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時を遡るで章(スプリング編)22 英雄の資格

ガイアスの世界



 ログ国の王 ニダルマス=ピグラウド


 百数十年前、ある一団がムハード大陸にある広大な砂漠を越えようとしていた。冒険者や一般人を含めた数百人という大所帯であるその一団がなぜムハードの砂漠を越えようとしていたのか、その理由を知る者は今は一人しか存在しない。その一人がその一団の一人であったニダルマスである。

 冒険者であったニダルマスは、その一団の中で一番の実力者であり、一団にふりかかる困難を率先して引き受ける人物だった。

 彼の強さは他の冒険者からも一目置かれており、その一団に置いてニダルマスはリーダー的、英雄的存在であった。

 しかし当然だが彼の存在を心よく思わない者たちもいたようだ。




時を遡るで章(スプリング編)22 英雄の資格




 青年が自我を持つ伝説の武器と出会う少し前……




 天然の城壁と呼ばれる高低差が激しい砂丘に囲まれた小国、ログ。ムハード大陸の中では比較的新しい国とされているログ国の誕生は、ログという一般人を含めた数百人の冒険者の一団が発祥とされている。

 ログ国誕以前、冒険者の一団ログはムハード大陸を彷徨っていた。過酷な砂漠の横断に次々と倒れていく仲間たちの屍を後に、一団は高低差がある砂丘の先にあるオアシスを発見した。疲弊しきっていたログの一団は、疲れ切った体を癒す為、数日間、そのオアシスに滞在する事を決めた。しかし三日が四日、四日が五日とオアシスでの滞在期間が増える内に、ログの者達の心から旅立つ意思が失われた。その理由はこのオアシスがあまりにも豊かだったからだ。

 高低差の激しい砂丘が周囲を覆っていることによって昼夜の温暖差がそれほど気にならない気候、その気候によって枯れることが無く際限なく湧き出る水、その水によって育まれる豊かな自然、その自然が生み出す豊富な食料。今まで過酷な環境に身を置いていたログの一団が、そんな場所に滞在すれば旅立つ意思を失ったとしても不思議な話ではない。

 更に言えば、このオアシスを出れば、再び過酷な砂丘を越えなければならない。超えたとしても次に待つのは永遠とも思える広大な砂漠。ログの一団が何を目的としてムハードの砂漠を放浪していたのか、それは定かでは無いが、このオアシスに足を踏み入れ腰を下ろした時点でログの一団はその目的を果たす意思が失われていったのである。

 自分たちが抱いていた目的を捨て、このオアシスに永住する事を決めたログの一団は、オアシスの豊かな自然を切り開きそこから生まれた物資で村を作った。そして気付けばそこは村から町へ、そして国へと変化したのだ。それが現在のログ国であった。

 一団から国へと姿を変えたログの者達は希望に満ちていた。しかしそれは最初だけであった。豊であろうと劣悪であろうと、人類とは数が集まれば争いを起こす生物である。国として誕生したログ国を誰が治めるかで数人の実力者が争い始めたのだ。血で血を洗うような争いの結果、一人の男が生き残った。その男こそ、ログの一団で英雄と言われていた現ログ国の王ニダルマスだった。

 ニダルマスを王として始まったログ国。しかし強さだけで王という地位を手に入れたニダルマスの国政はあまりにも未熟だった。当然彼に従わない者も続出した。しかしニダルマスには力があった。他の者よりも力があったばかりにニダルマスに歯向かう者は全て殺されていった。こうして気付けば王とは名ばかりの力で人々を抑え込む暴君が誕生したのである。

 王としての自分の未熟さを認めようとしなかったニダルマスは、自分の考えが理解されず、己に刃を向ける者達の多さに人間不信となり、いつの頃からか人前に現れなくなった。恐怖で従わせた者たちの手によって作らせた城に籠るようになっていた。だがニダルマスが城に籠った事で、王が一体何を考えているのか更に分からなくなったログ国の人々の中には大きな恐怖が根付くことになる。その恐怖は王としてのニダルマスを更に増長させる形となっていた。力と恐怖で支配するニダルマス。しかし彼もただの人間である。人間である以上、年齢を重ね老いていく。そして老いには勝てない。

