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隙間で章8 赤き月夜の合間

ガイアスの世界


 『絶対悪』の残滓


感情を持つ生物(人類、魔族、その他感情を持つ魔物)が発する、怒りや憎しみと言った負の感情を吸い上げる『絶対悪』。その残滓とは、『絶対悪』から溢れだした負の感情の搾りカスのようなものであった。

 『絶対悪』の残滓は、世界に悪い影響を与えるとされ、異常気象を発生させたり、人の感情を負の感情で汚染したりするようで、放置すれば最後に行きつくのは世界の消滅と言われている。






 隙間で章8 赤き月夜の合間




 剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス



― 現在 フルード大陸 とある平原 ―


 見渡す限りの白い世界。フルード大陸にあるとある平原は雪に埋もれ一面の銀世界となっていた。一年を通して寒冷であるフルード大陸では別段おかしなことでは無いと思われがちだが、季節は夏が迫る時期。寒冷で夏が短いとされるフルード大陸であっても本来この時期に雪やましてや吹雪くことは本来無い。明らかに今起っている状況は異常気象と言える。

 しかし更におかしなことに、吹雪に覆われたその平原にはポツリと黒い球体が漂っている。雪の白さにその黒い球体の色味は異物のように目立ち、何処か不気味な雰囲気を漂わせている。

 そんな黒い球体を少し離れた場所から見ている女性が一人。


「アレがこの異常気象を引き起こしている原因です」


長く尖った耳、そして恐ろしい程に整った顔という既にガイアスでは滅びたと噂されている種族、森人エルフ特有の特徴を持ったその女性は、黒い球体を指差すと、自分の横に立つ大男にこの異常気象を引き起こしている原因が黒い球体にあると告げる。


「へーアレがババアの言っていた『絶対悪』の残滓ってやつか……」


無遠慮に女性をババアと呼ぶ大男は視界に入った黒い球体を『絶対悪』の残滓と呼ぶ。


「あなたの中にあるその力は、本来『絶対悪』の残滓を消滅させる為のもの……その力を高める相手としては丁度いいでしょう、さあ消滅させてきなさい」


ババアと呼ばれることを全く気にしていない様子の女性は、大男が持つ力を高める為には丁度いい相手であると告げると黒い球体を消滅しろと指示を出した。


「おいおいマジかよ……」


その言葉だけ聞けば大男は怯んでいるようにも怖気ついているようにも聞こえる。しかしその表情や仕草には全くそんな様子は無く、そればかりか何処か楽しそうであった。


「アレは他の残滓に比べれば小さなものです、ですが油断すれば狩られるのはあなたです、最初から本気で……」


そこまで言い終えて、隣の男が既にそこにいないことに気付いた女性はその視線を『絶対悪』の残滓に向ける。


「……私が見てきた聖狼セイントウルフの中でこれほどまでに無邪気な者はあなたが初めてですよガイルズ……」


背に背負った特大剣を抜き球体状の『絶対悪』の残滓に楽しそうに斬りかかる大男、ガイルズの姿を見ながら、魔法の始祖、原初の魔法使いと呼ばれてきた森人エルフイングニスは、呆れた笑みを浮かべた。



― 数カ月前 小さな島国ヒトクイ 首都ガウルド ―

 


 遡る事、数カ月前。小さな島国ヒトクイの空に赤い月が現れた頃、少年の姿をした魔族、闇歩者ダークウォーカーとの何とも歯切れの悪い戦いを終えたガイルズは、旧戦死者墓地を後にしようとしていた。


「ま、待て、本当に、我々の……いや、ヒトクイの騎士としてその力を振る気はないのか?」


旧戦死者墓地を去ろうとするガイルズの背にそう尋ねたのは『闇』の力を持つ存在を専門としたヒトクイの特殊部隊、聖騎士パラディン部隊の女性隊長であるインベルラであった。

 ガイルズが持つ力は、自分が隊長を務める聖騎士パラディン部隊にとって大きな力となる。なによりその力は自分が持つ力と同じものであることからインベルラは何としてもガイルズを自分の部隊に引き入れたかった。

