時を遡るで章(スプリング編)23 初めての共闘
ガイアスの世界
巨人族
人間を含む人類に該当する種族の一つである巨人族。その姿は通常の人間の身長の二倍程の大きさがある。
その巨体であるが故、人類の中で一番の身体能力持ち、特に筋力がずば抜けて高いが、その反面、他の種族よりも動きが鈍い。
現状、個体数が少なく森人と同様、童話や英雄譚に出てくる架空の種族だと思っている者も多い。だが巨人族の純粋種は少ないものの、他の種族と巨人族の血が混じったハーフの存在は多く、実は薄くはあるが巨人族の血を受け継いでいるという者はガイアスには多くいるとされている。
時を遡るで章(スプリング編)23 初めての共闘
青年が自我を持つ伝説の武器と出会う少し前……
「ンガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
突如城の城門をぶち壊し現れた巨人と化したログ国の王ニダルマスの咆哮が処刑場に響き渡る。
「くぅ!」「ああっ!」
人間では到底ありえない肺活量から放たれる大音量の咆哮は一分以上もの間、処刑場に居る全ての者の耳に衝撃を与え続け、ニダルマスへと接近していたスプリングやガイルズの足を止めさせた。
「……止んだか」
耳を塞ぐ事でどうにか鼓膜が破れるのを防いだスプリングは、終息していくニダルマスの咆哮を感じ取るとすかさず周囲の状況を確認した。距離が近ければ近い程、ニダルマスの咆哮による影響は大きいはずと自分よりも先に居るガイルズに視線を向けた。
「あっハハハ! いい声で鳴きやがる!」
耳を押えていなかったのか、ガイルズはニダルマスの咆哮が直撃したようで足がふらついていた。しかし足がふらついたのは一瞬。次の瞬間、普段通り馬鹿デカい声で騒ぎ始めたガイルズの姿にスプリングはやっぱり化物だなと思いながらその視線を後方で逃げる人達を先導するゴッゾに向けた。
自分たちに比べニダルマスから距離がある分、咆哮による影響が思ったよりも薄いゴッゾは既にこの場から逃げようとする人々の先導へ復帰していた。
「……大丈夫そうだな」
先導を再開したゴッゾの姿を確認したスプリングは視線をニダルマスに戻し再び近づく止めに走り出した。
「……く、く、く、く、く、く……あ゛あ゜あ゜あ゜あ゜あ゛ははははははははははは!」
その瞬間だった。ガイルズよりもニダルマスに接近していた者、ログ国専属処刑人マイザーは狂ったような声を上げた。だがそうなっても無理はない。人間離れた頑丈さを持つガイルズならいざ知らず、ただの人間が至近距離から巨人による大音量の咆哮を喰えば気が触れてもおかしくはない。それを物語るようにマイザーの両耳の鼓膜は敗れたようで血が流れていた。
「ふふ、ふふふふ! これぞ王! これぞ私が敬愛する絶対的王!」
しかしスプリングの考えは外れた。元々マイザーは狂っていたのだ。目の前に立つ人物、既に理性を失い敵味方関係無くなっているニダルマスのその姿を見てなお、恐怖どころか狂信的な態度で崇めるマイザーの態度は狂っている以外の何者でもない。
「グルァアアアアアアアアアアアアアアアア!」
自分に陶酔し絶対的な王として崇めるマイザーの言葉を理解している様子が無いニダルマスは、先程の広範囲に及ぶものとは違う、目標を定めたような咆哮を放つと、足元にいたマイザーに向けその巨大な拳を振り下ろした。ニダルマスの拳はまるで煩わしい虫を潰すような感じで何の躊躇も無く足元にいたマイザーを覆い隠すと次の瞬間、トマトが弾けるようにマイザーであったものの赤い鮮血と肉片が周囲に飛び散った。
「うへぇぇぇ……一撃でも喰らったら終わりだな」
マイザーを叩き潰した瞬間、ニダルマスの拳が地面にぶつかった衝撃で周囲の地面には大きな窪みが出来、処刑場一帯は僅かに揺れた。その威力はその見た目通りのものであり、近くで見ていたガイルズはニダルマスが持つ一撃の重さに率直な感想を口にする。しかしその言葉とは裏腹にガイルズの表情は嬉しそうであった。
「見た目通り……動きは遅い」
