もう少し真面目で章(スプリング編)13 『絶対悪』
ガイアスの世界
ビショップの体(本)
それは本と言うよりも鈍器に近い。それほどでにビショップは分厚く、ページ数で言うならばざっと千ページを超える(実際にはもっと多い)。
その見た目から重量がかなりあると思われがちだが、ビショップの意思で自由に重量を変えられる為に正確な重量は不明。
伝説の本の噂によれば、その本のページには世界を我物とする術が記されているなどと言われているが、実際には白紙。所有者で無ければページに書かれた文字を読むことは出来ない。
もう少し真面目で章(スプリング編)13 『絶対悪』
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
『『絶対悪』とは簡単に言えば、世界自身抱く感情の均衡を保つ為の仕組みみたいなものです』
「はぁ?」
ベッドで眠る少年の傍らに置かれた分厚い本、自我を持つ伝説の本ビショップは、自分の中に内包する幾億もの知識をひけらかすように自分の体の一部である本のページをめくりながら仰々しい前置き通りに『絶対悪』についての説明をスプリングに始めた。
『……感情とは時として大きな力を与えます、それは戦うことを生業にしてきたあなたも経験したことがあるはずです』
『絶対悪』について語りだすのかと思えば突然感情について語り始めたビショップは、感情によって力が引き出されたことがあるのではとスプリングに尋ねた。
「……」
ビショップに尋ねられたスプリングは、これまでの戦いの中で自分の感情によって力が大きく左右された局面が何度もあったことを思い出していた。しかしそれと『絶対悪』に何の関係があるのかスプリングには分からずビショップの意図が読めずに困惑していた。
『大きく分けて喜怒哀楽という四つの感情が存在しまずその中でも特に大きな力を生み出すことができる感情が怒りや憎しみ……これを負の感情と言います……』
まるで生徒に勉強を教える教師のような口ぶりで負の感情についての説明を始めるビショップ。
『負の感情は個人からすれば大きな力になりますが、世界全体からすればその力は些細なものでしかなく、例えるならコップに一滴の毒が落ちる程度のことでしかありません、少量の毒であればふき取ることも洗い流すこともできます、ですがもしもそれが一滴では無く数千、数万、数億という大量な数になればどうでしょう? コップに注がれた毒は溢れだして周囲にその毒は広がって行く……負の感情が世界に与える影響はとはそう言ったものなのです』
負の感情は世界にとって毒であるとビショップ語る。
『世界は大量の毒から自分を身を守る為に、『絶対悪』という毒を注ぐ更なるコップを生み出しました』
「は、はぁ……」
想像の遥か斜め上を行く説明に全く思考が追い付かないスプリングは茫然と口を開けたまま頷くことしか出来ない。
『この世界が誕生してから、いや感情を持った生物が誕生してから今まで、『絶対悪』は吐き続けられる負の感情という毒から世界を守り続けてきた……しかし永遠とは存在しないもの……『絶対悪』は限界を迎えているのです…』
「限界……」
ビショップが語る内容に自分の思考が追い付いていないスプリングだったが、『絶対悪』に限界が近づいているというビショップの言葉に思わず口を開いた。
『負の感情を注がれ続けた『絶対悪』に限界が訪れ負の感情が溢れだし始めたのです……そして溢れだした負の感情は世界へと流れだしてしまったということです』
「……溢れだした負の感情によってどんな影響が出るんだ?」
毒と例えられた自分たちの感情が世界に何かしらの影響を与えるなどにわかには信じがたいと思うスプリング。だがこれがビショップの作り話とも思えないスプリングは、自分達の感情が世界に与える影響がどんなものなのか尋ねた。
『……既に起っていることで言えば各地で起っている異常気象……』
「異常気象……確かにここ数年多い気がする」
異常な気温の高さに干ばつする地域や本来ならば降るはずの無い地域に雪が降ったりとこれまで様々な場所を旅してきたスプリングは、何度か異常気象をその身で体感してきた。
『あとは直近で言えば……数百年前の戦争で力が衰えた魔族の力が最近活発化していることでしようか……』
「魔族の力が活発化……」
『ん? 何か思い当たる節でもありますか?』
魔族の力の活性化についてポツリと呟いたスプリングの様子を見てビショップは何か思い当たる節があるのかと尋ねた。
「いや……」
