真面目で章(ユウト編)10 敬愛と嫉妬
ガイアスの世界
敗北の傷
ポーンの反抗
今までのポーンならば自分を作りだした創造主に対して反抗をするなどありえないことだった。それは創造主が自分を作りだした親あるいは神であるからだ。
しかしポーンには自我がある。長年の経験、人間で言うならば精神の成長によって自立心が芽生え始めたのだ。所謂親離れと言うものだ。親からすれば少し寂しくも嬉しい事でもあり、創造主自身もポーンの成長を嬉しがっていた。
だがポーンが創造主に対して反抗したのは成長したからだけでは無い。スプリングという創造主にも匹敵する存在と出会ったことも要因の一つと言える。
真面目で章(ユウト編)10 敬愛と嫉妬
剣と魔法の殻渦巻く世界、ガイアス
スプリングが居る二階の寝室から階段を下りてきたユウトは、その足で一階にある誰も居ない大広間へと向かった。
「……」
大広間には大きなテーブルと六人分の椅子が置かれている。ユウトはテーブルの端にある椅子に腰を下ろすと大広間の入口に視線を向けた。するとその視線の先にはパタパタと鳥のように本の羽根を羽ばたかせ飛んでいるビショップの姿があった。
『坊ちゃん!』
ビショップは少し情けない声でユウトを呼びながらテーブルの上に着地する。
『……その……一つ尋ねたいことがあるのですが……』
ポーンと何を話していたのか気になりしつこくその事に付いて尋ねてしまったことで、ユウトの顰蹙を買ってしまった事を自覚するビショップは恐る恐るユウトに近づきながら話しかけた。
「……別に僕に尋ねなくてもビショップなら何でもわかるでしょ?」
そう言うユウトの声に起伏は無くその表情にも何の感情も乗っかっては無い。他人からすれば何を考えているか読み取るのが難しい程にユウトは感情を表には出さない。それを意識してやっているのかそれとも無意識でやっているのかは本人であるユウトにしか分からない。
『そんな……私は坊ちゃんに対してだけは誠実であり続けていることを坊ちゃんに誓っています、だからあなたの行動に関して私の能力は一切介入していませんししようとも思いません』
自我を持つ伝説の本であるビショップは、その見た目通り、知識にまつわる能力を豊富に持っている。その中の一つに観測者という能力がある。この観測者とう能力は、簡単に言えばガイアスという世界の記憶係である。過去現在、ガイアスで起った事象を全てビショップは記録として所持しているのである。だがそれは事象だけに留まらず、人類個人も当てはまる。その者がどういう経緯で生まれ育ち、そして死んでいったのか、その人類一人一人の一生すらも完全に記録として網羅している。ガイアス全土、あらゆる事象や物、生物に至るまで全てをその中に内包するビショップにとって、分からないことは無いのである。
だが自分の所有者であるユウトだけは違うとビショップは誓い言い切る。それはビショップがユウトという存在を自分の所有者として認め敬愛ししているからだ。その証を示す為、ビショップはユウトに対して自分の能力を使わないのである。
だからビショップはユウトが寝室でポーンとどんな話をしたのかを知らない。だからビショップは嫉妬する。自分が知らないユウトの事をポーンが知っているということが我慢ならないのだ。だからビシッョプはしつこくユウトに尋ねたのだ。どんな話をしたのかと。
ユウトに対する敬愛が人類からすれば行き過ぎていることは十分に自覚している。だがそれでもビショップはその行き過ぎた敬愛を止めることが出来ない。自分よりもユウトの事を知る者が存在することが許せない、ユウトの全てを自分だけのものにしたいという独占欲である。
『私の行動が気に入らなかったのなら謝ります、ですらどうか機嫌を直してください!』
傍から見ればどう見ても常に無表情であるユウトの感情を読み解くのは至難の技と言える。だがビショップにはユウトが抱いている感情が分かる。それは自分が持つ能力を使用したからでない。この数カ月、共に行動する中でユウトを敬愛し努力したビショップの結果であった。
「……たいした事は話してない……」
『そうですか……』
その言葉を聞き機嫌が悪かったユウトの感情が僅かに軟化した事を感じ取るビショップ。本当ならば一語一句漏らすことなく、ユウトとポーンの会話を尋ねたい所ではあったが、また機嫌を損ねられたら困ると、ビショップは自分の欲望をぐっと堪えた。
「……こっちからも一つ質問していい?」
『はいはい何でしょう!』
ユウトから話しかけられたビショップは声を弾ませながら質問に備えた。
「この世界に生まれ変わりという現象は存在するの?」
『生まれ変わり……ですか? ……ええ、確率は高くありませんが、生まれ変わりは存在しますよ』
ユウトの質問に自分の能力を総動員するビショップは、即座に答えを告げる。
「そう……なら、あのお兄ちゃんはどう?」
『あのお兄ちゃん……ああ、スプリングさんの事ですか?』
何処か歯切れ無くそう答えたビショップはどうして今スプリングの話が出てくるのか、ユウトの意図が掴めない。だが伝説武具としての勘からビショップはユウトの言葉に何か嫌な予感を感じていた。
『……いえ、彼は特殊な力こそあるとは言え、別段特別な魂を持つ者ではありません』
ビショップは嘘をついた。
ビショップは現在敵対関係にある他の伝説武具の所有者たちの事は当然隅から隅まで調べ上げている。結果から言えば伝説武具の所有者になるだけの資質を持つ者達である以上、所有者たちは皆、普通の者たちとは違う何かしら異質なものを持っている。
