合間で章 1 とある新米盾士の過去
ガイアスの世界
ガイアスの戦闘職事情。
平たく言えば平和であるガイアス。魔物の襲撃はあるもののここ最近は、国の兵士達で対処ができるほどのものが殆どである。
人間同士による戦争とは呼べない程の小さな小競り合いはあるもののここ数十年大きな戦争は起こっていない。
そういった状況から現在ガイアスでは戦闘職の活躍が減っている。
最近人気な職業は薬師や道化師などである。薬師は安定した収入があり、道化師は舞台に上がり人に笑いを提供したり、大道芸を披露したりする職業であり一発当れば大金持ちということもあり、それを夢見て道化師の職業に就く者が多い。
合間で章 1 とある新米盾士の過去
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス。
一年の半分以上が白銀の世界であるフルード大陸。その極寒の大地に人間が初めて足を踏み入れた場所は現在、フルードで最も古く大きな国として栄えていた。
まるでフルードの極寒を防ぐように高く築かれた壁が、ヒトクイの中心であるガウルドの三倍の大きさにもなる領土を囲う国。その国の名をサイデリー王国という。
一見高い壁に囲われ閉鎖的な印象を受けるが、それには訳がある。外からやってくる寒さ厳しいフルードの風を多少なりとも防ぐ為であった。壁には寒さを軽減する為の特殊な魔法術式が施され、壁の中は外に比べ多少気温が高い。この壁はサイデリーという国の要とも言えるものであった。そして高く築かれた壁の中には大きな町がある。雪国である為本来ならば寒い印象を受けるはずであるが、計算されたかのように空から降る雪と美しく調和する大きな町は、何処か温かみすら感じさせる印象を持つ。
しかしサイデリーが温かい印象を受ける主な要因は、壁に施された魔法術式でも雪との調和がとれた美しい町並でも無くそこで生活する人々の穏やかな心から滲みだす温かさなのかもしれない。
過酷な大陸で生きるからこそ、心を穏やかに仲間と手を取り合いこれまで生き生活してきたからこそ、精神的にも物資的にもサイデリーという国は高い繁栄を続けてきたのかもしれない。
サイデリーに生きる人々の心の支えは、国の中心にして町の中心でもあるサイデリー誕生の象徴、氷の宮殿というフルードを開拓した者達が最初に築いた大きな建築物にあった。
氷の宮殿を中心として国は発展を続け、フルードの大地を開拓してきた自分の先祖に感謝を抱きながら国の人々は氷の宮殿を毎日見上げている。
そんなサイデリーの象徴である氷の宮殿には、現在サイデリーの王と王を支える家臣達、そして国の要とも言える兵士達が生活を共にしている。
数年前に先代が亡くなり、新たな王が誕生したが、まだ王として幼い現在の王は、家臣達や国の兵士達、国の人々に見守られながら現在立派な王になるべく日々勉強を続けているという。幼い王ですら温かく見守り続けられる程にサイデリーという国は現在、平和という言葉が一番似合う大国であった。
春の訪れが近いサイデリーではあるが、その極寒な気候からまだ雪が降り厳しい寒さが続いている。そんな厳しい環境、寒さの中でもサイデリーの兵士達は、国を守る為に今日も自分達に与えられた任務をこなしていく。
サイデリーの兵士達に与えられるおもな任務は国の警備。国内の治安や国の壁の外に生息している魔物の動きを偵察するのが主な任務である。どれも極寒な環境の中で行うには中々に辛い任務ではあるが、その中でもっとも厳しいとされるのが、国の入口として高く築かれた壁に設置された壁門の警備をする門番の仕事であった。