ビショップの問に顔をぎこちなく横に振るスプリング。
(……もしかして……ガウルドで戦ったあの夜歩者も……)
ビショップの問に対して顔を横に振ったスプリング。その頭に過っていたのはヒトクイのガウルドで戦った夜歩者の姿であった。
太陽を嫌い、夜にのみ活動すると言われるその存在、夜歩者。人類よりも遥かに高い身体能力と強大な魔力を操る夜歩者は、それ故に矜持が高く人類を自分達よりも下等な生物として考えており、数百年前に起った人類と魔族の戦争では特に人類を苦しめた存在として有名であった。しかし人類に負けた夜歩者は、その矜持の高さ故に無様な姿を晒すことを嫌い、人類や他の魔族の前からも姿を忽然と消したと言われている。
そんな知識をスプリングは子供が読むような英雄譚やおとぎ話で知っていた。しかしそれはあくまで英雄譚やおとぎ話の中の知識であり本当はどんな種族であったのかスプリングは知らない。実際、島国であるヒトクイのガウルドで直接対峙するまでスプリングは夜歩者が本当に実在しているとは思っていなかったぐらいであった。
しかしスプリングがそう思うのも無理はない。夜歩者については本当に情報が少なく、世に出回っている夜歩者についての一般的知識は英雄譚やおとぎ話の知識と大差がない。スプリングと同様に夜歩者が実在している事を知らない者も多くいるぐらいであった。
だが戦争に負けてから数百年人前に姿を晒さなかったはずの夜歩者が突然その姿を人前に現したという事実。ビショップからの話を聞いて、夜歩者と『絶対悪』には何か繋がり、関係があるのではと考えてしまうスプリング。
だが夜歩者についての知識は愚か、今まで生きてきた中で全く聞いたことも無かった『絶対悪』の知識も無い自分が簡単にその二つを関連付けるのは早計だとスプリングは自分の中に抱いた考えを即座に頭の隅へと追いやった。
『……そして今はまだ確認されていませんが、人類自身の凶暴化というのもあります、当然こうなれば各地で争いが頻発することになります、そうなれば更に多くの負の感情が蔓延することになる……そうなれば最終的には世界が腐る……破滅することになるでしょう』
「……」
『絶対悪』についてしっかりと理解した訳では無いが、ビショップの話を聞く上で最後に辿り付くのは世界の破滅だと予想していたスプリングの表情に驚きは無い。
『……そうならない為にスプリング君には、あの空に漂う『絶対悪』……正確にはその残滓を浄化してほしいのです』
「……浄化? なんで俺が?」
『絶対悪』は人類では対処が出来ないものであるという印象を持っていたスプリングは、浄化する役目をビショップに名指しされ困惑した。
『それには二つ理由があります……まずはあなたがポーンの所有者であるからです』
「ん? どういうことだ?」
なぜここに来てポーンの名前が出てくるのか理解が出来ないスプリング。
『それについて今は詳しく説明することが出来ませんが、とりあえず私達、伝説武具が負の感情を浄化できる力を持っているとだけ知っておいてください』
「なに? ……ポーンは負の感情を浄化できるのか!」
当然と言えば当然だが、ポーンからそんな話を聞いたことが無かったスプリングは、ポーンに隠されていた力に驚きの声を上げた。
「……ん? でもだったら、ポーンや俺よりも遥かに強いお前とそこで眠っているお前の所有者でその浄化とやらをやればいいんじゃないのか?」
負の感情を浄化できる力をポーンが持っているということには驚きはしたが、冷静に考えれば、ポーンよりも遥かに高い能力を持つビショップとその所有者である少年が浄化をした方がいいのではと思ったスプリングはそう意見する。
『まあ、そうしたいのは山々なのでずが、何せ坊ちゃんは今深い眠りについていて、私は身動きがとれないのです』
「……」
どこかビショップの言葉に胡散臭さを感じるスプリング。
『それに……あなたはポーン無しでもあの『絶対悪』の残滓を浄化する力を持っている……』
「はぁ?」
思いがけないビショップの言葉に再び困惑するスプリング。
『それが……二つ目の理由……あなたは自覚していないようですが、私の坊ちゃんすら持っていない大きな力をその身に宿しています……その力はあなたと『絶対悪』を引き寄せる……これからあなたの前には『絶対悪』の残滓が幾度も現れることになるでしょう……その時にしっかりと対処して浄化できるようになってもらいたい……と私は思っているのですよ』
スプリングの中に眠る大きな力。それが何であるかまでは語らないビショップは、その力がスプリングと『絶対悪』の残滓を引き寄せると語る。
