隙間で章13 過ちを越えて
ガイアスの世界
魔族からの強襲を生き延びた森人たちのその後
元々住んでいた場所を魔族に強襲された森人。その被害は九割の者達が死亡するという凄惨な状況だった。更に絶望的だったのは、森人の男が誰一人生き残っていなかったことである。
長寿である為か、子供を作る感覚が薄かった森人。その元々、森人の数は多くなかったが、魔族の襲撃で数が激減、更には男が誰一人生き残っていないという状況に、その血筋がいずれ途絶えることになった。
この問題を前どうにかして回避する為に森人は一番自分たちと体の作りが近い人族、人間との交わりを解禁することにした。血筋は薄まるものの子供を残すことで血筋を後世に残す選択を森人は選んだのであった。その為現在、森人の村には半森人が多く住んでいる。
魔族の強襲を辛うじて生き延びたイングニスと他の森人たちは逃げるように別大陸、フルード大陸に渡り、村を作りそこに結界を張って身を隠すように生活を始めた。
生き延びた森人が生活できる環境が整うとイングニスは一人で人間がいる町へと旅立った。これは魔族に復讐を果たす為に人間に力を貸す為であった。
隙間で章 13 過ちを越えて
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
数百年前の魔族による強襲によって森人は世界から絶滅した。だが現在その事実を知る人類は少ない。そればかりか森人が実在していたという事実すら知らず、その多くは、森人のことをおとぎ話や英雄譚に出てくる架空の存在、物語の登場人物だと思っている人類が多い。
だが森人が絶滅したというのは誤りであり正確には表舞台から姿を消したというのが正しい。確かに魔族の強襲を受けその九割の同胞を失ったが、森人は絶滅した訳でも、架空の存在でも物語の登場人物でも無く、今現在もガイアスに存在しているのだ。
生き残った森人たちは、フルード大陸の片隅にある場所に村を作り結界を張る事で物理的、視覚的に他の種族から距離をとるように暮らしている。
魔族からの強襲以降、何故か他種族との交流を拒み距離をとるようになった森人たちが暮らすその村の奥に、他の種族との交流を拒む原因を作ったと言ってもいい人物、この村の長であり原初の魔法使いと呼ばれるイングニスが住まう屋敷はあった。
その屋敷の中、広い客間で対峙するイングニスとガイルズ。その二人の間には何とも重々しい空気が流れていた。
「……私の所為で……100人の人間たちは自分の種族を失い獣となった……彼らは私を恨んでいるだろう……」
雪原から村への帰路の中、自分の心に整理をつけたイングニスは、村へ戻りガイルズを自分の屋敷に通すと約束していた聖狼の情報を余すことなく伝えた。それはイングニスにとって自分が犯した罪を告白することと同義。自分の過ちを告白したイングニスは自分と向かい合うように長いテーブルの先に座るガイルズの顔を見ることが出来ず俯いたまま暗い声でそう呟いた。
「……」
沈黙するガイルズ。
「……あなたはなぜ聖狼の力を?」
沈黙に耐えきれなくなったイングニスは、なぜガイルズが聖狼の力を手にしたのかその経緯を尋ねた。
イングニスがガイルズにそう尋ねたのは沈黙に耐えきれなくなったからだけでは無く、聖狼の力を得た経緯を知りたいからでもあった。
聖狼になる為には、イングニスが作った聖狼の力を宿した首輪を装着することで発動する物であり、装着した人間の力量によって個体差は生じるが誰でも聖狼になることが出来る。
だが首輪の数は限られている。イングニスが作りだした首輪の数は100個。だがその百個の内の一つをガイルズが手にしたというのは考えられない。なぜなら聖狼になることを志願した100人の人間にイングニスが首輪を手渡していたからだ。志願した人間たち一人一人の顔を覚えているイングニスは手渡していった記憶を思い出しながら自分の考えを否定する。
ならば命を落とした聖狼からガイルズが首輪を手にしたのかとも考えた。だがその考えも一瞬にして否定するイングニス。
首輪は一度装着すれば死ぬまで外すことは出来ない。これは見た目からでは分からないが装着した時点で、装着者の体と首輪が一体化するからだ。そして装着者が死ねば首輪もその機能を停止する。例え装着者の首を切り首輪を手にしたとしても二度と首輪は聖狼の力を発動することは無いからだ。
