隙間で章10 強者たちの油断?
ガイアスの世界
『闇』以外に振われる聖狼の力
本来『闇』の力を持つ存在を滅する為にその力を発揮する聖狼の力。だがその力は別段制限されたものでは無く、相手が『闇』で無くともその力を振うことはできる。
だが当然『闇』以外の者に聖狼が持つ『聖』の力の効果は薄い。その為『闇』以外の者を前に聖狼の力を使う場合、その力は単純な肉体強化に留まることになる。しかしその肉体強化であっても十分に強力で脅威的であり、魔族と人類の戦争終結後、その力の矛先が自分たちに向けられることを恐れた当時の者達が聖狼の力を持つ者たちを始末したとしてもなんらおかしなことでは無い。
隙間で章10 強者たちの油断?
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
王の間とは本来、家臣の国務の報告を聞いたり他国からやってきた者との交渉事で使われたりする場所で物事を対話で進めていく場所である。けっして戦闘をして良い場所などでは無い。王の間において剣抜行為、戦闘行為は王に対して無礼、同時に反逆行為とみなされ、即刻打ち首にされてもおかしくは無い。
だが、ガウルド城の王の間で、王の御前で対峙する二人にはそんな事関係無い。そもそも二人の内一人は既に人類の常識など通じはしない獣の姿へと変わっていた。
裂けた口から覗く鋭い牙。発達し隆起した筋肉。何もかも切り裂りさく鋭い爪。どれもが獣の特徴でありながらそこに佇む姿には美しさがある。その理由は『闇』を打ち払う神々しく銀色に輝く毛にあった。獣でありながら美しく銀色の毛をなびかせるその獣の名は聖狼。『闇』を滅する為にだけ生まれた美しも悲しき獣である。
「ほぉー、それが聖狼か……」
ガイアスのあらゆる場所を旅し珍しいものを沢山見て経験してきたインセント。だがそのインセントですら実物の聖狼を見たのはこれが初めてであった。だからなのかインセントは聖狼に姿を変えたガイルズを物珍しそうに見つめていた。
「ああ、折角剣聖が相手してくれるんだ、俺も出し惜しみはしない」
聖狼の姿となったガイルズは一段と低くなった声で目の前の剣聖にそう告げた。
「ふふ、それは有難い……伝説の聖獣と戦えるとは長いきはするものだな」
現在では伝説の生物と化している聖獣、聖狼を前にインセントの表情には一切の動揺は見えない。そればかりかインセントは嬉しそうにしている。今インセントにあるのは単純な好奇心。人類との戦いで圧倒的な力の差を見せた『闇』の眷属、魔族と互角以上に戦い人類を勝利へ導いた聖狼の力への純粋な興味だけであった。
「余裕かましてやがるな……」
初老を超えているというのに、どこにもその初老感が無いインセントの余裕の佇まいと言動に裂けた口を吊り上げるガイルズ。狼顔となったその表情から感情は読み取りずらいが、目の前にいる剣聖が根底に持っているものが自分と同じであることを理解するガイルズは嬉しそうであった。
そう、インセントもガイルズも根っからの戦闘狂なのである。
「あ、あわわわわわ」
勝手に二人で盛り上がる戦闘狂を前にインベルラは一人慌てていた。元を辿れば自分がガイルズをこの場所に連れてきたことが発端。その責任は自分にあると考えるインベルラは、考えるまでも無くこれから起こるだろう激しい戦闘を前にどうしたらいいのか分からなくなっていた。
「……落ち着きなさい、インベルラ……」
不敵な笑みを零す戦闘狂二人にこれから自分の空間を荒らされるというのに、その二人を冷静に見つめるヒトクイの王ヒラキは、自分の横で慌てるインベルラを諭した。
「で、ですが王!」
これから起こることを思えばなぜそこまで冷静で落ち着いていられるのかヒラキのことが理解でき無いインベルラは恐れながらも反論しようとする。