 先程一度断られたが、それでもやはり自分と同じ力、聖狼セイントウルフの力を持つガイルズの事が諦めきれずにインベルラは、断られるのを承知でもう一度、ガイルズを呼び止めたのだった。


「……」


するとガイルズの足が止まる。


「はぁ!」


ガイルズが足を止めたことに勧誘を聞き入れてくれるのかと期待するインベルラ。


「……」


ゆっくりと振り返ったガイルズは、無言のまま来た道を戻りインベルラの下へと足を進める。いやそれは進めるというにはあまりにも勢いがあり、迫ったという方が正しかった。


「きゃあ!」


自分の勧誘を聞きいれてくれるかもしれないと期待したにも関わらず、インベルラは迫ってくるガイルズに悲鳴を上げてしまった。だがそれもそのはずで、闇歩者ダークウォーカーとの戦いで聖狼セイントウルフの力を使ったガイルズはその影響で纏っていた防具の全てが大破。今ガイルズは腰に布を巻いただけの半裸の状態であったからだ。聖騎士パラディンの部下たちを纏める隊長であるインベルラであっても年齢相応のうら若き女性である。半裸の男が凄い勢いで自分の下にやってくれば悲鳴の一つや二つは出てしまう。


「ぐぅぅぅ……な、なんだッ!」


聖騎士パラディンの隊長らしからぬ悲鳴を上げてしまったことを恥じるインベルラは誤魔化すように、鼻と鼻が触れるのではないかという距離まで顔が迫ったガイルズに強い口調でそう言った。


「……お前……」


「い、いいい……」


一体何を言われるのか思考が加速するインベルラ。半裸の男が鼻先スレスレの所まで顔を近づけてきている。インベルラとて女性でありうら若き乙女である。自分のタイプでは無いが、こんな状況ではと妄想が、いや思考が捗り加速してしまう。


「この力についてなんか知っていることはあるか?」


「……はぁ?」


妄想、いや思考のその先まで加速していたはずのインベルラの乙女心は、ガイルズのその一言で一瞬にして減速、停止した。


「だから、聖狼セイントウルフについて何かお前は詳しいことを知らないかと聞いている? ……俺は奴を仕留める為にもっと強くならなきゃならない」


ガイルズの表情は想像以上に真剣だった。

 関係は定かではないが明らかに夜歩者ナイトウォーカーの上位存在と思われる闇歩者ダークウォーカーを仕留めることが出来ずに終わったガイルズ。今の自分の力では夜歩者ナイトウォーカーは仕留められても、その上位存在である闇歩者ダークウォーカーを仕留めることは出来ない。そう思ったガイルズは、同じ力を持つインベルラが何か聖狼セイントウルフについての情報を持っているのでは無いかと考えたのだ。


「……ゴホンッ!」


咳払いをし、顔を近づけてきたガイルズからインベルラは少し距離をとった。その僅かな間に乙女に傾いていた自分の思考を元の聖騎士パラディン部隊の隊長としての思考に戻すインベルラ。


「残念だが多分、聖狼セイントウルフの力について私が知っている事はお前とそう変わらないと思う……」


隊長の思考に戻ったインベルラは、ガイルズの真剣な問に真面目に答えた。


「そうか……」


そう短く言葉を発したガイルズは再びインベルラに背を向けた。


「ならいい、それじゃあな……」


同じ力を持つインベルラに別れの挨拶を告げたガイルズはそのまま旧戦死者墓地を去ろうと歩き出した。


「ちょっと待て」


「ん? なんだ?」


インベルラに呼び止められ、振り返るガイルズ。


「私は詳しくは知らないが……もしかしたらあの方なら何か私達の力について知っているかもしれない」


「あの方……?」


部隊の隊長である為に全体的にインベルラの口調は男勝りな所がある。だが、今インベルラが口にした内容の一部分、特に『あの方』と言う言葉はやけに丁寧であると思うガイルズ。