「……」
この他にも様々な可能性を考えたが、考えた途端に全て自分で論破してしまうイングニス。結局どうやって聖狼の力をガイルズが手に入れたのか全く分からないイングニスはその答えを本人に聞くしかなかった。
「……」
だが流れるのは沈黙。イングニスの質問に対してガイルズは一切反応しない。その沈黙が続けば続く程にイングニスの肩には過ちという重圧となって重くのしかかってくる。
聖狼を作りだしたのが自分だという事実、誕生した経緯、そして聖狼の末路。その全てを聞けば誰もが自分に怒りを覚えるはずと思っているイングニスは、ガイルズが沈黙を貫くのも、その沈黙の中に怒りを内包しているのも当然だと思った。
「あの主様、お客様……寝ているようですが……」
イングニスにとって重苦しい沈黙をぶち破ったのはガイルズでは無く、屋敷の管理を任せているイングニスに仕える傀儡三姉妹の一人、ヒカルであった。
「えッ?」
ヒカルの言葉に思わず驚きの声を上げたイングニスはその反動で思わずガイルズに視線を向ける。
「……」
そこにはイングニスが想像していた姿は無く頭をコクリコクリとさせながら気持ち良さそうに眠るガイルズの姿だった。
「あ、あのッ!」
思わず大声で呼びかけてしまうイングニス。
「ん? ああ……悪い、どうも眠くてな……それで何だったけ? えーと、あんたが聖狼の生みの親で、数百年前の人間たちを獣に変えてしまったことに罪悪感があるとかないとかだっけ?」
「ぐぅむむむむ……」
寝起きでイングニスが話した内容を復唱するガイルズ。その言葉が胸に刺さるイングニスは言葉にならない声をあげる。
「ま、まあ……そうなのですが……」
一通り悶絶した後、胸を押えながら苦しそうにガイルズの言葉に頷くイングニス。
「んーあんまり、気にしなくていいと思うぞ……」
「え?」
頭を掻きながらまだ寝ぼけた表情でそう言うガイルズの言葉に呆気にとられるイングニス。
「勝手な俺の言い分だから当時の奴らがどう思っているのか本当の所は分からないが、時代が時代だ、力を求めるのはしょうがないし、こりだけの力だ、代償があるのも覚悟の上だろ? 」
欠伸をしながら不真面目な態度でそう語るガイルズ。
「で、でも彼らは魔族との戦いの後……その人間たちによって……」
自分の行いを肯定するガイルズに対して、納得がいかないイングニスは、聖狼になった者達の末路を口にする。
「それだって別にあんたが気に病むことじゃないだろ、悪いのはこの力を恐れた人間たちの方だ、当時の聖狼たちが人間を恨むことはあってもあんたを恨むことは無いと思うぜ」
聖狼になった者達の末路を口にしてもイングニスを一切攻めずに悪いのは当時の人間だというガイルズ。
「ですがッ! あなたも彼らのように人間から酷い仕打ちを受けてきたのではないですか?」
自分の行いが肯定されていることに居心地の悪さを感じるイングニスは、ガイルズも似たような仕打ちを人間から受けてきたのではないかと訴える。
「なあ、あんたもしかして俺に罵倒してほしいのか?」
何かに責め立てられるように自分に訴えるイングニスにガイルズは冷静にそう尋ねた。
「ッ!」
言葉を失うイングニス。
「……ああ、残念だが俺はあんたを罵ったり罵倒したりする気はないぞ、なんせ俺はこの力に感謝しているからな」
そう言いながらガイルズは不敵な笑みを浮かべた。
「ッ!」
不敵な笑みを浮かべるガイルズのその言葉に胸の奥底を抉られたような感覚を抱くイングニス。
イ ングニスは自分の犯した過ちを聖狼になった者達に罰して欲しかったのだ。だがその相手は誰一人としてもうこの世に存在しない。いっそのこと悪霊にでもなって自分を呪い殺してくれれば楽になれるのにと思うこともあった。だが彼らは一人としてイングニスの下に現れることは無かった。
自分の過ちを知られたくないという思いと自分の過ちを知られることで罰を受けたいと思う矛盾した感情が常にあったイングニス。そんな時突如として自分の前に現れたガイルズ。イングニスはこれで楽になれると心の奥底でそう思っていた。
しかしガイルズはそんなイングニスに対して恨みでも無く怒りでも無く、感謝を口にした。更には既にこの世にはいない彼らの言葉を代弁すらしてくる。それはイングニスにとって辛く、そして温かい言葉でもあった。