嬉しそうなガイルズとは違い冷静にその光景を見ていたスプリングはニダルマスに関して分析を始めた。
巨人と化したニダルマスが放つ攻撃はどれもが一撃必殺の威力を持っているのはその見た目からして安易に想像できる。常人ならばかすっただけでも致命傷になる程の威力だろう。だがその威力の代わりにその巨体故に動きは遅いであろうことも安易に想像できる。ある程度経験を積んでいる冒険者や戦闘職ならば避けられないものでは無いというのがニダルマスの攻撃に対してのスプリングの評価だった。そこに先程の動きを止める全方位の咆哮などを織り交ざられれば脅威になるかもしれないが、理性が無いように思えるニダルマスの様子からして大雑把な攻撃しか出来ないだろうと予測するスプリングにとって、威力は有っても鈍重な攻撃は脅威にはならない。それを体現するようにニダルマスは接近するスプリングに対して単純で大振りな攻撃しか振るわず全くスプリングを捉えることが出来ない。
物理的な物に限って言えば巨人と化したニダルマスがスプリングに攻撃を当てることは不可能に近い状況にあった。なぜならスプリングの動きについていけないからだ。
閃光という二つ名で戦場では呼ばれているスプリングのその足は、まさしく光を思わせる程に速い。スプリングが自分の長所を最大限にまで突き詰めたその足は相手が鈍重であればあるほどその真価を発揮する。
「攻撃は全く問題ない……だが……」
自分に向け放たれたニダルマスの拳による一撃、それを難なく躱したスプリングはその次いでというように、振り下ろされた拳に対して一撃、二撃と攻撃を加える。しかし長剣によるスプリングの攻撃はまるで硬い岩を切りつけたように弾かれてしまう。
「圧倒的に……俺の攻撃力が足りない」
確かに鈍重な相手を翻弄する上でスプリングの足は恐ろしい程にその真価を発揮する。しかしスプリングには一つ問題があった。それはスプリング自身も自覚していることだった。
剣の師であるインセントや、なし崩しに一緒に旅をする事になったガイルズのような一撃必殺の力をスプリングは持っていないのだ。勿論、自分よりも格下の相手ならばどうにでも出来る。だが目の前に居るニダルマスのような相手に対してスプリングの攻撃はあまりにも非力だった。
それを最初に自覚したのはインセントから剣の訓練を受けるようになって数年経った時だった。インセントの指導に従い訓練を続けていたスプリングはどう努力してもインセントのような強力な一撃を身につけることが出来なかったのだ。一撃の重みを追求したインセントの指導に疑問を抱き始めたスプリングはある日、インセントの前から姿を消し、自分に合った戦い方を求め戦場へと出て行った。そこで身につけたのが、元々得意としていた走りだった。
戦えば戦う程に自分は足で翻弄しながら戦うのがあっていると自覚したスプリングは、速度を高める事を追及し今の戦い方に行きついたのだ。
だがやはりこの戦い方には限界があった。それを自覚させたのが、今後ろで何もせずニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべながら傍観しているガイルズだった。
ガイルズもその見た目から力任せに重い一撃を叩きこむ戦い方をする者だった。だがそれと同時にガイルズの動きは速かった。スプリング程ではないにしろ、その速度はその体格からはありえないものだった。
威力と速度の両立。自分が成し得なかったことが出来るガイルズに対して戸惑ったスプリングは気持ちの上でガイルズに負け、インセントから貰った長剣を叩き折られて戦意を喪失し敗北することになったのである。そしてインセントから譲り受けた長剣を叩き追われた事でもう一つ分かった事実があった。
インセントから譲り受けた長剣はどこにでもある至って普通の見た目に反して性能が良かったことだ。
