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合間で章 2 とある新米盾士の現在

ガイアスの世界


 盾士の盾


 盾士が使用する盾は剣士などが使う盾と異なり、両手持ちのという特殊な盾である。それは盾士が盾以外に武器を携帯することをせず、盾だけで攻守をおこなうことを主としているためである。

 両手持ちであるため通常の盾よりも大きく見た目重そうに見えるが、片手でも扱える重量であり見た目よりも軽い。それはサイデリー王国直属鍛冶師が、長い期間盾だけを作りつづけ研究してきた賜物といっていい。盾士の盾には特殊な技法を使ったサイデリー王国の紋章が掘られており、すぐにそれが盾士の物であると分かるようになっている。

 盾士が盾を両手で持つ場合、振り下ろすやなぎ払うなどの用途に使われ、盾を打ち出す重い攻撃をする場合に両手持ちを多用する。

 片手で使う場合、両手持ちに比べると守りが弱くなるが、それと引き換えに多彩な守りが可能となり、両手持ちよりも素早い動きが可能である。

『闇』の力を持った魔物からの襲撃も考えられ、サイデリー王国直属のプリーストの手により聖の力を纏った盾を使うこともある。

 守備においてサイデリー製の盾の右に出る盾は中々無く、一般市場では凄い金額で取引されることもある。

 盾士が退職する時には特殊な技法で掘られたサイデリーの紋章を削り無印の状態にして退職する者に手渡されるという。それは退職する盾士への退職金替わりとなっており、今まで国や民、王を守ってきたことへの感謝の意味でという王族からの配慮であるが、盾士の盾を今まで売った者は数人しかいないと言われている。



 合間で章 2 とある盾士の現在



 剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス





 ― サイデリー王国 氷の宮殿前 城門 ―



 人々を見守るように町の中心にそびえるサイデリー王国の象徴、氷の宮殿。四方どの方向から眺めてもその美しさに陰りは無く、サイデリーの人々の心の支えとなっている。

 そんな氷の宮殿の前にある城門の前で体を震わせながら元魔法使いである新米盾士は、門番の交代の時間はまだかと城門の上に備え付けられた時計を見つめていた。交代の新米兵が来るまで後30分。時間とはその時の状況によって早くも遅くも感じるものであるが、新米盾士にとって30分という時間は長いものであった。

 城門の上に備え付けられた時計から視線を外した新米盾士は、凍える体をさすりながらため息を吐く。口から出た白い息は新米盾士をいざなうように数週間前の記憶を呼び起こさせるのであった。


 新米盾士が魔法使いを諦め、新たな人生を送る為フルード大陸への旅立ちを決意してから数日後。新米盾士はある事に気付きまだ故郷を旅立つ事が出来ず魔法使いを続けていた。

 突然現れ嵐のように去っていった二人組の所為で無一文となった新米盾士は、フルードへ向かう為の資金を貯める為、ゴルルドの近くにある村から出された依頼を受けその村へと向かった。

 名も無いような小さな村からの依頼の内容は、村の畑を荒らす魔物の討伐、もしくは撃退。簡単なお仕事ですと添えられていた。報酬は雀の涙な程度でフルードへ向かう資金には全く足りなかったが新米盾士が持つ能力ではこのぐらいの依頼が相場といった所であった。

 しかし新米盾士が村に辿り付いた時、そこに広がった光景は思っていたものと明らかに違うのであった。

 新米盾士の目の前で畑を荒らしていたのはボルボアという立派な牙が二本生えた魔物。気性は荒いが、それ以上に臆病なのが特徴で単体行動を好む。強さ的には新米盾士でも十分に戦う事ができる魔物でそこに問題は無かった。


「繁殖期なんですよね……」


 問題なのはボルボアが繁殖期であるという事であった。依頼を出した張本人である村の若者が新米盾士の横に立つと畑を荒らしまわるボルボア『達』を見て苦笑いを浮かべた。

 単体行動を好むボルボアは、繁殖期に入ると集団行動をとるようになる。その理由は群れを成し少しでも危険を回避し生存率を上げるためと言われている。

 繁殖期になったボルボアはオス、メス共に食欲旺盛になる。普段ならば人間が作った作物に決して手を出さないボルボアが繁殖期になると形振り構わず畑を荒らすようになる。食欲旺盛なボルボアが群れを成して畑を荒らせばそこには種の一つも残らない。

