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隙間で章12 約束と証明

ガイアスの世界


 ヒラキが使った幻術


 相手に幻を見せることで惑わせる幻術。ヒラキが王の間でガイルズたちに使った幻術は、幻術の中でも高度なものであった。

 その範囲はガウルド城全体に及び、王の間での出来事は城内にいた家臣や兵たち誰一人にも気付かれていなかった。

 しかしヒラキ王と言えば、統一戦争当時、剣士としてその名を轟かせた人物。その腕は剣聖級と言われているヒラキがなぜ幻術を使えたのか、それは分からない。

 なにやらインセントはその当たりの事情を知っているようだが……





隙間で章12 約束と証明




剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス





― 現在 フルード大陸 とある雪原 ―




 幾つもの雪柱が爆発音と共に突如として雪原に並び立つ。雪柱としてせり上がった雪は爆発の衝撃で一瞬にして水へと変化、蒸発し霧となって視界を狭め雪原一帯を包み込んだ。

 霧の影響で視界が悪くなった雪原を縦横無尽に駆け巡る一つの影。その影は辛うじて人の型をしてはいるがその動きも相まってどちらかと言えば獣のように見える。


「……聖狼セイントウルフになったか……」


 少し離れた高台から視界が悪い雪原を縦横無尽に動き回る影を目で追っていた森人エルフはその影をそう呼んだ。影の正体、それは『闇』の力を持つ者たちを駆逐する存在、聖狼セイントウルフであった。

 何処からともなく現れる雪柱の狙いは聖狼セイントウルフ。それは明らかな攻撃意思。視界の悪い雪原を駆ける聖狼セイントウルフへの何者かによる攻撃であった。だが何者かによるその攻撃を聖狼セイントウルフは人間を越えた反応速度と身体能力でことごとく躱していく。


「……動きが鈍い……明らかに彼の存在に戸惑っている」


しかし聖狼セイントウルフを狙うその攻撃には戸惑いのようなものがあることを感じ取っている森人エルフ。その視線を聖狼セイントウルフから少しずらした森人エルフが向けた視線の先には、自然界に存在するにはあまりにも不自然過ぎる物体が漂っていた。それは人類でも無ければ魔族でも魔物でも無い。およそ生物とも思えない姿、完全な黒い球体であった。


「……『絶対悪』の残滓……」


雪原に漂う黒い球体を『絶対悪』の残滓と称した森人エルフは、その『絶対悪』の残滓に距離を詰めていく聖狼セイントウルフの影を高台から見つめながら数日前に自分の下にやってきた男との出会いを思い出していた。




 数日前、数少ない同胞や同胞と人間の間に生まれた半森人ハーフエルフたちと共に物理的にも精神的にも人類から隔絶した村で暮らしていた一人の森人エルフの前に、何の前触れも無く現れた一人の男。

 その男は出会って早々開口一番に村の長にして原初の魔法使いと呼ばれていた森人エルフ、イングニスに対して聖狼セイントウルフの力の全てを教えろと言ってきた。

 数百年ぶりに聞くその名称に驚きと罪悪感を抱いたイングニスは、男の名を尋ねると男はガイルズと名乗った。

 話を聞けば小さな島国の王ヒラキという男からの助言でガイルズはイングニスの下にやってきたと言う。

 正直百年以上村の周囲以上の場所には出ていないイングニスは、建国してまだ百年にも満たない島国の王と知り合いであるはずも無く、名指しされる理由が分からず首を傾げた。

 そもそもガイアスの歴史において森人エルフという存在は既に滅びた存在であり、今ではおとぎ話や英雄譚に出てくる空想上の種族として認識している者も多いという話を耳にしていたイングニスは、なぜ島国の王が自分たちの種族が滅びていないことや自分たちが隠れ住んでいる村の場所まで知っているのか疑問を抱いた。

 だがガイルズの話を聞くうちにその疑問は解消された。イングニスの居場所を教えたのは、数年前までイングニスの孫であるスプリングと一緒に村に滞在していた剣聖インセントだった。

 聞けばインセントはフルード大陸に来る前、その島国の王と共に国の統一を成し遂げた戦友だったという。

 ガイルズからそこまで話を聞いたイングニスは、既にこの世にはいない自分の娘の顔を思い浮かべた。インセントとガイルズの話を擦り合わせていくと、その島国が娘の最期の場所であった事に気付いたイングニス。インセントと友人関係にあったと言う自分の娘は、もしかしたら島国の王とも何か接点があったのかもしれないとガイルズの話を聞きながらイングニスはふとそんな事を考えていた。