戦場や道中で対峙する敵の兵士や傭兵、魔物の中には当然、頑丈な存在もいた。しかし今まではそこまで苦になることなく倒すことが出来ていた。だがそれは全てインセントから譲り受けた長剣のお蔭だった。師から譲り受けた長剣をガイルズに叩き折られ、それ以降、何本か代用として手にした剣で魔物と戦った時、スプリングはどれだけ今までインセントから譲り受けた長剣に助けられていたのかを実感した。切れ味は愚か、柄を握る感触まで全てがその長剣とは違っていたのだ。
まるで自分の軽い攻撃を補うように作られたその長剣が無い今、自分には目の前のニダルマスを倒す術がない。ニダルマスに攻撃を弾かれたスプリングはそう自覚した。
「……癪だが……」
そう口にしながら振り下ろされるニダルマスの遅い攻撃を躱したスプリングは、少し離れた場所でニタニタと嫌な笑みを浮かべるガイルズに視線を向けた。
「力を貸せ! 俺がこの巨人を翻弄する、その隙にお前の馬鹿力を叩きこめ!」
自分が負けた相手に力を借りる。これほどまでに屈辱な事は無い。しかしこのままでは負けることは無いが勝つことも出来ない。ただしスプリングも人間である以上、体力には限りがある。ニダルマスがどけだけの体力を持っているのか分からない以上、無意味な攻撃を続けて長引かせるのは得策では無いと判断したスプリングは、この戦いを終わらせるべく、悔しく癪ではあるが自分を負かした相手であるガイルズに力を借りることを選んだ。
「閃光ッ! 俺は最初からそのつもりだったよ!」
その言葉を待っていたというように、いつの間にかスプリングを追い越したガイルズは飛び上がると悠遊と巨人であるニダルマスの身長を飛び越えていく。
「どおおおおおおりゃああああああああああああああ!」
ニタニタと嫌な笑みを浮かべたまま、ガイルズは楽しむように自分の身長の四倍は以上あるニダルマスの頭に目がけ両手で持った特大剣、大喰らいで叩きつけた。その瞬間、ニダルマスの頭に打ち付けた大喰らいの衝撃が地面に伝わりニダルマスが立つ地面に大きな窪みが出来る。それは先程ニダルマスがマイザーを潰した時に出来た窪みよりも大きいものだった。
「ぐがぁ゛……」
ガイルズが放った一撃によってニダルマスの頭蓋骨は粉砕、その衝撃は首の骨をも折った。顔の重さを支えきれず顔があらぬ方向へと向きながら地面へと倒れるニダルマス。
「おい……どんだけ馬鹿力なんだよ……」
どう見てもニダルマスよりも重い一撃を放ったガイルズが颯爽と上空から下りてくる姿を見つめるスプリングの視線は驚きを通り越して冷ややかなものであった。
「よっと! ガッハハハハ! いや面白い体験だったなッ!」
ニダルマスのその巨体が地面に倒れ周囲に振動が広がる中、上手く着地したガイルズは楽しそうにスプリングに向けそう感想を述べるのだった。
― カル二バル城内 ―
「ほう……失敗作ではありますが、それでも普通の人間なら中々に苦戦するアレを一撃で倒しますか……」
巨人の出現により戦々恐々となる処刑場の様子を城内から眺めていた男は、その巨人を倒した戦闘職の二人に注目していた。
「……ふむ、やはり両者とも性質は違えども力を持つ方々のようですね……特にあの素早い方は中々に面白い……」
男は巨人を倒した男よりも、素早い動きで巨人を翻弄していた男に興味があるのか視線をその男に合わせた。
「ふむ、まだ幼く青い……非常に小さな力だ……ですが……これはこれは……いいでしょう、彼の成長を私は見たい……その手助けをしましょう」
そう言うと男はどこからともなく掌に黒い球体を出現させる。
「あなたも、一撃で倒されては王としての面子が立たないでしょうから、私が今一度、力をお貸しします……是非彼を成長させてあげてください」
黒い球体は男がそう口にすると掌に出現した黒い球体は、処刑場に倒れた巨人に向かって飛んでいくのであった。
ガイアスの世界
黒い球体
武具商人がログ国の王、ニダルマスに渡した黒い球体。その光は暗闇よりも暗い光を放っており、何処か『絶対悪の残滓』が放つ光にも似ている。
現状、どういった事を引き起こすのかは分からないが、その暗闇よりも暗い光が良いことに使われる印象は無い。