「大丈夫……それよりもこれから始まるあの二人の戦いはとても貴重なもの、目に焼き付けておきなさい」
「え……?」
もう一度優しく諭すヒラキの言葉に疑問を浮かべるインベルラ。
「きっとこの場での出来事は君にとって良い経験になるはずだ」
ヒラキは二人に視線を向けたまま優しい口調でインベルラにそう伝えた。
「ハッ!」
ハッとした表情を浮かべるインベルラ。
正直な所インベルラの剣士としての才覚はお世辞にもあるとは言えない。剣の腕前だけで言えば、自分よりも才能がある部下が何人もいる事をインベルラは知っている。自分には無い剣の才能、それを補っていくれているのが自分の中にある聖狼の力によるものであることもインベルラは自覚している。だがその聖狼の力に関してもガイルズに言われた通り、未だ自分ではしっかりと制御でできず未熟であることも痛い程分かってた。
そんなインベルラの悩みを知っており理解もしているヒラキはインセントとガイルズの戦いから何かインベルラが得るものがあるのではないかと思っていた。そう、ガイルズをこの場に呼びそしてインセントをここに呼んでいたのは、全てヒラキがインベルラの成長を願い仕組んだことであったのだ。
「……まさか……」
そう呟きながら隣に立つヒラキの顔を見るインベルラ。
「ふふふ」
するとヒラキはまる悪戯がばれたこどものような笑みを浮かべた。
「うぅぅぅ……はいッ」
ヒラキの思惑を理解したインベルラは、自分の事を思いわざわざこの場を作り上げてくれたその優しさに涙が出るのを堪えながら静かに頷き返事をした。
互いに見合ったまま数十秒。インセントもガイルズも別段、いつでも戦いを始めることは出来た。しかし互いに何か考えがあるのか、動こうとはしない。
(……この騒ぎでも警備の一人も来やしない……何だ、あいつ何か企んでいるのか?)
少しでも何か異変があれば普通王の間には警備の部隊がやって来るはずだ。だが一切その気配がしないことに違和感を抱くインセントは何かヒラキが企んでいるのではないかと考えていた。
(……チィ……ここまでして警備の一人もやってこないしあの王様自身がこの騒ぎを止める気が無い……どういうことだ?)
時を同じくしてあわよくばインセントをダシにしてヒトクイ統一戦争でその強さを轟かせたヒラキを引きずりだしその実力も拝めるのではないかと思っていたガイルズ。だが王の間に広がる違和感にガイルズは疑問を抱いていた。
(……まあッ、ならまずは目の前の剣聖をぶっ倒すか)
瞬時の思考の切り替え。ガイルズは目的をインセントに絞る。その瞬間、全身の銀の毛を逆立てたガイルズから真っ直ぐな戦意がインセントに向けられる。
(来る)
ガイルズの思考が切り替わったことを見逃さないインセントは、ガイルズから奪った特大剣、大喰らいを構えた。
「うらぁあああああ!」
雄叫びにも似た声を発しながらガイルズはインセントの間合いへ凄まじい速度で飛び込んでいく。だがインセントにとってガイルズの攻撃は愚策でしかない。突進力はあるものの馬鹿正直な攻撃であるが故に躱すのも防ぐのも容易いからだ。
「ふんッ」
驚異的な速度で飛び込んでくる聖狼の巨体に合わせるようにガイルズは片手で持った特大剣大喰らいを躊躇なく振り下ろした。その瞬間、王の間の地面を巻き上げるようにして視覚できる程の風柱が立った。その風柱は天井を貫き城の上空へと舞い上がる。風柱から放たれる分厚い風圧は王の間を揺るがし壁や柱を砕いていった。
「ハッ!」
インセントの一振りによって発生した風圧やその風圧によって砕けた瓦礫が四方八方に吹き飛ぶ光景を目にしたインベルラは瞬時にヒラキを守る為に前に立った。
「ぐぅっ!」