兵士達数名が決められた時間の間、東西南北の位置に一つずつ設置された壁門の前に立ち警備するという任務は、どれだけ天候が荒れていても猛吹雪の日であろうと一瞬にして凍りついてしまうのではないかという酷い寒さの日であろうと休むこと無く続けられる任務で、それ故に壁門を守る門番という任務は、サイデリーの兵士として十分な経験を積んだ者でも弱音を吐いてしまう程、過酷なものであった。
熟練した兵士でも弱音を吐いてしまうのだから、当然入隊したばかりの新米兵士達が任務を完遂できるはずも無い。
そこで考えられたのがサイデリーの象徴である氷の宮殿前にある城門の門番という任務無であった。壁の中にある氷の宮殿前にある城門の門番ならば、東西南北に設置された壁門に比べ気温も多少高く魔物などとの遭遇も無いため危険も少ない。後の壁門の任務を行う為、新米兵士達を鍛え上げる為の絶好の訓練場となっていた。
そして今日も氷の宮殿前にある城門の門番の任務、もとい訓練の為、新米兵士の一人が顔を引きつらせながら立っていた。
壁の外に比べ多少温かいはずの氷の宮殿前にある城門でカチカチと口を鳴らしながら体を震わせながら立つ新米兵士。その姿は明らかに寒さに耐性の無い姿であった。それもそのはずで彼は、この国出身の兵士では無いからだ。
サイデリーは国が出す兵士試験に合格した者で有れば自国他国問わず全てを受け入れている。現在サイデリーの兵士の約三割は他国からサイデリーにやって来て国の兵士試験に合格した者であった。
氷の宮殿前で慣れない寒さに耐え続ける彼も他国からサイデリーの兵士試験受けにやってきた一人であった。
サイデリーの兵士達には人目でそれがサイデリーの兵士である事が分かる特徴がある。それは新米の兵士であっても同様でサイデリーの兵士達は例外なく通常剣士などが持つ盾よりも一回り大きな盾を所持している。その盾にはサイデリーの紋章が掘られており一目でその盾を持つ者がサイデリーの兵士だという事がわかるのだ。当然氷の宮殿前の城門で今にも死にそうに凍える新米兵士もサイデリーの紋章が掘られた真新しい盾を手に持っていた。
サイデリー王国に仕える兵士達は皆、兵士試験を合格すると国専属職という特殊な戦闘職に就くことになる。これはその国だけで就く事が許される戦闘職の事であり、他国でその戦闘職に就くこと転職することは出来ない。
そんなサイデリーの国専属職は国の人々からは親愛をこめて盾士と呼ばれている。その名の通り、盾を扱う戦闘職である盾士は、サイデリー王国が持つ理念を形にしたような戦いをする。
他国を侵略しない、他国に侵略させないという理念を持つサイデリーは、国に仕える盾士達に人間を相手にした場合、自らが先手を打つ戦闘を禁じている。
これはサイデリーの理念にある他国を侵略しないに通じるものがあり、次に人間が自らに危害を加えた場合、即座に迎撃体勢に入り鎮圧するというのがあるが、これは他国に侵略されないというサイデリーの理念から来ているものである。
人間相手の場合、盾士は盾以外の武装を扱う事を禁じられている為、盾を使った戦闘術、格闘術に長けている。しかし例外はある。それは魔物だ。度々急激に繁殖した魔物達が食べ物を求めサイデリーを襲撃する事があるが、これに関しては先制攻撃も他の武装を扱う事も許可されている。
長く続くサイデリーの歴史の中、盾士達がこの厳しい掟を守り続け行動してきた結果、サイデリーは他国からの信頼を勝ち取り現在まで平和を保ち続けている。しかしもし盾士の一人でもこの掟を破れば、サイデリーの信用が堕ちてしまうという事でもある。盾士達は他国に対してのサイデリーの信用を握る戦闘職なのである。
「はぁ……はぁ……ハアックション!」
そんな重大な使命を背負っている事を自覚しているのか疑わしい氷の宮殿の前にある城門を警備していた新米盾士は間抜けなクシャミを上げた。