「そう、私の力を認めてくださった方、この国の王であるヒラキ王だ」


『闇』の力を持つ者に対しての抑止力として国を守る為の聖騎士パラディン部隊を作り、そして自分が持つ聖狼セイントウルフの力を認め、隊長の地位を授けてくれたヒトクイの王ヒラキならば何か情報を持っているかもしれないとガイルズに告げるインベルラ。


「ヒトクイの王様……か……よし案内しろッ!」


「な、お前は馬鹿か! 一国の王にそうやすやすと会える訳がないだろっ!」


軽い様子でヒラキに会わせろと言うガイルズに激怒するインベルラ。


「……もし会わせてくれたら、ヒトクイの騎士の件、考えてやってもいいぜ」


「なッ!」


その見た目からして脳筋のように思われるが、意外にも頭の回転、特に悪知恵と人が嫌がることに関して驚く程の思考力を持つガイルズは、インベルラの痛い所を突いて見せた。


「グゥゥゥゥ……分かった……見当する……だが今からは駄目だ、そもそも今町は活動死体ゾンビの出現で混乱している、その処理に私は向かわなければならない」


未だその正体が掴めない闇歩者ダークウォーカーを仕留めることは出来なかったまでも、退けることが出来て何処か安堵していたインベルラ。だが今も尚、ガウルドは混乱の真っ只中にある事を思い出したインベルラは聖騎士パラディン部隊の隊長としてすぐにでも新たに部隊を編成し直して、町で暴れる活動死体ゾンビの対処に向かわなければならないことをガイルズに告げた。


「あー、分かった、それじゃそれが終わったら、声をかけてくれ」


ガイルズは狼ではあるが鬼では無い。流石に現在のガウルドの状況を理解してインベルラの言い分を聞きいれたガイルズはそう言うと旧戦死者墓地の出入り口へ向かい歩き出した。


「おい、ちょっと待て!」


「何だよ」


何回もインベルラに引きとめられ返答が雑になるガイルズ。


「何処に行くつもりだ?」


旧戦死者墓地を去ろうとするガイルズに何処へ行くのか尋ねるインベルラ。


「何処に行くって宿に帰るんだよ」


訂正しよう、ガイルズは鬼だった。


「はぁ? 活動死体ゾンビの群れに襲われているガウルドを前にお前は何もせずに宿屋に帰るのか? お前はそれでも戦闘職か! 聖狼セイントウルフかッ!」


『闇』を滅することができる力を持ちながら、何もせず宿屋に帰ると返答したガイルズに激怒するインベルラ。


「それはこの国を守るあんたらの仕事だろ? ……一戦闘職に過ぎない俺が戦いに加勢するかしないかは俺の勝手だろう」


「ぐぅぅぅぅ……」


確かにガイルズの言うことは正論であった。国や町に危機が迫った時、一早く駆け付け守るのは兵士の役目である。一戦闘職でしかないガイルズが国や町を守る戦いに加わるか否かは自由意志である。


「まあ、そう言う訳だ、物事が片付いたら俺に会いに来てくれよ」


ガイルズはそう言うと再びインベルラに呼び止められないようにする為なのか、速い足取りで旧戦死者墓地を後にした。


「クソッ! 何て正義感の無い男だ……」


旧戦死者墓地を後にしたガイルズの後ろ姿を見つめながら、悪態をつくインベルラ。


「ん? ……んああああああ!」


何かを思い出したのか、突然インベルラは叫んだ。


「あの男が何処の宿屋に泊まっているのか聞き忘れたッ!」


大事な事を聞き忘れたことに気付いたインベルラは怒りを露わにした。

 後の話ではあるがこの後、聖騎士パラディン部隊に戻ったインベルラの指揮は荒れに荒れ、部下達は血の涙を流しながらガウルドに蔓延る活動死体ゾンビ達を駆逐したようだ。



ガイアスの世界


 インベルラの妄想……思考加速


 普段は聖騎士パラディン部隊の隊長として凛々しく、男勝りな一面を持っているが、彼女も年齢相応の女性であり可愛らしい一面も持っている。

 しかし隊長という立場に抑圧されているのか、時折歯止めが利かなくなり行き過ぎた妄想を爆発……いや思考を加速させることがある。


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