幸いにも風圧だけで、瓦礫はインベルラに向かって飛んでこなかった。
「大丈夫ですか王?」
一瞬の嵐のように風圧が止んだことを確認したインベルラはヒラキの身を案じ怪我をしていないか尋ねた。
「ああ、問題ないありがとう」
身を挺して自分を守ってくれたインベルラに礼を告げるヒラキ。
「いいえ、ご無事で何よりです」
ヒラキに礼を言われその身の無事を確認したインベルラはその視線を王の間全体に向けた。
「……何という威力……王の間は特別な術式が汲まれた材質で作られた部屋だぞ……強力な魔法でも耐え抜くと言われるというのに……」
王の間を見渡したインベルラはその惨状に唖然とした。
一日の内、王が半日以上過ごす場所である王の間は、何があっても王を守れるように城の他の場所とは違い、衝撃を無効化、軽減する術式が組まれた材質で作られておりその強度はガイアスでも最高峰とされ大抵の攻撃には傷一つ付かない、はずであった。
だが現状、衝撃を無効化、軽減する術式はインセントの一振りに耐えることができなかつたのかそれとも発動しなかったのか、その効果が現れることは無く、一瞬にして王の間は半壊状態になっていた。
「おお、想像以上の威力、やはり俺の目に狂いは無かったな……」
剣に対しての自分の鑑定能力に狂いは無かったとご満悦なインセントはそう言いながら空が覗けるようになった天井に空いた大穴を見上げた。
「なッ! あの一撃を避けたのか!」
インセントの視線に釣られるように王の間の天井に空いた大穴に視線を向けたインベルラは、太陽を背に落下してくる何かを見ながらそう叫んでいた。その何かはガイルズであった。
一撃で倒されたとインベルラに思われていたガイルズは、辛うじてインセントの一撃を避けていた。だが想像以上の風柱の風圧にガイルズの体は城の上空に飛ばされてしまっていたのだ。
「うらぁああああ!」
しかしガイルズの様子に動揺は見えない。そればかりかそれを逆手に取ったガイルズは、耳に低く響く雄叫びのような声を上げながら自由落下で得た速度を威力に変え、インセントに向けて己の鋭い爪を振り下ろした。
落下の衝撃と聖狼と化したガイルズ自身の力が合わさった一撃がインセントを捉えた瞬間、剣戟にも似た鈍い音が王の間に響き渡った。
「いい重さだ!」
自由落下で威力を増したガイルズの爪による一撃を大喰らいで防いだインセント。その威力にインセントの足元は砕け足が僅かに埋まる。しかしインセントはガイルズの攻撃に答えるように不敵な笑みを浮かべた。
「た゛か゛なッ! 折角の重さも速さも直線すぎちゃ意味が無いんだよ!」
攻撃が直線的であることをガイルズに指摘したインセントは大喰らいで器用にガイルズの爪を絡めとるとそのままガイルズを床へと叩きつけた。
「ガッハッ!」
地面に叩きつけられ口から吐血するガイルズ。
「どうだ、少しはこの剣の本質が分かってきたか聖狼?」
床に叩きつけられたガイルズを見下ろしながら、子供のような笑みを浮かべる初老の剣聖。
「風……」
地面に叩きつけられ息が敵なくなっているガイルズの代わりに大喰らいの特性を口にするインベルラ。
「こいつには風の力が宿っている、お前は今までこいつの本質に全く気付かずただ振り回してきただけなんだよ」
声が出ないガイルズに対して大喰らいの新の力を語るインセントは大人げなく勝ち誇った表情を浮かべた。
「……あ、あの王……正直、私には全く彼らの戦いが参考にならないのですが……」
目の前で起った戦いが自分にとって全く参考にならないことを正直にヒラキに告げるインベルラ。
「……ああ、申し訳ない……これは誤算だ……ここまで彼が強いとは……」
自分の考えが甘かった事を詫びたヒラキはインベルラの前に出た。
