣の師であるインセントから指導を受けていた時から感じていた違和感。その違和感を解消する為に単身、戦場に出て己の戦い方を見出したスプリング。しかしその戦い方が通用しない相手がいる事をはっきりと自覚してしまった今、自分がどうすればいいのか分からなくなった気持ちを吐露した。
「……どんな事にも壁は存在する、上れない、ぶち壊すことが出来ないと嘆くのは簡単だが、そこで歯を食いしばり、上る方法、ぶち壊す方法を模索することも出来る……貴殿は今まで壁を越えようと模索したから今まで戦い続けてこられたのではないか?」
「……ッ!」
今まで自分がしてきたことは無駄では無いと肯定されているように感じたスプリングは、ゴッゾのその言葉に目を見開いた。
「……自分が志した事を信じ、突き進む……私はこの言葉を今日程、実感した事はない……なにせ、自分の力ではないとはいえ、この国を支配していた王を討ち倒す事ができたのだから」
そう言いながら破顔するゴッゾ。
「……な、何か……悪かった……」
破顔するゴッゾの言葉に、憑き物が取れたように心が軽くなったスプリングは、今までの非礼を詫びると頭を下げた。
「いやいや、頭をあげるのだ、ただの年寄りの戯言だ」
態度を改めたスプリングに対して慌てるゴッゾのその姿は到底、盗賊にもこの国の英雄になり損ねた者にも見えない。
「ふふふふ……」
そんなゴッゾの姿に思わずスプリングは笑いが込み上げてくるのであった。
― ニダルマス王死後、数時間後 ―
スプリングと会話を終えたゴッゾはその足でログ国中を駆け回り人々に再び処刑場に集まって欲しい伝え回った。ガイルズという新たな英雄の存在が誕生したとはいえ、これまで自分たちを影から守ってくれたゴッゾの頼みを断る者は殆どおららず、ログ国中の人々が、彼らにとっての悪夢の場所である処刑場に集まった。
処刑場に集まったログ国中の人々およそ二千人に対して、ゴッゾは今回の騒動の真相を語った。巨人の正体がニダルマス王であった事。そのニダルマス王がこの国にやってきた傭兵ガイルズとスプリングの手によって討たれた事。そしてこの国が今、支配から解き放たれた事。その内容はログ国の人々にとって到底信じられるものでは無かった。だがゴッゾの言葉は彼らの心を開いていく。最初は信じられないと不安な表情を浮かべていた人々。しかし次第にその表情は不安から希望へと変わって行く。
そして気付けばゴッゾの言葉にログ国の人々は歓喜の声を上げこれからの希望ある未来に心躍らせたのであった。
だが、ログ国の人々が抱いた夢は、僅かこの数秒後に舞い上がった血しぶきによって悪夢と絶望へと変貌することになった。
その発端を作ったのは、この国をニダルマスから解放しようと行動しログ国の人々からおおきな信頼を得ていたはずのゴッゾであった。
「それでは皆さん……さようなら」
今の今まで朗々とこの国が解放された事を処刑場に集まったログ国の人々に語っていたゴッゾ。しかし突然人が変わったようにゴッゾはログ国の人々にそう最後の言葉を告げると近くにいた男の胸を自分の腰に下げていた刀で一突きにした。
「……なっ!」
歓喜に震えていた人々を遠目から見ていたスプリングは目の前で起った突然の事に頭も体も追いつかずその場に棒立ちになっていた。それほどまでに目の前で起った光景はスプリングにとって衝撃的であり信じられないものであった。
「はっ! ……これはッ!」
スプリングと同じく別の場所からその光景を見ていたガイルズは苦悶の表情を浮かべていた。それは一見ゴッゾが起こした行動に対してスプリングと同様に衝撃を受けているようにも見えるが、そうではない。ガイルズは感じ取っていたのだ。ゴッゾから溢れだす黒い何かを。
― カル二バル城内 玉座の間 ―
「あらあら、予想外な事が起きましたね……放った本物の『絶対悪』の残滓がまさかニダルマスでは無くこの国を救おうとしていた彼に向かうとは……」
主を失いより一層静まり返ったカル二バル城の玉座の間にある窓から処刑場で次々と人々を切り捨てて行くゴッゾを見ていた武具商人は珍しく驚いた声を上げた。
「ふむふむ……なるほど、彼は一度その身に『絶対悪』の残滓を宿したことがあるようですね……それが呼び水となったという訳ですか」
刀を振るう度、ログ国の人々の命を刈り取って行くゴッゾの姿をじっと見つめた武器商人は、自分が放った『絶対悪』の残滓がなぜ倒れた巨人ニダルマスに宿らなかったのかその理由に気付いた。
「しかも、彼に宿っていたのは『絶対悪』の残滓の原初……ふむ……全く心当たりはありませんね……まあ、いいでしょう、実に興味深いことに変わりははありませんから」
自分の記憶と照らし合わせるような様子を見せる武器商人。しかし全く心当たりがないのか首を傾げた武器商人は思い出すことを放棄すると、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら処刑場で起る惨劇をまるで喜劇を観るかのように眺めるのであった。
ガイアスの世界
偽物の『絶対悪』の残滓
武具商人がニダルマスに渡した黒い球体、『絶対悪』の残滓は偽物であったようだ。それが何で出来ているのか不明。しかし『絶対悪』の残滓と同様に負の力を凝縮しているようでこれを使って武具商人は裏で様々な事をしていたようである。