 なぜ島国の王が森人エルフの存在、そして自分の居場所を知っていたかについて納得したイングニス。しかしイングニスにはもう一つ疑問が残っていた。

 自分と聖狼セイントウルフの関係についてだ。それに関してイングニスは今まで誰にも語ったことが無い。まして顔も名前も知らずほぼ接点がない島国の王がそのことについて知っていることは明らかにおかしいことであった。


聖狼セイントウルフ……」


視界の悪い雪原を駆け抜け、『絶対悪』の執拗な攻撃を掻い潜り距離を詰めていく聖狼セイントウルフに思いをはせるイングニス。


 それは数百年前、人類と魔族の間に起きた戦いの頃。いや戦いと言うにはあまりにも圧倒的な力の差があり、それは戦いとは言えない魔族による蹂躙だった。人間は魔族との力の差を前に膝を折る事しか出来なかった。そんな人間の劣勢を覆したのが『闇』を殲滅する為の力、聖狼セイントウルフ。だがイングニスにとってそれは力などでは無く自身の恨みが籠った兵器であった。

 人類の中で魔族に最も危険視されていた森人エルフは、人類と魔族の戦いが始まる少し前、魔族たちによる奇襲と一斉攻撃によってその殆どが滅ぼされていた。その中で生き残ったイングニスは、同族を滅ぼされた怒りと憎しみを糧に魔族を『闇』の力を持つ存在を殲滅する為の兵器を作った。それが聖狼セイントウルフであり、イングニスはその兵器の製作者であった。


 森人エルフが滅びた後、次に魔族がその牙を向けたのが、人類の中で一番数が多いとされていた種族、人族、人間であった。増える速度は高いものの身体的に他の人類種族に劣り、魔法も発展途上であった人間は、奴隷や性的対象のはけ口、魔族にとって様々な目的の対象となったのだ。そんな人間の状況に滅ぼされた自分の種族を重ねたイングニスは、自分が作り上げた聖狼セイントウルフという兵器を自分の恨みや怒りと共に人間に託した。だが後にそれが過ちだった事をイングニスは理解し後悔することになった。

 聖狼セイントウルフは、人間に『闇』を滅ぼす力が備わる代わりにその姿が獣へと変化してしまう兵器であった。それは力への代償であったが、劣勢を強いられていた人間たちはその力を受け入れ、次々と兵器としてその姿を獣に変えて行った。

 聖狼セイントウルフの力はイングニスが想定していた以上の成果を生み出し、魔族との戦いで劣勢であった人類、特に人間を勝利へと導いた。そこまではよかった。

 魔族との戦いが終戦した後、聖狼セイントウルフとなった者達は本来ならその活躍を称えられる立場にあった。しかし聖狼セイントウルフにならなかった者達は、その強さに恐怖を抱き、恐れ危険視するようになり、聖狼セイントウルフ達を迫害するようになっていった。

 聖狼セイントウルフたちは人間たちに成されるまま抵抗できずその命を一つまた一つと散らしていった。そして魔族たちに勝利した聖狼セイントウルフたちのその活躍や勝利すら人間たちの手によって歴史の闇へと葬られることとなった。

 人間たちによって聖狼セイントウルフが迫害を受けその存在を抹消された事を知ったイングニスは、自分の愚かさに気付いた。自我を失い人間たちに手を出さないよう設定した安全装置の所為で抵抗できずに無念や怒りを抱いて死んでいった聖狼セイントウルフたちに何と謝ればいいのか分からなかった。そしてイングニスは、この時人間が持つ醜さを知った。

 全ての人間の心が醜い訳では無い事はイングニスにも理解できる。しかしそんな人間も立場や状況で心が穢れることも知っている。魔族との戦い以降、その勢力をガイアス全土に広げ世界の中心とも言える種族にまでなった人族、人間に失望したイングニスは自らが作り上げた結界の中に村を作り人間との関わりを断絶したのだった。

