真面目で章(ユウト編)9 矛盾する行動
ガイアスの世界
槍
己の能力の暴走によってポーンは打撃用手甲から槍へと形を変化させた。ポーンが形を変えた槍の形状は至ってシンプル。どこにでもありそうな槍である。
真面目で章(ユウト編)9 矛盾する行動
― ユモ村 村長屋敷 ―
屋敷の玄関で意識を失ったスプリングを左腕で軽々と担いだユウトはもう右手で槍の形をしたポーンを握ると床に置かれたことに不満を抱き喚くビショップを無視して屋敷の長い廊下を進み階段を上がって行く。その足どりは大の大人一人を担いでいるとは思えないほどに軽やかであった。
二階に上がりすぐに見えるドアの前に立つユウト。ついさっきまで自分が寝ていた寝室のドアをあけたユウトは、目の前に広がる大きなベッドにスプリングを寝かせると、もう片方の手に持っていたポーンを壁に立てかけた。
『……その……主殿をここまで運んでくれて礼を言う』
歯切れ悪くユウトに礼を述べるポーンの心境は複雑なものであった。
ユウトはビショップが認めた所有者である。自分たちを作りだした創造主を殺したビショップはポーンにとって仇以外の何者でもない。当然ビショップの所有者であるユウトもポーンにとっては敵対対象である。そんな敵対対象であるユウトに自分の所有者が助けられたのだ、複雑な思いを抱いてもおかしなことでは無いと言える。
しかしユウトからすればそれはポーンの一方的な考えでしかない。ユウト自身スプリングやポーンに敵対した覚えは無く、いずれ敵対することになるとしても現時点では敵意を向ける理由がないのだ。ビショップとポーンの間に創造主殺害という因縁があるにしてもそれは二人の問題でありユウトには関係の無い話であった。
「……別に問題ない」
複雑な心境を抱いたまま礼を口にしたポーンに対して素っ気なくそう答えたユウトは近くにあった椅子に腰を下ろした。
「……」『……』
向かい合ったような形で二人の間に沈黙の時間が流れる。
『……少年、君はビショップと共に何がしたいんだ?』
二人の間に流れていた沈黙を破ったのはポーンだった。
自分を見つめる形で椅子に座ったユウトから発せられる圧にポーンは耐えきれなくなったのだ。ビショップが認めた所有者であるユウトが只者では無いことは対峙する前から理解しているつもりだった。だがユウトが持つ圧はポーンの想像を遥かに超えていた。ユウトからは殺意も敵意も感じられない。だが溢れだしてくるのだ、ユウトの全身から絶対的な強者としての圧が。全く殺意も敵意も感じないはずのその圧から身を守るように逃れるようにポーンは反射的に口を開いてしまった。
「……さぁ?」
『さあ?』
思わず反射的に尋ねてしまったことではあるが、口にしたその質問は純粋にポーンが知りたかったことでもあった。しかし返ってきた言葉は到底ポーンが納得できるような回答では無かった。
「……ビショップにはこの世界を救うことも消滅させることも出来るって言われている……それを選ぶ役目が僕にはあるって……」
ユウトが口にしたビショップとの会話は比喩などでは無く事実である。自我を持つ伝説の本ビショップという存在は、ポーンや他の伝説武具には無い役目を持っている。
それはこの世界の運命を見定めるという役割だ。ビショップはガイアスの命運を握る力を持っているのだ。だがそれを決定するのはビショップでは無い。ガイアスの命運を決めるのはビショップが認めた所有者なのだ。
所有者が世界の継続を望めば世界は今まで通りの道を進み、逆に破滅を望めばこの世界は争いが絶えない破滅の道を辿ることになる。それがビショップが持つ世界の運命を握る力の正体だ。
だが所有者一人の考えによって世界の運命が決まるのはあまりにも理不尽だとビショップたち伝説武具を生み出した創造主も考えたのだろう。もしビショップが判断を誤り理由無く世界の滅亡を望む者を自分の所有者として選んでしまった場合、その願いを阻む力としてポーンたち他の伝説武具は存在しているのだ。