 この村で生きてきた人間ならばボルボアの習性は常識であり毎年この時期になると村の若者がボルボアを追い払うのが恒例行事であった。

 しかし村は今、深刻なまでの若者不足に陥っていた。ヒトクイが統一されて以降、ヒトクイの発展は凄まじく、若者達はゴルルドやヒトクイのような町に憧れるようになった。そして村の若者達は一人また一人と村から出て行き、今では村に残っている若者は新米盾士の横に立ち困った表情を浮かべる者一人となってしまっていた。

 流石に若者一人で繁殖期真っ最中、食欲旺盛なボルボアを追い払うのは無理がある。本来ならば村の者達でやりくりできる事を外部の者に頼まなければならないというのは村の人々にとってもあまり良い考えでは無かったが、ボルボアを黙って見過ごせば畑は壊滅しいずれ村が滅びる。背に腹は代えられないと苦肉の策として村の人々は戦闘職の組合に依頼を出したというのがここまでの経緯であった。

 しかし依頼は受理されたものの、報酬額の低さから誰も受ける者は居なかった。そんな見放された依頼に目に入ったのが、直ぐにでもお金が必要だった新米盾士だったという訳だ。

 安い報酬額であるものの自分の能力からすれば適正な依頼だと二つ返事でこの依頼を受けた。だが蓋を開けてみれば目の前には50を超えるボルボアの姿。単体ならばまだしも想像以上に広大な畑に散らばる50を超えるボルボアを討伐もしくは撃退するというのは厳しいものがあった。確か『畑を荒らす魔物を追い払う簡単な仕事』というような一文が依頼内容には明記されていたはずだと思う新米盾士。


「……」


 心の中で『どこがだ!』と叫ぶ新米盾士。この状況はどう考えてもパーティを組んで受けなければならない依頼内容であることは明らかであった。


「ねぇ……普通こういう場合の依頼はパーティで求むっていう一文を明記しなきゃならないんだよ」


 苦笑いを浮かべる若者に声を震わせながら話しかける新米盾士。


「あ! そうだったんですか? いや戦闘職の人達に依頼を出すこと事態が初めてで……」


 何とも呑気な返答に怒る事も馬鹿らしくなった新米盾士は黙々と荒らされ続ける畑を見つめる。


「あーも! ここで無駄口叩いてもしょうがない、やらなきゃ終わらないんだからやるしかない」


 気合を入れるように自分の量頬を軽く叩く。


「そうですね、どんな事でもやっていれば終わりはやってきますよね!」


「はぁ……!」


 これでもかと言う程に強いため息を吐いた新米盾士は、腰に差していたロッドを抜くと目を瞑ってでも当てられそうな程の数のボルボアに向けたのだった。


 日が暮れ周囲が真っ暗になった頃、力を使い果たしたような疲弊した表情の新米盾士と村の若者は村の村長夫妻が住む家へと入って行った。


「いや、助かりました、本当にありがとう」


 依頼者である優しそうな村長夫妻は深く頭を下げてボルボア討伐をやり遂げた新米盾士に礼を伝えてきた。


「今度依頼を出す時は、依頼書にパーティで参加されたしという一文を必ず添えてくださいね……そうすればこんな遅くまで時間がかかる事も無いと思うので」


 依頼者である村長夫婦に今後依頼を出す時の注意点を告げる新米盾士。


「それじゃ私はこれで……」


 歩くのも辛い新米盾士は今にも倒れそうな表情で村長夫婦と村の若者に別れを告げ村長夫妻の家を後にしようとする。


「あっちょっとまって」


 家を出ていこうとする新米盾士を呼び止める村長夫人。


「あなたが言うように報酬の額が少なかったようなので、せめてのお詫びの意味も込めてこちらを貰ってくださいませんか?」


 そう言いながら村長夫人は大きな袋を新米盾士に手渡した。


「これは?」


「ボルボアの肉の燻製です、去年の残りで悪いのだけれど、長期間保存もきくし栄養も満点ですから」


 そう言うと村長夫人は柔らかく微笑んだ。


「あ、はいありがたくいただいていきます」


 正直ボルボア達の討伐によって立っているのもやっとであるこの時の新米盾士にとって渡された荷物は邪魔でしかなかったが、村長夫人の厚意を無下にする訳にもいかなく受け取った。