 その結果、自分の過ちと共に、森人エルフという種族も聖狼セイントウルフと同様に歴史の表舞台から姿を消したのだった。


「……なぜ……私が聖狼セイントウルフを作りだしたことをなぜ知っている」


人類と魔族との戦いから数百年、人族、人間との関係を断絶してきたイングニスは、インセントと自分の孫であるスプリングが村にやって来るまで人間と会うとは無かった。そんな状況の中で聖狼セイントウルフを作りだしたのが自分であるという情報が洩れること絶対に有り得ないはずである。当然、その事は唯一人間でありながら村に入ることを許したインセントにも伝えてはいない。それにも関わらず、島国の王はイングニスが聖狼セイントウルフを作りだした張本人である事を知っているかのようにみなまでは言わず関節的にガイルズに助言したのである。


「……まさかヒトクイの王は、あの人類と魔族の戦いにその身を置いていた者 ……いやそれは有り得ない……数百年前の事、ヒトクイの王は人の子、人間を統べる王、森人エルフや魔族のように長寿では無いはず……」


漏れるはずの無いことが外に流れているという事実にイングニスは島国の王が、人類と魔族の戦いの時代から生きていたのではと考えた。だが島国の王が人間である時点でそれは有り得ない考えであるとすぐに自分の考えを否定するイングニス。


「ならば……どうしてこの事を島国の王は知っている……」


考えても考えても、島国の王の正体に辿り付くことが出来ないイングニス。


「……ん?」


答えが思いつかないイングニスの視界に絶え間なく続く『絶対悪』の残滓の攻撃を掻い潜り自らの攻撃範囲に入った聖狼セイントウルフことガイルズの姿が映る。その瞬間、島国の正体の事を考えていたイングニスの思考が切り替わった。

 自分の攻撃範囲に入ったガイルズは、目の前にいる『絶対悪』の残滓を前に、背に担いでいた相棒、特大剣、大喰らいを抜いた。


「ま、まさか、倒すつもりか!」


『絶対悪』の残滓に攻撃の意思を向けるガイルズ。その姿に驚きの表情浮かべるイングニス。

 大喰らいを振り上げるガイルズのその姿は、聖狼セイントウルフという姿も相まって特大剣であるはずの大喰らいが長剣ロングソードのように見える。だが武器を振う聖狼セイントウルフの姿には違和感しかない。

 今まで聖狼セイントウルフの姿になった時ガイルズは大喰らいを使うことは無かった。それは聖狼セイントウルフが武器を必要としない絶対的な腕力を持っていたからだ。だが今ガイルズは聖狼セイントウルフが必要としていないはずの武器を手に持ち、『絶対悪』の残滓に振り下ろそうとしている。しかしそれはガイルズに余裕がないからでは無い。寧ろ今ガイルズは圧倒的な余裕感の中にいた。いつも以上に調子がいい感覚、本人はその理由がわかってはいないが、対峙する『絶対悪』の残滓と呼ばれる謎の存在に負ける気が一切しなかったのだ。

 だからガイルズはこの状況であることを試すことにした。自分の相棒の力を自分以上に引き出したあの男のように、手に持った大喰らいの力を引き出すことを。

 ガイルズのその想いに応えるように大喰らいは唸りを上げるとその剣身から肉眼で認識できる程の風が纏わりついた。それはガウルド城にある王の間で剣聖インセントが見せた大喰らいが本来持つ力、風の力だった。

 攻撃を仕掛けようとしているガイルズに抵抗を見せる『絶対悪』の残滓。しかしその抵抗は全て大喰らいの剣身から放たれる風に切り裂かれ無力化していく。


「うぉらららららら!」


周囲の霧を巻き込みながら風を纏った大喰らいが『絶対悪』の残滓に目がけ振り下ろされた。その瞬間、剣身に纏わりついていた風は雪原に広がっていた霧を鋭い刃の如く切り裂き霧散させる。剣身から放たれた風の刃によって一瞬にして霧が晴れた雪原にはガイルズと真っ二つに斬られた『絶対悪』の残滓の姿があった。


― 怨怨怨怨怨怨怨怨 ―


怨嗟のような音を立てながら周囲の霧と同じように霧散していく『絶対悪』の残滓。


「ふぅ……五割ってとこか? あの剣聖ジジイに教えられたみたいで癇に障るが、初めてにしては上出来だ……」


霧散していく『絶対悪』の残滓との決着には一切興味を示さず、大喰らいの力を引きだせたことだけに言及するガイルズ。


「……まさかアレを……『絶対悪』の残滓を真っ二つにするとは……」


信じられない光景を見たとでも言うようにイングニスはガイルズの行動に呆れた表情を浮かべる。


「……やはりあなたはこの世界の理を外れた存在なのですね……」


しかし次の瞬間には納得したような表情でガイルズに対し、ヒトクイの王ヒラキがインセントに口にした言葉と似た言葉をイングニスは呟いた。

 ガイルズが相手にした『絶対悪』の残滓とは感情を持つ全ての生物から発せられる負の感情が世界に悪影響を及ぼさないようにする為、世界自身が自分の身を守る為に作りだした『絶対悪』という負の感情を浄化する為の機構システムから漏れだした残りカスである。