だがこの力関係はビショップが所有者を殺害した事で既に崩壊した。それは自我を持ったことによって引き起こされた悲劇だったのか、それとも何者かによって引き起こされた事なのかは分からない。だがビショップが自分たちを生み出した創造主を殺したという事実は、自我を持つポーンたちに深い憎しみを生み出すことなり不測の事態を押える為の力は創造主を殺した仇であるビショップの殲滅へと目的がすり替わったのだった。
《ん?》
ユウトの話を聞き、今一度、自分たちの行動理由を考えたポーンの思考にある疑問が芽生えた。
『……なぜ私は今までこのことに気付かなかった? ……ビショップの行動にはおかしな点がある》
先程から述べているようにポーンやビショップには自我が存在する。それは自分が認めた所有者を導く為のものである。ただしポーンとビショップが持つ自我には大きな違いがある。
ポーンや他の伝説武具には不測の事態に陥ったビショップを止めるという役目がある。その為ポーンや他の伝説武具には善悪を判断する基準が存在する。それは人類が持つ善悪の概念と変わらない。だがビショップは違う。所有者の判断を尊重する為にビショップには善悪を判断する基準が存在しないのだ。
《……ビショップは我々はとは違い、所有者の意思もしくは所有者の生命の危機にある状態でしか力や能力は使えないはず……》
この時ポーンはビショップの行動に矛盾があることに気付いた。
《なら……なぜあの時、ビショップは創造主を殺害した?》
全ての判断を所有者に委ねているはずのビショップが所有者の意思無く創造主を殺せるはずがないのだ。そして当時ビショップの所有者だったのはビショップを生み出した創造主自身だった。
《どういうことだ……創造主は自ら肉体の死を望んだというのか?》
確かにポーンは他の伝説武具たちと共に創造主がビショップに殺される光景を見ていた。当時はその光景があまりに衝撃的過ぎて深く考えることが出来なかったがポーン。しかし数千年の時を経てようやくあの光景には矛盾があった事を理解するポーン。
《……だが尚更だ、なぜ創造主はあんな光景を我々にみせたのだ?》
わざわざ自らの死を自分たちに見せその罪をビショップに着せたのか創造主の思考が理解できないポーン。
《我々がビショップを恨むように憎むように創造主が仕組んだというのか?》
自らの死によってポーンたちがビショップを恨み憎むことを創造主が望んでいたとしたら。今までの流れを踏まえた上でポーンの思考はその答えに辿りついた。しかし答えに辿りついてもその理由が分からないポーンは混乱する。
『ビショップどういうことだ!』
時間にしてみれば一秒にも満たない時間。人間では考えられない思考速度でこの矛盾に気付いたポーンは理由を知っているであろうビショップの名を呼んだ。
『どうやら気付いたようだね……』
玄関に放置されていたはずのビショップは気付けばスプリングが横たわるベッドの脇にある丸いテーブルにまるで元から居たというように存在しポーンの呼びかけに対して思わせぶりな態度でそう答えた。
『……一体、創造主とお前の間に何があった!』
いつからそこに居たかなどどうでもいいポーンは驚くことも忘れビショップに創造主との間で何があったのかを尋ねた。
『……残念だけど今回僕が提示した依頼の報酬にソレは含まれていない……あくまで僕が答えるのは君の所有者である彼のことについてだ……もし知りたいなら本人に直接訪ねてみるといい』
この場で自分と創造主の間に何があったか話す気が一切ないビショップはそう言ってポーンの質問を切り捨てた。
『それよりも坊ちゃん、私を一人玄関に置いていくなんて酷いではありませんか』
もうこれ以上話す気はないというようにビショップは突如として話の矛先をユウトに向ける。
「……」
しかしユウトはビショップの言葉に沈黙を続けたまま椅子から立ち上がった。
『坊ちゃん?』