この新米盾士は先日の兵士試験に合格して城門の警備を任されるようになったという新米も新米な半人前の盾士であった。
他国からやってきた新米盾士は、慣れないサイデリーの気候と立ち続けなければならないという城門の警備、もとい訓練に弱音を吐きながらも少しづつ慣れ始めたという所であった。
盾士になる前の新米盾士は、故郷の小さな島国で魔法使いをしていた。魔法使いだった新米盾士がなぜ故郷である島国を離れサイデリーの国専属職である盾士になったのか、転機になったのはその島国にある小さな町の小さな酒場で起こった出来事からであった。
その酒場にいた二人組みの男達が、正確には二人と一本なのだが、彼の運命を大きく変えたのだ。
魔法使いとしての結果も残せず殆ど稼げていなかった新米盾士は、いつものように町にある小さな酒場で安酒をチビチビと飲んでいた。と言っても影の薄かった新米盾士は、酒場の店員に顔を覚えられてはおらず、毎回新規の客として扱われていた。
そんな新米盾士の日常に突如として入り込んできた二人組みは、新米盾士の直ぐ近くの席に座ると店員に酒と食べ物を注文して話を始めた。
二人組の一人は重剣士で兎に角大きな特大剣を持ち、大きく笑い大きな態度、大きな身体で大きい尽くしの男、新米盾士が一番苦手とする人種であった。
方やもう一人は今にも死にそうな何かに絶望した表情を浮かべる幸の薄そうな雰囲気を醸し出す初心者丸出しの魔法使いの男。初心者である事や、幸の薄そうな所が自分と似ていると思う新米盾士は、初心者丸出しの姿をした男に親近感を抱いた。
「イッテテ……」
口の中に痛みが走った新米盾士は、奥歯にできた虫歯を下で触り、頬を抑えながらとなりの席で酒を飲む重剣士と魔法使いの二人組みの男達にさりげなく視線を向ける。というよりも一方的に話を進める重剣士の男に圧される初心者魔法使いの男が気の毒でならなかった。何かあるにつけて重剣士の男は初心者魔法使いの肩を叩くからだ。重剣士の男のただのスキンシップが魔法使いにとってはダメージを受ける程の威力がある。魔法使いの殆どは防御力が極端に低い。その理由は身体能力のほぼ全てを魔法に費やしているからだと言われている。ましてや獣剣士の男が叩いている者は初心者。案の定酒場にいるというのに初心者魔法使いは酒よりも回復薬をガブ飲みしている。新米盾士は、回復薬を浴びるほど飲み自分の命の危機を回避する初心者魔法使いの男に同情の目を向けざる負へなかった。
傍若無人に振る舞う重剣士の男の行動は、騒がしく酒場にいた他の客も目をつけていた。しかし重剣士の男は周りの目など気にすることはなく大笑いを続ける。その横で幸の薄そうな初心者魔法使いの男が深くため息をつくそんな状況がしばらく続いた。
すると他の客達の様子が少しづつ変化していくのを新米盾士は感じ取った。今まで重剣士の男を睨みつけていた目は何か恐ろしいものをみたかのように泳ぎはじめ自分達のテーブルへと伏せられたからだ。新米盾士は知らない。自分の横で大騒ぎをする重剣士の男が戦場でその名を知らない者はいない強者であるという事を。
周りの雰囲気が変わった事に気付きながらも重剣士と初心者魔法使いの男達から目を離さない新米盾士は、今まで騒いでいた重剣士の男が急に静かになった事に気付いた。
どうやら十剣士の男は何やら大きな声では話せない事を初心者魔法使いの男と話しだしたようで、聞いてはいけないと思いつつも隣の席で酒を飲む新米盾士の耳に僅かにコソコソと話す内容が伝わってくる。
どうやら昨今話題になっている伝説の武器の話をしているようだが、新米盾士の聞き間違いでなければ、コソコソと聞こえる二人の声に混じりもう一人の声が聞こえる。二人しかいないはずなのにと気付かれないように視線を二人に向ける新米盾士。やはりそこには十剣士の男と初心者魔法使いの男の姿しか無く、新米盾士はおかしいなと首を傾げながらまだまだ並々とあるお酒をちびりちびりと口に運ぶ。