 『絶対悪』の残滓は概念のようなもので、例えるなら嵐や竜巻、地震と言った自然災害のようなものである。そんな自然災害を剣で真っ二つにしたガイルズは、普通に考えれば非常識にして異常でしかない。だがイングニスはガイルズが非常識であり異常である理由を知っていた。


「おーいババア! これで約束は果たしたぞ!」


ババアと言われるような見た目をしていない若い姿のイングニスが立つ高台に近寄ったガイルズは、約束を果たしたことを大声で告げる。


「約束……私は対峙するだけでいいと言ったんですがね……」


『絶対悪』の残滓を消滅させるという予想外の出来事に呆れた表情続けていたイングニスは視線を高台の下から自分を見上げているガイルズに向けるとそう言って苦笑いを浮かべた。

 イングニスはガイルズとある約束をしていた。それは『絶対悪』の残滓に対峙するというもの。ただ対峙するだけでイングニスは聖狼セイントウルフについての全ての情報を全てガイルズに提供するという内容だった。

 ただ対峙するだけ、なぜイングニスがそんな約束をガイルズとしたのか、それはガイルズが『絶対悪』の残滓を浄化できる存在であると出会った当初から勘付いていたからだ。ガイルズが世界の理を外れし役目を持つ者であることを証明する為にイングニスは『絶対悪』の残滓に対峙する事を願ったのだ。

 『絶対悪』の残滓に対峙するだけでガイルズが理を外れし役目を持つ者かどうかはすぐに分かると思っていたイングニス。その思惑通り、『絶対悪』の残滓は、ガイルズを前にした途端、困惑した様子を見せていた。この時点でイングニスの目的は達成していた。だがガイルズは『絶対悪』の残滓を消滅させるというイングニスの目的以上の成果を出すに至った。


「……正直、聖狼セイントウルフや世界の理を外れし存在どうこうの力では無く、あなたの戦闘能力バトルセンスに驚愕しましたよ」


返答を聞こうと高台をよじ登ってきたガイルズが持つ異常なまでの戦闘能力バトルセンスを呆れた表情で褒めるイングニス。

 

「そうか? あんたが脅すからどんなもんかと思ったが、たいしたことなかったぞ」


聖狼セイントウルフ化した事で上半身の防具が大破し半裸状態であるガイルズは、イングニスの足元に置いてあった予備の防具を纏いながら『絶対悪』の残滓に対して自分が抱いた率直な感想を口にした。


「……アレと対峙してたいしたことなかったと思えるのは、優れた戦闘能力バトルセンスの影響もあるのでしょうが、それ以上にあなたが理を外れし役目を持つ者であるからです」


「……はぁ……またそれか……」


予備の防具を纏い終えたガイルズはイングニスの言葉にまたかとため息をついた。

 

「……ちゃんと聞いてください、これはこれからのガイアスにとって重要な話です」


「へいへい……」


不真面目な態度をとるガイルズを叱るイングニスに対して全く気持ちの籠っていない態度で返事をするガイルズ。


「……普通の人間がアレに対峙した場合、アレは対峙した人間の心を読み取り最も心を支配しやすい何かの姿となってその人間を惑わせます、惑わされた相手は何も出来ずにアレに取り込まれる、これが一般的です……ですがあなたを前にしてアレはその姿を変えなかった、これはあなたが世界の理から外れた役目を持つ存在である証明に他ならない……あなたのその立ち位置が揺るがない限り、アレはあなたの心を読み取ることが出来ず惑わす事が出来ないのです」