「そんな……」
何かがプツリと切れるように消え入るような声でそう呟くイングニスの目から涙が流れ落ちる。
今まで圧し掛かっていたものから解放される感覚。救われたというにはあまりにも自分勝手ではあると思いながらイングニスは、自分の心がガイルズの言葉によって軽くなったように感じていた。
「おい泣くなよ……」
涙を流すイングニスに困った様子で話しかけるガイルズ。
「す、すみません……」
感情が整理できていない錯イングニスは自分を落ち着かせようと涙をふきながらガイルズに謝った。
「はぁ……まさかその力を手にした人に感謝されるとは思ってもいませんでした」
しばらくして、感情が落ち着いたイングニスは憑き物が落ちたような表情でガイルズにそう言った。
「ああ、戦場とかでけっこう危ない状況の時とか、この力で何度も助けられたんだ」
まだ傭兵だった頃、聖狼の力で幾度もの困難を脱してきたことを口にするガイルズ。
「戦場で……え? ……あ、あの戦場って相手は人間ですか?」
戦場での経験を語るガイルズの言葉に有り得ないという表情を浮かべるイングニス。
「ああ、この力で何人もぶっ倒してきたぞ」
何かおかしなものでもと言いたげにガイルズはイングニスの問頷いた。
「ま、待ってください……聖狼は理性を失い暴走した時に人間を襲わないよう安全装置が組み込まれているんです……だから本来、聖狼は人間を攻撃することは出来ないはずなんです……」
例え『聖』の力を持つ兵器であっても、その大本となるのは獣。その本能が暴走した時に周囲にいる人間に危害を加えないようにとイングニスは聖狼に安全装置を組み込んでいた。その安全装置こそがイングニスの犯した一番の罪であったことは、後の聖狼たちの末路が証明している。
「安全装置? いいや、別に戦場であの力が使えなかったことは一度もなかったし人間をぶん殴れなかったこともなかったな」
イングニスの言葉に顔を横に振るガイルズ。
「な、何で……ちょ、ちょっと……」
動揺した様子でそう言いながら立ち上がったイングニスはガイルズの下へと近寄って行く。
「そ、その失礼でなければその首輪をみせてくれませんか?」
視線の先にはガイルズの首に装着された首輪、それを見せてくれと言うイングニス。
「ん?」
子供の頃に装着して以来、呪いのように外れなくなった首輪を別段嫌がる様子も無くイングニスに見せるガイルズ。
「……ハッ! なぜこれをあなたが……うん、でもこれなら説明がつく」
ガイルズの首に装着された首輪が相当に珍しい物だったのか、イングニスは驚きながらも納得した様子で頷いた。
「……そもそもあなたがなぜ聖狼になれるのか、それが疑問だったんです」
ガイルズの首に装着された首輪を一通りみたイングニスは自分の席に戻るとそう口にした。
「聖狼の力を内包したその首輪は100個しかありません、その100個は既に失われているはず、なのにあなたは聖狼になれる……これは何故か……それはあなたが装着している首輪が試作版の一つだったからです」
ガイルズに抱いていた疑問の答えを理解したイングニスはガイルズにそう告げた。
「試作版……それがどうしたって言うんだ?」
聞きなれない単語をたどたどしく口にするガイルズは一体それがどうしたとイングニスに尋ねる。
「……試作版に安全装置は付いていません……だからあなたは人間を相手に聖狼の力を使うことが出来た」
試作版であるが故に安全装置が付いていない事を口にしたイングニス。それが聖狼の状態になってもガイルズが人間に攻撃できた理由であった。しかしガイルズが人間を相手に聖狼の力を使うことが出来た理由には納得したものの、イングニスのその表情は困惑していた。
「……ですがそれは結局、機能不全で装着者の人間は聖狼にはなれず、後に破棄された物のはずです……なぜそれがあなたの下に……」
試作版であるが故に正常に機能せずに装着した者が聖狼になれず後に破棄された事を告げたイングニスは、その首輪がなぜガイルズの下にあるのか首を傾げた。
「……まさかッ!」
ここで今日初めてガイルズの顔をしっかりと見つめたイングニスは突然叫んだ。
「……突然ですがあなたの苗字を教えてもらえませんか?」
「苗字? ……ハイデイヒ……だが?」
なぜ突然苗字を聞かれたのか分からないまま自分の苗字を答えるガイルズ。