二人が話していた内容は、ゴルルドの町の近くにあるダンジョンの話に変わりそこで初心者魔法使いが伝説の武器を手に入れたとかいれないとかいう話になった。それが事実であるならば今自分が聞いている内容はとんでもない内容であると、思わず声が出そうになった自分の口を塞ぐ新米盾士。
魔法使いとしてたいした実力を持っていない事を自覚している新米盾士は、初心者魔法使いの男がダンジョンに入り伝説の武器を手に入れたという事に素直に驚いていた。そして今まで初心者魔法使いの男に抱いていた親近感が綺麗さっぱり消えていく。
自分と近しい存在だと思っていた初心者魔法使いの男が本当は自分よりも遥かに上を行く存在だと知って何処か寂しい気持ちになり再び酒をチビチビと飲む新米盾士。
そんな重剣士の男と初心者魔法使いの男の話の流れが再び変わったのは、新米兵士の飲んでいた酒が半分まで減った頃であった。重剣士の男が「さてそれじゃ早速お前の魔法使いとしての才能を確かめにいくか」と口にする。新米盾士は酒場から立ち去るのかと思った瞬間。
突然、初心者魔法使いの男が隣で飲んでいた新米兵士に声をかけてきた。急に声をかけられた新米盾士は焦りながら、初心者魔法使いの方に振り向くと、なぜか魔法使いの武器であるロッドを新米兵士に向ける初心者魔法使いの男。
「はッ! あ、な、何ですか!」
一体何が起こっているのか理解できない新米盾士は初心者魔法使いの男が自分に向けたロッドを茫然と見つめる。
「わ、私が何かしましたか?」
対人戦闘をほぼ経験していない新米盾士でも、魔法使いの男が現在自分に向けてとった行動がどんなものかは理解している。魔法使いとって自分が持っているロッドや杖を相手に向けるという行為は、その殆どが攻撃する意思表示、決闘の意味合いを持っていた。突然攻撃の意思表示をされた新米盾士は上ずった声を出しながらも、それに対するように自分の腰にぶら下がっていたロッドを手にとり構える。自分が何かやらかしたか、もしや聞いてはいけない話を聞いてしまつたのではないかと酒場での行動を思い出し自分の落ち度を頭の中で考え始める新米盾士。
「あ、おい……警戒してるぞ、俺はここで戦闘なんて御免だぞ……」
新米盾士が警戒した様子を見せたことに、ロッドを向ける初心者魔法使いは首を傾げて誰かに言う。その誰かが誰なのか、重剣士に話している訳では無い事はすぐに理解する新米盾士。
『大丈夫だ主殿、すぐに終わる』
するとどこからともなく重剣士の男でも初心者魔法使いの男でも無い声が新米盾士の耳に聞こえる。
「……だ、そうだ……すぐ終わるみたいだから、少し付き合ってもらえないかな」
誰とも分からない声の指示に頭をかきながら従う初心者魔法使いの男。
「は、はぁ?」
新米盾士の反応は当たり前であった。全く状況が読み込めないまま、何かに付き合えと言われて納得する者はいない。そして新米盾士は誰とも分からない声の主が何であるかに気付き涙目になっていた。
(ど、どうして、ロッドが喋っているの? 何どういう事? ……はぁ! もしやこれは……)
物言うロッドに混乱しながら手に持ったロッドを強く握り占める新米盾士。
「た、確かに僕はたいした実績も無い無能な魔法使いだけど、君みたいな初心者にからかわれる程、弱くは無い!」
新米盾士は自分がからかわれていると理解した。きっと物言うロッドだって何か仕掛けがあるはずだと無理矢理自分を納得させた新米盾士は、今にも消えてしまいそうな己のプライドを燃え上がらせ叫びの勢いのまま、ロッドの先端を赤く輝かせた。
「エッ?」