ユウトの表情に変わりは無い。いつも通りの何を考えている分からない無表情であった。しかしこの数カ月常に共に行動していたビショップにはユウトが不機嫌になっていることが理解できた。
「……また機会があったら話の相手になってよ、今度は寝ているお兄さんと一緒に……」
そう告げ椅子から立ち上がったユウトの視線は壁に立てかけられたポーンそして意識を失いベッドで横たわるスプリングに向けられている。その表情は心なしか柔らかくはにかんでいるようにも見える。
『ぼ、坊ちゃん! 一体ポーンとどんな話をしたのですか!』
今までに自分が見たことのない反応をポーンに見せるユウトに驚いたビショップは嫉妬に狂ったように激昂する。
「……それじゃ僕は行くよ」
しかし我関せずといった様子のユウトはビショップの言葉を無視して一人で寝室のドアへと向かう。
「それじゃ……」
そう言いながらポーンとスプリングに対して手を小さく振ったユウトは寝室を後にした。
『手を振った! 坊ちゃんがポーンに対して手を振っただと! ぐぬぅぅぅ……あなたの所有者が目覚めたら連絡してください!』
ユウトがポーンに手を振ったことに異常な嫉妬心を燃やすビショップはそうポーンに告げるとまるで蝶のように己の肉体である本をパタパタさせながらテーブルから飛び立つと急いでユウトの後を追い寝室を出て行った。
『……』
ユウトが絡んだときに見せるビショップの異常なテンションに圧倒され全く言葉が出てこないポーンはユウトとビショップが出て行ったドアを見つめることしか出来なかった。
― ユモ村 村長屋敷 二階廊下 ―
『……そ、その……坊ちゃん、なぜポーンに手を振ったのですか?』
急いで寝室を後にしたビショップは自分の前を歩くユウトの背中を見つけると、ユウトの機嫌を損なわないようにしながら疑問に思っていた事を口にした。
「……」
だがビショップに背を向け廊下を歩くユウトは一切答えない。
『ぼ、坊ちゃん……』
本格的に機嫌が悪いのだと感じ取ったビショップは恐る恐るもう一度、ユウトを呼び止める。
「……」
だがやはり返答はない。
『はぁ……』
ビショップは一切返事をしてくれないユウトに落ち込みため息のような声を漏らした。
「……」
ビショップが落ち込んでいることなど気にすることなくユウトは自分の左腕を見つめる。左腕にはまだスプリングを担いだ時の重みと感触が残っている。今の自分には重くはないその重みをかみしめるように左手を開いたり閉じたりするユウト。
「……懐かしいな……」
何かを想いだすように小さな声でそう呟いたユウトは、廊下から続く階段を下って行くのだった。
『……坊ちゃんが人助け……ポーンの所有者である彼と坊ちゃんには深い何かがあるのかもしれませんね……』
知識を連想させる本。その姿の通りビショップにはガイアスのあらゆる知識、全ての事柄、今ガイアス各地で起っている事すらその身に記憶として記され続けている。ビショップはガイアスの事ならば分からないことは存在しないと言っても過言では無い。だがそんなビショップにも分からないことがある。それは自分の所有者であるユウトについてだ。
彼は異世界からやってきた異邦人である。例えガイアスの知識を全て網羅しているビショップであっても、異世界のことまでは流石に分からない。この世界にやって来る前のユウトのことについては知らないのだ。だが知る事は出来なくとも考えることは出来る。ビショップは階段を下るユウトの背中を見つめながら静かに思考を重ねるのだった。
ガイアスの世界
世界を見定める力
伝説武具の中で最強と言われている自我を持つ伝説の本ビショップ。その由縁はあらゆる知識を持っていることでも、様々な状況に対応した能力を持っていることでも無い。
ビショップが伝説武具の中で最強と言われる由縁は、世界の命運を左右する力を持っているからだ。
しかしビショップ自身がその力を発動することは出来ない。その引き金を持つのはビショップが認めた所有者だけである。