出会ってから数日、ガイルズが世界の理を外れし存在である可能性を見出していたイングニスはそれが証明された今、ガイルズにその役割の重要性を伝えようとしていた。


「……何? 俺におとぎ話や英雄譚に出てくる英雄ヒーローや勇者になれとでもいいたいのか?」


興味無さそうな表情、そして声でイングニスに問うガイルズ。


「……そんな月並みな言葉で納めたくはありませんが、平たく言えばそう言うことになります、この世界に迫った終焉……それをあなたが持つその役割で防いでほしい」


ガイルズの問を肯定するイングニス。


「ふーん……興味ないな……他を当たってくれ」


しかしイングニスの願いを一蹴するガイルズ。


「……そんなことよりもだ、俺はあんたとの約束を果たした……いい加減、俺が知りたい聖狼セイントウルフの情報の全てを教えてもらおうか?」


イングニスに約束を課せられ、今までお預け状態を喰らっていたガイルズは、世界の命運よりも自分の欲望に忠実だった。


「あなたは! んっ……この世界に終焉が近づいているというのに、それでも自分の好奇心を優先させるのですか……」


聖狼セイントウルフについて自分が知っていることは全て話すつもりでいたイングニス。しかしガイルズのその態度に怒りが込み上がる。だが次の瞬間、の前に居る人物が自分の犯した過ちの被害者であることを思い出しその言葉は弱々しく消えていく。


「当たり前だ、俺は今まで自分の欲望に忠実に生きてきた、強い奴と戦い、更に強い奴と戦い……俺はそうしてこのクソッタレなこの世界を楽しんできたんだ」


即答するガイルズ。


「……」


ガイルズの言葉の裏側にどういった想いがあるのかイングニスには分からない。しかし少なくとも自分が犯した過ちによってガイルズは苦しい思いをしてきたのではないかと思うイングニスは言葉を失う。


「……分かりました、私が知る限りの聖狼セイントウルフについての情報をお話しましょう……」


目の前に居るガイルズには全てを知る権利があると思ったイングニスは頷くと絞り出すような声でそう言った。


「よしっ! それじゃ早く話せッ!」


自分が犯した過ちについて重い口を開けようとするイングニスに早く話せと催促するガイルズ。


「……と、言いたい所ですが、ここで話を始めたら凍え死にます」


「へ?」


「この話は……村にもどってからにしましょう」


話は村に戻ってからと言い切ったイングニスは帰り支度を始めた。


「えええええええ!」


 話を勿体付けて帰り支度を始めたイングニスに批判の声を上げるガイルズ。だが今二人が居る場所は一年で最も冬の期間が長く、夏が短いとされる大陸フルード。季節は夏に向かっているとは言え異常気象のせいで未だ雪原の雪は解けずにいる。そんな状況の中で長話をするのは凍えて死ねと言っているようなものであった。


「ふざけるな俺は平気だ、だから早く話せ!」


散々お預けを喰ってようやくという時にまたお預け喰い、いい加減我慢の限界に来ていたガイルズはまるで子供のように駄々をこね始めた。


「あなたは良くても私は凍え死にます! 私が凍え死んだら聖狼セイントウルフについて何も知ることができませんよ!」


駄々をこねる子供を叱る母親のような口調でガイルズを説得するイングニス。


「……チィ!」


イングニスの説得が聞いたのか舌打ちを打ちながらも駄々をこねるのを止めたガイルズ。


「それに……心の整理をつけたいのです、だから一度村まで戻りましょう」


「……心の整理?」


ガイルズには聞こえないようにそう呟くイングニス。しかしその言葉はガイルズの耳に届いていた。

凍え死ぬからという正当な理由があるものの、イングニスにとってそれは体の良い言い訳であった。

長い年月をかけ人々から薄れ消えかけている記憶。それはイングニス自身にも当てはまる。自分が犯してしまった過ち。それにイングニスがもう一度向き合う為には、それが雪原から村へと戻る道中の僅かな時間であったとしても、心を整理するには必要な時間であった。



ガイアスの世界



『絶対悪』の残滓の能力


 地震や竜巻のような自然災害なような存在であるとされる『絶対悪』の残滓には、通常の攻撃、及び魔法攻撃が一切利かないとされている。

 能力は周囲に異常気象をもたらす他、感情を持つ生物と対峙した場合、その生物が苦手、もしくは惑わすことが出来る存在に姿を変え動揺させたその隙に攻撃、もしくは自分の中に取り込むというもの。その他にもその場にある物を操った攻撃を得意としている。

 ガイルズの前に現れた『絶対悪』の残滓は他のに比べ比較的小さいもので、時間の経過によって消滅する存在であったようだ。

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