 日に日に自分の肉体から失われていく強さに焦りを感じるニダルマス。いつか自分を討つ者が現れるのではないか、そんな恐怖から彼の暴君としての蛮行は更には拍車がかかって行く。己の地位を守る為、ログ国という小国の玉座に居すわり続ける為、彼はあらゆる手段を用いて、自分の地位を現在に至るまで守り続けてきたのである。



― 巨人出現より数分前 カル二バル城内 玉座の間 ―



 カル二バル城の城内全ての窓は、人間不信である王ニダルマスの心を現すかのように黒いカーテンで覆われ、外からの光が僅かでも入ってこないようになっていた。蝋燭の火すら数える程しか灯っていない城内は、日中であっても夜のようである。そして当然、人間不信であるニダルマスが住む城には人の気配もない。城内にはまるで廃城のような不気味な静けさが漂っていた。

 そんな人の気配が感じられない城の最上階にある玉座の間。ニダルマスが一日を過ごすその部屋には当然ニダルマス本人以外の者は入れない。しかしこの日、ニダルマスは珍しく一人の客人をその部屋に招いていた。


「……外が騒がしいようですが?」


蝋燭一本灯っていない真っ暗な部屋。そこに佇むニダルマスに招かれた客人は、そう言うと自分に近い窓に足を進め、真っ黒なカーテンを指でずらし外の様子を伺った。


「へ、部屋に光を入れるな! す、直ぐにカーテンを元の位置に戻せ!」


 真っ黒なカーテンを僅かにずらし外の様子を眺めた客人に対しそう声を荒げたのは、まるで骸骨のような顔をしたニダルマスだった。既に百を越えその姿はただの老人にしか見えないニダルマス。今まで力と恐怖でこの国を支配してきたとは思えない程に老いたニダルマスは部屋に差し込んだ僅かな光に怯えるように玉座の上で体を丸めていた。その姿は恐怖する子供のようにも見えるが、その皮と骨だけとなった老人の顔からはただただ恐怖しか感じられない。


「……これは失礼」


怯える老人、もといログ国の王ニダルマスに対して僅かに頭を下げそう詫びた客人はずらしたカーテンを元に戻した。


「それでいい……光は希望を生む、希望が生まれれば再び私に歯向かう者が現れる」


暗闇を取り戻した部屋の様子に安堵の声をあげたニダルマスは、耄碌しているのか、訳の分からない理屈を口にする。しかし耄碌し訳の分からない事を口にしてもその言葉には自分の地位に固執する意思だけは強く感じられる。


「……外の騒ぎは、処刑人に任せればいい……それよりも武具商人、早く例の物を私によこすのだ」


客人を武具商人と呼んだニダルマスは、武具商人にそう言うと両手を前に突きだした。その姿はこの国の王では無く物乞いをする哀れな老人にしか見えない。


「ええ……良質な物を見つけてきました……これであなたも以前のような若かりし頃の力を取り戻すことが……できるかもしれません」


両手を突き出した物乞いをする哀れな老人のようなニダルマスに武具商人はそう説明すると衣服の中に仕舞っていた物を手に持った。


「おお!」


武具商人が差し出した物に声を震わせるニダルマス。武具商人が持っていた物は、光が届いていない暗闇の中で更に深く暗く光る小さな球体であった。


「はやくよこさんか! ……これが……これが若返りの秘術……『絶対』ほむぅ」


武具商人が持っていた黒い光を放つ球体を奪い取ったニダルマスは、その名を最後まで言い切ること無くその口の中に黒い光を放つ球体を頬張った。


「……それでは……私はこれで失礼します、あなたに幸運があらんことを……」


武具商人は道化師がする挨拶のように左腕を胸の前に当て右手を優雅に横に伸ばし頭を下げるとそう言って玉座の間から姿を消していく。


「ふふふ……これで私は何の恐れも無い! ふはは、ふははは、ふはははははははははははは!」


黒い光を放つ球体を飲み込んだニダルマスは歓喜の声をあげる。先程まで老人であったのが嘘のようにその声は急速に若さを取り戻していく。若返ったのは声だけではない。骨と皮だけであった顔、そして肉体も見る見るうちに若返って行った。