「それと……これももらってください」


 そういうと今度は綺麗な便箋を新米盾士に手渡す村長夫人。


「夫と行く予定だったのですが、村もこんな状況なので……」


 便箋を開きその中に入っていた物を見て新米盾士の表情は驚きに変わる。便箋の中身、それはフルード行きの船のチケットであった。

 新米盾士は感謝を村長夫妻に告げ村を後にする。最初は割に合わないと思っていた依頼であったが、その結果、自分が欲していた物を手に入れる事が出来た新米盾士は、村長夫妻に感謝を告げ村後にする。

 その帰り道で新米盾士は自分が受けた今日の依頼の事を思いかえしていた。最初は割に合わないと思っていた依頼であったが、その結果自分が欲していたフルード行きのチケットを手に入れる事ができた。一見遠回りに見えていた事が近道になる事もあるんだと実感した新米盾士は、もしかしたらあの日、酒場にあの二人がやってこなければ自分はあのまま魔法使いという戦闘職にしがみついたまま一生を終えたのかもしれないと事を前向きに考えるようになっていた。袋一杯に入ったボルボアの肉の燻製は重たかったが、その重さが気にならない程には新米盾士の心は前向きに晴れていた。

 あくる日、新米盾士は長年住んだ自分の部屋に別れを告げゴルルドの町を離れフルード行きの船が停泊する港があるサイデリーの中心であるガウルドへと向かった。


「フルード、サイデリー王国行きの方はこちらの船です!」


 祭りの準備で慌ただしいガウルドの光景には目もくれず新米盾士は、ガウルドについて早々に港を目指し歩く。


「フルード、サイデリー王国行きの船はこちらぁあああああああ!」


 海によって鍛え上げられた体格のいい船乗りの男が、荒々しく叫んでいるのを聞いた新米盾士は声が響く方へと足を進めていく。


「ああ、こっちですよ! もうでますから、急いで急いで!」


「え、あ、はい?」


 急かすように船乗りの男は新米盾士を船へと誘導する。新米盾士は言われるがまま船に乗り込んだ。すると故郷に別れを告げる心の準備もできないまま、新米盾士を乗せたフルード、サイデリー王国行きの船は動き出した。


「もう……後戻りはできない」


 船の甲板で新米盾士は離れていくガウルドの港を見つめながらそう呟く。

 思いつきでフルードへ向かう事を選択した新米盾士の心に不安が無い訳が無い。しかしそれを超える程の心の高鳴りを実感する新米盾士。久しく味わっていなかったその感覚を胸に新米盾士は新たな旅立ちへの一歩を踏み出すのであった。


 ― 現在 フルード大陸 サイデリー王国 氷の宮殿前 ―


 現在に至るまでの自分の状況を何となく振り返る新米盾士。サイデリー王国にたどりついてから新米盾士の身には数々の災難が降りかかったのだが、もう思いだしたくないと言うように顔を振り新米盾士は蘇ろうとする記憶を振り払うと再び城門の時計に視線を向ける。新米盾士は時計の針が数分しか進んでいない事に肩を落とす。


「……まただ……」


 時計の針の進みの遅さに肩を落としていた新米盾士は、ここ数日門番の任務をしていると感じる視線を感じ取り姿勢を正した。最初その視線を感じた時、新米盾士は自分が真面目に訓練をこなしているのか先輩盾士が見にやってきたのかと思ったのだが、同期の盾士達にその話をすると同期の盾士達は視線など一切感じなかったと言っていた。もしかしたら何かを企んでいる輩の偵察かとも新米盾士は考えたが、ならば自分の時だけ視線を感じるのはおかしいとすぐにその可能性を消した。

 だとしたら一体自分に向けられた謎の視線は何なのか、新米盾士はまだ消えていない先輩盾士が監視しているのではという可能性を疑い思い切って自分の上官に当たる上位盾士にその謎の視線の話をした。すると上官は少し困った表情をしながらしばらくその視線に付き合ってやってくれ、時期に収まると思うからと何かを知っているようであったがお茶を濁す形ではぐらかされてしまった。

 新米盾士の上官が何かを知っている以上、危険であるという事は無いだろうが、それでも正体の分からない何者かにじっと見つめられているというのはあまり気分がいいものでは無かった。


「……しばらくすれば収まるか……どういうことなんだろ」


 誰も居ない氷の宮殿前の城門でポツリと独り言を呟く新米盾士。サイデリー王国の空からはもう見慣れた雪が降り出し始めていた。フルード大陸に降る雪は、新米盾士の故郷で振る雪よりも綺麗で幻想的だと思う新米盾士。