そしてその中でスプリングは別格であった。スプリングには生まれ変わりの形跡があったからだ。 当然、生まれ変わる前のスプリングの事もビショップは調べた。だがどれだけ遡って調べてもスプリングが生まれ変わる前の記録に行きつかず観測することは出来なかった。
自分の能力を使っても観測することが出来ない存在。だがこれと似た状況にある人物をビショップはもう一人知っていた。それがユウトであった。
ユウトがこの世界に転移してきた時、ビショップはユウトが自分を所有するに値する人物なのか、観測者の能力を使って調べた。だが分かったのは自分を所有する者としての資質があることのみ。それ以外の事は何も分からなかった。なぜユウトの情報を観測出来ないのかビショップはその理由を理解している。
それはユウトが別の世界からやってきた転移者だからだ。ガイアス全土の事象を知ることが出来る能力である観測者。だがそれはあくまでガイアスに限定される。別の世界の事象までは観測出来ないのだ。
そしてそれらを踏まえた上でそこから導き出される一つの答えがある。それはスプリングが転生者であるということだ。
ユウトのように自らの肉体を保持したまま別の世界からやって来た者のことを転移者と言う。そして別の世界で死にその魂が別の世界に迷い込み新たな命として誕生する事を転生者という。当然別の世界から転生してきた者の前世の記録を見ることはビショップには出来ない。その要因からスプリングは転生者である疑いがあったのだ。
『なぜスプリングさんの事を私に尋ねたのですか?』
分からないが故、純粋な好奇心がビショップを突き動かす。
「……昔……仲良くしてくれた人にあのお兄ちゃんが似てたからだ」
少し迷いを見せながらも淡々とビショップの質問に答えるユウト。
《つとぎきり ねきけりきコチときとしりしれきりねちとしきはみもときりすぎりぱれ》
言葉にならない感情が自我を渦巻くビショップはその可能性だけはハズレてほしかったと思っていた。しかしビショップの願いは打ち砕かれた。ユウトの言葉によってビショプが抱いていた考えは推測から確定に変わってしまった。
この世界に来る前のユウトと、スプリングの前世には関係がある。そしてその前世の人物はあれだけ無感情なユウトに感情を発露させるだけの要因を持った存在である事を理解してしまうビショップ。
― ……おの男は危険だ…… ―
ポーンに対して抱いた嫉妬を凌駕する感情がビショップの自我を渦巻く。もしスプリングの前世の記憶が蘇りでもすればたちまちユウトの感情は自分から離れていく。そう感じたビショップはスプリングが自分にとって危険な存在であると確信する。
『そうですか……』
表向きは冷静を保ちつつ、心の奥底でスプリングに対して嫉妬の炎を燃やすビショップは即座にこの場から離れる事を考えた。
「ッ!」『……』
だがその時だった。観測者を持ってしても一切観測出来ない存在が、この屋敷にやってきた事を感じ取るビショップ。
「だれかが居る」
それはユウトも感じ取ったようだった。
もしこの世界でユウトを倒すことが出来る存在がいるとすれば、自分を生み出した存在、この世界にとっての本当の観測者にして、この世界の成り立ちの片翼を担がされた人物。
『創造主……』
ビショップは自分たちがいる屋敷に突然現れた気配をう呼んだ。
「創造主……? ……敵意は感じないけど……油断しちゃいけないような気がする……お兄ちゃんが心配だ、行こう」
そうスプリングを心配しながらユウトは座っていた椅子から立ち上がると、二階へと上がるための階段に向かって歩き始めた。
《のしぱり゛りのきけちはきちはるきむるしとは ぢ゛霧せのきりとせきとしりは゛ちは》
スプリングを心配するユウトのその言葉にビショップは再び言葉にならない感情を爆発させる。
《許さない、許さないぞスプリング》
スプリングに対してビショップは嫉妬の炎を更に燃え上がらせる。
『ぼ、坊ちゃん! 大丈夫です、この気配の人物はスプリングさんに対して絶対に危害を加える者ではありません』
本心を隠しスプリングの下へ向かおうとするユウトをそう言って止めるビショップ。その様子は珍しく焦っていた。
「……なら尚更僕が寝室に向かっても問題は無いよね」
スプリングに危害を加えることは無い、そう聞いたユウトはならば自分が寝室に向かっても問題はないだろうと足を止めない。
『坊ちゃん!』
「なに?」
ビショップに強く呼ばれ返事をしたユウトの声は普段と変わらず抑揚が無い。表情も変わらず感情が見えない。
『い、いえ……なんでもありません』
僅かな筋肉の引きつりや体から放たれる熱、様々な要因から再びユウトの機嫌が悪くなっている事を察するビショップはそれ以上、ユウトを止める事は出来なかった。
ガイアスの世界
観測者
ビショップが持つ能力の一つ。
ガイアスに関するあらゆる過去現在の事象を情報としてリアルタイムで観測、記録できる能力。記録できると書いたが、任意に限らず常に発動している為、表現としては出来るというよりもしているというのが正しい。
事象に限らず人類、一人一人、個人の事も認識、記録することができ、前世がある者はその前世までも遡って情報を得ることが出来る。
だがこの能力はガイアスに限ったもので他の世界の事までは観測できない。