「ガッハハハ! ガッハハハハ! 若返って行く、若返って行くぞ!」


 急速な若返りを遂げ絶頂期の頃の自分の肉体に近づいていくニダルマスは己の体の変化に更に歓喜の声をあげた。


「ガッハハハ! ガハハハハ? ガハ? 具が嗚呼あああああああああ!」


しかし突如として急速な若返りは変調を来した。纏っていた衣服が引き裂かれ膨張していく筋肉。それと同時に背丈も異常な速度で伸びていくニダルマス。それはその姿はもはやニダルマスの若き日とは程遠く変貌といっていいものであった。


「ぐぅがあああああああああああああああああ!」


理性の無い獣のような咆哮が城全体を揺らす。理性を失ったニダルマスの姿は、人では無く異形の姿、巨人と化していた。


「……恐怖という似た境遇にありながら、ムハードの王と比べるとあまりにも稚拙……若さと力を欲したあなたが得た物はどうやら失敗のようですね……」


城内の暗闇に溶け込むように立つ武具商人は変貌を遂げ理性の無い巨人となったニダルマスへ向けそう言葉を残すと暗闇の中にその身を溶け込ませ姿を消した。



― 現在 ログ国 カル二バル城前 処刑場 ―



 衝撃音と共に処刑場を揺らす地鳴りにその場にいた者たちは皆その発生現に視線を向けた。そこには城の門を蹴り破り獣のような咆哮を上げる巨人の姿があった。


「……あの巨人がこの国の王だって言うのか?」


王というにはあまりに異質である巨人を眼前にしてスプリングは、ゴッゾの言葉に怪訝な表情を浮かべた。


「ああ……私が見た王とは姿形がかけ離れてはいるが、あれは紛れもないこの国の王、ニダルマスで間違いない」


 本人に直接あったことは無いが、金品を奪う為、何度も城内に潜入していた時にニダルマスの若かりし頃の肖像画を何度か見かけたことがあったゴッゾは、城の前で暴れ始めた巨人がこの国の王だと断言した。


「……本当か?」


周囲の門や建物を壊し暴れまわる巨人が本当にこの国の王なのかと再度ゴッゾに尋ねるスプリング。


「あ、ああ……なぜあそこまで巨大になっているのかは私にも分からない、しかし間違いなくあそこに居るのはこの国の王ニダルマスだ……」


巨大になった理由は分からないにせよ、目の前に現れた巨人がニダルマスであることは事実であるとを再度断言するゴッゾ。


「はぁ……この国の王は本当に人間なのか?」


冗談を言っているようには見えないゴッゾのその言葉にそれでも信じられない気持ちで

あるスプリングは顔を引きつらせた。


 人類の中で身長が高い種族は存在する。その種族は他の種族よりも身長が高く優れた身体能力を持つことから巨人族と呼ばれている。しかし身長が他の種族より高いといっても精々魔物の熊種ぐらいのもの。しかしスプリングたちが目にしている巨人、ログ国の王ニダルマスの姿は、どうみても巨人族の常識を逸脱している。城前の正門と肩を並べるニダルマスのその姿は、小型のドラゴンと同等のサイズ感だった。


突如として現れた巨人の姿に処刑場に集まっていたログ国の人々は恐怖し騒然とし逃げ惑う。


「おおおおおおおおお、王! なんと凛々しい姿! 私は、私はあなたの従者である事を心から感謝します!」


理性を失い暴れ回る巨人が王ニダルマスだと分かるとマイザーは逃げ惑う人々の波に逆らうように近づきながら歓喜の声を上げた。


「あんな巨大な巨人みたことねぇな……へへ、面白いことになってきたッ!」


突如現れた異形の巨人に対して目を輝かせるガイルズ。巨人の下へと向かうマイザーを追う形でガイルズも巨人の下へと走り出していた。


「くぅ……このままでは人々に被害が出てしまう、まずはこの場にいる人々を逃がすことが優先だ……私は彼らの逃げ道を作る、貴殿は仲間と共にニダルマスの足止めをしてはくれないか?」