自分が放てる最大級の魔法を放とうと詠唱を始める新米盾士。しかし次の瞬間、新米盾士の視界は暗闇に包まれた。何かに覆われたような感覚と共に新米盾士の耳には酒場の者達の驚いた声が響いた。
体が溶けだしていくような感覚に身を任さながら新米盾士は味わった事の無い気持ちよさを感じていた。自分が今何をされているのか何が起こっているのかさっぱり見当がつかないがここが天国という場所なのかと全く視界が利かない暗闇で自分の命の終わりを覚悟する。
『ありがとう』
しかし突然新米盾士の耳に先程の重剣士でも初心者魔法使いでも無い声が頭に響いた瞬間、視界が開け眩しい光が目を襲う。
「……」
何が起こったのか理解できていないといった表情で戻ってきた酒場の光景を見つめる新米盾士。
『魔法使い殿、情報提供ありがとう、その礼といっては何だが魔法使い殿の悩みの種であつた不調は解消しておいた』
茫然とする新米盾士に初心者魔法使いの手に握られたもの言うロッドは、情報提供の感謝とその礼を口にする。誰に何をされたのか今一理解できていない新米盾士は、訳が分からないまま素直にその言葉に従い悩みの種であった不調な部分に手を当てた。
「……な、治ってる虫歯が治ってる!」
治そうにも治す為の金が無かったため、ほったらかしにしていた虫歯が綺麗さっぱり治っていることに驚き思わず大声を上げる新米盾士。
そんな新米盾士の様子を見ていた酒場の者達が騒ぎ始めるのに早々時間はかからない。一人また一人と自分の不調な部分を口にして初心者魔法使いの男に詰め寄っていく。
大騒ぎになってしまった酒場の状況を見ていた重剣士の男は即座に席から立つと何かを叫びながら酒場から走り出し外に出ていく。その後を追うように慌てて酒場から走り去って行く初心者魔法使いの男。絶対に逃がさないというように酒場にいた者達はそんな二人の後を追って酒場から出ていく。
「ああああああ! お代! 酒代置いてけぇぇぇぇぇぇ!」
目にも止まらぬ速さで店を出ていった重剣士の男と初心者魔法使いの男、そしてその後を追う他の客達が酒代を払っていない事に気付いた酒場の亭主は後を追うように酒場から出ていきながら酒代払えと叫ぶのであった。
先程の騒ぎが嘘のように静まり返る酒場。自分の虫歯が治った事に上機嫌な新米盾士は家に帰ろうと席を立ち上がり近くにいた店員に視線を向ける。
「あの……支払いをしたいのですが?」
新米盾士の言葉に近づいてくる店員。なぜか新米盾士に近づいてくる店員の表情は不機嫌であった。
「あ、あの……おいくらですか?」
何か嫌な予感を感じつつも新米盾士は不機嫌に自分を見つめる店員に今日の飲み代を尋ねる。
「15万になります」
店員の言葉を聞いた瞬間、新米盾士の表情は一瞬にして凍りついた。店員が口にした新米盾士が支払う酒代の金額は、新米兵士が一カ月働いてやっと手に入るか入らないかの金額であったからだ。
「あの……私はお酒を一杯と子持ちシーシャモしか頼んでいませんが……?」
どう考えても自分が飲み食いした酒代の金額では無い事を恐る恐る不機嫌な店員に伝える新米盾士。
「あんた、あの騒がしかった客とお仲間だろ? ……その分入れて15万だ」
新米盾士は店員が何を言っているのか理解できず首を傾げた。
「い、いや私とあの二人はまったくの無関係ですが……」
「なに言ってやがる、仲良く三人で喋っていたじゃないか!」
そういいながら拳を鳴らし始める不機嫌な店員。よくよく見れば不機嫌な店員の体は、重剣士の男程では無いが鍛え上げられているようにもみえる。威嚇するような態度の不機嫌な店員の姿に顔を引きつらせる新米盾士。
「えーと? 払えないのですか? ならそれ相応の覚悟はしてもらう事になりますけど?」
不機嫌な店員の言葉は丁寧であったが、その体から滲みでる殺気のようなものは丁寧とは程遠い。拳をポキリと新米盾士を威嚇するように大きく鳴らした。