「なるほど……あんたは俺に『絶対悪』の残滓を浄化させる訓練をさせたいってことだな……」
自分の中に眠る大きな力が何であのか全く自覚出来ていないスプリングだったが、ビショップが自分に何をさせたいのかはその言葉で理解した。
『はい、理解が早くて助かります……』
「……理解はしたが納得はしていない、ポーンと敵対しているはずのあんたがなぜ俺にわざわざそこまでする? 俺が『絶対悪』の残滓を浄化することでどんな利益があんたに舞い込んでくるんだ?」
これまでの行動やポーンと敵対しているその関係性を知っているスプリングは、ビショップが純粋に自分に与えられた使命やこの世界を救いたいと思っているとは思えなかった。自分が『絶対悪』の残滓を浄化することで何か利益があるのではないかとスプリングはビショップの裏の思考を探る。
『利益という面で言えば確かに私が得る物はあります、ただ誤解しているようなので訂正したいのですが、私はポーンを敵視してなどいません、彼が勝手に私を敵視しているだけです』
「……」
スプリングが『絶対悪』の浄化をすることで自分に利益があると素直に告げるビシッョプ。その
言葉に嘘偽りは感じられないと思うスプリング。しかし後半の部分、自分はポーンを敵視していないとというビショップの言葉には先程と似た胡散臭さを感じるスプリング。
『ポーンは私が創造主を殺したと思っているようですが、それも誤解です、事実あなた達は死んだはずの創造主と会って話してもいるはずです』
「……ッ!」
確かにビショップが言っていることは事実だ。スプリングはポーンやビショップを作りだしたという創造主に出会い、そして創造主が持つ人間とは思えない力にまで触れていた。
「……だが、あの創造主の肉体は人形だとポーンは言っていた……創造主の本当の肉体を殺したのはお前じゃないのか?」
自分の前に現れた創造主の肉体は本物では無いと、創造主の意識を植え付けた傀儡、人形であるとポーンは語っていた。即ち本当の肉体は既にこの世には無くその原因はビショップにあるとスプリングは冷静にそう言った。
『ハッハハハ……よく考えてください、我々を作りだした創造主の年齢は幾つだと思っていますか? ……いくら我々の創造主だからとは言え、その肉体には寿命がある……創造主は寿命が来た肉体を捨て自分と同じ姿をした人形にその意識を移し替えたのですよ』
「……だよな……」
ポーンやビショップを作りだしてしまう程の術を操る創造主ならば、自分の意識を人形に移し替えることなど簡単に出来るだろうと思っていたスプリングはビショップの言葉に頷いた。
「……どうにも創造主やあんたとポーンには食い違い……温度差があるように思っていたんだ……なあ、あんたはポーンに何を隠している?」
以前から創造主とポーンの間に何か食い違いのようなものを感じていたスプリング。そしてそれはポーンとビショップの間にもあった。それが何なのか気になるスプリングは躊躇う事無くビショップに尋ねた。
『……フフフ……それは内緒です……いや、創造主によって記憶の封印は解かれているはず……いずれあなたが言う食い違いや温度差について彼は気付くはずです、なのでそれは本人から聞いてください』
自分の口からは語ることは無いとスプリングに言うビショップはどこか楽しそうであった。
「……はぁ……お前たちのその秘密主義な所が本当に嫌になる」
今まで真実や深い所に近づくたびにポーンにここからは話せないなどと話をはぐらかされてきたスプリング。創造主に作られたビショップにもポーンと同じく秘密主義な所があることにスプリングは心底うんざりした。
「ああ、もういい……それで俺はこれからどうすればいいんだ?」
結局ポーンの所有者であるはずの自分は、ポーンの深い部分や周囲を取り巻く環境についても知る事は出来ないのだとスプリングは半分諦めたように、これからどうすればいいのかとビショップに尋ねた。
『ふふふ、そんなに拗ねないでください、いずれ嫌でも分かることです……それではこれからの動きを説明しましょう……』
拗ねたスプリングの態度を笑うビショップはいずれ分かると告げると、これからスプリングが取るべき行動について語り始めるのだった。
ガイアスの世界
負の感情
感情を持つ生物(人類、魔族、その他感情を持つ魔物など)などから発せられる、怒りや憎しみと言った感情が負の感情と呼ばれている。
特に人類、その中でも人間が発する負の感情は強いとされている。