「ご苦労様です」


 そんな振り出した雪を眺めていた新米盾士に話しかけてくる者がいた。


「……だ、誰だ!」


 その声は女性のものであったが、明らかに不意を突かれた新米盾士は慌てるようにして盾を構えた。


「……ん? ……お、王?」


 新米盾士に声をかけてきた者とは、このサイデリー王国の頂点に立つ存在であった。自分の前に突然現れた王に気が動転した新米盾士はすでに正していた姿勢を更に正して王に顔を向ける。

 一見美しい少女にしか見えない王の姿を前に新米盾士は緊張し口をつぐむ。王はじっと姿勢を正したままの新米盾士をじっと見つめ続けていた。


(この視線……まさか自分の事をじっと見ていたのは王なのか?)


 ここ数日感じていた謎の視線と今自分に向けられた王の視線が似ている事に気付いた。


「し、失礼ですが王、質問する事をお許し願いたいのですが?」


 新米盾士は意を決し目の前の王に質問の許しを乞う。


「はい、どうぞ」


 すると王は軽い口調で新米兵士の質問を許した。


「ここ数日、私の事を見ていたのは……その……王ですか?」 


 見た目はまだあどけない表情を持つ少女であるが、その背にはサイデリーという国が重く圧し掛かっている王を前に新米兵士は、素直に質問をぶつける。


「あ、ばれていましたか、はいその通りです」


 サイデリーの王ブリザラは、普通の少女のように可愛らしく笑顔を新米盾士に向けながらそう答えた。


「あ、あの……なぜそのような事を?」


 王の気まぐれ。新米盾士はブリザラに質問しながら頭ではその言葉が浮かんでいた。

 サイデリーの王ブリザラは好奇心が旺盛でよく氷の宮殿を抜け出し何処かに出かけているという噂も耳にしていた新米盾士はこの行動に意味は無いのかもしれないと思う。


「ああ、その……今日はあなたにお願いがあってきました」

「はぁ?」


 その行動に意味は無いと思っていた矢先、王ブリザラは新米盾士にお願いがあると口にした。思ってもいなかった言葉を告げられ思わず口から変な声が出る新米盾士。


「し、失礼しました……」


 変な声が出てしまったことに気付き直ぐに頭を下げる新米盾士。


「ああ、そんなかしこまらないでください」


 頭を下げた新米盾士に頭を上げるよう促すブリザラ。


「あ、それで……そのまだ入隊して間もない私に……お願いというのは……なんですか?」


 一国の王が新米の盾士に願いがあると言われ全くその内容が想像できない新米盾士は顔を引きつらせブリザラの顔色を伺うようにそのお願いが何であるのかを聞いた。


「その……私に、私に盾士の稽古をつけてくれませんか?」


「……」


 時間にしてどのくらいであろうか、新米盾士は目の前の王が何を言っているのか理解できずその場で硬直する。


「ああ、あのすいません、もう一度言ってもらってよろしいですか?」


 勿論新米盾士が王の言葉を聞き取れなかった訳では無い。しかしもう一度聞き返してしまう程にブリザラが口にした言葉は突拍子も無い事であった。


「はい、私に盾士の稽古をつけてください!」


 ブリザラの口から放たれた言葉は、それがただの少女ならば百歩譲ったとして有り得る言葉であったが、目の前にいるのはサイデリーの王である。なぜ王であるブリザラが盾士の稽古をしてほしいと願うのか、しかも盾士になりたての者に稽古を願うのというのが新米盾士には理解し難いものであった。

 ただ新米盾士がブリザラの表情を見て理解したのは、ただの興味本位で盾士の稽古をつけて欲しいと言っている訳では無いということであった。


「その……稽古つけてくれますか?」


 首を傾げ新米盾士を見つめるブリザラ。


「……」


 しかしブリザラの問に返事は無い。完全に自分の容量を超えた案件に新米盾士の思考は停止してしまっていた。

 丁度その時、全く反応しなくなった新米盾士の頭上で門番の交代を告げる鐘の音が空しく響き渡っるのであった。


 ヒトクイとサイデリーを結ぶ船。


ヒトクイとサイデリーは似た思想を持つ国同士で友好的な関係を築いている。そのため両国へ向かう直通の船が毎日運航している。ヒトクイからサイデリーへは船で約に一日半程で行く事ができる。

 しかし船のチケットの値段はそこそこ高く軽々しく行き来する事は中々に難しい。


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