「ああ、いえいえ、払いますよ」
今はとりあえずこの場を納めようと思った新米盾士は自分の財布の中身を想像しながら不機嫌な店員にそう伝える。しかし新米盾士の財布の中身に15万もの大金が入っている訳も無く、苦肉の策として新米盾士は、今は手持ちがないから家に一旦帰らせてくれと不機嫌な店員に伝える。しかし当然そんな言葉が聞き入れられる訳も無く、気付けば身ぐるみを全て剥がされボコボコに殴られて店の前に放り出される新米盾士。
「……はあ……これからどうしよう」
体中に走る痛みに耐えながら地面に転がる本来虫歯であった歯を見つめ新米盾士は深いため息をつく。フラフラと足に力が入らないが無理矢理立ち上がった新米盾士は、真っ暗な自分の今後を思いながら家路へ歩き出した。
「俺には向いていないんだ、魔法使いは……もっと金になる仕事を探そう……」
魔法使いは金にならない。これはガイアスの中で一般常識であった。魔法使いという戦闘職はガイアスの世界において古い戦闘職の一つ。それ故に魔法使いの数は吐いて捨てる程いる。従い現在魔法使いという戦闘職は即戦力となりうるか、はたまた画期的な魔法が扱えるかという魔法使い自信の能力の高さが最も重視される時代になっていた。
魔法使いには二つのタイプがある。一つは戦いでその力を発揮する魔法使い、もう一つは部屋に篭り魔法を研究したり開発したりする魔法使いの二つだ。
前者は戦場や冒険、魔物の討伐などでその力を発揮する、バリバリの戦闘特化のタイプであるが、昨今のガイアスでは中級以上の過程をクリアしていることが前提になってくる。理由としては、中級以上にならなければ、戦場でも冒険でも魔物の討伐でも依頼者が雇ってくれないからだ。だが中級過程をクリアするには相当な努力と時間が必要になってくる。その厳しさは想像以上で、大抵の者は中級過程にたどり着くことなく初級過程を完了したら別の職業に転職するというのが、昨今の定番になっていた。
それに加え魔法使いは戦場でも冒険でも魔物討伐でも頼りにされる職業の一つのため、魔法使いの知名度や武勇伝、強力な魔法を持っているかなどが重要な要素になってくる。当然知名度も武勇伝も強力な魔法ももたない新米兵士が雇われる訳も無い。
依頼される者と言えば、職業が自由に選べなかった時代に活躍した古株の魔法使いである。十分な知名度と武勇伝を持ち、強力な魔法を所持する古株の魔法使いに依頼が集まるのは当然の事であった。新米盾士程度の魔法使いの能力ではどう足掻いても依頼を手にする事は難しいのである。
後者の魔法使いに至っては、信頼が重要であり知名度は最も必要な情報である。それに加え魔法に対しての発想力や研究にかかる資金などが必要になってくる。どこの馬の骨とも分からず資金も無く魔法を開発する知識も体験もした事が無い新米兵士には到底無理な話である。そう言った要因があり魔法使いという戦闘職は、現状実力ある者だけが生き残れる業種なのである。
だがそもそもそう言った問題は魔法使いに限らず他の職業にも言えることである。現在殆ど平和と言えるガイアスでは、戦闘を生業としている戦闘職全般は、活躍する現場が減っている。
今のガイアスで実力の無い戦闘職が生活する為には、村や町の周辺に繁殖した魔物達を倒すぐらいしか仕事が無いのである。
小規模な小競り合いのような戦争もたまにおこったりするが、小規模な為、傭兵を雇うにしてもその名を轟かす有名な戦闘職を一人二人雇い後は自国の兵力でやりくりしているのが実情で一昔前は生き残ればちょっとした財産が手に入ると言われていた戦場も今では一握りの者しか稼げないのが現状であった。