「ハイデイヒ……あなたの家系は代々僧侶の家系ではありませんか?」
ガイルズの苗字を聞き何かを理解したらしいイングニスは続けて、ガイルズの家系について尋ねた。
「ああ、よく分かったな」
自分の家系が代々僧侶である事を言い当てたイングニスに僅かに驚くガイルズ。その見た目や言動、行動から自分が代々僧侶の家系であり一応洗礼を受け戦闘職の資格も持っていることを告げても誰にも、スプリングにすら中々信じてもらえなかったガイルズは、苗字を聞いただけで自分が僧侶の家系である事を言い当てたイングニスに驚いた表情を向ける。
「なるほど、こうしてみれば確かに面影があるかもしれません」
ガイルズの顔を見ながら遠い記憶を思い起こし懐かしむイングニス。
「私は、あなたの先祖にあたる人物と交流がありました……彼は魔族との戦いにおいて誰よりも先に聖狼になる事を志願した方です」
既に千年以上の時を生きている森人であるイングニスは、ガイルズの先祖だと思われる人物と交流があると口にすると続けてその彼が誰よりも先に聖狼になることを願った事を告げた。
「へーまさか俺の先祖があんたと知り合いだったとはな」
これぞ長寿である森人だからこそ成せることかとガイルズは自分の先祖とイングニスが知り合いだったことに僅かに驚いた表情を浮かべた。
「……彼は結局、聖狼になることはできませんでした……でも彼はそれを諦めきれなかったのですね……」
ガイルズの顔を見ながら切ない表情を浮かべるイングニスの心は遠い過去に向かう。
「おい、まさかとは思うが……あ、いや、これは藪蛇か……」
イングニスのその表情に先祖とイングニスの間には何か只ならぬ事情があるのではと察するガイルズは、この先を聞けば何かとんでもない事実を踏み抜くことになりそうだとそれ以上その事について聞くことを止めた。
「はぁ……聖狼についての基本的な事は分かった……」
そう言いながら少し疲れたような表情を浮かべるガイルズ。
「……だが俺が本当に聞きたいのはそこじゃないんだ」
長らく聖狼の事について説明してくれたイングニスに視線を向けると、本題を切りだした。
「本当に聞きたかったこと……私は全て話したつもりですが?」
聖狼について自分が知ることは全て語ったと自負するイングニスは、ガイルズのその言葉に首を傾げる。
「全て……ああ、あんたがそう言うなら聖狼について全て俺に話してくれたんだろう……だが俺が知りたいのは過去のことでも現在のことでも無い……」
「ッ?」
ガイルズが自分に何を聞きたいのか要領を得ないイングニスは僅かに困惑したような表情を浮かべた。
「……最初は聖狼の事に詳しい奴に出会えればいい、そいつから知りたい手がかりが見つかればいいぐらいに考えていた……だがあんたは詳しい所じゃない、聖狼を作りだした張本人だ……あんたなら答えられるはずだ、俺が望む聖狼の未来……どうすれば聖狼の力を今以上に高めることができるか……」
「……聖狼の力を高める? ……なぜそんな事を?」
ガイルズが何を知りたいのか理解したイングニスはそれと同時に疑問を抱いた。
人間との戦いに敗れ力を急速に失った現在の魔族。その魔族を相手に今以上の力を求める必要は無い。魔族では無く人間に対してその力を振うにしても聖狼以上の力を持つ人間が存在するとは思えずガイルズが聖狼の力を高めようとする理由がイングニスには分からなかった。
「あんたはこの村に籠っていたからわからないかもしれないが、いるんだよ……聖狼の力を持ってしても祓えない『闇』が……」
「なッ!」
『闇』の力を持つ魔族を滅ぼす存在として作り上げた聖狼は、『聖』の力を持って『闇』に対して圧倒的な力を発揮する。しかし今その『聖』を持ってしても祓う事が出来ない『闇』が存在するというガイルズの言葉に驚愕するイングニス。
「詳しい事は俺も知らない、だが奴は夜歩者の上位存在、闇歩者だと名乗った」
「上位存在……闇歩者……?」
魔族との戦いの時、一番人類に猛威を振るったのが、『闇』の力の中でも最上位の力を持つとされた夜歩者。『闇』の力を魔族に対して絶大の力を発揮する聖狼だが、主に夜歩者の反撃特攻の立場として作られた要素が強い。そんな夜歩者の上位に位置する種族が存在していた事を知らなかったイングニスは困惑を隠せない。