「え?」
突然ヒラキが自分の前に出たことが理解できないインベルラは間の抜けた声をあげる。
「……私が知る限りインセントは生まれてから現在に至るまで、どの剣の流派にも属したことは無い、それ故に彼には特定の型というものが存在しない……彼は純粋な戦闘能力だけで今まで戦いを生き抜いてきた、いわば最強の素人……しかし聖狼の彼も……その力を抜きにしてもインセントと同等の戦闘能力を持っているといっていい……彼もまた、純粋では無いにしろ戦闘能力だけで今まで戦い抜いてきた素人だ……」
「王!」
僅かに興奮した様子で二人へと近づいていくヒラキを止めようと後を追い、恐れながらその体に触れようとするインベルラ。しかしインベルラの手がヒラキの体に触れることは無かった。まるで幻のようにインベルラの手からヒラキの体はすり抜けてしまったからだ。そして気付けばインベルラの前からヒラキの姿は消えていた。
「うらああああああ!」
地面に叩きつけられ呼吸ができないガイルズはそれでも戦意が萎えることは無く、無理矢理に雄叫びを上げた。それと同時に跳ね起きるとすかさずガイルズはインセントに対して攻撃を仕掛けた。
「中々タフだなお前、だがいい加減五月蠅い、叫ぶのは止めろ」
鼓膜に響くガイルズの雄叫びに嫌気がさしたインセントはトドメと言わんばかりに攻撃を仕掛けてきたガイルズの動きに合わせるようにして再び大喰らいを振り上げた。
「……そこまでだ」
ガイルズの苦し紛れな攻撃とインセントの大喰らいの容赦のない振り下ろしが交わる瞬間、その間に突然割って入ったヒラキは、両者の攻撃をまるで赤子の手を掴むように両腕で抑え込んでいた。
「なんだ、ここまで来て邪魔するのか?」
今まで何かを企み静観していたはずのヒラキが突然割って入ってきた事にあからさまに不満な表情を浮かべるインセント。
「ああ、これ以上は流石にね……」
「はぁ……まあ、そうだな……俺も少し熱くなりすぎた……」
ヒラキの言葉に自分が少し熱くなっていたことを自覚したインセント。
この時、ヒラキとインセントは明らかに油断していた。ヒラキは自分自身がガイルズとインセントの攻撃を自分が止めたことでこの戦いが終わったと思っていた。インセントもまた間にヒラキが入った事で冷静になりガイルズとの戦いが終わったと思った。
しかしそんな二人とは全く別の思考の中にあったガイルズだけ、戦いが終わっていなかったのだ。それは強者故のヒラキとインセントの油断であった。追い詰められた獣は、その強者の油断を見過ごさなかったのだ。
「うらぁぁぁぁぁぁぁ!」
ガイルズがヒラキに攻撃を止められたのは左腕。残った右腕の鋭い爪がヒラキの腹部を狙い、そして貫いた。ガイルズの爪はヒラキの腹部を貫通してインセントの鼻先を削りとった。
「……え?」
それはまさしく一瞬の光景。インベルラは目の前で起ったことを一瞬理解できなかった。
「お、王ォォォォォォォォ!」
それがどういうことなのか理解した時、インベルラは喉が焼き切れるような絶叫を半壊した王の間に響かせた。
「ッ!」
インベルラの絶叫が王の間に響き渡る中、鼻先から血を噴き出しながらインセントは今までみたことの無い鬼の形相でガイルズの首裏に目がけて大喰らいを叩きつけるのであった。
ガイアスの世界
ガウルド城の王の間
王が一日の半分を過ごすと言われている王の間。王が長くその場に留まるということもあり、この場所は普段厳重な警備が敷かれている。それは警備だけでに留まらず建物自体が強固な作りとなっている。王の間に使われている建材には、特別な魔法術式が組まれた物が使われており、衝撃を無効化、緩和する機能を持っている。その為、大抵の衝撃は受け付けないようになっていると言われている。