しかも新米盾士の故郷である小さな島国は、新米兵士が生まれる前に起こった統一戦争を最後に小規模な小競り合いすら起こっていない。ガイアスは今、魔法使い以前に戦闘職には厳しい時代になっているのである。
ならば魔物討伐で一稼ぎすればいいのではという話があるが、魔物討伐に関しても、国の周辺に存在している魔物はそれほど強くないため国に仕える兵士でどうにかなる状況であることが多く、強力な魔物が出現した時ぐらいにしか、戦闘職の者達が魔物討伐に出る必要が無い。
だったら冒険をしてお宝を手に入れて稼ぐのはどうなのかという話も上がってくる。確かに未だに最深部に到達していないダンジョンや見つかっていないダンジョンはガイアスに存在するが、平和になった今、命の危険を晒してまで冒険に出向こうとする者は少ない。
そんな状況にも関わらず戦闘職という存在は消えていかない。その理由の一つは簡単で魔物の存在が大きい。人間に害をなす魔物がガイアスに存在している以上、己の命は己で守らなければならない。その為皆戦闘職に就くのである。
そして皆最初は夢や希望を持っている事が、戦闘職が消えないもう一つの要因だ。狭き門皆であるがその狭き門を通る事が出来れば、誰もが大きな富を握る事ができる世界、それが戦闘職である。その夢や希望を勝ち取る為、誰しもが最初は自分に戦闘職としての才能があると思いその狭き門に挑んでいく。しかしその多くの者に待っているのは才能の限界という高い壁である。その壁を乗り越える事やぶち壊す事が出来ず殆どの者が国の手が届かない町や村の周囲に湧いた魔物を討伐し僅かな金を稼ぐことでしか生活出来ていない。ガイアスに存在する戦闘職達の多くは夢や希望に敗れた者達ばかりといっていいのだ。
「フルードにでも渡ってみるかな……」
自分の夢や希望は何であったかなどすでに記憶の彼方にある新米盾士は、そう呟きながらフルードにあるサイデリー王国で兵士試験がある事を思いだす。兵士になれば今よりはましな生活が出来るからと思ったからだ。
ならばなぜ自分が生まれ育った島国の兵士になろうと思わなかったのか、それは既に一度新米盾士は兵士試験を受けて落ちているからだった。自国に自分という存在を必要とされていないと思った新米兵士に再び自国の兵士試験を受ける気力は残っていなかった。
「うん、そうしよう……」
新米兵士は頷くとフルードへ渡る準備をする為、裸同然のボロボロになった体を引きずりながら家路を急ぐのであった。
ガイアスの世界
盾士
盾士とは国専属職と呼ばれ、サイデリー王国でのみ就く事を許された戦闘職である。他国でいう国に仕える兵士とその仕事は変わらない。
盾士はその名の通り盾を取り扱う職業である。剣士などが持つ盾よりも一回り大きな盾で敵の攻撃を防ぎ時にその盾を打ち付ける事で攻撃する事を戦闘方法としている。しかし盾士には他国の兵士のように自由な攻撃が許されていない。その理由は、サイデリー王国にある理念が関係してくる。
サイデリー王国は建国から現在にいたるまで、他国に対して侵略しない、他国の侵略を許さないという理念を持っている。その理念を形にした存在が、盾士という戦闘職なのである。それと同時に盾士という存在が他国を攻め込まないという理念を体現している為、他国への信頼は高い。、そして盾士という存在は侵略行為を画策する他国へのけん制にもなっている。
盾士の戦闘方法は基本守る事、相手が人間である場合、盾士は先制攻撃を許されていない。相手からの攻撃を受けた瞬間、相手に対しての攻撃が許される。しかし盾士は盾以外の武装を許されていない。その為、盾士は盾を使った独自の戦闘術を持っている。
熟練者ともなれば、相手の攻撃を何十倍もの威力にして返すカウンター技を持っているという。盾しか持っていないからと甘くみると痛い目にあうのが盾士である。