「奴は圧倒的な『闇』で俺を抑え込んだ……今の聖狼のままじゃ力が足りないんだ、俺は奴ともう一度戦いたい……だから聖狼の力を高めたいんだよ」
『闇』を狩る者の目。ガイルズの目は宿敵を前にしてその使命を奮い立たせる者の目をしていた。しかしそれとは別にガイルズ本人の欲望、聖狼が持つ本能とは別の、戦い好む者としての欲望を感じるイングニス。
「あんたなら出来るだろ? 聖狼の力を更に高める方法」
目の前の男が抱くのは戦いたいという強い意思。自分が持つ本来の使命もその力も才能すらも全ては己の欲望を満たす為のものにしか過ぎないと言わんばかりのガイルズの雰囲気を悟ったイングニスは、ガイルズがとても危険で危うい人物である事を理解した。
「……方法は……あります」
だが危険だと分かりつつもガイルズの願いを聞きいれるように聖狼の力を高める方法がある事を歯切れ悪く口にするイングニス。
「本当か?」
歯切れ悪くそう言うイングニスの言葉に跳ね上がるように席から立ち上がるガイルズ。
「……ですが、その方法を行えばあなたの命の保証はできません、それでもやりますか?」
「ふん、そんな分かり切った質問、時間の無駄だな……」
「……そうですね……その闇歩者という存在は私も見逃せません、もしかしたらまたあの時のように大きな戦いになるかも……ただし……」
そう言って言葉を一度区切るイングニス。
「条件があります」
「またかよ」
聖狼の情報を聞きだす為にイングニスから出された条件をこなしていたガイルズはまたかという表情を浮かべ文句を垂れた。
「……それで何だよ」
面倒な条件じゃ無きゃいいなと思いつつイングニスにその条件を尋ねるガイルズ。
「『絶対悪』の残滓の浄化をお願いしたいのです」
「それかよッ!」
聖狼の件で有耶無耶になっていた『絶対悪』の残滓の事を条件に持ちだしたイングニスに再度文句を垂れるガイルズ。
「いやならば別にかまいませんよ、ですがそうなるとあなたの望みも叶いません」
交渉の優位性が今は自分にあると考えているイングニスは強気の姿勢をガイルズに見せる。
「くぅ……この……さっきまでワンワン泣いていたのに掌を返したように……」
「どうしますか?」
自分の立場が弱くなっていることに気付きイングニスに聞こえないように文句を垂れるガイルズ。だがその文句が聞こえているというようにイングニスはガイルズに強気の姿勢で答えを催促した。
「あーあー分かりましたよ、あんな黒い球体、俺が簡単に浄化してやる!」
観念するようにガイルズは『絶対悪』の残滓を浄化する事を承諾した。
「はい、それでは早速、『絶対悪』について、そしてその残滓について更に知識を深めていくことにしましょう」
パンと両手を叩いたイングニスは何か含んだ笑みを浮かべながら自分から離れた席に居るガイルズへと近づいていくのであった。
― ヒトクイ ユモ村 周辺 ―
「な……」
まだ夕方前だというのに空は暗く重い雲が流れている。今にも雨が降りだしそうな空模様の中、スプリングはそんな空模様などどうでもよくなる存在と対峙していた。
「何で、お前がここにいる……ここにいるッ!」
ソレを前にして絶叫するスプリング。
『どうした主殿!』
突如として絶叫する自分の所有者に自我を持つ伝説の武器ポーンは困惑しながら声をかけた。
「くぅぅううぁああああ!」
ポーンの言葉に一切耳を傾けず心を奮い立たせるように叫びを上げたスプリングは、手に装着した打撃用手甲を構えながら走り出した。
『主殿! 主殿には一体何が見えているんだ!』
目の前に現れた黒い球体、『絶対悪』の残滓を前に突然様子が豹変したスプリングに困惑することしか出来ないポーン。
「お前が、お前が! 母さんを父さんを……!」
そう叫びながら渾身の力を込めた拳を振り下ろすスプリング。
ポーンからすればそこには紛れもない『絶対悪』の残滓の異様な姿があった。しかしスプリングにはそうは見えていない。そこに立っていたのは、スプリングの両親の命を奪った復讐の相手、黒ずくめの男であった。
ガイアスの世界
イングニスとガイルズの先祖の関係。
どうやらガイルズの先祖と知り合いであったイングニス。聖狼へ志願した僧侶であったようだが、この二人の関係がそれ以上のものであったのはイングニスの態度から容易に想像できる。
しかしガイルズはその先は藪蛇だと足を踏み入れることはしなかった。