既に拷問で体中傷だらけであるゴッゾ。立っているのもやっとのはずのゴッゾはその状態で尚、この国の人々の身を案じており巨人ニダルマスの下へ向かったガイルズと共にスプリングにログの人々が逃げる時間を稼いでくれと頼んだ。


「……あんた」


自分の事よりも他人の事を最優先にするゴッゾの姿勢に僅かに呆れた表情を浮かべるスプリング。


「頼む! 処刑場から人々が逃げのびる間だけでいい!」


呆れた表情を浮かべるスプリングに対して真剣な表情でゴッゾは再び頼み込んだ。


「はぁ……王の首を俺やあいつが討ち取っても構わないのか?」


「ん?」


スプリングのその言葉に意味が分からないと首を傾げるゴッゾ。


「今までのあんたの努力を……この国の本当の英雄になれるかもしれないチャンスを俺が奪ってもいいのかって聞いているんだ」


 力と恐怖によるニダルマスの支配からログ国の人々を救う為に今まで様々な行動をしてきたゴッゾ。その行動によって状況が大きく変化することは無かったが、それでもログ国の人々からすれば、ゴッゾは英雄と言える。影でコソコソと小さな影響を与えることしか出来なかったゴッゾからすれば、状況はどうであれ表に姿を現したニダルマスは好機チャンス以外のなにものでもない。この好機チャンスを物にすればゴッゾはこの国で本物の英雄になれる。そんな好機チャンスをこの国にやって来て数日の自分に奪われてもいいのかとゴッゾに尋ねるスプリング。


「英雄になど興味は無い…… 私はただここにいる人々が幸せになれればいいのだ……だから頼む、出来るのならば、貴殿があの王を討ちとりこの国を救い英雄となってくれ!」


スプリングの問に対してゴッゾの答えは真っ直ぐだった。英雄に興味は無いと言い切ったその一言には一切の嘘や躊躇いは感じられない。純粋にこの国の者達の未来を考えたその一言にスプリングはどこまでも実直で欲が無いと呆れることしか出来なかった。


「はぁ……わかった……」


この国を救ってくれというゴッゾの頼みに一度ため息を吐いたスプリングは、首を縦に振る。


「ありがとう!」


自分の願いを受け入れてくれたスプリングに対して心からの礼を口にするゴッゾは、その場を離れ、逃げ惑う人々の先導を始めた。


「ふぅ……俺も英雄になんて興味ないよ……だが強さには興味がある……俺の力の糧になってもらうぞ……ログ国の王……」


ゴッゾと同じくスプリングも英雄という言葉に興味は無い。興味があるのは強さだけだった。

 少し前まで強さへの欲求が低迷していたスプリングは、ゴッゾと出会うことでその欲求を取り戻した。そしてゴッゾによって再び湧き上がった強さへの欲求の矛先は今まで体験したことのない巨人、ニダルマスに向けられる。


「はぁああああああ!」


城門を破壊し、破壊衝動にその身を委ねたログ国の王ニダルマスに視線を向けたスプリングは叫びながら先を行くガイルズを追いかけ走り出すのであった。




ガイアスの世界


ログ国の成り立ち


ニダルマスがいた数百人規模の一団、ログは確固たる目的を持ってムハード大陸の砂漠を越えようとしていた。しかし途中で寄ったオアシスのあまりの環境の良さに、ログの一団はそこに腰を据えることを決める。自分たちが持つ目的を忘れ、そのオアシスに永住する事を決めたログの一団は、そのオアシスに村を作った。その村は町となりそして国となったようだ。

 ちなみにムハード大陸にある他の国からはログ国は国と認められていない。そもそも存在すら知られていない可能性がある。

 自然の城壁と呼ばれる高低差のある砂丘によって外敵からの侵攻は防がれていたと言われているがその実、ログ国は他国に国と認められておらずその存在すら知られておらずその為、侵攻を受けることが無かったというのが実際の話である。

 

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